転生特典は“なんか良い感じの薬が作れる”ことです 作:綾瀬~><
それはきっと運命だった
神様なんているワケない。
記憶にある限り両親なんて存在はいなくて、ソレを眺めては下劣な大人たちが欲に塗れた手を伸ばしてきた。
誰も彼もが『夜兎』という最強戦闘民族の名に躍らされ、その力を我がものにしようとして、尊厳のある人間ではなく破壊兵器のように扱おうとした。
──こんな環境から逃げ出したい。
そう思うようになるのに時間はかからなかった。
温かみのあるヒトなんていなくても、何もかもが無彩色の世界でも、
子供は6歳にして宇宙を巻き込む大逃亡を成し遂げた。
大人数の大人を相手にして無傷とは行かず、音も鳴らぬほど腹は空き、身体の節々から痛みが走り、ありたいていに言うと死にかけていた。それでもやり遂げた。不可能に近い逃避行を、おれはやり遂げたんだ。
ああ、もう死んでも悔いはない。そんなことを思うほどに満ち足りた気分だった。
……満ち足りた気分だった、はずだ。
「──大丈夫か!?」
瞬間、ハッとするほどの極彩色が視界いっぱいに広がった。
赤と青の極彩色が見てる。それがヒトの瞳であることに気づくのに時間がかかるほどの強烈な色に、子供は一瞬だけ呼吸を忘れた。下劣な大人たちとは違う、ふわふわでほわほわな雰囲気を纏った女……いや、男に言い知れぬ感情が沸き立つ。
色のない世界で生きてきた子供にとって、彩色に満ち溢れた男が、あまりにも鮮烈で耐え難いものだった。
「よーしよしよし…大丈夫だ」
まるで割れ物に触れるようなソッとした手つきで子供を抱き上げる。それから、いつの日か鉄格子越しに見た親子のような暖かい声であやすように喋りかけて。
「俺が絶対に助けてやる」
数々の美貌を持った
「だから目ェ閉じるなよ、目ェ閉じたら死ぬぞ」
その懇願するような極彩色の瞳に魅入られた。ナニカの感情が色濃く乗せられた瞳は今までの人生において知る由もなかった未知なるモノで、ずっと心のどこかで羨んでいたものだった。
分からないことは怖い、でもこの“分からない”をそのままにしたくない。そう思ってしまった。
まるで運命のような出会いを果たした極彩色の男、近い将来『医学の王者』と呼ばれる天才医師 緒方庵は変なヤツだった。
何の得もないのに子供を拾い、金もないのに治療を施し、役に立たないのに飯を食わせた。仄暗い世界で生きてきた子供にとって、男はあまりにも未知の存在だった。
あの時、どうやら子供は意識を失っていたらしい。
目を覚ました時には清潔感のある白い部屋で横たわっていた。どこかふわふわした気持ちのまま、身体を起こして辺りを見渡す。傷はなく、あれから長い時間眠っていたようだ。未だ夢の中のような心地よい微睡みがある。
「良かった…目を覚ましたんだな!!」
そんな喜色が滲んだ声が子供を微睡みから現実に引き戻した。
艶やかな緩く波打った白髪は結い上げられており、細い眉は釣り上がっていて意志の強さが垣間見える。その小さい口から溢れ出る声があまりにも優しくて、何故か子供の心をぎゅうっと締め付けた。
一見すれば温和な青年にしか見えないけれど、赤と青が入り交じった極彩色の瞳と柔らかなボーイソプラノが色鮮やかな感情を乗せているおかげで、随分と賑やかな人間に見える。
「もー、せっかく治ったのにまた怪我しちゃうでしょ?」
「べつに、おれがけがしてもいーだろ」
「俺が良くないんです〜。あ、コラッ、暴れないの!」
「こんなのツバかけときゃなおる!!」
「感染症を舐めちゃいけません!結構怖いんだぞ!」
初対面の時と違って物腰が柔らかな口調だったけど、その優しい手と声は変わっていない。子供が暴れたり、暴言を吐いたり、暴食を繰り返したとしても、叱ることはあっても怒ることはなかった。
叱る時の拳骨はビックリするほど痛いけど、悪いことをしているという自覚も子供にはあった。
むしろ、なぜ見捨てられないのか不思議なくらいだった。
お世辞にも大人が望むような“良い子”ではない、どちらかと言えば泥水を啜って生きてきたような意地汚い“悪い子”だった。跡継ぎが欲しいなら子を成せばいいのに、顔が良くて地位もあるならそれも出来るはずなのに、なんでコイツは俺を選んだ?
もしかしたら、と思ってしまったのはこの時だった。
一ヶ月を過ぎる頃になれば、子供は物を破壊することも減って随分と丸くなっていた。
子供は言い逃れができないくらい、砂糖菓子も負けるほど甘ったれた男に絆された。どんな些細なことにでも真摯に向き合い、時には膝を折って目線を合わせて、色んな世界を見せてくれた。
そんなお人好しに絆されるな、という方が無理がある。
少し男を信頼し始めたある日の明け方。
突然チャイムが鳴り響く。男が顰めっ面をしながら「待ってて」と言い、門を開ける。すると突如として怒号が飛び交う。
子供が驚きのあまりヒッソリと玄関の隙間から覗いてみれば、男とはまた少し違う色味をした二色の瞳の人たちが怒りを露わにしていた。
「天人を拾い上げるなんて何を考えている!」
「ヤツらがこの星に何をしてきたのか忘れたのか!?」
「あの子供がお前を裏切らない保証はないだろう!」
「君に何かあれば僕らは君の両親に顔向けできないんだ」
言葉の節々から感じられる“天人への嫌悪感”。
一ヶ月もバレなかったのは奇跡に等しかったんだと思う。やっぱり、俺に居場所なんてどこにもない。たまたま運良くお人好しなアイツに拾われただけで、本当はひとりぼっちがお似合いなんだ。
何も言葉を発せず、ただ聞いているだけの男に心がスっと冷えていく。この天人に厳しい星に生まれたアイツだって、俺が天人だと分かれば手のひらを返すんだろう。きっと、そうだ。
ああ、やっぱり神様なんて───……。
「──あの子は俺の患者です」
そんな思考を霧散させるほどの強い意志が宿った声だった。
俯いていた顔をバッと上げる。子供からは背中しか見えない。あの男がどんな表情で言ってるのかも分からない。
でも、この時は何故かいつもと変わらない温和な笑みを浮かべているのだと思った。
「俺の前から患者がいなくなるのはその人がくたばった時か、綺麗さっぱり完治した時以外に無いんですよ。皆さん」
目の縁に熱いナニカが溜まってくる。
この世に生まれ落ちた時以外、流してこなかったものが今になって流れ始めた。グッと堪えながら、他の大人たちより数倍も小さくてなよっちい背中を見る。それでも、その背中が子供にとって何よりも大きく見えたのだ。
「貴方たちも同族なら分かるでしょう?…──ここは超えちゃいけない一線だってことくらい」
嗚呼、ああ、本当にこの人は甘ったれてる。
甘ったれのお人好しで、何をするにしても優しさが先に来てしまう、どうしようもない人だ。
この人は馬鹿だ。真性の大馬鹿者だ。馬鹿だからこんな面倒事の塊みたいな子供の面倒を見てしまうんだ、お人好しだからこんな可愛くない子供を可愛いと言えるんだ。
引き下がろうとしない男たちに向かって彼は中指を立てて言った。
「わァったら、さっさと帰れよ老害共」
もう、下手な言い訳はやめよう。
誰にするでもない、みっともなくて、意地っ張りな駄々はやめにしよう。
──とっくにイオリせんせのことを愛してしまっているんだ。
それもこれも、もしかしてと思っていた時点で子供の負けは確定していたのかもしれないけれど。ゴシゴシと雑に涙を拭い、なんでもないような顔で戻ってきた彼に飛びついた。
びっくりするくらい甘ったれでお人好しで不器用な彼だからこそ、子供は心から信頼することができたのだ。
子供の骸骨みたいな不気味な顔が丸くなった頃、彼は居所が悪そうな顔をしながら話を持ちかけてきた。
まるで迷子になってしまった子供のような淋しい顔をしながら、泣き出したい気持ちを我慢しているような震えた声で、残酷なことを告げた。
「おれは、普通の家族っていう形を知らない、愛するということが何か知らない。だから、最後までちゃんと面倒を見切れる自信がないんだ……
途中で投げ出してしまうくらいなら最初から手を出さないで欲しい、と思われても仕方がないと思う……でも、ちゃんと大人に育てられるか不安なんだ」
一人になるのが嫌なくせに、他人のことばかり考えて手放す選択を迷わず選べる人間な所だけは嫌いだった。
何も言わずに捨ててくれれば恨むことができた、結局は今までの大人と同じ人間だったんだと思えた。なのに、何歳も年下な子供に対して事情を分かりやすいように説明するだけ、真摯な態度を向けられてしまえば恨むに恨めない。
だからこそ、子供は彼を一人になんてしてやらない。
「ヤダ!イオリせんせといっしょがいい!!」
彼が望む言葉なんて一つもあげてやるつもりなんてない。
卑怯だなんだと言われてもいい。イオリ先生を引き留められるのなら、おれはなんだってしてやる。
それで、どうしたって孤独の色を浮かべたままのイオリ先生の孤独に少しでも蓋ができるのなら…きっと、こんな無価値な存在でも生きててよかったと思えるから。
「…──俺は医者で、色んな人を救ける仕事をしている。だからあんまり構ってやれないかもしれない、親子らしいことも出来ないかもしれない……それでも、俺がいいの?」
「かまってくれなくてもいい!おやこらしいこともできなくてもいい!いっしょがいいの!!イオリせんせじゃなきゃヤダ!!」
全部全部、イオリ先生がくれたんだ。
相手を気使わない言い合い、俺を想ったが故の叱り、包帯を巻く時の小言、料理を作って響く軽快な包丁の音、恐る恐る頭を撫でる手、抱きしめてくれた体温、いちばん欲しかった言葉。
本来こう在るべき人の温もりをくれたのはイオリ先生だ。
おれだって家族の形なんて知らない、愛だかなんだかも知らない。だから二人で知っていこうよ。二人でなら、怖いものなんて無いと思うから。
あのね、先生。
家族になりたいんだ。他でもない先生と、家族に。
──沢山の希望が稲穂のように実りますように。
『今日からお前の名前は緒方穂希だよ
斯くして、
★緒方 穂希/禍津時(6)
破壊兵器として育てられた夜兎族だった。
そんな血みどろの生活と“もっと”を求める自分の本能にウンザリして宇宙を巻き込む大逃亡に挑んだ。そうしてズタボロになりながらも追っ手が絶対に来れない夕又まで逃走し、見事成功を収めた。
人間不信、感情の理解不能、試し行動……色々な“悪い子”の行動を受け止められ、トドメにあの言葉を聞いて完全に庵を信頼した。
他の人間はまだ信頼できないけど、夕又の人間たちには比較的柔らかい対応。
☆緒方 庵(26)
“ちょっと荒れてた”みたいな思い出し方してたけど、全然手負いの獣状態だったし何回か流血沙汰になってた。
ちなみに穂希が寝てた期間を勘違いしてることには気づいてない、気づいててもきっと誤解を正すことはない。勘違いされてた方が都合がいいからね。
★夕又
穂希が夕又から出ない限り追っ手が絶対に来れない星。
天人に対してとても厳しく、過去に何か軋轢があったらしい。
庵はこの事に対して何も知らないようで、穂希に理由を聞かれた時は困った顔をした。