江ノ島鎮守府の日常   作:暁桃源郷

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提督と元帥

 つい数年ほど前。突如地球上にいるどの生命体とも違う生命体が出現。

近代兵器が全く効かない生命体に、人類は瞬く間に制海権を奪われた。

 人類はその生命体を深海棲艦と呼称。すぐさま国連は対策本部を設立。加盟国である日本は大本営、および鎮守府を設立した。

 しかし、どのような対策を講じようと現代の最新兵器が効かない時点で意味はなかった。

 ついには核兵器を使用するかの瀬戸際まで人類が追い込まれたその時、日本近海の太平洋立つに五人の少女が深海棲艦を撃滅したのが発見された。彼女たちは自らを嘗ての大戦で沈んだ艦の魂を持った少女、艦娘と呼称した。

 ─────それが、つい一ヶ月前のこと。

 

「─────現状の確認はできたかね?」

 

 手に持った資料に目を通していた俺に、部屋の主が効果を掛ける。

 白髪に立派な白い髭を蓄えた威厳のある顔付きの老人。更には白い制服に纏っている。何処までも白尽くしな彼の名前は城沢白朗。日本の大本営の最高責任者、元帥である。

 ここは元帥の執務室。元帥は自身の席から立ち上がると俺が座るソファの机を挟んで向かいに置かれたソファにどっしりと座る。

 

「東元治、二十九歳。階級は少佐。防衛大学での最終的な成績は中の上。一ヶ月前の小笠原諸島奪還作戦唯一の生き残り」

 

 俺は眉を顰めて資料を机の上に置く。

 

「前置きは無しにしましょう、元帥。本日はどのような用件で呼び出されたのでしょうか?」

 

 俺の質問に元帥はその手に持った五枚の写真を一枚ずつ机にばら撒いた。

 その写真に写っていたのは敬礼した少女たちの顔写真。

 

「君には見覚えがあるだろう?」

「………一ヶ月前に現れた艦娘と自称する少女たちですね」

 

 俺の答えに元帥は一息つくと、次にもう一つの資料を俺に手渡した。

 その表紙には『各鎮守府に於ける艦娘配備及び提督の着任について』と大きく書かれている。

 

「現状、深海棲艦に対抗できるのは艦娘が装備、運用できる艤装のみであることを鑑みた決定だ。何の因果が我が国には今現在横須賀、呉、佐世保、舞鶴の四つの鎮守府が存在する。それらに彼女たちと海軍の中から選抜した四人を提督として着任させる。」

 

 一枚一枚俺は資料を捲る。だんだん資料を捲る手が早くなって、一度落ち着こうと用意されていた緑茶を喉に通す。

 

「要するに、私にその鎮守府の一つを任せたいと?」

「話が早くて助かる」

「どうして私が選ばれたのでしょうか?成績も、元帥が仰った通り決して良いとは言えません」

 

 俺の質問に元帥は小さく笑って答える。

 

「君は一ヶ月前に艦娘を指揮し、深海棲艦を退けた。その実績を見ての判断だ」

 

 元帥の答えに資料を持つ手に力が籠ったのがわかった。

 

「あの程度の指揮ならば私でなくとも可能でしょう。そのような理由では私は納得できません」

「頑固な男だな、君は」

 

 困ったように笑った元帥は自身の執務机を指差した。

 

「私の机に置かれている物を全て挙げてみたまえ」

 

 元帥の意図がわからぬ命令に、俺は眉を顰めながらもとりあえず言われた通りに挙げていく。

 

「名札、万年筆、エアコンのスイッチ、スマートフォン………少女の人形」

「それが理由だ」

 

 訳がわからない。今、俺は何か特別なことでも言っただろうか。

 強いて言うなら元帥には似合わない人形について言及したくらいだが、それでも命令は全て挙げろだ。俺に責任はない。

 

「………仰る意味がわかりかねますが」

「君が今言った少女の人形。儂には見えん」

「………は?」

 

 そんなことあるはずがない。だってあんなにはっきりと見えている。いや、そもそも見えていないのが本当ならば元帥に人形が机の上にあるなどわかる訳がない。

 俺が人間を凝視していると、不思議なことに人形と目が合った。

 驚いて小さく声を上げれば、人形は嬉しそうに机から飛び降りて、俺の前にある机に登ると挨拶をするかのように俺に敬礼した。

 

「………元帥。これはいったい?」

「艦娘の少女たちが言うには彼女たちのサポートをしてくれる妖精さんなのだそうだ」

「妖精さん………」

「先日、大本営に所属する全員に似たようなテストを極秘でさせて貰った。写真に映るものを全て答えろと言う物だ」

 

 確かにあった。特に意図など気にすることなく答えたが、確かに目の前の妖精さんと似た物が写っていて確かに答えた。

 

「艦娘をサポートする妖精さんはこれからの戦いに必要不可欠な戦力だ。彼女らを認識できるかできないかで戦況も大きく変わるだろう」

「………ちなみに、私以外に見える人間は?」

「君を含めて四人人材はギリギリだ。悪いがこれは命令であり、元より君に拒否権はない」

「お言葉ですが、元帥。私も断るつもりは毛頭ありません。寧ろ、我が国を護るための重要な役に抜擢されて感謝してもしきれません」

「その割にはあまりには乗り気ではないように見える」

 

 元帥の鋭い目が俺に突き刺さる。湯呑みを持ち、残った緑茶を全て飲み干して俺は息を整えてから言葉を紡ぐ。

 

「必要なことであると理解はしていますが、やはり年端も行かぬ少女を死地に送ることに抵抗があるのです」

 

 目の前に置かれな写真に写る少女たち。誰も彼もが中学生、下手をしたら小学生かもしれない見た目だ。

 俺はそんな彼女たちを一度死地に送った。彼女たちの頑張りで深海棲艦を退けることには成功したが、俺の指揮が至らないばかりに彼女たちの中の一人に大怪我をさせてしまった。

 元帥は自身の緑茶を飲み干すと、ソファから立ち上がり窓の前に立つ。そのから見えるのは一面の海。沈みかけの夕日が青く美しい海を真っ赤に染め上げている。

 

「私は、海が好きだ」

 

 元帥がポツリポツリと言葉をこぼす。

 

「青く輝く海も、真っ赤な夕方の海も、静かながらしかし全てを飲み込みそうな暗い海も全てが好きだ。しかし、今はどうだ。儂の好きだったあの海がよくわからん生命体に奪われようとしている。儂にはそれがどうしても我慢ならん。あの海を取り戻す為ならば儂は女子供であろうと使えるならば戦場に送り込もう」

「………元帥」

「心が痛まんわけではない。が、今の儂にはこれしか取れる手段がない」

 

 顔は見えないが、聞こえている掠れた声。悔しいのだろう、悲しいのだろう。

 自然と俺は立ち上がって無意識に敬礼していた。

 

「東元治少尉、謹んで提督の任を拝命致します」

「………感謝する」

 

 元帥が踵を返してソファに座り直す。それに倣って俺も再びソファに腰掛ける。

 

「では、任務の詳細について話そう。先程渡した任務の概要の資料の二ページを見たまえ」

 

 机の上の資料を手に取って俺は表紙を捲る。

 

「まず、君に着任してもらう鎮守府は横須賀となる」

「横須賀………」

 

 四つの鎮守府の中で東京も近いことがあり、最も激戦区になると予想される鎮守府だ。

 俺は資料から出て元帥に視線を移す。

 

「その様な重要な地を私に?」

「少しでも経験のある者を配置したまでだ」

 

 そんな答えに俺は再び資料に視線を下ろした。

 

「君の任務は当然の事ながら制海権の奪還。それに加えて深海棲艦の研究、戦力の増加だ」

「増加?艦娘は増えるのですか?」

「彼女らで建造で増えるらしい」

 

 俺は眉間に皺を寄せる。

 それではまるで本当に艦ではないか。

 

「───儂らはまだ敵についても、味方についても知らなさ過ぎる。これでは反撃するにも不安要素が多い。まずは敵を知ることから始めてくれ」

「………わかりました」

「では、次の話になるが─────」

 

 一通りの説明を受けて俺が一息吐いた次の瞬間、部屋の扉が叩かれた。

 

「入れ」

 

 元帥が扉に向かって声を掛けると、扉が開き二人の少女が入ってくる。

 二人とも、先程から話に出ていた五人の艦娘の内の二人だ。

 後ろに一本髪を束ねたセーラー服の黒髪の少女と頭に変な角の様な髪飾りをつけた青髪のセーラー服の少女。

 

「はじめまして吹雪です。よろしくお願い致します」

「あんたが司令官ね。ま、せいぜい頑張りなさい!」

 

 突然のことに呆然としていると、元帥がいきなり立ち上がって大声を上げる。

 

「東元治少尉!特型駆逐艦一番艦吹雪、並びに五番艦叢雲!君たち三人は本日付で江ノ島鎮守府に着任!深海棲艦に奪われた海を奪還せよ!」

 

 覇気のある元帥の一括に、その場の誰しもが無意識に敬礼を取った。

 ………こうして、俺たちの長い戦いと日常が始まったのだ。

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