余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる Remake   作:実験体-C

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第6話「男装して学院に潜入する(つもりだった)」

 王立魔法学院。

 アカデミア連邦の学園都市の中心にそびえる、巨大な城壁に囲まれた学術機関。

 身分よりも実力を重んじる国らしく、門の前には貴族も平民も関係なく、入学試験の受験者が列を成していた。

 

 その列の中に、俺はいた。

 

 国境を越えてから二日。街道沿いの宿場町で一泊し、学園都市に到着したのは今朝のことだ。

 思っていたより都会だった。石畳の大通りに馬車が行き交い、魔道具の店が軒を連ねている。空気が違う。王国の田舎道とは比べものにならない活気がある。

 

 黒い短髪。地味な眼鏡。胸にはサラシ。

 

 黒染めブラック・ダイの魔法でHP5%を消費して銀髪を黒く染め、認識阻害ミスディレクションの魔法でHP3%を維持して瞳の色を誤魔化している。

 合計HP8%を変装の維持コストとして常時消費。地味に痛い出費だが、身バレするよりマシだ。

 

 偽名は「シル」。名前を完全に変えると咄嗟に反応できなくなるリスクがあるので、略称で誤魔化す。

 性別も男で通す。この体は華奢だが、サラシと男物の制服で十分に誤魔化せる。声も意識して低めに出せばそれらしく聞こえるだろう。

 

(……よし。外見は問題ない。華奢な男子生徒に見えるはずだ)

 

 周囲の受験者を観察する。十代半ばから後半が多い。皆、緊張した面持ちだが、目には希望が見える。

 ……俺みたいに逃走先として学院を選んだ奴は、さすがにいないだろうな。

 

 入学試験は二部構成。筆記と実技。

 

 筆記は問題なかった。

 ゲームの設定資料で世界の魔法理論は把握している。加えて、転生前のシルヴィアは魔力がない代わりに座学だけは貴族教育を受けていた。その知識も残っている。歴史、魔法理論、錬金術の基礎。あの令嬢は魔力なしでも手を抜かなかったらしい。

 満点の手応え。隣の受験者が答案を覗き込んで顔色を変えていたから、少なくとも周囲よりは出来ているはずだ。

 

 問題は、実技だ。

 


 

 実技試験会場。屋外の演習場に、受験者が並んでいる。

 試験官はボサボサの白髪に瓶底眼鏡の男。気だるそうに受験者を見渡している。

 

(……ギルバート先生か)

 

 原作ゲームでは、リリィの才能を見出して育成するサブキャラクター。

 「未知の魔法」に目がない変人教師。マッドサイエンティスト気質。

 

(こいつの前で目立つのは危険だ。魔法研究に取り憑かれた男。珍しいものを見せたら最後、纏わりつかれる。最小限の出力で、地味にクリアする)

 

「実技試験の内容は単純だ」

 

 ギルバートが欠伸混じりに説明する。

 

「あの的に、魔力弾を当てろ。以上」

 

 演習場の端に、魔法防御が施された鋼鉄製の人形が立っている。

 受験者たちが次々と魔力弾を放ち、人形に小さな傷をつけていく。

 凹み程度の傷でも合格ラインらしい。基礎的な魔力操作ができれば問題ないということだ。

 中には人形の腕を吹き飛ばす受験者もいて、そのたびに周囲から歓声が上がる。

 

 俺の番が来た。

 

(最小出力。HP1%。ちょっとした光の玉を当てるだけ。それで十分だ)

 

 ――変換コンバート

 

 心臓が小さく跳ねる。ごく僅かなHPの消費。吐血するほどではない。

 口の中に、かすかに鉄の味がする程度。

 

(――魔力弾マナ・バレット

 

 指先から、青白い光球が飛んだ。

 

 鋼鉄人形の上半身が消し飛んだ。

 

 ……。

 

 …………。

 

(え)

 

 演習場が、静まり返った。

 

 首から上が消滅した鋼鉄人形が、ゆっくりと前のめりに倒れる。

 ガシャン、という金属音だけが響いた。

 

(……いや、待て。HP1%だぞ? 最小出力だぞ?)

 

 レベル補正。

 そうだ。俺は今レベル40だ。一般的な入学者のレベルは5から10。

 HP1%の魔力弾でも、レベル40の補正がかかれば――他の受験者のレベル10の全力魔法より遥かに強い。

 

(やりすぎた。完全にやりすぎた。事前にレベル補正の計算をしておくべきだった。効率厨として恥ずべきミスだ)

 

 周囲の受験者が、ざわざわと距離を取り始める。

 試験官のギルバートだけが、違う反応を見せていた。

 

「…………」

 

 瓶底眼鏡の奥の目が、見開かれている。

 さっきまでの気だるさが消え、代わりに狂気的な輝きが宿っていた。

 

「……素晴らしい」

 

 ギルバートが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

「今のは魔力弾だね? しかし君の体から魔力の発生反応がなかった。代わりに感知したのは……生命力の減衰? まさか、魔力回路を経由せずに生命力を直接魔力に――」

 

 目が輝いている。完全に研究対象を見つけた目だ。周囲の受験者が引いている。

 

「いえ、あの、ただの魔力弾です」

 

「嘘をつきたまえ。私の魔力感知は精度が高い。君の体からMPの反応は一切検出されなかった。あったのはHPの減少だけだ。つまり君は、命を燃やして魔法を撃った」

 

(……このマッドサイエンティスト、感知能力だけはやたら鋭いな)

 

「名前は」

 

「……シル、です」

 

「シル君。君は特待生だ。明日から来たまえ」

 

「は? いや、まだ試験の結果も――」

 

「私の独断で決める。何か問題が?」

 

(問題しかないんだが)

 

 周囲の受験者たちが、哀れみと畏怖の混じった目でこちらを見ている。

 

(目立たないように、地味にクリアするはずだったのに……)

 

 ギルバートが満面の笑みで書類に何かを書き込んでいる。

 その顔は、新しいおもちゃを見つけた子供のそれだった。

 隣の受験者が「ドンマイ」と小声で呟いてきた。どうやら、ギルバートに目をつけられることの意味を知っているらしい。

 

(最悪だ。目立たない学院生活を送るつもりが、初日から学院一の変人に捕まった)

 


 

 特待生には個室が与えられる。

 通常の寮は二人部屋だが、成績優秀者と特別事情のある生徒は特別棟の個室を使えるらしい。

 ギルバートが勝手に手続きを済ませてくれた。恩に着るべきか、警戒すべきか、判断に困る。

 

 これは正直、ありがたい。

 二人部屋だと変装魔法の維持コストが24時間必要になる。個室なら、部屋の中では解除できる。HP8%の節約は大きい。

 

 特別棟の最上階。角部屋。

 中に入ると、専用のバス・トイレ・小さなキッチンまで完備されていた。

 窓からは学園都市が一望できる。死の森や街道の野宿とは雲泥の差だ。

 ベッドに腰を下ろしてみる。柔らかい。この体になってから、まともなベッドで寝るのは初めてだ。

 

(悪くない。ポーションの調合もここでできる)

 

 荷物を整理し、変装を解いて一息ついた瞬間。

 

 ――コンコン。

 

 隣の部屋から、壁越しにノックの音がした。

 いや、壁じゃない。ドアだ。隣室と繋がる連絡ドアがある。

 

(こんなドアがあるのか……?)

 

 慌てて変装を再発動する。HP8%消費再開。

 

 ドアを開けると、小柄な少女が立っていた。

 金色の髪。青い瞳。小動物のようにおどおどした雰囲気。

 身長は俺――シルヴィアの体より少し低い。あどけない顔立ちだが、どこか芯の強さを感じさせる瞳をしている。

 胸元に、特待生バッジが光っている。

 

「あの……すみません。お隣に越してきた者なんですが、お砂糖を少し貸していただけませんか? お紅茶を淹れようとしたら切らしてしまって……」

 

(…………)

 

 俺の脳が、全力で警報を鳴らしていた。

 

 金髪碧眼。小柄。回復魔法が得意。特待生。

 ――原作ヒロイン、リリィ・ホワイト。

 

(なんでこいつが隣にいるんだ)

 

「あの……? ご迷惑でしたか……?」

 

 リリィが、不安そうに小首を傾げている。

 

(落ち着け。俺は今「シル」という男子生徒だ。黒髪に眼鏡。シルヴィアとは似ても似つかない。大丈夫だ。バレるはずがない)

 

「……砂糖な。待ってろ」

 

 キッチンから砂糖を持ってきて渡す。

 

「ありがとうございます! あの、私はリリィ・ホワイトと申します。お隣同士ですし、よろしくお願いしますね」

 

「……シルだ。よろしく」

 

 リリィが笑顔で去っていく。

 ドアが閉まった瞬間、俺は壁に背を預けて深く息を吐いた。

 

(原作ヒロインが隣室。しかも連絡ドアで繋がっている)

 

 原作ゲームでのリリィは、聖女として覚醒する前は「平凡だが心優しい少女」として描かれていた。回復魔法の才能がずば抜けているが、本人はまだその力に自覚がない。

 今の彼女にとって、俺は――「シル」という名の、ちょっと変わった隣人でしかない。

 

(このまま距離を保てばいい。余計な接点を作らず、授業を受けて、研究所のコネを作って、静かに卒業する。それだけだ)

 

 窓の外を見る。学園都市の夜景が広がっている。

 魔道具の灯りが連なる通り。遠くに見える時計塔。穏やかな風。

 悪くない。ここなら、残りの命を効率よく使えそうだ。

 

(……そう、効率よく。それだけだ)

 

 ――その予感は、翌日には現実になる。

 

 




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次回「原作ヒロインが隣に住んでいる」――毎日投稿です。
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