騎士王は迷宮都市でひっそり暮らしたいけど、エクスカリバーのビームの撃ち方とかわかりません 作:meiTo
※少し長めです。
エイナはデスクに広げられた報告書をまとめ、ふぅと一息ついた。
周りでは、同僚達がぽつぽつと帰宅していく。
天井近くの壁にかかっている時計は夜の20時を回るところ。
窓口を隔てギルドのロビーと隣接する事務室は、残業組の職員だけを残し、すっかり空白が目立つようになっていた。
飲み物でも淹れてこようかな、とエイナが思っていると、同じ受付嬢の友人が部屋の奥で声を
散らしてきた。
「ふぇ~ん、エイナぁ、手伝ってぇ~! こんなの明日になっても終わりっこなーい!?」
「……自業自得。今日まで何もやってなかったミィシャが悪い」
嘆息し、ヒューマンの友人の泣きごとをにべも無く断る。
ミィシャと呼ばれた童顔の女性職員のデスクには、書類という書類が山積みされていた。
各【ファミリア】の神達がこぞって請求した資料が、本人の職務怠慢によって静かに蓄積されていた結果だ。
原因が原因だけに、エイナも手を貸してやるつもりは毛頭ない。少し痛い目に会った方がいいだろうと。
「何で今期はこんな【ランクアップ】した人が沢山いるのぉ!? 神会の目前にこんなレベルアップラッシュ、酷い~!? 誰かの陰謀だー!?」
「こら、冒険者の血と汗の結晶をそんなこと言わない。最初からコツコツやっておけば、こんなことにならなかったでしょう?」
「ハイ、反省してますっ!、反省してるからっ……エイナ、助けてー!?」
「いーやッ」
話は終わりというように背を向けた。
「薄情者ぉー!」と飛んでくる文句にもう一度溜息をつきながら、後でコーヒーでも持っていてあげようかなと思うエイナだった。
「……」
作業による疲労の余韻に浸るように、肘をついた両手にほっそりとした顎を乗せ、エイナは今しがた書き終えた眼下の紙を眺めた。
申請書、と書き綴られた用紙には、【ソーマ・ファミリア】の運営自粛を勧告するべきという旨が記されている。
ロキとベルの話を聞いて作り上げてしまった、自筆の報告書だ。
エイナは【ソーマ・ファミリア】を裁こうとは思わない。
勿論思うところはあるが、【ファミリア】内におけるずさんな管理を糾弾しようなどとは、露にも。
そもそも裁断うんぬんを語るなら、ベルの話に出てきたリリというサポーターもまた、公平の立場から見れば罰せられる側だ。
情状酌量の余地はあれ、罪は問われることになる。
エイナは正義の女神を気取るつもりは更々なかった。
少なくとも、それは自分の犯すべき領域ではないと思っている。
ただ、である。
一つの状況が改善されることで、冒険者やサポーターの環境に光が差し込むなら……差し出がましい真似をすることに躊躇はない。
冒険者達がダンジョンから無事帰還することを何より望むエイナは、どうしてもお節介を焼きにいってしまう。
(特定の【ファミリア】に肩入れしちゃってる時点で、言い逃れなんてできないなぁ……)
ある種の密告めいた報告に、私情が大いに絡んでいることはエイナにも自覚がある。
特定の【ファミリア】……つまりベル達だ。
結果的に見れば、エイナはあの少年を気遣う形で【ロキ・ファミリア】に潜入するような真似をし、そして故意に【ソーマ・ファミリア】を陥
れようとしている。
表面上は中立を謳うギルドとしてはあるまじき行為だ。ベルから相談を聞き、客観的にアドバイスを送るのとはまたわけが違う。
職権乱用。
ギルドの一員として失格といえた。
しかし
(……でも、見捨てるのはもっと違う)
例えギルドの職員として相応しくなくとも、エイナは“エイナ・チュール”として失格にはなりたくない。
詭弁に過ぎずとも、もう決めた。
自分の中に流れる、リヴェリアと同じ高邁な血。半端なエルフのちっぽけな誇りであったとしても、エイナはそれに背きたくない。
(もし解雇にでもなっちゃったら……ふふっ、【ヘスティア・ファミリア】に加入させてもらおうかな、なんて)
手に顎を乗せたまま、ほわりと笑う。
エイナにとって深刻な問題である筈なのだが、どうしてか、その深刻さに比例するように周囲の空気が甘く緩み出す。
髪がかかる背中から、機嫌の良さが滲み出ていた。
「どうしたの、エイナ? 急にニヤニヤなんかしちゃって」
「ニッ、ニヤニヤなんかしてないよ! 出まかせは止す!」
「いいからいいから、何かあったの? 気になるぞぉー」ニヤッ
「別に……ちょっと、再就職先のことを考えてただけで……」
「再就職先、って……嘘! エイナ、ギルド辞めちゃうの!?」
ミィシャが声を張った瞬間、『ガタッ!?』と他の職員が一斉に椅子から立ち上がった。全員男性である。
一糸乱れのない光景にエイナはぎょっと目を奪われながら、慌てて友人の勘違いを正す。
「ち、違う違う。もしギルドをクビにされちゃったら、っていう話。私から辞職するつもりはないよ」
「何だぁ、驚かせないでよ……。エイナが辞めさせられるなんて、あるわけないない」
エイナは友人の言葉に、そうでもないんだけどなぁ、と苦笑の思いを抱く。
一方立ち上がっていた男性陣は、『ふぅ……』と安堵とも知れぬ息を吐いて着席した。
(まぁ、とにかく……)
この報告書が上に通れば、少なくとも神ソーマは【ファミリア】管理の問題を取り上げられることになるだろう。
もともと【ファミリア】自体に問題はなくとも、構成員である冒険者達はホーム外の活動が黒に近いグレーなのだ。
ベルの証言から得られた市民の被害報告を添えれば、多少のペナルティはほぼ確実になる。
警告を無視すれば、場合によってはオラリオからの強制退去、【ファミリア】存続の危機だ。
ロキから“趣味神”などと呼ばれるソーマも、運営方針を真剣に考えざるを得ないだろう。
(アーデ氏も悪いパルゥムじゃないみたいだし……)
リリと【ファミリア】のいざこざに巻き込まれた花屋を訪問してみた所、老夫婦はばつが悪そうに教えてくれた。
少女を追い出したその日を境に、店の前にいつの間にかお金が置いていかれるようになったのだと。
ギルドに被害届けを出すのも、そのせいでできなくなってしまったらしい。
彼等から頼まれた少女への謝罪の言葉を、エイナは受け取らなかった。それを渡すのは本人達の仕事だ。
(……冒険者の血と汗、か)
先程口にした言葉をエイナは反芻する。
どこか遠くを見るように、瞳を少し上に向けた。
(冒険者達が足元で誰かを踏みつけているなら……その血と汗は、その誰かのものでもあるんだよね)
ままならないなぁ、とエイナは思う。
冒険者の無事を願うエイナは彼等をサポートしたい。けれどその思いを揺るがすように、彼等の中には看過できない事柄を平気な顔で犯す者達もいる。
例えば平気でサポーターを見捨てたという話を聞いた時には、綺麗事では済ませないし、庇えない。
二律背反する複雑な感情。
今回に限った話ではない、エイナは時々自分のやっていることが虚しく感じるときがある。
とても許容できない話を聞いてしまうと、本当に、自分の立っているこの場所がぐらついてしまうのだ。
考え過ぎだということはわかっているのだが、一抹のやるせなさを抱いてしまう。
「……ねぇチュール」
「あ、はい?」
答えの出ない思考にはまっていたエイナだったが、かけられた声に顔を上げた。
窓口から近いデスクに座っていた男性職員が、ちょいちょいとロビーの入口を指している。
エイナの視線が向くのと同じタイミングで、ベルがギルド本部に入ってきた。
「……すいません、ありがとうございます」
エイナは頭を下げて席を立った。
曇りかけていた顔が心無し、清く晴れている。
少し駆け足でフロントの方まで出向かう。
(……でも、必死に頑張っている冒険者も、ちゃんといるんだよね)
ぴょこ、とフロントから顔を出したエイナを見た途端、ベルはぱっと笑みを咲かせた。
エイナもにっこりと笑って手を振る。
やはりエイナは冒険者達が好きだ。
大勢があれくれ者であるが、気さくで細かいことを気にしない彼等を、見ていて気持ちのいい彼等を、好ましく思っている。
サポーターを見殺しにする利己的な冒険者がいたとしても、そのサポーターを救ってくれるのもまた、同じ冒険者なのだ。
そんな冒険者達のためなら、エイナは例え免職されようが憂鬱になろうが、身を粉にできる。
彼等を死なせたくないというこの気持ちに嘘はない。
自分が受け持つ半人前の冒険者の顔を見て、エイナはそう思えた。
(良い人は先に死んじゃって、悪い人が生き残っちゃうなんて言うけど……)
エイナは信じたくないし、信じない。
少なくとも死なせないように、エイナは今を頑張っている。
それに、その“迷信”はあてにもならない。
ここは迷宮都市。
何が起こるかわからない、世界で一番気まぐれな都市だ。
ーーーーーー数刻前ーーーーーーーーー
ゲド・ライッシュは立ちつくす。
「カ、カヌゥ!? 待っ―― ぁ゛!!」
鮮血が爆ぜる光景を前に、双眸を凍らせる。
赤く黒い、猛牛。
全身を真っ赤な液体で彩った二メドル強のモンスターが、遥か高いダンジョンの天井に向かって顔を振り上げる。
「フゥッヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
大音声。
鼓膜を食い破るかのような吠声に打ちすえられ、ゲドは危うく尻餅をつきそうになった。
肉質的巨躯。全身凶器。そして本物の重圧感。
ミノタウロス。
モンスターの代名詞の一つに数えられる真性の化物が、手に持った大剣で冒険者を断殺してのけていた。
始まりは、複数の冒険者が一人の偉丈夫を取り囲んでいるところを目の当たりにした時だ。
立ち寄ったルーム内に広がっていた熾烈な争い。それはおよそ上層に相応しくない実力者達が繰り広げる、凄まじい交戦だった。
ソロの冒険者を狙った略奪行動かと最初は目を疑ったゲドだったが、孤立している獣人の装備に刻まれたエンブレム―― 黄金の首飾りで縁取った戦乙女の側面像―― を見て、それが【ファミリア】同士の対立だということを悟った。
獣人の所属する【フレイヤ・ファミリア】は敵が多い。
主に、神フレイヤの美貌に対する女神の嫉妬的な意味で。
神フレイヤは面白がって軽くあしらっている節を見せているが、彼女の眷族がソロでダンジョンに潜ろうものなら、ここぞとばかりに付け狙われるのも頷けるものであった。
また、この時のゲドはあずかり知らないことではあったが、18階層にて一人留まっていたオッタルの目撃情報はこの一週間の間に流布されていた。
今回の戦闘は突発的なものではなく、今がチャンスと目を光らせたとある女神の計画的な襲撃だったのだ。
己の知る世界とは別次元の攻防劇にひたすら喉を鳴らしていたゲドだったが、そこでふと気付いた。
数の差をものともしない武人オッタルが、背後に物資運搬用の大型カーゴを守るようにして戦っていることを。
そしてそのカーゴを、オッタル達とは別の三人組のパーティが盗み取ろうと、通路の影から機を窺っている光景を。
そこが運命の分かれ道。
隙を突いて瞬く間にカーゴをかっさらっていた男達と同じ下卑た笑みを浮かべ、ゲドはすぐにそこから踵を返した。
―― あの冒険者達が奪ったカーゴを、再び自分が横からかっさらう。
オッタル達とは異なり冒険者グループは自身と実力が拮抗しているだろうと肌で感じ、ゲドはすぐさま企みを働かせたのだ。
響き渡ってきた怒号には心底肝が冷えたが、むしろそれだけだ。
オッタルは敵勢力に抑え込まれ、すぐに身動きは取れまいという確信があった。
男達の逃走ルートを予想しつつダンジョンを急いだ。あれだけの規模のカーゴである、距離を稼ぎたくてもそう簡単にはいかない。
恐らく第一級であろう冒険者の戦利品、一体どれほどの価値があるのかとゲドは心を浮き立たせた。
先日パルゥムから奪い取った……手に入れた魔剣の件といい、自分はついていると、そう信じて疑わなかった。
そして…。
男達を発見し、まさにカーゴを開放させようする瞬間に間に合ったゲドは、それを見ることができた。
カーゴに“封じ込められていた”中身を。
鎖で雁字搦めにされ束縛されていた、ミノタウロスというモンスターを。
例外なく、その場にいた者達は思考が真っ白に染まった筈だ。そしてすぐに、視界が真っ赤に染まったのも同じ。
片方の角をへし折られ、鼻息荒く興奮していたミノタウロスは、あっという間に鎖を引き千切り、側にいた冒険者を潰れたトマトに変えた。
この世の終わりのような悲鳴に祝福されながら、ミノタウロスは歓喜に迸ったのだ。
「ヒィッ……!? あっああぁっ!?ヒヤァアアアッ!!?」
仲間を無残に殺された獣人の男が、壊れた笛のような声を出しながら逃げ惑う。
地面から伸びた草原は血の海に沈んでいる。事切れた男達は塗料となり、凄惨な光景に一役買っていた。漂うのは濃厚な死の気配だ。
見捨てた仲間にカヌゥと呼ばれた冒険者は、しかし冷静な判断を失っているのか、ルームの隅へと自らを追いやった。
ミノタウロスはいっそ雄邁な足取りで、背を晒すカヌゥへのしのしと歩み寄っていく。
カーゴに入っていた大剣を装備するモンスターの姿は不自然なほどに様になっていて、ゲドは、自分の見ているこの絵が酷く現実離れしているように見えた。
「!? いっ、行き止まっ……!?」
「ヴゥンンンンンンンンッッ……!」
「うあああああああああああああああああああっ!?」
自分の位置を理解し惨めな一人芝居を演じるカヌゥを、ゲドは笑うことができない。
体も頭も動かせないまま、顔色だけを絶えず変化させ、視線がその一点へ釘付けにされる。
「ゴォオオッ……!」
「な、何でだよっ、何でてめぇが、9階層にいやがるんだよォオオオオオオオ!!?」
壁を背にして発狂するカヌゥを、ミノタウロスは肩を上下させながら見下ろした。
ずるずると音を鳴らしながら地面にへたり込む“敵”を前に、モンスターは本能に従うまま大剣を構える。
筋肉質な体躯がギリギリと絞られ、まさにその姿は断頭台を彷彿させた。
黒い巨影がカヌゥを覆い隠し、絶望が彼の顔に差す。
もはや言葉になっていない喚き声がルームを盛大に木霊し、転瞬。
「ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッッ!!」
ドゴンッ、という剣が振り下ろされた轟音が炸裂し。
グチャ、とミノタウロスの体の奥で、真っ赤なペンキが飛び散った。
「……はぁ?」
盛り上がった背中に阻まれ、一人の冒険者がどんな肉塊に成り下がったのか、ゲドの位置からは確認できない。
ただ壁と床にこびりついた紅い体液と肉の欠片が全てを物語っている。
隠れることも忘れ棒立ちになり、通路の陰から一部始終を見たゲドの口から、乾いた呟きがこぼれ落ちた。
「―― フゥッフゥッ」
そしてその音は、ミノタウロスの耳に届いた。
振り返りあらわになる筋張った顔面。血化粧をした凶悪な面が、瞳をぎょろりと転がしゲドの体を射抜く。
心臓に楔が打たれたように全身が硬直し、呼吸が不細工に引き攣った。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
逃げ出す。
反転し、あらん限りの力でダンジョンの床を蹴りつける。
威嚇の雄叫びが残響する中、ゲドは全速力でその場を離れた。
すぐに槌を地面に叩きつけるかのような超重量の駆け音が続いてきて、瞳孔が己の意思を離れて広がった。
あまりにも醜悪な死神が、凄まじい速度で追いかけてくる。
(ふ、ふざけっ―― !?)
呼吸がおかしい。舌が干上がる。意味をなさない思考が再三に渡って弾けていく。
頭の中に埋まっている脳が沸騰しているかのようだった。熱い。とにかく熱い。
狂ったように、汗が溢れ出してくる。
ゲドはなりふり構わず走り続けた。足が何度ももつれそうになる中、ひたすらに。
現在は深夜。周囲に冒険者の影は見当たらない。無人のダンジョンは今のゲドにとってまさに迷宮のようであり、いくら走っても同じ景色から脱出できていないような気がした。
近寄ってくるモンスターがいれば進路を大きく変え、空いている道へとその身を突っ込む。
とにかく前へ。
とにかく距離を。平静さなど放り出し、とにかくこの恐怖からの解放を望んだ。
どこをどう走り辿ったかなどわからない。ただ死に物狂いで足をこぎ続けて。
気が付けば、ゲドは袋小路に入っていた。
「なッッ…!?」
眼窩から目玉が飛び出そうになった。
絞り出したような声の破片が喉から漏れる。両目をわなわなと震わせた後、ゲドはばっと後ろを振り返った。
あの鳴動するような足音は途絶えていた。鼓膜が痺れるほどの静寂が一瞬訪れる。
次の瞬間、ヌゥッと。
片角のミノタウロスが、曲がり角から顔を出した。
「ーーっ!?」
絶叫を散らす。一度線を越えてしまえば、パニックに陥るのは容易かった。
ミノタウロスは大剣の柄をギリギリと握り締めながら完全に角から姿を現す。
確かな質量と大きさを誇る金属塊は、その巨身と見比べると、ごく普通の片手剣にしか見えない。
浅く開かれた歯の奥から獰猛な呼気が吐き出される。
血走った目と、赤く錆びた銀の光を放つ得物が、次の贄に飢えていた。
「やっやめろ!!く、来るんじゃねぇえええええええええええっ!?」
ゲドは腰に手を回し紅色のナイフを取り出した。
緩慢に踏み寄ってくる化物に向かって『魔剣』を振り抜く。
「ヴゥッ……!」
「来るな来るな来るな来るな来るな!!?失せろッ!消えやがれええぇッ!!」
炎の塊がナイフより放出されミノタウロスに当たる。
ゲドはでたらめにナイフを振るい、何度も劣化した魔法をぶつけた。逃げ場を失った空間の中で小爆破が連続する。
煩わしそうに太い腕を振るうモンスターに、ゲドは壊れたように魔剣を閃かせ続け……やがて紅の刀身がバキリと音をたて、木端微塵に砕け散った。
「は……はぁああああああああっ!?」
寿命が尽きたかのように光を失った刃は、無数の鉄屑となって地面に散乱した。
驚愕の声をあげながらその黒い目を剥く。魔剣が使用限界を越え自砕したのだ。
最後の最後でゲドは武器に裏切られた。
「フゥーッ、フゥーッ……!」
「ヒ、ヒヒィイッ!?」
火の粉を引き連れるモンスターが目の前までやって来た。
怒りに染まった双眼が、ゲドを睨みつけている。
やがて巨大なシルエットは上腕の筋肉を膨張させ、剣を大上段に振り上げる。
「やっ、止めえええええええええええええええええええええええええええええええええっ―――― 」
額が叩き割られる感触とともに、ゲドの意識はあっさりと潰えた。
***
ダンジョンは下層に行くにつれ階層の面積が増える特徴がある。
5階層で既に中央広場セントラルパークと同等の広さを誇るフロアは、降りれば降りるほどその範囲を拡大していき、40階層地点では都市オラリオ全域の規模に匹敵すると言われている。
途中その法則を無視する階層も存在するが、基本ダンジョンは円錐構造を取っていると考えていい。通路の道幅や各ルーム等も開放的になっていく傾向がある。
よって、『遠征』……何十人規模ものパーティがダンジョン攻略を行う場合、『深層』と定義づけられている階層まで進めば問題はないが、スタート地点である1階層から上層域は窮屈な思いをすることになる。
狭い通路、小さいルームでの大集団の移動は不自由の極みだ。兵隊の行軍のごとく、進行自体が苦になってくる。
モンスターの対応も一々手間で、そもそも閉鎖空間であるダンジョン内での行列はマナー違反でもある。
大人数での遠征の際は部隊を二つ、三つに分け、取り決められた階層ポイントで合流、再編成するのが定例だった。
例に漏れず、【ロキ・ファミリア】も部隊を二つに分け遠征を開始していた。
「ねえねえ、ティオネ。どうして他の【ファミリア】の人達がパーティに交ざってるの? あの人達、雇ったサポーターっていうわけじゃないんでしょ?」
「馬鹿ティオナ。前の遠征の撤退理由、もう忘れたの?」
「??」
「彼等は鍛冶師だ、ティオナ」
「あぁ!」
【ロキ・ファミリア】首領であるパルゥムのフィン・ディムナを筆頭に、数人の第一級冒険者が組み込まれた先遣隊は7階層に到達しようとしていた。
十五人ほどの部隊が移動を続ける中、ティオネ、ティオナ、リヴェリアと、順々に声が響く。
「前は私達より先に武器の方が使い物にならなくなったから、団長が手を回してくれたのよ」
「『鍛冶』のアビリティ持ちの鍛冶師がいれば、どんな武器も新品同然になっちゃうもんね! フィン、やるぅ!」
「ンー、運搬する物資にスペアの武器を詰め込むのも非効率的だったからね。神ヘファイストスと友好があるって聞いたから、ロキにも協力してもらったよ」
「鍛冶の【ファミリア】でもない我々がねだるのもおこがましいが……一人、鍛冶師の団員が欲しいところだな」
中層まで下っ端である【ロキ・ファミリア】の構成員達……つまり遠征時のサポーターが集団の先頭を務める中、第一級冒険者達はその後ろでゆるりと構えていた。
深層から本格的な出番を迎える彼等は一見軽く言葉を交わし合っているが、その実、静かに英気を養っている。
「アイズ、アイズ、聞いた!? 【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師達が付いてきてくれてるんだって!」
「うん……聞いたよ。すごいね」
「だよねー! これなら深層でもじゃんじゃん暴れられるし、あたし、爆発しちゃうよー!」
「壊れた武器は【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師でも直せないのよ、言っておくけど」
後ろから肩に抱きついてくるティオナに、黙々と歩いていたアイズは振り返り、少し笑った。
ティオネはそれを見てへらっと相好を崩す。
生まれてくる種族を間違えたかのような人懐こいアマゾネスの少女に、氷面で知れるアイズ・ヴァレンシュタインも感情を溶かす。
あるいは戦闘狂いの似た者同士に、姉のティオネが半眼で釘をさす中、彼女達は年相応の少女のように戯れた。
「はッ、【ヘファイストス・ファミリア】の連中なら間違っても足手纏いにはならねえな。安心した」
「はい出たー。ベートの高慢ちき」
アイズの肩に張り付いたまま、ティオナは横にいるベートに白けた視線を向ける。
口をつり上げていたベートは「あんだよ」とティオナを見返す。
「ベートはさ、何でそういう言い方しかできないの? 他の冒険者を見下して気持ちいいの? あたし、そういうの嫌い」
「勘違いするなっての。雑魚を見下して優越感に浸るなんて、俺はそんな恥ずかしい真似しねぇー。事実を言ってるだけだ」
「これでも誉めたんだぜ?」と後方にいる【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師達を顎でしゃくりながら、ベートは言った。
「ならば最低限の言動を慎め。お前の口から出る言葉は、まるで誤解して欲しいように聞こえるぞ」
「あーあー、うるせえうるせえ! エルフの説教は聞き飽きたっての! そもそも横から口出しすんなよ、リヴェリア」
鋭くまとめあげられた灰髪をぶんぶんと揺らしながら、ベートはふて腐れたように顔をしかめた。
左側の額から顎にかけて刻まれた稲妻のような刺青が軽く歪む。
「どうせお前等だって、そのド貧相な胸の中で似たようなこと考えてんだろう。雑魚を見て少しもダセエと感じてねえって、言えるのかよ?」
「あたしはティオナに全部奪われただけだぁああああああああああ!!」
「ちょっと止めてよ、その言いがかり……」
「確かに、一度も哀れんだことがないと嘘はつけん。だが、私の憐憫とお前の侮辱を一括りにするな」
「哀れんでるだけ、エルフ様の方がよっぽどタチが悪いように思えるぜ、俺は?」
はぁ、と溜息をつくフィンを他所にベートとリヴェリア達の論争は続く。
リヴェリアに限った話ではないが、エルフは他種族と意見の食い違いから衝突しやすい。獣人のウェアウルフもまた一匹狼の節があるので、融通の利かない時がある。
本人達も別段ムキになっているわけではなく、もはや恒例のようなものだ。リヴェリアの方に関してはあれでもベートを諭そうとしている。
それを知っているから、リーダーを含めた他の団員達も止めようとはしなかった。アイズも黙って彼等のやり取りを見守る。
「俺は弱ぇ奴が大っ嫌いなだけだ。一人では何もできないくせにヘラヘラしやがって、吐き気が止まらねえ」
「強者の位置に立った者の驕りにしか、私には聞こえんな」
「そうだよ、ベートだって弱っちい時があったくせにぃ」
「身の程を知れって言ってんだよ、俺は」
両肩にかかっているエルナの重みを感じながらアイズは、身の程、と小さく呟いた。
少し、思う。
哀れみでも侮辱でも呆れでもない、透明な疑問。
あの時、身の程を嫌と言うほど叩きつけられた一人の少年は、一体何を思って何を感じ、どうなったのかと。
もう記憶としては既に掠れかけている、今にも泣き出してしまいそうだったあの瞳を、アイズはぼんやりと思い浮かべた。
そして、それからすぐに。
彼女は鋭く顔を上げた。
「……4人かな」
「あんだよ、噂すれば何とかってやつか?」
彼女と一様にそれぞれの者も反応する。ティオナはアイズに密着したままそちらを見やり、ベートは頭の耳をくいっと立ち上げた。
ちょうどアイズ達が通過しようとしている十字路、その右手の方角から激しい足音が響いていた。聞くからに慌ただしい。
集団の前衛と後衛にそれぞれいるサポーター達が対応に向かおうとするが、フィンが手を上げてそれを制す。持ち場を離れなくていい、と指示を送った。
ややあって、アイズ達の視界に傷だらけの冒険者のパーティが現れる。
「なーんか、やけに慌ててるね。声かけてみる?」
「止めなさい、ダンジョン内では他所のパーティに基本不干渉よ」
「ねえっ、どうしたのー!」
「……馬鹿たれ」
がっくりするティオナを無視してことは進む。
頻りに後ろを振り返っていた冒険者達は、突然かけられたティオナの声に肩を跳ねさせ立ち止まった。
「な、何だお前っ? って……げえっ!? 【大切断アマゾン】!?」
「ティオナ・ヒリュテェっ!?」
「ていうか、【ロキ・ファミリア】!? え、遠征!?」
通路から出てきた計4名のパーティはエルナ達を見て驚愕し、自然に尻込みし始めた。
一瞬響いたこの世の終わりのような悲鳴にティオナは目付きを怪しくするが、お構いなしにベートが前に出る。
「ヨシッ黙れ。んで、こっちの質問に答えろ。お前達は何してんだ?キラーアントの群れにでも襲われて、仲間でも見捨ててきちまったか?」
「んだとっ……!?」
「おい、止せって」
「……あれに比べたら、キラーアントの方が百倍マシだっ」
吐き捨てるように落とされた最後の男の言葉に、ベートは訝しげに眉を上げた。
何を言っているんだと視線で問うと、相手の冒険者達は互いに顔を見合わせた後、リーダー格のヒューマンが恐怖に顔を引き攣らせ絞り出すように答えた。
「……ミノタウロスが…いたんだ」
「……あぁ?」
「だからッ!!ミノタウロスだよ!?あの牛の化物が!この上層で徘徊してやがったんだ!!」
相手の必死の形相にベートは瞬きを繰り返し、ばっと後ろを振り返った。
ベートと冒険者のやり取りを呆れながら傍観していたフィン達の顔に、怪訝の色が宿る。
誰も見ていない所で、アイズの右手がぴくりと震えた。
「ねぇ、もしかして……あたし達の逃がしたミノタウロス、だったり?」
「ありえねえだろ? 確かに全部仕留めた筈だぞっ」
「それに、もし私達の討ち漏らしだったとしたら少しおかしいわ。あの遠征からもう一ヶ月経つのよ? ミノタウロスなんかが上層に留まっていたら、第三級以下の冒険者達の被害は馬鹿にならないわ。そんな噂、一つも耳にしたことがない」
「……申し訳ない。貴方がたが見たものを、僕達に詳しく聞かせてもらえないだろうか?」
「あ、ああ……」
毅然とした態度のフィンに見上げられながら、相手のリーダーはどもりつつも語った。
いつも通りダンジョンにもぐっていたら、遥か通路の奥でミノタウロスの姿と、『白髪の少年』を一瞬捉えたこと。
すぐに響いてきた冒険者と思われる叫喚とミノタウロスの遠吠えに当てられて、急いでこの階層まで逃げ込んできたこと。
そしてそのミノタウロスは、冒険者の大剣を装備していたこと。
「大剣だぁ~??」
「『迷宮の武器庫ランドフォーム』じゃなくて?」
「は、はい、間違いないです……」
「……今日までに、ミノタウロスの目撃情報は耳に挟んだか?」
「ないないっ、あってたまるか!」
「団長……」
「ああ、いよいよきな臭くなってきたね」
事情を聞き出した【ロキ・ファミリア】は自分達の討ち漏らしではないと確信する一方で、ことに対する不審さを深める。
フィンを始めとした勘のいい者は、これが意地の悪い神の“戯れ”ではないかと察しかけていた。少なくとも神の何者かが関与しているものだと当たりをつける。つけるしか、状況が説明できない。
フィン達先遣隊は完全に進行を止めてしまっていた。
「そのミノタウロスを見たのはどこ?」
そんな中で、金髪の少女が一人動きを見せる。
冒険者の一人に詰め寄って静かに問い質す。
「はっ?」
「冒険者が襲われている階層は、どこですか?」
「きゅ、9階層……動いていなければ……」
言い終わるより早く、アイズは走り出していた。
冒険者達がやって来た通路を、風のように疾走する。
「アイズ!?」
「何やってんだ、お前!」
「ちょっとあんた達、今は遠征中よ!?」
「……フィン」
「ああ、わかってる……部隊はこのまま前進! 当初の予定通り、最短距離で18階層まで進め! 指揮はラウル、君がとるんだ!」
「は、はい!?」
「指揮……まさか、行くつもりか?」
「親指がうずうずいってるんだ。見にいっておきたい。それとも、君は残るつもりだったのかい、リヴェリア?」
「……フィンの勘が働いているなら確かだな。どれ、私も行かせてもらおう」
「はははっ」
呆然とする【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】の面々を残して、暇を持て余していた第一級冒険者達は、9階層へと先行するのだった。
※名前誤字ってたので修正しました。