騎士王は迷宮都市でひっそり暮らしたいけど、エクスカリバーのビームの撃ち方とかわかりません 作:meiTo
「――あなたは冒険者だ」
冒険者が、その高みを目指すとき。
今の自分という殻を破り、更なる次元(ランクアップ)に足を踏み入れようとするとき
……必要となるものは、文字通り『冒険』である。
かつて冒険者であった先駆者――ギルドの窓口でベルを指導するエイナ・チュールは、静かに、しかし確かな重みを持ってそう口にした。
安全な狩りを繰り返しているだけでは、決して「器」は大きくならない。
己の限界を超えるような死闘、魂が焼き切れるほどの渇望、そして未知なる恐怖への挑戦。
神々が『偉業(エクセリア)』と呼ぶそれらを経て初めて、人は次の段階(レベル)へと昇華されるのだ。
(強くなりたい。あの人達に、追いつくために)
『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインとの特訓の日々。
早朝の城壁の上で、ベルは何度打ちのめされても立ち上がり、彼女の剣閃に食らいついていった。
その成長速度は、教える側のアイズですら驚愕で目を丸くするほどだった。アルトリアという「規格外のデタラメ(暴風)」を間近で見続け、それを無意識に模倣しようとするベルの身体能力は、もはやレベル1の枠を完全に超えつつあった。
そのベルが、次第にランクアップに興味を示すようになるのは、当然の帰結であった。
強くなりたい。ただ守られるだけの存在から、隣に立てる存在へ。
「追いつけるかどうかはわからない。けどやらなきゃ、追いかけるんだ。手が届くように。そして――」
ベルは、早朝の特訓を終えた後、自分の手のひらを強く握りしめ、迷宮(ダンジョン)へと向かう決意を固めた。
***
祖父の顔を。
お祖父ちゃんの顔を、見たくなった。
両親のいなかった僕の、名実ともに育ての親。
皺だらけの顔をいつもくちゃくちゃにして笑っていて、「可愛い女の子を助けて仲良くなりたいよなー」とか、「美女美少女侍らすのはロマンだよなー」とか、「スケコマシでもいいじゃない」とか、「あっでもヤンデレだけは勘弁な?」とか、たまによくわからないことを言っていたけど、とにかく愉快な人だった。
祖父はまるで自分の目で見てきたかのように英雄達の逸話を知っていて、よく僕に聞かせてくれた。
誕生日にくれる絵本が祖父の直筆だったことを知ったのは、あの人が亡くなってから随分あとのことだ。
アイツ等すげえよなぁ、自分より強い奴に一人でも立ち向かえるんだぜぇ、儂には絶対無理じゃぁ。
自分はあんな真似できないと口にしながら、祖父はいつも嬉しそうに英雄達を称えていた。
でも、英雄みたいなことはできないなんて、それは嘘だ。
祖父はカッコ良かった。
幼い僕がゴブリンに殺されかけた時、あの人は誰よりも速く、あたかも雷霆のように駆けつけてきてくれて、両手に持った鍬をモンスター達へ叩きこんでいった。
いつも外衣に隠れていた体は戦士のようにたくましかった。
丸太のような腕はモンスター達を寄せつけることはなかった。
大きな大きな手は、僕の小さな体を抱き上げてくれた。
今、思えば。 僕が初めて憧れた英雄は、お祖父ちゃんだった。
やばい時は逃げろ。 怖かったら逃げろ。 死にそうだったら助けを求めろ。
女の人がキレそうだったらすぐ謝れ。
馬鹿にされたって指をさされたって、それは恥ずかしいことなんかじゃない。
一番恥ずかしいことは、何も決められず動けないでいることだ。
いつもそう言っていた祖父。
目の前からいなくなってしまった後も、その教えだけはずっと心の側に残し、僕に一大決心をさせてくれたお祖父ちゃん。
オラリオに送り出してくれた、あの人の言葉。
お祖父ちゃんの顔が、見たくなった。
いつもと同じダンジョン。いつもと同じ冒険者としての日々。
だが、静かに、そして確実に近づいていた――ベル・クラネルにとっての本当の『冒険』をするその刻(とき)が。
「ベル様、今日はアルトリア様はいらっしゃらないのですか?」
薄暗いダンジョンの第9階層。
巨大なリュックを背負ったサポーターの少女、リリルカ・アーデが、周囲を警戒しながら首を傾げた。
「うん。アルトリアさん、『有給休暇の消化義務がある』とか『今日は地上でクレープの新作発表会があるから』って言って、今日はファミリアのホームでお休みしてるんだ」
「ゆ、ゆうきゅう……? よくわかりませんが、あの規格外のお方がいないとなると、今日はリリたちだけで慎重に進まないといけませんね」
そう、今日の探索に「無敵のポンコツ先輩(アルトリア)」は同行していない。
ベルは、いつまでも先輩の背中に隠れているわけにはいかないと考えていた。
自らの力で迷宮を歩き、自らの力で魔石を稼ぎ、真の意味で「一人前の冒険者」にならなければならないと。
だが、第9階層を進むにつれて、ベルの肌にじっとりとした嫌な汗が滲み始めた。
(……おかしい。静かすぎる)
周囲には、モンスターの気配が全くない。
すれ違うはずの他の冒険者たちの姿すら見当たらない。
広大なダンジョンの一角が、まるでそこだけ切り取られたかのように、異様な静寂に包まれていたのだ。
「ベル様……なんだか、気味が悪いです。誰かに、見られているような……」
リリが身震いし、ベルの背中にギュッと身を寄せた。
ベルの脳裏に、かつての光景がフラッシュバックする。
そうだ。あの日――第5階層で、自分が『あの怪物』に襲われた時も、こんな風にモンスターや冒険者が不自然なほど消え失せていた。
ドスンッ。
突如として、前方の暗がりから、地鳴りのような重い足音が響いた。
「え……?」
ベルの呼吸が止まる。
霧の奥から姿を現したのは、二本の太い角を生やした、巨大な牛頭の怪物。
中層のモンスターであるはずの、ミノタウロス。
しかし、それはベルがかつて見た個体とも、アイズが切り捨てた個体とも違っていた。
体表は、どす黒い血を浴び続けたかのような、黒に近い『赤色』。
その全身には無数の傷跡が刻み込まれ、手には身の丈ほどもある巨大な大剣が握られている。
フレイヤの命を受けた『猛者(オッタル)』によって、極限まで痛めつけられ、戦うことのみを強制された強化個体。闘争本能だけで動く、殺戮の獣。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
赤黒いミノタウロスが、迷宮を揺るがすほどの咆哮を上げた。
「――っ!!」
その瞬間、ベルの視界がぐにゃりと歪んだ。
濃密な血の匂い。圧倒的な『死』のプレッシャー。
酒場でベートに笑われた記憶。
恐怖で逃げ惑い、アイズの背中を見るしかできなかった無力な自分。
トラウマが、ベルの足を石のように固く縫い付けた。
ガチガチと歯が鳴り、指先から血の気が引いていく。
剣を抜くことすらできない。
ただ、眼前に迫る圧倒的な暴力を見上げて、絶望するしかできない。
お祖父ちゃん。
今の僕は、動けない。
「……ぅ、ぁ」
顔を振り上げて、口から漏れ出た大粒の唾液を飛ばすミノタウロス。
遥か視線の先にいるモンスターは、自分という存在を誇示するかのように大剣を携え、吠声をあげている。
まるでそれ自体が重鎧のような体躯に、深い損傷は見られない。
傷はあくまで表面的なもの。 魔法が通用しないという現実の前に、無力感が全身を支配していく。
勝てない、という言葉が頭の裏を何度も反響していた。
力が、入らない。
せっかく立ち上がった膝が、今にも折れてしまいそうだった。
「フゥゥ……!」
「……っ!?」
差し向けられた視線の切っ先が、首筋をぞくっとさせる。
誘発された冷たい電流が再び恐怖を呼びさまし、その代わりに、こみ上げていた脱力感を一斉に追い払った。
僕の意識とは別に、本能が死から遠ざかろうともがき始める。
このまま突っ立っていたら、殺される。
僕も、リリも切り殺される。
動かなきゃ……!
僕はあらん限りに手を握り締めた。でも…
「ベル様! 逃げましょう! 今のリリたちでは太刀打ちできません。早く!!」
リリが悲痛な声を上げ、ベルの腕を引っ張った。
しかし、ベルは動けない。
(動け……動け、動けっ! 僕は、強くなりたいんじゃないのか!?)
頭では分かっていても、本能が警鐘を鳴らし、肉体が拒絶する。
赤いミノタウロスが、巨大な大剣を振り上げた。
その標的は、立ち尽くすベル・クラネル。
「しっかりしてください!!」
ドンッ! という衝撃。
リリが、己の小さな体で全力でベルを突き飛ばした。
「わっ!?」
ベルが地面に転がった直後。
ミノタウロスの大剣が、ベルが立っていた場所を粉砕した。
飛び散った鋭い瓦礫の破片が、ベルを突き飛ばしたリリの頭部を激しく打ち据える。
「きゃあっ……!」
「リリ!?」
リリの体が壁に叩きつけられ、その額から、ツーッと赤い血が流れ落ちた。
彼女は苦痛に顔を歪めながらも、ベルを守るようにその場にへたり込んでいる。
(――僕の、せいだ)
ベルの瞳孔が収縮した。
自分がトラウマに怯えて立ちすくんだせいで。
自分が、ただの「守られる子供」のままだったせいで。
やっとできた大切な仲間(サポーター)が、血を流している。
『ブシューゥゥゥゥゥッ……』
ミノタウロスが、荒い鼻息を吐きながら、今度は地面に倒れたリリへと標的を変え、ゆっくりと歩み寄っていく。
「ダメだ………だめだだめだだめだだめだっ!!」
ベルの奥底で、何かが弾け飛んだ。
恐怖よりも、トラウマよりも、何よりも強い『怒り』と『焦燥』。
そして、絶対に譲れない『英雄への憧憬』。
ベルは弾かれたように跳ね起き、腰から『神様の刃(ヘスティア・ナイフ)』を引き抜いた。
赤黒いミノタウロスとリリの間に、自らの体を割り込ませる。
「『ファイアボルトォォォォォッ!!』」
ベルの左手から、無詠唱の真紅の炎雷が放たれた。
至近距離からの魔法攻撃。
炎がミノタウロスの顔面を直撃し、爆炎が迷宮を照らし出す。
「やったか……!?」
しかし、煙が晴れた直後、ベルは絶望的な光景を目の当たりにした。
『グルルルルルッ……』
強化個体である赤いミノタウロスは、顔面を黒焦げにしながらも、ニヤリと……まるで人間のような、残虐な笑みを浮かべていたのだ。
オッタルによる地獄の特訓で、中途半端な魔法に対する耐性すら獲得していたモンスター。
ベルの放ったファイアボルトは、致命傷を与えるどころか、獣の闘争本能に火をつけ、その『怒り』を完全に買い取ってしまっただけだった。
「う、そだろ……」
ミノタウロスの筋肉が異常に膨張し、血管がドクドクと脈打つ。
ただの力任せではない、明確な『殺意』を帯びた大剣の刺突が、ベルの腹部を掠め、その体を宙へと吹き飛ばした。
「がはっ……!!」
壁に激突し、血を吐き出すベル。
意識が遠のく中彼の脳裏に、あのポンコツで、デタラメで、しかし誰よりも安心できる『先輩(アルトリア)』の言葉が蘇った。
『――いいか、ベル君。どんな絶望的な状況でも、決して諦めるな。相手の動きを観察し、的確なタイミングで、己の全てを乗せた一撃を放て』
(……アルトリア、さん。僕、やります。僕だって、あなたの後輩なんだ)
ベルは、血まみれの口元を拭い、ふらつく足で立ち上がった。
右手には、黒い刀身を持つ『神様の刃』。
逃げない。
もう二度と、背中は見せない。
これが、僕の『冒険』だ。
ベルの魂の奥底で、新たなる力が、静かに脈動を始めていた。
「――来いよ、怪物」
少年の瞳に宿ったのは、恐怖ではなく、燃え盛るような『英雄』の光。
そして彼の中で、規格外の先輩への憧れが生み出した突然変異のスキル――『騎士英雄願望(アーサーヘロン)』が、今まさにその真価を発揮しようとしていた。
ミノタウロス種類別
・通常種(茶色)レベル1〜2
・強化種(赤胴)レベル2強
・オリジナル種(赤黒)レベル3強
・異端児(ゼノス)レベル6相当