余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる Remake   作:実験体-C

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第7話「原作ヒロインが隣に住んでいる」

 翌朝。

 変装を再発動してから部屋を出ると、廊下でリリィとばったり出会った。

 

「あ、シルさん! おはようございます」

 

「……ああ、おはよう」

 

 リリィは制服姿だった。白を基調とした学院の制服が、小柄な体によく似合っている。

 胸元の特待生バッジが朝日を反射して光っていた。

 手には紅茶の入ったカップ。昨日貸した砂糖を使ったらしい。律儀なことに、マフィンを一つ差し出してきた。

 

「昨日のお礼です。焼きたてなんですよ」

 

「……いいのか」

 

「もちろんです! お隣同士ですし」

 

 受け取って一口齧る。素朴な甘さ。……悪くない。ドブ色ポーションの味覚を基準にすると、この世の全ての食べ物が美味く感じる気もするが。

 

「今日から授業ですね。同じクラスだったら嬉しいんですけど」

 

(同じクラスじゃないことを祈る。原作ヒロインとの接点は少ないに越したことはない)

 

 ……結論から言うと、同じクラスだった。

 


 

 1年A組。特待生クラス。

 教室は広く、天井にはアカデミア連邦の紋章が刻まれていた。窓から差し込む朝日が、磨き上げられた木の机を照らしている。

 二十人ほどの生徒が席についていた。出身も年齢もバラバラ。貴族の子弟もいれば、平民の奨学生もいる。アカデミア連邦らしい多様さだ。

 

 リリィが嬉しそうに隣の席に座る。

 

(……まあいい。無害なクラスメイトだと思えば問題ない)

 

 担任はギルバートだった。

 

(最悪だ)

 

 ギルバートが教壇に立ち、気だるそうに出席を取る。

 シルの名前が呼ばれた時、ギルバートの目が一瞬輝いた。研究者の目だ。獲物を見つけた猛禽の目とも言う。

 

「さて、初日だから軽く自己紹介でもしてもらおうか。名前と、得意な魔法を。……シル君、君から」

 

(初手で指名するなこの男)

 

「シルです。得意な魔法は……特にありません」

 

 嘘だ。が、この場で「HP消費型の全属性魔法が使えます」と言ったら面倒なことになる。

 

「控えめだね。昨日鋼鉄人形を消し飛ばしたのは忘れていないよ」

 

 教室がざわつく。入学試験の噂はすでに広まっているらしく、何人かが「あの鋼鉄人形を一撃で壊した奴か」とこちらを見ている。

 

(目立ちたくないと言ってるのに……)

 

 自己紹介が続く。

 隣のリリィは「リリィ・ホワイトです。回復魔法が得意です。皆さんの力になれたら嬉しいです」と笑顔で言った。

 模範的な自己紹介だった。好感度が高い。教室の空気が少し和む。

 原作ゲームではこの子が聖女として覚醒し、世界を救う。今の時点ではまだ「ちょっと回復魔法が上手い女の子」でしかないが、潜在能力は計り知れない。

 ……だからこそ、距離を取る。原作の展開に影響を与えるのは避けたい。

 

 カイルという茶髪の青年が「カイル。指揮系統の魔法と戦術が専門だ。平民だが、実力は貴族に負けないつもりだ」と言い切った。芯が強そうだ。目に宿る光は野心ではなく、矜持だった。

 ガストンという巨漢が「……ガストン。大剣」とだけ言って座った。簡潔すぎるが、見た目の威圧感で全てが伝わる。身長は俺の倍近い。人間の大きさじゃない。

 

(クセの強い面子だな。……まあ、俺に関わってこなければどうでもいい)

 

 自己紹介が終わり、ギルバートが時間割を配る。

 魔法理論、魔法史、実技、錬金術基礎、魔法生物学。

 錬金術の授業がある。ポーション改良の参考になるかもしれない。少しだけ期待する。

 


 

 放課後。

 寮の部屋に戻り、変装を解いて一息つく。

 今日の授業は座学だけだったので、HPの消費は変装の維持コスト8%だけ。許容範囲だ。

 

 せっかくの個室だ。ポーションの在庫もそろそろ補充が必要。調合をしよう。

 調合セットを広げ、素材を並べる。道中で採取した分と街で買い足した聖水を含めて、材料は十分にある。

 

 火にかけて煮込む。

 オークの肝とスライムの粘液が反応し始めた瞬間――凄まじい悪臭が部屋に充満した。

 

(うわ。いつもの匂いだが、密室だときつい。死の森では外だったから気にならなかったが……)

 

 窓を全開にする。が、換気だけでは追いつかない。廊下側にも匂いが漏れているのが分かる。

 

 ――コンコン。

 

「シルさん? あの、何か変な匂いが……大丈夫ですか?」

 

(リリィ! まずい)

 

 ドアの向こうからリリィの心配そうな声が聞こえる。

 

「問題ない。ちょっと……薬を調合してただけだ」

 

「お薬? シルさん、お体が悪いんですか?」

 

「違う、趣味だ」

 

「趣味で薬を……? 変わってるんですね」

 

(趣味じゃなくて生命線なんだが、そうは言えない)

 

 だがこの匂いは問題だ。隣室のリリィに毎回嗅がれたら、いずれポーションの正体に気づかれる。

 ココル村に残した「聖女の奇跡の薬」と同じ匂いだ。リリィが「血染めの聖女」に憧れて入学したなら、その情報を知っている可能性は高い。

 

(……消臭魔法を使うか)

 

 ――変換コンバート

 

 HP1%。ほんの微かな痛み。吐血するほどではないが、口の中に鉄の味が滲む。

 消臭デオドラント。部屋の空気から悪臭が消え、代わりに微かな清涼感が残った。まるで最初から何もなかったかのように。便利な魔法だが、こんなことにHPを使うのは不本意だ。

 

「あ、匂いが消えました。……でもシルさん、今ちょっと顔色悪くなりませんでした?」

 

 リリィが連絡ドアの隙間から覗き込んでいた。

 

「気のせいだ」

 

「本当ですか? 少し青ざめて……」

 

(HP1%で顔色変わるのかよ、この体。虚弱体質の補正が余計なところで効いてる)

 

「大丈夫だ。……それより、覗くな」

 

「あっ、すみません!」

 

 リリィが慌ててドアを閉める。

 俺はため息をついた。

 

(毎回消臭魔法を使うのは効率が悪い。調合の頻度を下げるか、匂いが出ない製法を開発するか……いや、そもそもこの部屋で調合するのが問題なのか?)

 

 しばらく考えて、結論を出す。

 調合は深夜にやろう。リリィが寝ている時間帯なら、匂いに気づかれるリスクは低い。消臭魔法も一回で済む。

 

(生活の最適化。効率厨の本領発揮だ)

 

 ふと、リリィが「血染めの聖女」に憧れて入学したと言っていたのを思い出す。

 昨日の自己紹介で彼女はそこまで詳しく語らなかったが、砂糖を借りに来た時にぽつりと漏らしていた。

 

「辺境の村を救った聖女様の話を聞いて……私も誰かの力になりたいと思ったんです」

 

 あの時の瞳は本物だった。純粋な憧れ。

 ……その聖女が実は「道が塞がれたから障害物を排除しただけ」とは、口が裂けても言えない。

 

(いや、言う必要もない。バレなければ問題ない。バレないようにするのが俺の仕事だ)

 

 そう思いながら、試作品のポーションを一口飲む。

 

「…………まっず」

 

 聖水を増やした新レシピ。改良版のはずだが、相変わらず不味い。

 泥の味から、泥に微かなミントを加えた味になった。進歩と呼んでいいのか分からない。

 


 

 翌日の朝。

 ギルバートが教室に入ってきて、満面の笑みで宣言した。

 

「今日は実技の日だ」

 

 教室が緊張に包まれる。ギルバートの実技は、入学初日の噂で「実験に近い」と言われていた。

 

 ギルバートの目が、真っ直ぐ俺を捉えた。

 瓶底眼鏡の奥で、研究者の瞳が爛々と光っている。

 

「シル君。楽しみだね」

 

 隣のリリィが、小さく「大丈夫ですか?」と囁いてきた。

 心配してくれているのだろう。だがリリィ、心配すべきは俺じゃなくて演習場の設備のほうだ。昨日の二の舞は御免だ。

 

「……出力は控える。絶対に控える」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 

(今日の目標。目立たない。壊さない。吐血しない。この三つだ)

 

 そしてその目標は、この後、三つとも達成できないことになる。

 

 




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次回「授業で死にかけたのは先生のせいです」――毎日投稿です。
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