騎士王は迷宮都市でひっそり暮らしたいけど、エクスカリバーのビームの撃ち方とかわかりません 作:meiTo
ダンジョンでの凄惨な裏切りとそれを乗り越えた劇的な救出劇を経て。
ベル・クラネルとリリルカ・アーデは、晴れて正式なパーティを結成した。
これによって、俺——アルトリアの荷物持ちやドロップアイテム回収といった雑務をすべて業務委託(リリ)に丸投げするという完璧なサボり体制が確立されたのである。
今日はその業務委託契約の最終段階。
すなわち我がヘスティア・ファミリアの社長(主神)であるヘスティア様への顔合わせの日だった。
「……あのーベル様。リリ、やっぱり不安です。神様がリリのような薄汚れたサポーターを許してくれるはずが……」
廃教会の地下室の入り口で、リリが犬の耳をペタンと伏せて震えている。
そんなリリに対し、ベル君は無邪気な笑顔を浮かべ、彼女の頭に手を伸ばしてその柔らかい犬耳をわしゃわしゃと撫で回した。
「ひゃうっ!? べ、ベル様!?」
「大丈夫だよ、リリ! 神様はすごく優しいから。それに、俺たちはもうパーティなんだから、何も気にしなくていいんだよ!」
「あ、あぅ……」
ベル君は本当に、自分が騙されていたことなど欠片も気にしていない様子だった。
むしろ、初めてできた自分と同年代の仲間(俺は見た目こそ少女だが醸し出す『おっさん臭』のせいか、どこか保護者扱いされている節がある)に心底嬉しそうだ。
リリは耳を弄られながら、罪悪感と照れくささで顔を真っ赤にしている。
(うむ。新入社員同士の仲が良いのは、職場の風通しを良くする第一歩だな)
俺は壁際で腕を組み、保護者のような眼差しで頷いていた。
そして、いよいよ面接の時間がやってきた。
「……ふーん。君が噂のサポーターくんかあ。ベルくんから話は聞いてるよ!」
地下室の粗末なソファに深く腰掛けたヘスティア様が、腕を組んでリリを値踏みするように見つめる。
その小さな体から発せられる神威(オーラ)は、普段の「ベル君大好き甘えん坊神様」の姿からは想像もつかないほど、威厳に満ちていた。
「あ、あの! ベル様は、お茶を……」
「うん、ベルくんに『お茶を汲んできて』ってお願いしたんだ。……だって、コップが2個しかないからね」
ヘスティア様はチラリと俺の方を見た。
(あ、はい。私は気を利かせて外で待機してますね。社長と派遣社員の1on1ミーティングの邪魔はしませんよ)
俺は音を立てずに地下室の隅へと移動し、気配を殺した。
ベル君が席を外し、室内にはヘスティア様とリリだけが残された。
重苦しい沈黙が流れる。リリの肩が小刻みに震えている。
「さて! まずは君の覚悟を聞こうじゃないか。サポーターくん?」
ヘスティア様が、静かに、しかし鋭く切り出した。
「君は、二度と同じ過ちを繰り返さないと誓えるかい?」
「……はい。誓います!」
リリは顔を上げ、涙の滲む瞳で真っ直ぐにヘスティア様を見つめ返した。
「ベルさまに、ヘスティアさまに……何より、リリ自身に! リリはベルさまに救われました。もう決して裏切りません。裏切りたくありません」
絞り出すような、魂からの誓い。
それを聞いたヘスティア様はふっと目を伏せ、やがて冷酷な宣告を下すかのように口を開いた。
「わかった……その言葉は信じよう。正直に言うよ? サポーターくん。僕は君のことが嫌いだ」
「っ……!」
リリの顔から血の気が引く。
「そりゃそうだろう? 散々ベルくんを騙しておいて、今度は取り入ろうとして! 本当に嫌な奴だ君は! だいたいさっきから何だい?! そのショボくれた顔は!」
ヘスティア様の厳しい言葉が、容赦なくリリの胸に突き刺さる。
リリの犬耳が、これ以上聞きたくないとばかりにどんどん垂れ下がっていく。
「どうせベルくんが優しすぎて、きみをちっとも責めないから罪悪感に押し潰されそうなんだろ? 僕から言わせれば、それはただの甘えだね! いいだろう……だったら僕がベルくんの代わりにきみを裁いてやる……」
(……おお。ヘスティア様、すげえ。完全に『鬼の人事部長』だ)
俺は息を呑んだ。ただ優しいだけの神様ではない。
ファミリアという組織を守るため、そして何より愛するベル君を守るため、彼女はあえて泥を被って「嫌われ役」を演じているのだ。
ヘスティア様はスッと姿勢を正し、リリを指差して力強く告げた。
「——ベルくんの面倒を見てやってくれ」
「……え?」
リリが間抜けな声を漏らす。
「ベルくんが変な奴に引っかからないように、お目付き役さ! 言っとくけど、きみのためじゃないんだからな? 僕は今回のことで確信したんだ。ほっといたらベルくんは、まーーーた誰かに騙される……!」
ヘスティア様は頭を抱えながら、大きくため息をついた。
「それに罪悪感なんて結局、自分が自分を許せるか許せないかでしかないんだ。きみが心を入れ替えたって言うんなら、行動で証明してみせろ! パーティへの加入は許可する。あの子のお守りも任せた! ……けど、くれぐれも出過ぎた真似だけはしないように」
「ヘスティア様……!」
リリの瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
それは拒絶ではなく、彼女に「ベルの隣に立つための役割(贖罪の機会)」を与えるという、不器用でこの上なく温かい救済だった。
「リリは……リリは、一生かけて、ベル様をお守りしますぅぅぅっ!!」
わあわあと泣き崩れるリリ。
ちょうどそこへ、ベル君がお茶(コップ2つ)を両手に持って帰ってきた。
「あれ!? リリ、どうして泣いてるの!? 神様、何か怒った!?」
「べ、別に怒ってないよ! ほら、お茶冷めちゃうから早く飲みなよ!」
ドタバタと騒がしくなる地下室。
俺は暗がりの中で、そっと微笑んだ。
(良い会社だ。これで俺の定時退社は完全に保証された。山積された難題(俺の労働問題)は、すべて解決だ!)
この時の俺は、完全にフラグを建築していたことを知る由もない
***
オラリオの空が燃えるような夕日に染まる時刻。
俺たちヘスティア・ファミリアの平穏な日常とは裏腹に、はるか上空——街を見下ろす『バベル』の塔の上層部では、恐るべき企みが進行していた。
『美の女神』フレイヤは、ワイングラスを片手に窓辺で夕日を見ながら黄昏ていた。
その銀色の瞳は、迷宮の奥深くで躍動する白髪の少年とその横で欠伸をしている黄金の髪の騎士(俺)を、神の視座でネットリと見つめている。
「……私の騎士(アルトリア)の側にいるあの子(ベル・クラネル)。また強くなったわ。輝きが一層鮮やかになった」
フレイヤの唇が、妖艶な弧を描く。
「でも、それだけね。それを邪魔する『淀み』がある……いずれは、淀みも消し去るほどに。けれど——」
フレイヤの背後、部屋の深い闇の中から、岩のような巨躯を持つ男が進み出た。
オラリオ最強の冒険者、レベル7の猪人(ボアズ)——オッタルだ。
「——冒険しない者に、殻を破ることなどできますまい……」
オッタルが、地鳴りのような低い声で主の言葉を継ぐ。
ベル・クラネルの成長速度は異常だ。
しかし、彼はまだ圧倒的な『死の恐怖』——自分より遥かに格上の絶対的強者との、逃げ場のない真の死闘を経験していない。
アルトリアという規格外の保護者が常に背後にいるせいで、無意識のうちに「淀み(甘え)」が生じているのだ。
フレイヤはグラスに残った赤い液体を飲み干し、恍惚とした表情で振り返った。
「任せるわ! オッタル……」
「はっ」
オッタルは深く一礼し、部屋を後にした。
フレイヤの狙いは一つ。
ベル・クラネルに極限の試練を与え、彼を真の英雄へと昇華させること。
そして、その極限状態の中で、愛しのアルトリアがどのような表情を見せるのか……それを味わうことだ。
(——ひぐっ!?)
ちょうどその頃。
地上の屋台でジャガ丸くんを頬張っていた俺は、突然背筋に氷柱を突っ込まれたような強烈な悪寒を感じ、盛大にむせていた。
「けほっ、ゴホッ! な、なんだ今の!? またあのストーカー女神か!? やめてくれよ、今日はせっかくの給料日(打ち上げ)なんだから……!」
俺の胃痛の種は、まだまだ尽きそうになかった。
***
翌朝。
俺の知らないところで、ベル君はとんでもない『社外研修』を受けることになっていた。
朝霧が立ち込める、オラリオの城壁の上。
「——やっぱり闘おうか」
目の前には、ベルが追い求め、未だ止むことのない憧れを抱き続ける『剣姫』——アイズ・ヴァレンシュタインの姿があった。
ミノタウロスの件で命を救われ、怪物祭で成長の片鱗を見せ、そして昨日の早朝、偶然にも彼女から「特訓」の申し出を受けたのだ。
神々にすら惜しみなき賛辞を送られる、その華麗で鋭い剣閃。
それが今、一切の手加減なしに、ベル・クラネルへと襲いかかろうとしていた。
「っ……!!」
キンッッ!! という甲高い金属音が響き渡る。
ベルが咄嗟に『神様の刃』で受け止めたのは、アイズの白銀の剣『デスペレート』の一撃。
信じられないほどの重さと速さ。もし受け流す角度が1ミリでもズレていれば、ベルの腕は容易く両断されていただろう。
(速い……! アルトリアさんのような『暴力的な風圧(デタラメ)』じゃない。洗練され尽くした、純粋な『剣の極致』……!!)
アイズの瞳は凪いでいた。しかし、その剣戟の波は怒涛だ。
ガキンッ! キンッ! ギィィィッ!!
延々と放たれ続ける輝きの中、ベルは必死に食らいつく。
「はぁっ、はぁっ……!!」
吐息さえも感じられる、アイズ・ヴァレンシュタインとの夢の様な距離。
その間で舞い散る剣戟の火花が、ベルの顔を赤く照らし出す。
『——なんで、逃げたの』
かつてミノタウロスの前で逃げ出した自分。
アイズに無様な姿を見せた自分。
それが悔しくて、強くなりたくて、俺(.アルトリア)のデタラメな素振りを必死に真似して、ここまでステータスを異常進化させてきた。
(届きたい。……あの人の、隣に立てるくらいに!)
「うおおおおおおおっ!!」
ベルは新スキル『騎士英雄願望(アーサーヘロン)』の力を無意識に引き出し、極限の集中力でチャージ(溜め)を行った一撃を放つ。
「!」
アイズの目が見開かれた。
ベルの反撃は、アイズの頬をかすめ、黄金の髪を数本切り裂いた。
「……すごい」
アイズが小さく呟く。
彼女はそのまま流れるようにベルの足を払い、地面に転がして木剣(いつの間にか持ち替えていた)を彼の喉元に突きつけた。
「……今日は、ここまで」
「はぁっ、はぁっ……! ありがとうございました……ッ!」
大の字になって倒れ込むベル。
その顔は打撲だらけでボロボロだったが、その瞳は、これまでにないほど澄み切った『剣士』の光を宿していた。
***
「——というわけで、ボコボコにされてきました!」
昼下がり。
俺がファミリアのホームで新聞を読んでいると、顔面を絆創膏と包帯だらけにしたベル君が、ものすごく清々しい笑顔で帰ってきた。
「……ベル君、君、どこで誰と喧嘩してきたんだ? 流石に労災は下りないぞ?」
俺は呆れたようにため息をついた。
「喧嘩じゃないですよ! アイズさんに特訓してもらってるんです! 僕、もっともっと強くなれる気がします!」
「アイズ……ああ、ロキ・ファミリアの剣姫か。なるほど、トップ企業のエースから直接のマンツーマン指導(OJT)とは、恐れ入った。……で?」
俺は、ベル君のお腹から聞こえてくる「きゅるるるるるるるぅぅぅぅぅ!!」という、雷鳴のような轟音に目を向けた。
「……あはは。その、アイズさんと打ち合ったら、なんだか急に、死ぬほどお腹が減っちゃって……」
ベル君が顔を真っ赤にしてお腹を押さえる。
『騎士英雄願望(アーサーヘロン)』の代償(燃費の悪さ)だ。
俺の食欲(セイバー)が確実に後輩にスキルが影響を受けている。
「リリ! 大至急、特盛りのパスタとオーク肉のステーキを! ファミリアの経費で落としてくれ!」
「もーっ! アルトリア様まで便乗して注文しないでください! リリが稼いだお金が、全部お二人の食費に消えちゃうじゃないですかぁ!」
涙目で台所へ走っていくリリ。
その光景を見ながら俺は温かいお茶を啜り、平和な日常を噛み締めていた。
(良い仲間に恵まれたな。俺は後方でふんぞり返り、ベル君は勝手に他社(ロキ・ファミリア)の研修で強くなっていく。最高だ)
この急速な成長と平穏が、オッタルによってもたらされる『最悪のイレギュラー』への単なる「準備期間」に過ぎないということを。
オラリオの迷宮の奥深く
一頭の巨大なミノタウロスが、血塗られた大剣を手に
ベル・クラネルを求めて咆哮を上げていた。
騎士英雄願望(アーサーヘロン)の影響割合はアイズ4割、アルトリア6割設定です。なので腹ペコ要素を足しています。