余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる Remake 作:実験体-C
死の森。
鬱蒼とした樹木が陽光を遮り、昼でも薄暗い。
空気は湿り気を帯びていて、どこからか獣の唸り声が絶えず聞こえてくる。
普通なら恐怖で足が竦む環境だが、俺の感想はひとつだけだ。
(経験値効率、めちゃくちゃいいな)
転移から三日が経っていた。
俺は死の森で、ひたすらレベリングをしていた。
手順は単純。索敵して、魔物を見つけて、倒す。吐血して、ポーション飲んで、また狩る。
効率厨の基本。リソース管理と時間対効果の最大化だ。
最初は雑魚――ゴブリンやスライムの上位種から始めた。
生命変換でHPを消費し、風魔法の空断を放つ。HP消費は20%。
一撃で倒せる相手だけを狙い、ポーションで回復してから次に向かう。
絶対に複数の敵を同時に相手にしない。逃げ道を確保してから戦闘に入る。万が一HPがゼロになったら即死だ。安全マージンは常に確保する。
ゲーマーの鉄則。死んだら終わりのハードコアモードでは、なおさら。
ゲームの知識があるのは大きい。魔物の行動パターン、弱点属性、ドロップ品。全て把握済みだ。初見殺しがない分、安全マージンを正確に取れる。
レベルが上がるたびに、HP上限が増える。
HP上限が増えれば、20%消費しても実際に減る量の体感は軽くなる。
そしてレベル補正で魔法威力も上がるから、より強い敵を一撃で倒せるようになる。
(典型的なインフレ構造だな。序盤さえ乗り越えれば雪だるま式に強くなる)
問題は、発動のたびに血を吐くことだ。
効率よく狩っているだけなのに、外見だけ見ると「血まみれの少女が森を彷徨っている」ように見えるらしい。
二日目の夕方、森の入り口付近で遭遇した冒険者パーティが、俺の姿を見て悲鳴を上げて逃げていった。
全身返り血まみれで、口元から自分の血を流し、銀色の髪が赤黒く染まった少女。
……まあ、逃げる気持ちは分からなくもない。
(……幽霊じゃないんだが。普通に生きてるんだが)
その冒険者たちが街に帰って何を語ったかは、この時の俺は知らない。
知っていたら、もう少し身なりに気を使ったかもしれない。
三日目の朝。
森の中に適当な寝床を見つけて仮眠を取った。木の根元に背を預け、ナイフを握ったまま眠る。快適とは程遠いが、死の森では贅沢は言えない。
夜中に何度か魔物の気配で目が覚めたが、レベル差のおかげか、こちらに近づいてくる個体はいなかった。弱い獲物より強い存在を避けるのは、魔物も同じらしい。
レベル32。HP上限は210まで成長した。一般的な騎士団長クラスの水準だ。
たった三日でここまで来られたのは、死の森の魔物の経験値が桁違いに高いからだ。
S級危険地帯に好き好んで来る人間がいない=狩り場が独占できる。
素材は落ち放題、邪魔するプレイヤーもいない。最高の環境だった。
……プレイヤーじゃなかった。ここはゲームの中だが、リアルだ。
うっかりゲーム感覚で考えてしまうのは、前世のゲーマー脳のせいだろう。
だがこの感覚が、今は役に立っている。感情に振り回されず、数字で判断する。それが効率厨の強みだ。
恐怖も痛みも、数値化してしまえば対処可能な問題に変わる。HP残量が安全圏にある限り、俺は合理的に動ける。
(ただし、ポーションの消費がきつい)
インベントリを確認する。
転生前のシルヴィアが作り溜めていたポーションは、元は十本あった。
到着直後に一本、その後の三日で二本。残り七本。このペースだと、あと十日で枯渇する。
(素材はこの森にいくらでもある。光るキノコ、マンドラゴラの根、オークの肝……全部揃ってる。でも調合には道具と時間がかかる。レベリングと並行してやるか)
俺はインベントリから調合セットを取り出した。
ポーションにナイフに調合セット。前の持ち主は、本当に用意周到だったらしい。
(……誰にも認められなかったのに、よくここまで揃えたな。泥人形と蔑まれながら、一人でこれだけのものを準備した)
一瞬だけ、魔力なしで足掻き続けた令嬢のことを考える。
――が、感傷に浸っている暇はない。
(安心しろ。お前の準備は無駄にしない)
インベントリの中身を改めて確認する。
ポーション十本、ミスリル製サバイバルナイフ、調合セット一式、予備の衣服、携帯食料。
魔力のない少女が、いつか来るかもしれない「もしもの時」のために、一人で黙々と準備していたのだろう。
その「もしもの時」が来た。ただし、中身は別人だが。
俺は死の森の素材を採取し始めた。
同じ頃。
遥か南の王都、グラン・マギカ王国の王城では。
「シルヴィア・ル・ブラン嬢の魔力痕跡は、王都の北――死の森で完全に途絶えております」
近衛騎士団長の報告に、玉座の間が凍りついた。
S級危険地帯。熟練冒険者のパーティですら生還率が低い魔境。
そんな場所に、魔力を持たない少女がたった一人。
「生きている」
アルフレッドが、遮った。
三日前まで傲慢に胸を張っていた青年の面影はなかった。
目の下に深い隈。やつれた頬。この三日間、ほとんど眠っていないのだろう。
「あいつは……あの女は、あれだけの血を吐いて、それでも笑っていた。あの目は、死を受け入れた者の目じゃなかった」
拳を白くなるまで握り締め、声を震わせる。
「あの時のシルヴィアの顔が、目を閉じるたびに浮かぶ。血を吐きながら、恨みもせず、ただ微笑んで消えた。あれは――慈悲だ。俺のような愚か者への、慈悲だったんだ……!」
……違う。
あれは「やっと逃げられる」という安堵の笑みだ。
だが、それを知る者は、この場には誰もいなかった。
「俺が探す。俺が……俺が、追いやったんだ。あの笑顔の意味も分からずに、俺は――」
言葉が途切れる。拳が震えていた。
国王が静かに首を振った。
「捜索隊は出す。だが死の森への突入は禁止だ。アルフレッド、お前は残れ」
アルフレッドは唇を噛み、俯いた。
その夜、自室の窓から北の空を見上げて呟く。
「シルヴィア……どこにいる……」
その瞳には、断罪の夜にはなかった光が宿っていた。
罪悪感と、後悔と、そして――それ以上に厄介な何かが。
一方、その「生きていてくれ」と祈られている当人はというと。
「空断」
ズバン。
三頭のオークが、まとめて真っ二つになった。
「ごほっ……けほ……」
袖で口元を拭う。赤い。もう慣れた。
ポーションを取り出し、一気に飲み干す。
「…………まっず」
体が回復する。何事もなかったかのように、次の獲物を探す。
(オークの肝、回収。これでポーションの素材がまた一つ揃った。あとはスライムの粘液だな。……あっちの沼地にスライム系の反応がある)
効率厨は、今日も効率的に生き延びている。
血まみれで。口の中にポーションの残り香が張りつく。不味い。本当に不味い。でも効く。
(そろそろこの森を出るか。ここでのレベリングは十分だ。次の目的地を考えないと)
俺は頭の中でゲームの地図を思い浮かべる。
この森の北側を抜けると、辺境の小さな村がある。
そこから街道に出て、アカデミア連邦を目指す。
アカデミア連邦。魔法技術の研究を至上とする中立国。
身分よりも実力を重んじる気風で、王立魔法学院には貴族も平民も関係なく入学できる。
グラン・マギカ王国とは異なる法体系。追放令嬢の身分も、ここでは意味を持たない。
追放された悪役令嬢でも、素性を隠して実力さえ示せば居場所がある。
(学院に入って、研究所にコネを作って、のんびり暮らす。変装さえすればシルヴィアだとバレることもない。完璧な計画だ)
方針は決まった。
俺は北に向かって歩き出す。
しばらく歩くと、森の切れ間から視界が開けた。
丘の向こうに、小さな村が見える。
木造の家々。畑。教会の尖塔。
――そして、その村から立ち上る黒い煙。
(……煙?)
風に乗って、微かに悲鳴が聞こえる。
目を凝らす。
村の入り口に、魔物の群れが押し寄せていた。ゴブリンの大群。少なくとも五十体はいる。
村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑っている。
(あー……)
俺は頭を掻いた。
(面倒だな。迂回するか)
地図を思い浮かべる。この村を迂回すると、街道に出るまでさらに三日はかかる。
(……いや、迂回は効率が悪い。この村を通り抜けるのが最短ルートだ。つまり、道を塞いでる障害物を排除するのが最適解)
ため息をつく。
(仕方ない)
俺は丘を駆け下りた。
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次回「辺境の村を救ったのは、ただの通り道だったから」――毎日投稿です。