頭がバケモノな勇者部   作:たこ焼きたこ焼きたこ焼きたこ焼きたこ焼き

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タイトルそのまま。





喪失と呪い

 

「んっ、う………ギッ…!?」

 

ふわふわとした寝心地。朦朧とする意識の行方が再び落ちようとした刹那、電流よりも鋭い熱が身体を駆け回る。

全身の筋肉が強張り、強かに心臓を締め付ける痛み。向かい所のない悪感情が瞬間的に爆発し、然し直ぐに痛みと困惑に塗り替えられる。

 

「〜〜ッッ!」

 

声にならない其れは、だが声にしたとて言葉には成らなかっただろう。唐突過ぎる事柄があまりにも理不尽で、反射的に誰かを疑ってしまう。誰かが自分を苦しめた、誰かに嵌められた。覚醒して間もない意識は何処か自分の状況を俯瞰していて、未知を既知に当てはめようと必死なのだ。

 

本当ならば両腕で自分の身体を抱くように支えたいのだが、それすら痛みを伴うと分かれば只々無様にも体を硬直させる事しか出来ない。

 

――数秒、或いは数分。

 

案外人間の適応力とは侮れないもので、未だ痛みに喘ぐのだが、明滅していた視界は安定する。すると途端に情報の濁流が視界を通し、徐々に聴覚、嗅覚が状況の把握に努め始める。

 

「………ここ、は…」

 

掠れた声は、とても自分のモノには思えない。そも明確に自分から発せられた声を複数パターンで識別したことなど無いのだが、それにしても違和感がある。

 

然し些細な事だ。

 

それよりもまず、自分の居場所を確認する。乱れた掛布団、親の顔よりも多く見たトラバーチン模様の天井、淡い暖色のカーテンが自分と外を仕切り、薬と花の混じった匂いが清潔感を主張する。

 

カラカラと車輪の転がる音が遠く、鼓膜を揺らす。既視感のあるような錯覚をしてしまうBGMが聞こえる。誰かの話声も微かにある。窓の外には憎たらしい程に澄んだ空が巨大な鏡のように此方を覗いているようか気がして、軽く身震いを覚える。

 

 

其処は病院だった。

 

 

何があったのか。あやふやな意識の儘に振り返るが、在るのは"虚無"のみ。何も分からない。何も分からないのに、それ事態を認識出来ているので気持ちが悪い。

 

酷く頭が痛い。痛みで震える左手を頭に添えるが、額から後頭部にかけてザラザラとした触り心地があった。滑りが悪く、圧迫するような其れは鏡で確認するまでもなく、包帯だ。

 

不可解な状況に終止符を打ちたがっている頭は、勝手に稚拙な推理を展開した。

 

――事故で記憶喪失なのでは、と。

 

自分の事がなにも分からない。自分が何をしていたのかも分からない。然し俯瞰して初めて、漫画やら小説やらで使い古された描写と合致して、それしか有り得ないとすら思えてしまう。

ある種の現実逃避だったのかもしれない。目を逸らしたくて瞼に当てた手のひらは、妙にゴツゴツしている。少しだけ離して見てみると、何かを振り続けたようなマメが指の付け根や関節の間に出来ている。

事故なんかで出来た一過性の怪我ではなく、何かを続けた際に出来る努力の痕。何故か酷く惜しいと感じてしまう。無論、自分が何を頑張っていたのかさえ忘却してしまっているのだが。

 

固まる身体を解す為に少しばかり腕を伸ばしていると――

 

「えっ……こ、こーちゃん?」

 

少女の声が聞こえる。

 

続けてカツカツ、と松葉杖が床を叩く音が耳朶を打つ。視界の端で暖色のカーテンが捲られ、誰かが接近している。最初に目に入ったのは、自身が身に付けているのと同様な薄緑の入院着と全身の包帯だった。

声質的に穏やかな少女なのだろう。身長は低く、大人と言うには拙い声質。中学生か、一歩手前の少女に思える。

 

然し故に奇妙極まる。

 

「ッ………!」

 

喉に大きな玉が詰まったかのように、声も空気も全てが堰き止められる。絶句したのだ、目の前の光景に。狼狽したのだ、受け止めきれない現実に。

 

傷だらけな少女を目の前にしているだけならば、同情をして他人事ながら共感を示し、心配を言葉に表していただろう。

然し()()()()()()。見開いた双眸で再度少女の身体を眺め、その頭部に視線を向ける。他人のモノのように感じられる瞳で、ハッキリと見てしまった。

 

 

 

 

――()()()()()()()()()

 

 

 

 

濡羽色の羽毛。劈くような嘴に、全ての光を飲み込む黒い瞳。グルグルと巻かれた包帯と、小さな身体を支える松葉杖が異様さに拍車をかける。それなのに、表情というものを待たない異形は、心底不思議そうに首を傾げるのみ。

目を離した刹那に鋭い嘴で此方の眼を抉り、貪り喰らう光景すら幻視出来る。いっそ精巧な被り物であればと願うのに、カチカチと鳴る嘴と瞬膜を目頭から目尻へとスライドさせる独特な瞬きが、其の異形を現実に存在する生物であると物語る。

 

「……だ、れ……?」

 

対する自身は酷く情けなく、いっそ滑稽ですらあっただろう。稚拙にも言葉による時間稼ぎを選択してしまったのだ。相手が(あやかし)なのであれば、言葉とは餌であり罠であり飾りに等しい。赤頭巾の狼の如く、お前の捕食者だよと答えられたら返す言葉すら無くしてしまうだろう。

或いは快く名乗り、互いに人差し指を合わせて友人にでもなってくれるだろうか。それならば今ばかりは謳った事のないラブアンドピースを雄弁に嘯き、(あやかし)と人類の架け橋になるのも悪くはないだろう。無論、捕食されるのに比べれば、の話になるが。

 

「……………」

 

だが然し、鴉の返答は脳内に並べ立てた想像を裏切った。

 

「……えっ…?わ、わたしだよ…?覚えてないの……ッ!?」

 

あ、おわった。何か地雷を踏んだ事だけは理解した。辞世の句は未だ詠めず、今際の際に諦念のみが滲む。

 

嘴が鼻に刺さりそうな程に顔を近づけられ、肩を掴まれる。きっと食べられる五秒前だ。

何も覚えていないが、幼い頃に遊んだ化け物だったりするのだろうか。実に物語的で、実に理不尽だ。こんな異形の知り合いがいたら写真を撮り観察日記を書いて学会に新種生物発見と称して駆け込むのだが、生憎とそうした記憶はない。

 

ならば必然、踏むべくして踏んだ地雷でしかない。

 

現実感のない事象に、死ぬほど痛い身体を力任せに揺さぶられる暴挙。恐怖に怯んだ喉では満足に悲鳴を上げることも叶わず、最後には再び視界が明滅し――呆気なく意識を手放すのだった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

◆◆◆◆◆◆

 

◆◆◆◆◆◆

 

◆◆◆◆◆◆

 

『鴉』と相対してから二年が経った。

 

不思議と次に目覚めた時は五体満足で生きており、アレ以来『鴉』の異形は見ていない。変な夢だった、と言うのは簡単だが。記憶喪失なのは相変わらずなのに『鴉』との邂逅は嫌に記憶に染み込んで忘れられないのだ。

 

当時は小学生の身だった自分も、今は中学二年生。讃州中学校に通い、学友達と共に勉学に励む充実した日々――と、言えないのが酷く残念でならない。

 

辺りを見回す。

 

放課後、まだ赤焼けてない空が今日も今日とて此方を覗いている。何とも虚飾に塗れた日常に思えて、その実、その通りなのだろう。

現在地は家庭準備室と兼用されている、とある部活の活動拠点だ。

 

改めて、窓から離れて教室を見渡す。校内でも美少女であると言われているらしい部活メンバーの二人が、部活動前に雑談をしている最中だ。見る人が見れば微笑ましい光景とも言えるのだろうか。

 

「先輩?ど、どうしたんですか…?」

 

とても、とても、バケモノでした。

 

この教室の中でも一段と小柄で、幼い身体つきの少女。可愛い声なのだが、頭部が緑の人面樹なのだ。苔でコーティングされて丸みを帯びた頭は、人面樹というよりは木霊なのだろうか。

もののついで程度に小さな鳴子百合を添えられた其れは、残念ながら周りからは可愛いと言われる後輩だ。

 

木霊みたいな後輩は、ギギッと木の軋む音を響かせながら首を傾げて不思議そうに此方を見ている。見ている、とは表現したが双眸にあたる部分や口は伽藍堂であり、覗き続ければ魂が吸われそうだ。

 

詰まる息を悟られないように、なんでもないよ、と返す。

 

後輩の犬吠埼樹から目を離し、次に部長であり樹の姉である風先輩へと視線を向ける。

 

「何よ、アタシまでジロジロと見て……もしかして惚れちゃったとか?いやぁ〜、困るわねぇ〜!美少女ってだけで罪なのかしらねぇ〜!!」

 

顔面だけ空色の犬が戯言をほざく。

 

人面犬の逆である異形は、今日も今日とて犬歯が獰猛だ。全てにおいてうどんではなく生肉を貪るのに特化した造りなのに、今のところ彼女が誰かに齧り付いた現場は見ていない。

犬面だが照れたように惚ける顔は非常にやかましくて、ペットの犬であれば撫で散らかしたいが身体だけはご立派に人間なのでイラつきが先に来る。

 

こんな犬っころでも苔むした木霊が姉妹なのだから、神聖を感じる。さながら犬神とでも呼ぶべきか。犬神家でもしてくれたら人にしか見えないのに。

 

相変わらず此方の肩をバシバシと叩きながら豪快に笑う先輩。喧しいので、机の上を指さして伝える。そこにあるカルパスでも食べててくださいね、と。

風先輩は見た目通りエサ……もとい食べ物には並々ならぬ執着がある為、そこにあると分かれば一目散だ。やはり犬なのだろう。犬驀地なのだろう。

 

 

さて、どうにか退部できないものか。

 

――窓枠に腰を預けて悩んでいると、引き戸がガラリと開かれる。

 

レールにドアが擦れる音、続けて過剰な力により末端が枠にぶつかる音。年がら年中聴き馴染みのある其れだが、どうにも苦手だ。

 

「結城友奈、遅れましたー!!」

 

「同じく東郷美森、遅れました」

 

とっても、とっても。バケモノなのでした。

 

鬼のツノが生えた桃色の牛と、割れ目から光る双眸が覗く卵。どちらもバケモノだ。きっと前世の自分は国民の半分を虐殺したりしたのだろう。前世の罪を今世にまで持ち越さないで欲しいモノだが。

 

結城友奈は桃色の牛だ。血走った眼、包丁程度なら容易く弾けそうな皮膚に浮かび上がる無数の血管。後頭部から牛耳を回るように生えた二つのツノは、さながら彼女を牛鬼であると物語る。

華奢な身体に似合わない豪快な牛鬼頭は異様な程に歪で、現実味がない。可愛い声質も異様な頭部のせいでシュールギャグにしか感じない始末。女子中学生の身体に牛の頭が生えてる時点でそうではあるが。

 

そんな彼女は車椅子を押しており、乗っているのは薄青い卵の頭をした発育の良い少女だ。

 

東郷美森は薄青の卵だった。本来ならば人の頭がある部分に朝顔の刻印を刻まれた卵が鎮座しており、その卵は横に割れて中から黒い何かが靄のように揺らめいている。

何よりも怖いのは、黒い靄に浮かぶ人間の眼球だ。黄色く発光するリアルな双眸には瞼がなく、目を合わせた瞬間に黒い靄に飲み込まれる光景が瞼の裏に浮かぶ。

青い殻が一見では坊主に見えてしまう為、それに因んで青坊主と名付けた。全身であればハンプティダンプティだった。

 

「よーし、これで全員集まったわね」

 

各々が席に着くなり指定の場所で寛ぐなりと始めると、部長が黒板の前に立つ。犬面がキリッとしていた。未だカルパスを咥えている点は全員が慣れているのでツッコミはない。

 

「東郷、ホームページに依頼は来てるかしら?無ければゴミ拾いとか校内清掃だけど」

 

「……ありませんね。今日も讃州市は平和です」

 

「えー、何だか最近はヒマねー。ドカーン、ってデカイ事件とかないのかしら」

 

「お姉ちゃん、不謹慎だよ…」

 

「あはは……でも、風先輩の言いたいことも分かります!もっと『勇者』!って感じな事をしてみたいですよね〜。あっ、もちろんゴミ拾いとか人助けも立派な『勇者』のオシゴトだよ?」

 

「友奈ちゃん、勇者の物語が好きだからね」

 

ボランティア部こと『勇者部』は今日も今日とて暇人の巣窟だ。地域貢献はしているので賞状やら感謝状やらは貰ってるけれども。

 

改めて部内を見渡し、溜息を喉の奥に飲み込む。『魔王部』の間違いだろう、とはいつも心の底から思っている。犬神、木霊、牛鬼、青坊主。まるで魔王軍の四天王だが、そうすると自分が余り物の魔王枠になってしまうので、深くは考えない事にした。

 

そんな此方の内心にも気付かず、先輩は話を進める。

 

「じゃあ取り敢えず市内清掃ね。アタシと樹は神社の方に行くから、二年組は学校周辺をお願い。あと友奈と東郷は、そこのアホの監視もしなさいな。目を離すと勝手に帰るんだから」

 

「はいっ!最後まで手を繋いでいますね♪」

 

やめて欲しい。普通に。東郷も不要な異性接触には物申すべきだろう。そんな視線を向けると、彼女はニコリと微笑み頷く。口元なんて部位はないから、殻の奥の靄に浮かぶ目が笑っているだけだが。

 

「友奈ちゃん、手を繋いでたらゴミ拾い出来ないよ?彼専用の首輪と縄は持ってきたから、私の車椅子に繋ぐのはどうかな?」

 

「東郷さん………天才!!」

 

切実にやめて欲しい。

 

確かに目を盗んで帰宅した事は多少……度々あるのは認めるが、さりとて変なプレイを許すほどのやらかしではないだろう。それに、我らが後輩の教育にも宜しくないだろう。

宥めつつ妙に本格的な首輪とリードを仕舞うように促すと、樹が苔むした木製の肌をギチギチと鳴らしながら裾を掴み、抗議してきた。怖い。

 

「先輩、わたし子供じゃないです…!」

 

教育云々の件に不満があるらしい。

 

中学一年生は世間一般では子供だろう。無論、犬の十歳が高齢であるようにバケモノ共にも人間の年齢が適用されないのであれば、話は違ってくるが。

不思議と本人含め他の人間には彼女達は普通の少女に見えるらしいのだ。自分には彼女達や、ごくごく稀に同世代の他校の生徒が異形に見えているので、果たしておかしいのは自分なのか、世間なのか。

 

これも深くは考えないことにした。どうせ分からないのだし、思考リソースの無駄なのだ。

 

取り敢えず自称子供ではない後輩には、うんうん、そうだね、と返してカバンから飴ちゃんを取り出す。何の憂いも迷いもなく受け取って舐めるのだから、まだまだ子供だ。

 

「アンタねぇ……人の妹を餌付けしないでくれる?」

 

といいつつ自分も手を差し出しているのは、卑しいと言ってと良いのではないだろうか。先程までカルパスを咥えていたクセに。仕方なく飴ちゃんを幾つか乗っける。エナメルバッグに忍ばせた飴ちゃんは、犬吠埼姉妹の為にあると言っても過言ではないのだ。

 

ついでに牛鬼の口と青坊主の殻の割れ目にも桜餅味と粘土味を投げ込んでおく。後者に関しては口っぽい部位がないのだから仕方ない。

 

「はむっ……ありがとう!この甘さとしょっばさ、微かな桜の香りは……なんだろう?」

 

「包装紙の柄からして桜餅味じゃないかな?私のは…よく分からないわ………え、本当に何味なの…?既視感はある気が……た、食べ物……?本当に食べ物、だよね…?」

 

そんな事よりゴミ拾いには行かないのか、と促す。どうせ隙を見つけて帰るのだし、行くなら早い方が良い。

 

別に勇者部が嫌なわけではないがバケモノ犬に拉致られて無理やり入部届を書かされた過去がある身としては、反抗してみたいのだ。自主的反抗期と言っても良い。

先輩は仕方なし、とでも言いたげに頷いて掃除ロッカーからトングやら軍手やら、あとはゴミ袋も取り出して皆に配る。ついでにエナメルバッグから勝手に飴ちゃんを盗られた。このやろう。

 

 

 

結局、この日は繋がれた首輪とリードを万能ハサミで切断して脱出した。逃げるなと言われれば逃げたくなるのが、男の子だもの。

 





『勇者』の素質が一定以上あれば、みーんなバケモノに見えるよ。みーんな、ね。
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