頭がバケモノな勇者部 作:たこ焼きたこ焼きたこ焼きたこ焼きたこ焼き
記憶喪失から始まり『異様』に拍車をかけた生活だったが、その最たるが目の前の光景だろう。
「……み、みんな……?」
静かな教室に牛鬼……結城友奈の声が響く。目を瞑れば非現実に圧倒された少女の不安げな呟きなのに、目を開けたら立ち尽くす頭牛鬼。返事をしない者は順々に頭をかち割られるのだろうか。
無論、返事はない。そして集団無視でもない。
簡単に説明するのであれば、自分の目が覚めたら
授業中に寝るなとの声もあるのだろうが、世の中には睡眠学習というものがある。それが自分には可能か不可能かはこの際置いておくとして、これは睡眠学習なのだ。
今日も今日とて睡眠学習に取り組んでいると、急に携帯端末から爆音が鳴った次第。
教室内で三つ鳴ったのだ。一つは自分のエナメルバッグから、より正確にはエナメルバッグに入れている携帯端末からだ。後の二つは右隣、後方の出入口に近い席の友奈と東郷のカバンから鳴った。アラームにしては不安を煽り、災害が起こった際に鳴るアレに似ている。
そんな経路があり、起こされた自分は渋々と辺りを見回して刻が止まっている事に気が付いたのだ。横では牛鬼と青坊主が互いの名前を呼び合い、声を震わせている。震えたいのは、バケモノ二人と時間停止モノにぶち込まれた此方なのだが。
少なからず此方も動揺していると、青坊主の殻の奥、靄に浮かぶ人間の双眸と目が合う。安心したような色になったのは、仲間を見つけたからか。或いは非常食がある事に落ち着きを覚えたからか。
「二人とも、外が……!」
此方を見ていた東郷が、声を上げる。
視界に窓の外が映っていたのだろう。切迫した声につられて外に目を向けると、遥か先――空が極彩色『波』に飲み込まれている。『波』は空間を侵食するように、まるでこの校舎を中心に据えて全てを呑み込んでいるのだ。
目を凝らせば、極彩色の『波』は幾重にも重なる『花弁』だ。何百何千なんて目ではない程の其れは、煌めく花弁なのだ。災害と言うには字面がメルヘンチックだが、下手な津波よりも余程恐ろしい。
些か寝起きの頭には情報過多だ。
「と、東郷さん…!君も!集まって!!」
友奈に腕を引かれ、東郷と共に大きくない両腕で抱き庇われる。自分と東郷は唐突すぎる展開についていけないのだが、友奈は誰よりも速く動いた。俯瞰して、庇う行為が無駄だと割り切っていた自分とは異なり、躊躇わず行動したのだ。雄々しい牛鬼でなければ惚れていたかもしれない。
やがて光の花弁は全てを呑み込み――刹那に覗いた極彩色の空が、妙に懐かしかった。
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やはり現実とは全てが唐突だ。
記憶を喪ったのも。
バケモノが視えるようになったのも。
刻が止まったのも、波に飲み込まれて『異界』に攫われたのも。
音ではない甲高いナニカが鼓膜の奥を刺激する。痛いほどの沈黙、とはこの事だろう。桃のような薄い香りが充満している。足元は人体の何十倍もある太い根っこのようで、雲に巣食う龍のように数え切れないほど地面から露出していた。
その根は極彩色の空を薄めたような色で、遥か遠くに在る巨大な一本の樹木から連なって目の届く範囲全てを、或いはこの世界丸ごとを覆っているのだろう。
自分達の知る『世界』から逸脱した『異界』。人間のちっぽけさを改めて理解させられるような、人工物どころか秩序も法律もない世界だった。
「ここは……?」
――ぞっとする。
友奈が呟いた。恐怖だけでなく、好奇の滲む声質だった。この神聖で、清く、それ故に不気味でおぞましい世界に友奈は
順応ではなく、適正とみるべきか。この世界を背景に、桃色の牛と青い卵の殻は違和感なく『在る』。まるでこの樹海に生息している生物のように、変な言い回しにはなるが、初めて作画が合致したように感じた。
妙な世界。楽観が過ぎるとは思うが、然し友奈に感化されて好奇心が湧いてくる。
何か出来る訳でもないが、この現実味のない光景が美麗で写真の一つでも欲しくなってしまった。当然高性能なカメラなんて手元にはないが、然しあっても持て余すだけだろう。
非日常にいても身体は大して変わらないらしく、いつも通り手に持った携帯端末でカメラ機能を起動しようとしていた。
――然し気が付く。
問題なくカメラ機能は使えるのだが、其れとは
どれも初めて起動した機能。軽く操作してみると、元のアプリケーションが勇者部に強制入部させられた際に入れられた『勇者アプリ』だった。
「何見てるの?」
東郷の車椅子を押しながら友奈が画面を覗いてくる。ツノが刺さりそうでこわい。
距離を置き、画面のみを向けて説明する。
異界への転移、『勇者』アプリ。なんとも物語じみていて誰かの意図すら想像してしまう。それも現実的に有り得るのだから笑えないのだが。
やがて此方のスマホを弄り終えたのか、次は自分達の携帯端末の操作を始めた。此方から彼女達の画面を覗き見るまでもなく、同じ機能が生えているのが察せれた。
「これ、地図……よね…?」
「お花のアイコンが皆の場所かな?私が桜で、東郷さん朝顔だね!君のは…この独特なフォルム!ウラシマソウと見た!!」
ウラシマソウとは?聞いた事があるような、ないような……マイナーな植物である事には違いないだろう。生憎とインターネットには繋がっていないらしく、調べる事は当分出来なそうだ。
ふと、画面をスクロールしていると妙な事に気が付く。自分達のアイコンが三つ、少し離れた場所に二つのアイコン。友奈曰く鳴子百合とオキザリスらしい。
普通に考えれば犬吠埼姉妹だ。やはり極彩色の樹海に攫われた原因は勇者アプリなのだろうか。メッセージアプリにしては奇妙なほど容量が軽いとは思っていたが、非現実的な力が働いているのであれば納得だ。
取り敢えず二つのアイコンの場所に移動しないか、と提案してみる。
「………私は怪しいと思う。もしも罠だったら…」
「でも行動しないと何も解決しないよ?大丈夫!東郷さんは私が守るよ!!」
「友奈ちゃん…!わ、私も友奈ちゃんを護るわ!!」
「東郷さん!」
けっ、勝手にイチャついてろ。先に行くから、とだけ告げて歩き始める。目的地は当然、風先輩と樹が居るであろう地点だ。
生憎と同級生のイチャつきを眺めていられるような気分でもないのだ。目薬味の飴ちゃんを二つほど投げ渡し、先を急いだ。
「ま、待ってよ〜!!」
知らぬ存ぜぬ省みぬ。
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時間にして数分程度。分かってはいたが、二つのアイコンと合流するのに大した時間は要さなかった。
そして、これも分かってはいたが。マップに表示されていた二つの反応は犬吠埼姉妹だった。自分達が高台っぽい根から降りてきて早々、遠くの大樹を眺める二人に合流出来た次第だ。
チベットスナギツネみたいに目を細める駄犬と、根の一部みたいな頭の木霊。やはり彼女達も、頭だけはこの世界に馴染んでいる。
「あっ、風先輩!樹ちゃん!!」
「友奈…!あんた達、無事で良かったわ…」
酷く安堵した顔。不安なだけの自分達とは異なり、庇護やら保護の観点からの感情だろう。それが先輩である故なのか、或いは
訝しむ儘に風先輩に問い掛ける。言葉を削ぎ落としてより端的に――事情を説明して欲しい、と。もはや疑う事すら完成された小説の行間に対して言葉を並べるに等しい行為。
全員の目が見開かれるが、やがて観念したように先輩が溜息をこぼす。
「………やっぱり、アンタにはバレるかぁ……いつも、変なところで敏いんだから」
自分が敏いのではなく、皆が露骨なのだ。どうせ説明しても鈍い彼女達には馬に念仏といった具合なので、したり顔で頷いておく。
「時間が無いから今は簡単に説明するわ。まず、アタシは大赦からの使者よ。目的は『勇者』を集めて
先輩の話をまとめると、こうだ。
大赦は『勇者』適性のある少女を集める為に、各学校に『勇者部』やそれに類するコミュニティを作らせた。讃州中学の『勇者部』もその一つだったらしい。
沢山あるグループの中から、今のような状況になるの神樹が『勇者』を選ぶとの事。他のグループが選ばれる可能性もあったのだが、運悪く選ばれてしまった。
………勇者の適性があるコミュニティ。
覚えがある。全てを見た訳でもないが、何処の学校にも勇者部のような、
それが勇者の適性故なのだとしたら、自分には勇者になれる人間が見て分かることになる。無論予想に過ぎないが。
そして――大切なのはここから。
焦れったくなり、聞いてみる。
「――神樹様を狙う敵……『バーテックス』の討伐よ」
「と、討伐!?」
「みんな、アレを見てちょうだい」
先輩は巨大な樹木とは逆方向、この世界の地平線を指す。目を凝らすと――何かが蠢く。小さな、否。遥か遠くからでも目視出来るほどの巨大な化け物が少しづつ近付いて来ている。
ピンクで太いラインを引かれたタコのような頭。エラにも見える器官を無数に靡かせ、浮遊するナニカ。
根元は細く、先が広い尾はフワフワと動き、大砲のように此方の後ろの大樹に狙いを定めている。ある程度の距離まで近付けば、砲撃してくるのかもしれない。
「アレがバーテックス。バーテックスが神樹様に到達したら……
「そ、んな……」
東郷が絶望の声を漏らす。自身の何百、下手をしたら何千倍もある未知の化け物を倒せと、唐突に言われたのだ。理不尽が過ぎる。守秘義務があったとしても、理性的に納得出来る人間なんて普通は存在しない。
きっとこの場で、覚悟を決めているのは先輩だけだ。低い可能性の一つ、それに選ばれてしまう事を先輩だけは覚悟し、背負う用意をしていた。
風先輩は庇うように前に出て、声を張り上げた。
「安心して。全部……アタシが何とかする!アンタ達は下がってなさい!!」
「せ、先輩…!わたしは――」
「友奈」
宥めるような優しい声。死ぬ前の人間のそれだ。
「お願いよ、下がって。友奈には友奈にしか出来ない事があるわ」
「………ッ!」
先輩の視線は友奈から東郷に移り、理解を促す。暗にこう言っているのだろう――動けない東郷を、誰が守るのか……と。先輩らしくない卑怯な言い方だ。ご立派に冷静を装っていても、やはり余裕がない。
………これなら、黙って腹括って着いてこいと言われた方がマシだ。
「分かり、ました……」
「ありがとう、友奈」
苦虫を噛み潰したような顔で友奈は下がる。車椅子を押して、あの化け物から距離を取る。
さて、自分はどうするべきか。一応は男として、真っ先に逃げる訳にもいかない。それに見た目は犬と木霊だが、大切な仲間だ。
――後悔のない選択を。
自分の記憶の始まり、最初の後悔……あの『鴉』との邂逅。自分が今の自分ではなかった頃の『誰か』を知っている少女。
最初の後悔は彼女と話せなかった事だ。この体質も、鏡に映らない自分の素顔も、話し方も過ごし方も息の仕方も――知りたい。知って、『自分』を何者かと定めたい。
彼女も『勇者』なのだとしたら――
「――戦おう。自分の為に」
誰かの為?世界の為?馬鹿らしい。生憎と自認勇者ではないのだ。深呼吸を一つ。やはり、この世界に自分は場違いだ。場違いで問題ない。在るべきモノなんてない、からっぽな自分なのだから。
何かが晴れる。
別に人助けが好きと言えるの程の善性はない。俗物的に、礼と褒美を欲している。飾るものが増える度に自分の型の輪郭が見える気がしたから。
だから自分は『勇者』と呼ぶには酷く滑稽で、らしくないのだろう。誰かの為ではなく、自分を『こーちゃん』と呼ぶ『鴉』の少女と再会する為だけに。
勇者に甘んじよう。自分を取り戻すまで。
――先輩が携帯端末を通じて『勇者』に変身する。煌めくオキザリスの花弁を纏い、純白と黄色の『勇者』となる。しかし犬だ。犬が大剣を持ってる。グレータードッグかよ。
続けて樹も、鳴子百合の光に包まれて『勇者』となる。何処かにウインクをしているが、そういう時期なのだろう。お兄さん、いいと思う。なんか頭を覆う苔が発光してるけど、これもそういう時期なのだろう。知らんけど。
自分も続くしかないだろう。
携帯端末に表示されたボタンをタップし、覚悟を示す。途端、画面から黒に近い暗紫色の花弁が溢れ出る。神聖的な彼女達とは反対の、毒々しく怪しい煌き。
イメージした『勇者』とはかけ離れた花弁。徐々に漲る力は仮初の筈なのに、型にハマったように馴染む。
――強い既視感と共に、自分の初陣が始まった。
ウラシマソウ
花言葉は『不在の友を想う』『懐古』『回想』『注意を怠るな』