余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる Remake 作:実験体-C
屋外演習場。
1年A組の生徒が横一列に並び、ギルバートが教壇代わりの岩に腰掛けている。
「さて。今日の実技は模擬戦だ。私が攻撃するから、防御なり回避なりしてみたまえ」
生徒たちがざわめく。教師が本気で攻撃してくるタイプの授業か。
ギルバートの魔法レベルは学院でも屈指だ。手加減してもらえるとはいえ、新入生には荷が重い。
最初の数人は、ギルバートの魔力弾を障壁で受けるか、横に飛んで避けるかした。
それでも、大半が一発で地面に転がされている。手加減されてこれだ。
特待生クラスですらこの有様。ギルバートの実力が分かる。原作ゲームでも隠しボス級の強さだった記憶がある。
カイルは風の障壁で三発耐えた。教室で一番の成績。
ガストンは大剣で魔力弾を叩き落とした。力技すぎるが、有効ではある。
リリィは回避に専念し、一発も受けなかった。身のこなしが軽い。回復魔法使いだけに、「当たらない」という選択を本能的に取れるらしい。
「はい、では最後。シル君」
(来たか)
演習場の中央に立つ。ギルバートとの距離は約二十メートル。
生徒たちが演習場の端に下がる。入学試験で鋼鉄人形を消し飛ばした噂を知っている分、巻き添えを恐れて距離を取っているのだろう。
(……今日は出力を完全に制御する。HP消費は最小限。防御だけに徹して、さっさと終わらせる)
「では、行くよ」
ギルバートの指先に、紅い光が灯った。
(……紅い? 魔力弾は青白いはずだ。紅い光は――)
紅蓮弾。
炎の塊が、弾丸のような速度で飛んできた。
(おい! 他の生徒には魔力弾だっただろうが! なんで俺だけ上位魔法!?)
避ければ背後の観客席に着弾する。避けるわけにいかない。
「――変換」
心臓が跳ねる。口の中に鉄の味が広がる。
HP15%を消費。
「歪曲障壁」
空間が歪み、半透明の壁が眼前に展開される。
紅蓮弾が障壁に衝突し、轟音とともに炎が四散した。熱風が髪を揺らす。
(……止めた。だがこの変人、手加減する気がないな)
「素晴らしい。空間歪曲系の防御魔法か。無詠唱で展開できるとは」
ギルバートの声は冷静だった。研究者の声だ。データを取っている顔だ。
「では、次」
次、があるのか。
間髪入れず、風の刃が三方向から同時に飛んできた。
風刃乱舞。範囲攻撃。障壁だけでは防ぎきれない角度から来る。この男、防御型の生徒に対して即座に戦術を変えてきた。
一本目を障壁で防ぎ、二本目を横に跳んで避ける。
三本目が、避けきれなかった。左腕をかすめ、制服の袖が裂ける。浅い傷だが、血が滲む。
(くそ、追い込まれた。……カウンターで止めるしかないか)
――変換。
追加でHP1%。口の端から、血が溢れた。
少量だが、確実に吐血だ。
「魔力弾」
指先から放たれた青白い光球が、ギルバートの足元に着弾する。
意図的に外した。当てるつもりはない。牽制だ。
だが着弾点の地面がえぐれ、石畳が粉砕された。演習場の壁にひびが入る。
(……出力制御はした。したんだが、レベル40の1%は、一般生徒の全力を軽く超えるんだよな。学習した。次からは0.5%以下で調整する必要がある)
ギルバートが満足そうに頷く。「もういいよ。素晴らしいデータだ。……ああ、合格だ」
(「データ」が先かよ)
その言葉を聞いた瞬間、視界が揺れた。
防御と攻撃でHP消費が重なった。変装の維持コストもある。合計で25%近く一気に消費した計算だ。
膝が折れる。地面に手をつく。口から血が溢れる。今度は魔法の代償ではなく、短時間でのHP急激消費による身体への過負荷だ。視界の端が暗くなる。
「シルさんっ!」
リリィの悲鳴が聞こえた。駆け寄る足音。
柔らかな光が体を包む。回復魔法だ。
痛みが和らぎ、浅い傷が塞がる。ただし、消費したHPそのものはリリィの回復魔法では戻せない。HPの回復にはポーションが必要だ。
「先生! やりすぎですよ!」
カイルが声を荒げている。ガストンも大剣の柄に手をかけて、ギルバートを睨んでいる。
クラスメイトの何人かが、明らかにギルバートに怒りの目を向けていた。
ギルバートは気にした様子もなく、手帳に何かを書き込んでいる。
「……寿命という名の蝋燭を燃やしている。HP消費型の全属性魔法行使。無詠唱。無媒介。既存の魔法体系に該当例なし。……悲劇の天才だ」
(悲劇とか言うな。お前が無茶振りしたせいだろ)
「シルさん、大丈夫ですか? 顔が真っ白です……」
リリィが俺の手を握っている。小さくて温かい手だ。その青い瞳が潤んでいる。
「……大丈夫だ。ちょっとふらついただけだ」
「ちょっとじゃないです! 血を吐いてたじゃないですか!」
(……まあ、たしかに吐いてたな)
「保健室に……いや、部屋に戻ればいい。少し休めば回復する」
立ち上がろうとすると、カイルが肩を貸してきた。無言で支える。
反対側からガストンが、巨大な手で俺の背中を支えた。
「……一人で歩ける」
「黙って借りとけ」
カイルの声は静かだが、有無を言わせない響きがあった。
保健室のベッドに横たわり、カーテンの中でこっそりポーションを飲む。
相変わらず不味い。だが全身にHPが戻っていく感覚は、今だけは天の恵みに感じる。
カイルとガストンは「何か必要なものがあったら言え」と言い残して教室に戻った。リリィだけが、椅子に座って俺のそばにいる。
「……帰っていいぞ。授業あるだろ」
「ギルバート先生が『午後は自習にする』って言ってました。……というか、クラスのみんなが怒ってます」
(怒ってるのか。俺にじゃなくてギルバートに?)
「シルさんが倒れた時、カイルさんが『こんな授業は間違ってる』って先生に直接言ったんですよ。ガストンさんも大剣を構えて……あれは怖かったです」
(大剣を構えるな。教師相手に何をしてるんだ)
「みんな、シルさんのことが心配なんです」
リリィが微笑む。だがその目は、笑っていなかった。
心配の色が、滲んでいる。
窓の外では、演習場の石畳が修復魔法で直されているのが見えた。俺がやった被害だ。申し訳ないが、ギルバートに請求してくれ。
「……血を吐く魔法。それがシルさんの体質なんですか?」
「まあ……そういうものだ。慣れてる」
「慣れちゃ駄目ですよ、そんなこと」
リリィの声が、少し震えていた。
(……なんだ、この反応。初日からこんなに心配されるとは思わなかったな)
「大丈夫だ。ポーションを飲めば全快する」
「本当ですか?」
「嘘をつく理由がない」
リリィが安心したように息を吐く。
俺はポーションの空き瓶をインベントリにしまいながら、ぼんやりと天井を見た。
(……面倒が増えたな。しかし、あのギルバートめ。次はもう少し上手く出力を制御しないと、同じことの繰り返しになる)
翌日。
教室に行くと、俺の席の周囲をクラスメイトが固めていた。
カイルが左隣、ガストンが後ろ、リリィが右隣。
まるで要人警護の陣形だ。
「……なんだ、これ」
「護衛だ」
カイルが腕を組み、当然のように答える。その目は真剣そのものだった。
「お前が安心して授業を受けられるようにする。ギルバートが無茶なことをしてきたら、俺たちが止める」
「いや、俺のほうがお前らより……」
「黙って座ってろ」
(…………)
俺は、黙って座った。
主人公が周囲の善意から逃げられなくなるのは、これが初めてではない。
そしてこれが、最後でもない。
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