余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる Remake 作:実験体-C
第4話「ポーションが不味すぎて改良を決意する」
ココル村を出て二日。
俺は街道をひたすら北東に歩きながら、ポーションの改良に頭を悩ませていた。
(問題は味だ。効果は完璧。HP全回復。非の打ち所がない性能。なのになぜこんなに不味いんだ。薬というものは不味いほど効くと相場が決まっているが、これは度が過ぎる)
手元の小瓶を振る。ドブ色の液体がぐるりと揺れる。
これが最後の自作ポーションではない。道中の素材を使って追加で二本調合できた。残りは合計七本。
ただし、新しく作った分も同じ味だった。泥と雑巾のハーモニーは健在だ。
効果だけは文句なしなのが余計に腹立たしい。不味さと有用性が完全に比例している。
(前の持ち主のレシピに忠実に作ったらこうなった。つまりレシピ自体に問題がある。いや、問題があるというより、味を考慮する余裕がなかったんだろう。生き残ることだけを考えて作ったレシピだ)
光るキノコ、マンドラゴラの根、オークの肝、スライムの粘液。
素材の組み合わせは理にかなっている。だが臭いの元凶はオークの肝とスライムの粘液だ。この二つが合わさると、泥と雑巾を煮込んだような悪臭を放つ。
(聖水で中和できないか? 教会の聖水は浄化作用がある。素材の臭気を抑えつつ、回復効果を阻害しない……理論上は可能だ)
次の街で聖水を手に入れよう。そう計画を立てながら、道中のレベリングも並行して続ける。
街道沿いにも魔物は出る。死の森に比べれば雑魚だが、経験値はゼロではない。
すれ違う旅人や商人がいるので、さすがに派手な魔法は使えない。ナイフで処理する。
ミスリル製のサバイバルナイフは、並の魔物なら一撃で仕留められる。吐血しなくて済むのは精神衛生上ありがたい。
街道の魔物はスライムとゴブリンがほとんどだ。たまにオオカミの変異種が出るが、レベル40の俺には作業でしかない。
ただ、周囲に人がいないのを確認してから戦う必要があるのが面倒だった。血を吐いてないのに血まみれの少女が歩いていたら通報される。
三日目に小さな街に着いた。
石造りの城壁に囲まれた、街道沿いの交易拠点。人口は千人くらいか。
ここで情報収集をしながら、聖水を手に入れる。
街の酒場で、エールを注文した。
この体はまだ十代なので酒は頼めない。ノンアルコールの果実水だ。
(……この体、甘いものに目がないな。前の持ち主の味覚が残ってるのか?)
果実水が妙に美味い。あのドブ色ポーションの後だと、何を飲んでも美味く感じるのかもしれないが。
酒場の隅のテーブルに座り、周囲の会話に耳を澄ます。
情報収集の基本だ。この世界にネットはない。酒場の噂話が、最も効率のいい情報源になる。
「――聞いたか? 北の辺境で、血染めの聖女が現れたって」
(ぶっ)
危うく果実水を吹き出しかけた。
「血染め……?」
「ああ。ゴブリンの大群を一人で壊滅させたんだと。全身血まみれでな。命を削る魔法で村を救って、名前も告げずに去ったらしい」
「へえ。美人なのか?」
「銀色の髪に紅い瞳。この世のものとは思えない美少女だったって、村の連中が口を揃えて言ってたとよ」
(…………)
俺は静かに果実水のグラスを置いた。手が微かに震えている。怒りではない。焦りだ。
(特徴が具体的すぎる。銀髪、紅い瞳、吐血、氷魔法。これだけ揃えば個人の特定は容易だ)
(もう広まってるのか。あれからまだ五日しか経ってないんだが)
「村長が持ってた聖女の薬が凄いらしいぞ。瀕死の傷が一瞬で治ったんだと」
「マジかよ。どこで手に入る?」
「手に入るわけないだろ。聖女様が直接授けた奇跡の薬だぞ」
(ポーションだっつの。調合すれば誰でも作れる。ただし不味い)
俺は残りの果実水を飲み干し、足早に酒場を出た。
(予想以上にまずい。噂が広がれば、グラン・マギカ側にも届く。そうなれば「銀髪で紅い瞳の少女=シルヴィア」と結びつけられるのは時間の問題だ)
急がなければ。
アカデミア連邦に入ってしまえば、グラン・マギカの管轄外になる。国境を越えれば追手も手出しできない。
身分を偽り、変装し、別人として学院に入学する。それが最も安全な道だ。
髪の色を変えて、瞳の色を誤魔化す方法は考えてある。問題はHP消費のコストだが、それは入学後に最適化すればいい。
街の教会で聖水を手に入れた。
寄付金として銀貨を一枚払う。道中の魔物から剥ぎ取った素材を街で換金した資金だ。
教会の神父が「旅のお嬢さん、お一人で? 危険ですよ」と心配そうに言ってきたが、適当に笑って流した。心配すべきは、俺の身の安全ではなく、魔物の身の安全だ。
宿を取り、部屋でポーションの改良に着手する。
木製のテーブルに調合セットを広げ、材料を並べる。
既存のレシピに聖水を配合。
前の持ち主の調合ノートを参考にしながら、聖水の投入タイミングと比率を変えて何度か試作する。
一口目。
「…………」
不味い。ただし、前よりはマシだ。「泥と雑巾」から「泥だけ」になった感じ。
配合を変える。聖水の比率を上げる。
二口目。
「……まっず」
まだ不味い。だが臭いは明らかに軽減されている。方向性は正しい。
さらに配合を詰める。三口目。
「……………………まっず」
結論。不味さの根本原因はオークの肝にあり、これを除外すると回復効果が半減する。
つまり、不味さと効果はトレードオフの関係にある。
(……諦めるか。不味くても効くなら、それでいい。効率が全てだ)
ポーションの改良は「やや不味さが軽減された」という微妙な成果で終わった。
部屋には試作品の残骸と聖水の瓶が散乱している。宿の人に見られたら怪しまれそうだ。片付けてから寝よう。
(……今度、果実のエキスを混ぜてみるか。前の持ち主のレシピは素材の相性だけで構成されていて、味という観点が完全に欠落している。生存のための道具だから当然だが)
そう考えると、魔力なしで独自にここまでの調合レシピを編み出した前の持ち主は、やはり大したものだ。
俺はその遺産を、ほんの少しだけ改良しただけ。
翌朝。
出発の準備をしながら、俺はステータスを確認した。
レベル40。HP上限は389。
……389?
俺は眉をひそめた。
レベル40の成長曲線なら、HP上限は400前後になるはずだ。
11ポイント足りない。
(……偶然か?)
過去のステータス推移を記憶から掘り起こす。
レベル10の時、HP上限は100だった。理論値は102。誤差2。
レベル20の時、150。理論値は155。誤差5。
レベル30の時、205。理論値は212。誤差7。
レベル40の今、389。理論値は400。誤差11。
(……誤差が、加速している)
俺はゆっくりと目を閉じた。
生命変換を使うたびに、最大HPが僅かずつ永続的に減少している。
ポーションで回復できるのはHPの現在値だけ。最大HP自体の減少は、何をしても戻らない。
つまり、これは――
(余命、か)
不思議と、恐怖はなかった。前世で突然死んだ時よりも、はるかに冷静だ。
おそらく、数字として可視化されているからだろう。見えない恐怖より、見える数字の方が対処しやすい。
減少ペースから逆算する。
今のペースで生命変換を使い続ければ、最大HPがゼロになるのは――数年後。
使用頻度を下げれば延命できるが、ゼロにはできない。生きている限り、インベントリの維持コストだけでも微量のHPを消費し続けている。
(…………まあ、数年あれば十分だろ)
俺は窓の外を見た。
朝日が、街の屋根を金色に染めている。
綺麗だと思った。前世では、朝日を見る余裕なんてなかった。いつも始発で出社し、終電で帰り、気づいたら死んでいた。
(前世は過労死だ。二十代で死んだ。それに比べりゃ、数年の猶予があるだけマシじゃないか。少なくとも、朝日を見る時間はある)
ため息をつく。
感傷じゃない。ただの現状分析だ。そう、感傷じゃない。
(リソースが有限なら、有限なりの最適解を出すだけだ。余計な戦闘を避けて、生命変換の使用回数を最小限に抑える。学院に入って、安全な環境を確保して、無駄にHPを消費しない生活を送る)
……そう。だから俺は、もう余計なことには関わらない。
静かに、効率よく、残りの命を使い切る。それだけだ。
俺は荷物をまとめ、宿を出た。
アカデミア連邦の国境は、もう目の前だった。
(さて。ここからは目立たず、静かに……)
主人公がそう誓うのは、これで何度目だろう。
そしてその誓いが守られたことは、一度もない。
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次回「【急募】北の辺境に出現した聖女について【血染め】」――毎日投稿です。