余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる Remake   作:実験体-C

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第2話「効率厨は死の森を攻略する」

 死の森。

 鬱蒼とした樹木が陽光を遮り、昼でも薄暗い。

 空気は湿り気を帯びていて、どこからか獣の唸り声が絶えず聞こえてくる。

 

 普通なら恐怖で足が竦む環境だが、俺の感想はひとつだけだ。

 

(経験値効率、めちゃくちゃいいな)

 

 転移から三日が経っていた。

 

 俺は死の森で、ひたすらレベリングをしていた。

 手順は単純。索敵して、魔物を見つけて、倒す。吐血して、ポーション飲んで、また狩る。

 効率厨の基本。リソース管理と時間対効果の最大化だ。

 

 最初は雑魚――ゴブリンやスライムの上位種から始めた。

 生命変換ライフ・コンバートでHPを消費し、風魔法の空断エア・スライサーを放つ。HP消費は20%。

 一撃で倒せる相手だけを狙い、ポーションで回復してから次に向かう。

 絶対に複数の敵を同時に相手にしない。逃げ道を確保してから戦闘に入る。万が一HPがゼロになったら即死だ。安全マージンは常に確保する。

 ゲーマーの鉄則。死んだら終わりのハードコアモードでは、なおさら。

 ゲームの知識があるのは大きい。魔物の行動パターン、弱点属性、ドロップ品。全て把握済みだ。初見殺しがない分、安全マージンを正確に取れる。

 

 レベルが上がるたびに、HP上限が増える。

 HP上限が増えれば、20%消費しても実際に減る量の体感は軽くなる。

 そしてレベル補正で魔法威力も上がるから、より強い敵を一撃で倒せるようになる。

 

(典型的なインフレ構造だな。序盤さえ乗り越えれば雪だるま式に強くなる)

 

 問題は、発動のたびに血を吐くことだ。

 効率よく狩っているだけなのに、外見だけ見ると「血まみれの少女が森を彷徨っている」ように見えるらしい。

 二日目の夕方、森の入り口付近で遭遇した冒険者パーティが、俺の姿を見て悲鳴を上げて逃げていった。

 

 全身返り血まみれで、口元から自分の血を流し、銀色の髪が赤黒く染まった少女。

 ……まあ、逃げる気持ちは分からなくもない。

 

(……幽霊じゃないんだが。普通に生きてるんだが)

 

 その冒険者たちが街に帰って何を語ったかは、この時の俺は知らない。

 知っていたら、もう少し身なりに気を使ったかもしれない。

 

 三日目の朝。

 森の中に適当な寝床を見つけて仮眠を取った。木の根元に背を預け、ナイフを握ったまま眠る。快適とは程遠いが、死の森では贅沢は言えない。

 夜中に何度か魔物の気配で目が覚めたが、レベル差のおかげか、こちらに近づいてくる個体はいなかった。弱い獲物より強い存在を避けるのは、魔物も同じらしい。

 


 

【名前:シルヴィア・ル・ブラン】

【HP:210/210】

【MP:0/0】

【Lv:32】

 


 

 レベル32。HP上限は210まで成長した。一般的な騎士団長クラスの水準だ。

 たった三日でここまで来られたのは、死の森の魔物の経験値が桁違いに高いからだ。

 

 S級危険地帯に好き好んで来る人間がいない=狩り場が独占できる。

 素材は落ち放題、邪魔するプレイヤーもいない。最高の環境だった。

 

 ……プレイヤーじゃなかった。ここはゲームの中だが、リアルだ。

 うっかりゲーム感覚で考えてしまうのは、前世のゲーマー脳のせいだろう。

 だがこの感覚が、今は役に立っている。感情に振り回されず、数字で判断する。それが効率厨の強みだ。

 恐怖も痛みも、数値化してしまえば対処可能な問題に変わる。HP残量が安全圏にある限り、俺は合理的に動ける。

 

(ただし、ポーションの消費がきつい)

 

 インベントリを確認する。

 転生前のシルヴィアが作り溜めていたポーションは、元は十本あった。

 到着直後に一本、その後の三日で二本。残り七本。このペースだと、あと十日で枯渇する。

 

(素材はこの森にいくらでもある。光るキノコ、マンドラゴラの根、オークの肝……全部揃ってる。でも調合には道具と時間がかかる。レベリングと並行してやるか)

 

 俺はインベントリから調合セットを取り出した。

 ポーションにナイフに調合セット。前の持ち主は、本当に用意周到だったらしい。

 

(……誰にも認められなかったのに、よくここまで揃えたな。泥人形と蔑まれながら、一人でこれだけのものを準備した)

 

 一瞬だけ、魔力なしで足掻き続けた令嬢のことを考える。

 ――が、感傷に浸っている暇はない。

 

(安心しろ。お前の準備は無駄にしない)

 

 インベントリの中身を改めて確認する。

 ポーション十本、ミスリル製サバイバルナイフ、調合セット一式、予備の衣服、携帯食料。

 魔力のない少女が、いつか来るかもしれない「もしもの時」のために、一人で黙々と準備していたのだろう。

 

 その「もしもの時」が来た。ただし、中身は別人だが。

 

 俺は死の森の素材を採取し始めた。

 


 

 同じ頃。

 遥か南の王都、グラン・マギカ王国の王城では。

 

「シルヴィア・ル・ブラン嬢の魔力痕跡は、王都の北――死の森で完全に途絶えております」

 

 近衛騎士団長の報告に、玉座の間が凍りついた。

 S級危険地帯。熟練冒険者のパーティですら生還率が低い魔境。

 そんな場所に、魔力を持たない少女がたった一人。

 

「生きている」

 

 アルフレッドが、遮った。

 

 三日前まで傲慢に胸を張っていた青年の面影はなかった。

 目の下に深い隈。やつれた頬。この三日間、ほとんど眠っていないのだろう。

 

「あいつは……あの女は、あれだけの血を吐いて、それでも笑っていた。あの目は、死を受け入れた者の目じゃなかった」

 

 拳を白くなるまで握り締め、声を震わせる。

 

「あの時のシルヴィアの顔が、目を閉じるたびに浮かぶ。血を吐きながら、恨みもせず、ただ微笑んで消えた。あれは――慈悲だ。俺のような愚か者への、慈悲だったんだ……!」

 

 ……違う。

 あれは「やっと逃げられる」という安堵の笑みだ。

 だが、それを知る者は、この場には誰もいなかった。

 

「俺が探す。俺が……俺が、追いやったんだ。あの笑顔の意味も分からずに、俺は――」

 

 言葉が途切れる。拳が震えていた。

 

 国王が静かに首を振った。

 

「捜索隊は出す。だが死の森への突入は禁止だ。アルフレッド、お前は残れ」

 

 アルフレッドは唇を噛み、俯いた。

 その夜、自室の窓から北の空を見上げて呟く。

 

「シルヴィア……どこにいる……」

 

 その瞳には、断罪の夜にはなかった光が宿っていた。

 罪悪感と、後悔と、そして――それ以上に厄介な何かが。

 


 

 一方、その「生きていてくれ」と祈られている当人はというと。

 

空断エア・スライサー

 

 ズバン。

 三頭のオークが、まとめて真っ二つになった。

 

「ごほっ……けほ……」

 

 袖で口元を拭う。赤い。もう慣れた。

 

 ポーションを取り出し、一気に飲み干す。

 

「…………まっず」

 

 体が回復する。何事もなかったかのように、次の獲物を探す。

 

(オークの肝、回収。これでポーションの素材がまた一つ揃った。あとはスライムの粘液だな。……あっちの沼地にスライム系の反応がある)

 

 効率厨は、今日も効率的に生き延びている。

 血まみれで。口の中にポーションの残り香が張りつく。不味い。本当に不味い。でも効く。

 

(そろそろこの森を出るか。ここでのレベリングは十分だ。次の目的地を考えないと)

 

 俺は頭の中でゲームの地図を思い浮かべる。

 この森の北側を抜けると、辺境の小さな村がある。

 そこから街道に出て、アカデミア連邦を目指す。

 

 アカデミア連邦。魔法技術の研究を至上とする中立国。

 身分よりも実力を重んじる気風で、王立魔法学院には貴族も平民も関係なく入学できる。

 グラン・マギカ王国とは異なる法体系。追放令嬢の身分も、ここでは意味を持たない。

 追放された悪役令嬢でも、素性を隠して実力さえ示せば居場所がある。

 

(学院に入って、研究所にコネを作って、のんびり暮らす。変装さえすればシルヴィアだとバレることもない。完璧な計画だ)

 

 方針は決まった。

 俺は北に向かって歩き出す。

 

 しばらく歩くと、森の切れ間から視界が開けた。

 丘の向こうに、小さな村が見える。

 木造の家々。畑。教会の尖塔。

 

 ――そして、その村から立ち上る黒い煙。

 

(……煙?)

 

 風に乗って、微かに悲鳴が聞こえる。

 

 目を凝らす。

 村の入り口に、魔物の群れが押し寄せていた。ゴブリンの大群。少なくとも五十体はいる。

 村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑っている。

 

(あー……)

 

 俺は頭を掻いた。

 

(面倒だな。迂回するか)

 

 地図を思い浮かべる。この村を迂回すると、街道に出るまでさらに三日はかかる。

 

(……いや、迂回は効率が悪い。この村を通り抜けるのが最短ルートだ。つまり、道を塞いでる障害物を排除するのが最適解)

 

 ため息をつく。

 

(仕方ない)

 

 俺は丘を駆け下りた。

 

 




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次回「辺境の村を救ったのは、ただの通り道だったから」――毎日投稿です。
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