余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる Remake   作:実験体-C

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第3話「辺境の村を救ったのは、ただの通り道だったから」

 

 

 丘を駆け下りながら、俺は状況を分析する。

 

 ゴブリンの大群。目視で五十体以上。個体のレベルは低い。せいぜい5か6。

 統率された動きではない。おそらく食料に釣られて村に集まった烏合の衆だ。

 今の俺はレベル32。一体一体は脅威じゃない。

 だが数が多い。ナイフで一体ずつ処理していたら時間がかかる。

 

(範囲攻撃で一掃するのが効率的だ。適切な魔法は……氷結牢アイス・プリズン。消費HP40%)

 

 40%は重い。だがこのレベルならHP上限は210。消費しても126は残る。

 ポーションもある。問題ない。

 

 村の入り口に辿り着く。

 ゴブリンたちが家屋を壊し、畑を踏み荒らしている。村人たちは広場の中央に固まって震えていた。老人、子供、女性。武器を持った男は数人いるが、この数を前に手も足も出ていない。

 

 逃げ遅れた子供をゴブリンが追いかけているのが見えた。

 

(――あれを先に止めるか。巻き込んで凍らせたら寝覚めが悪い)

 

 俺は駆けた。

 ゴブリンの一体が子供に手を伸ばす、その瞬間にナイフを投げる。

 ミスリルの刃がゴブリンの頭を貫き、そのまま地面に縫い止めた。

 

 子供が転び、こちらを見上げる。

 銀色の髪。返り血で頬が赤く染まった少女が立っている。

 

「……走れ。広場に行け」

 

 子供は数秒固まった後、泣きながら広場へ駆けていった。

 

 よし。巻き込む心配はなくなった。

 

(――変換コンバート

 

 心臓が跳ねる。血管が燃える。もう何度も味わった痛みだが、慣れはしない。

 胃の底から熱いものが込み上げ、口の端から血が溢れる。

 

 だが、魔力は生成された。

 十分すぎるほどの。

 

「――氷結牢アイス・プリズン

 

 大気が凍った。

 

 シルヴィアを中心に、白い冷気が爆発的に膨張する。

 地面が凍りつき、空気中の水分が一瞬で結晶化し、ゴブリンたちの体が次々と氷に包まれていく。

 

 村の入り口を埋め尽くしていた五十体以上のゴブリンが、一秒で氷の彫刻になった。

 

 静寂。

 

 風が吹き、氷の粒が陽光にきらめく。

 凍りついたゴブリンたちの間を、冷気の霧が漂っている。さっきまでの怒号と悲鳴が嘘のように、世界が静止していた。

 氷に閉じ込められたゴブリンは、一体残らず絶命している。解凍されることはない。これが消費HP40%の範囲攻撃の威力だ。

 

 その中心に立っているのは、口元から血を流し、白い肌を返り血と自らの鮮血で赤く染めた少女。

 銀色の髪が風に揺れ、紅い瞳が夕陽を反射している。

 白と紅。その対比は、残酷なほどに美しかった。

 

 村人たちが、呆然とその光景を見ていた。

 恐怖よりも先に、畏怖が来た。人間に向ける感情ではない。もっと根源的な、聖なるものを前にしたときの震えだった。

 

(……消費HP40%。残り126。許容範囲だ。ポーションは後で飲めばいい――この人数の前であのドブ色の液体を取り出す気にはなれん)

 

 俺は袖で口元の血を拭い、広場にいる村人たちのほうを向く。

 

「道を聞きたい。この村からアカデミア連邦に向かう街道は、どっちだ」

 

 誰も答えない。

 全員が、凍りついたように俺を見ている。

 

(……反応が遅いな。まあ、いきなり魔物が全部凍ったら驚くか)

 

「聞こえなかったか? 街道の方角を――」

 

「あ、あなた様は……」

 

 村人の一人――白髪の老人が、震える声で口を開いた。

 

「何者で、いらっしゃいますか……?」

 

(何者って……通りすがりだが)

 

「旅の者だ。この村を通り抜けたいだけで、それ以上の用はない。街道の方角を教えてくれれば、すぐに発つ」

 

 老人は答えなかった。代わりに、ゆっくりと膝をついた。

 

「……あなた様が、あなた様のような方が、この辺境に来てくださるなど……」

 

 周囲の村人たちも、一人、また一人と膝をつき始める。

 

(え、何、この反応。なんで跪いてるんだ)

 

「あの……立ってくれ。ただ通りたいだけなんだ……」

 

「あの方の傷を見たか」

 

 村人の男が、小声で囁く。

 

「口から血を……あれだけの血を流しながら、我々を……」

 

「命を削って……見ず知らずの我々のために……あの方の瞳には一切の見返りを求める色がなかった」

 

(いや、だから違うんだが。道が塞がれてたから排除しただけで――)

 

「聖女様だ……」

 

 子供の声が、夕焼けの空に響いた。

 さっき助けた子供が、母親にしがみつきながら、俺を指差して叫んでいる。涙を流しながら、それでも笑顔で。

 

「聖女様が来てくれた!」

 

(やめろ)

 

 だが連鎖は止まらない。

 

「聖女様……!」「聖女様がお救いくださった……!」

 

(やめてくれ。俺はただ効率的に最短ルートを取ろうとしただけだ)

 

 混乱する俺の耳に、うめき声が聞こえた。

 見ると、広場の隅に倒れている老人がいた。先ほどの白髪の老人――村長だ。

 右腕から大量に出血している。ゴブリンに斬られたらしい。顔面は蒼白で、意識が朦朧としている。

 

(……あの傷、化膿したら死ぬな。この世界の医療水準じゃ助からない)

 

 俺はインベントリからポーションを一本取り出した。

 

 残り六本。貴重な在庫だ。

 正直に言えば、減らしたくない。

 

(……だが、道を聞けてないんだよな。村長が死んだら情報源がなくなる。面倒だ)

 

 俺は村長の傍に膝をつき、ポーションを口元に運んだ。

 

「飲め。苦いが、効く」

 

 村長は微かに目を開き、俺の顔を見た。

 銀色の髪と紅い瞳が、夕陽に照らされている。

 

「あなた、様は……」

 

「いいから飲め」

 

 半ば強引に流し込む。

 

 村長の顔が一瞬歪んだ。そりゃそうだ。あの味だ。

 だが数秒後、出血が止まり、傷口が塞がり始めた。蒼白だった顔色に、徐々に赤みが戻る。

 

 周囲の村人たちが息を呑む。

 

「傷が……傷が治っていく……!」

 

「奇跡だ……!」

 

(いや、ポーションだ)

 

 村長の容態が安定したのを確認して、俺は立ち上がった。

 

「それで、街道はどっちだ」

 

 村長が、涙を流しながら北東の方角を指した。

 

「あちらに……半日ほど歩けば……」

 

「ありがとう。世話になった」

 

 等価交換だ。道を教えてもらったのだから、それに見合う対価を払った。

 ポーション一本の消費は痛いが、この村を迂回する三日分の時間と食料を考えれば、十分にペイする。

 

 ……うん。合理的な判断だ。それ以上の意味はない。

 老人が死にかけていたから助けたわけではない。子供が泣いていたから戦ったわけではない。

 全ては効率の問題だ。最短経路を確保するための、冷静な損得勘定。

 

 ――そう自分に言い聞かせるのは、これで何度目だろう。

 

 俺は踵を返し、歩き出した。

 

 背後から声が追いかけてくる。

 

「お待ちください! せめてお名前を……!」

 

(名前なんか教えたら足がつく。身バレは御免だ)

 

「名乗るほどの者じゃない」

 

 俺はそれだけ言い残して、村を出た。

 


 

 俺が去った後のココル村では。

 

 村長は涙を拭い、村人たちに向かって語った。

 

「皆の者。今日、我々はこの目で奇跡を見た。あの方は……命を削る魔法で我々を救い、神秘の薬で儂の命を繋ぎ……そして名も告げず去っていかれた」

 

 村人たちが頷く。子供も、老人も、涙を流している。

 

「あの方は見返りを求めなかった。儂らのような辺境の民に、あれほどの力を惜しみなく使い、血を吐いてまで……」

 

「村長。あの方が置いていかれた薬瓶、一滴だけ残っておりました」

 

 村長の娘が、空き瓶を大切そうに抱えて駆け寄ってくる。

 ドブのような色の液体が、瓶の底にわずかに残っていた。

 

「これは……村の宝として保管せよ。聖女様の奇跡の証として」

 

 この日。

 辺境の小さな村に、一つの伝説が生まれた。

 

 血を吐きながら村を救い、奇跡の薬を授け、名も告げず去った銀髪の少女。

 その噂は、行商人から冒険者へ、冒険者から酒場へ、酒場から街へと伝わり――

 尾ひれがつき、装飾が加わり、事実とは似ても似つかない「物語」になって――

 

 やがて、大陸中に広がることになる。

 


 

 一方、当の聖女様はというと。

 

 街道を歩きながら、ポーションを飲んでいた。

 

「…………まっず」

 

 残り五本になったポーションの在庫を確認し、ため息をつく。

 

(素材は確保してあるから、どこかで補充しないとな。……あと、この味をなんとかしたい。聖水を隠し味に入れたら中和できないかな。教会系のアイテムには浄化作用がある。前の持ち主のレシピを改良する余地はありそうだ。次の街に教会があれば試してみよう)

 

 アカデミア連邦は、まだ先だった。

 

(とにかく、もう余計なことには関わらない。目立たず、静かに、効率よく生きる。それだけだ)

 

 そう固く誓う主人公の背後で。

 ココル村の子供が空を見上げて叫んでいた。

 

「聖女様、また来てね!」

 

 その声は、風に乗って消えていく。

 少女には、届かない。

 

 




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次回「ポーションが不味すぎて改良を決意する」――毎日投稿です。
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