余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる Remake 作:実験体-C
翌朝。
変装を再発動してから部屋を出ると、廊下でリリィとばったり出会った。
「あ、シルさん! おはようございます」
「……ああ、おはよう」
リリィは制服姿だった。白を基調とした学院の制服が、小柄な体によく似合っている。
胸元の特待生バッジが朝日を反射して光っていた。
手には紅茶の入ったカップ。昨日貸した砂糖を使ったらしい。律儀なことに、マフィンを一つ差し出してきた。
「昨日のお礼です。焼きたてなんですよ」
「……いいのか」
「もちろんです! お隣同士ですし」
受け取って一口齧る。素朴な甘さ。……悪くない。ドブ色ポーションの味覚を基準にすると、この世の全ての食べ物が美味く感じる気もするが。
「今日から授業ですね。同じクラスだったら嬉しいんですけど」
(同じクラスじゃないことを祈る。原作ヒロインとの接点は少ないに越したことはない)
……結論から言うと、同じクラスだった。
1年A組。特待生クラス。
教室は広く、天井にはアカデミア連邦の紋章が刻まれていた。窓から差し込む朝日が、磨き上げられた木の机を照らしている。
二十人ほどの生徒が席についていた。出身も年齢もバラバラ。貴族の子弟もいれば、平民の奨学生もいる。アカデミア連邦らしい多様さだ。
リリィが嬉しそうに隣の席に座る。
(……まあいい。無害なクラスメイトだと思えば問題ない)
担任はギルバートだった。
(最悪だ)
ギルバートが教壇に立ち、気だるそうに出席を取る。
シルの名前が呼ばれた時、ギルバートの目が一瞬輝いた。研究者の目だ。獲物を見つけた猛禽の目とも言う。
「さて、初日だから軽く自己紹介でもしてもらおうか。名前と、得意な魔法を。……シル君、君から」
(初手で指名するなこの男)
「シルです。得意な魔法は……特にありません」
嘘だ。が、この場で「HP消費型の全属性魔法が使えます」と言ったら面倒なことになる。
「控えめだね。昨日鋼鉄人形を消し飛ばしたのは忘れていないよ」
教室がざわつく。入学試験の噂はすでに広まっているらしく、何人かが「あの鋼鉄人形を一撃で壊した奴か」とこちらを見ている。
(目立ちたくないと言ってるのに……)
自己紹介が続く。
隣のリリィは「リリィ・ホワイトです。回復魔法が得意です。皆さんの力になれたら嬉しいです」と笑顔で言った。
模範的な自己紹介だった。好感度が高い。教室の空気が少し和む。
原作ゲームではこの子が聖女として覚醒し、世界を救う。今の時点ではまだ「ちょっと回復魔法が上手い女の子」でしかないが、潜在能力は計り知れない。
……だからこそ、距離を取る。原作の展開に影響を与えるのは避けたい。
カイルという茶髪の青年が「カイル。指揮系統の魔法と戦術が専門だ。平民だが、実力は貴族に負けないつもりだ」と言い切った。芯が強そうだ。目に宿る光は野心ではなく、矜持だった。
ガストンという巨漢が「……ガストン。大剣」とだけ言って座った。簡潔すぎるが、見た目の威圧感で全てが伝わる。身長は俺の倍近い。人間の大きさじゃない。
(クセの強い面子だな。……まあ、俺に関わってこなければどうでもいい)
自己紹介が終わり、ギルバートが時間割を配る。
魔法理論、魔法史、実技、錬金術基礎、魔法生物学。
錬金術の授業がある。ポーション改良の参考になるかもしれない。少しだけ期待する。
放課後。
寮の部屋に戻り、変装を解いて一息つく。
今日の授業は座学だけだったので、HPの消費は変装の維持コスト8%だけ。許容範囲だ。
せっかくの個室だ。ポーションの在庫もそろそろ補充が必要。調合をしよう。
調合セットを広げ、素材を並べる。道中で採取した分と街で買い足した聖水を含めて、材料は十分にある。
火にかけて煮込む。
オークの肝とスライムの粘液が反応し始めた瞬間――凄まじい悪臭が部屋に充満した。
(うわ。いつもの匂いだが、密室だときつい。死の森では外だったから気にならなかったが……)
窓を全開にする。が、換気だけでは追いつかない。廊下側にも匂いが漏れているのが分かる。
――コンコン。
「シルさん? あの、何か変な匂いが……大丈夫ですか?」
(リリィ! まずい)
ドアの向こうからリリィの心配そうな声が聞こえる。
「問題ない。ちょっと……薬を調合してただけだ」
「お薬? シルさん、お体が悪いんですか?」
「違う、趣味だ」
「趣味で薬を……? 変わってるんですね」
(趣味じゃなくて生命線なんだが、そうは言えない)
だがこの匂いは問題だ。隣室のリリィに毎回嗅がれたら、いずれポーションの正体に気づかれる。
ココル村に残した「聖女の奇跡の薬」と同じ匂いだ。リリィが「血染めの聖女」に憧れて入学したなら、その情報を知っている可能性は高い。
(……消臭魔法を使うか)
――変換。
HP1%。ほんの微かな痛み。吐血するほどではないが、口の中に鉄の味が滲む。
消臭。部屋の空気から悪臭が消え、代わりに微かな清涼感が残った。まるで最初から何もなかったかのように。便利な魔法だが、こんなことにHPを使うのは不本意だ。
「あ、匂いが消えました。……でもシルさん、今ちょっと顔色悪くなりませんでした?」
リリィが連絡ドアの隙間から覗き込んでいた。
「気のせいだ」
「本当ですか? 少し青ざめて……」
(HP1%で顔色変わるのかよ、この体。虚弱体質の補正が余計なところで効いてる)
「大丈夫だ。……それより、覗くな」
「あっ、すみません!」
リリィが慌ててドアを閉める。
俺はため息をついた。
(毎回消臭魔法を使うのは効率が悪い。調合の頻度を下げるか、匂いが出ない製法を開発するか……いや、そもそもこの部屋で調合するのが問題なのか?)
しばらく考えて、結論を出す。
調合は深夜にやろう。リリィが寝ている時間帯なら、匂いに気づかれるリスクは低い。消臭魔法も一回で済む。
(生活の最適化。効率厨の本領発揮だ)
ふと、リリィが「血染めの聖女」に憧れて入学したと言っていたのを思い出す。
昨日の自己紹介で彼女はそこまで詳しく語らなかったが、砂糖を借りに来た時にぽつりと漏らしていた。
「辺境の村を救った聖女様の話を聞いて……私も誰かの力になりたいと思ったんです」
あの時の瞳は本物だった。純粋な憧れ。
……その聖女が実は「道が塞がれたから障害物を排除しただけ」とは、口が裂けても言えない。
(いや、言う必要もない。バレなければ問題ない。バレないようにするのが俺の仕事だ)
そう思いながら、試作品のポーションを一口飲む。
「…………まっず」
聖水を増やした新レシピ。改良版のはずだが、相変わらず不味い。
泥の味から、泥に微かなミントを加えた味になった。進歩と呼んでいいのか分からない。
翌日の朝。
ギルバートが教室に入ってきて、満面の笑みで宣言した。
「今日は実技の日だ」
教室が緊張に包まれる。ギルバートの実技は、入学初日の噂で「実験に近い」と言われていた。
ギルバートの目が、真っ直ぐ俺を捉えた。
瓶底眼鏡の奥で、研究者の瞳が爛々と光っている。
「シル君。楽しみだね」
隣のリリィが、小さく「大丈夫ですか?」と囁いてきた。
心配してくれているのだろう。だがリリィ、心配すべきは俺じゃなくて演習場の設備のほうだ。昨日の二の舞は御免だ。
「……出力は控える。絶対に控える」
自分に言い聞かせるように呟く。
(今日の目標。目立たない。壊さない。吐血しない。この三つだ)
そしてその目標は、この後、三つとも達成できないことになる。
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次回「授業で死にかけたのは先生のせいです」――毎日投稿です。