騎士王は迷宮都市でひっそり暮らしたいけど、エクスカリバーのビームの撃ち方とかわかりません 作:meiTo
「ふぅ……なんとか誤魔化せたか」
冒険者ギルドの重厚な扉を抜け、俺は大きく息を吐き出した。
布でぐるぐる巻きにしたエクスカリバーさんを背負い直す。
ギルド職員のエイナさんには「田舎から出てきた世間知らずのコスプレ娘」と思われたかもしれないが、背伸びしてベテランぶるよりはマシだ。
それにしても腹が減った。
まだこの世界に来て数時間しか経っていないというのに、お腹の底からブラックホールの如き空腹感が押し寄せてくる。
元の体(ややメタボ気味の30代おっさん)ではあり得ないほどの異常な食欲だ。
これが「よく食べる」という青セイバーのアイデンティティなのだろうか。
確か腹ペコ王とか言われてた様な…
「ん? あの屋台……」
大通りに漂う、香ばしく揚げられた芋とバターの匂い。
『ジャガ丸くん』と書かれた看板の下で熱々の揚げ芋が売られていた。
俺は吸い寄せられるように屋台へ向かいギルドで「当座の生活費に」と親切なエイナさんが貸してくれた小銭(通貨名はヴァリスというらしい)を支払い、一つ購入した。
「はむっ……熱っ、でも美味い!」
サクッとした衣の中にホクホクの芋と肉の旨味が詰まっている。
コンビニのホットスナックに近いが、それ以上にジャンクで胃袋を掴む味だ。
あまりの美味しさに気づけば俺は両手でジャガ丸くんを持ち、リスのように頬張っていた。
見た目は金髪の美少女(中身はおっさん)が道端で揚げ芋を無心で食べる姿はさぞかし滑稽だっただろう。
しかし、その至福の時間は唐突に終わりを告げた。
「——へぇ。えらいべっぴんさんが、美味そうに芋食っとるやないか」
背後から、特徴的な関西弁(?)が聞こえた。
振り返ると、そこには異様なオーラを放つ集団がいた。
先頭に立つのは目を細く閉じた、赤髪で……その、非常に胸元が平坦な女性。
いや、女性というより存在そのものが常人とは違う『神気』を放っている。
その後ろには、金髪の小人族(パルム)の青年や無表情だが人形のように美しい金髪剣士の少女が控えていた。
(うわっ、なんだこの人たち。只者じゃない。ていうか、あの金髪の女の子、俺の持ってる包帯巻きのエクスカリバーをガン見してるんだけど!?)
「うち、ロキっていうんやけどな。自分、どこのファミリアや? いや、言わんでもええ。その出で立ち、その佇まい……そして何より、うちの『鼻』がビンビンに反応しとる。自分、とんでもないモン隠し持っとるやろ?」
ロキと名乗った神様はニヤァと口角を上げ、俺の顔を覗き込んできた。
ほぼゼロ距離まで近づいてきた彼女から放たれるのは、底知れぬ威圧感。
営業時代、無茶な納期を押し付けてくる絶対的権力を持ったワンマン社長に睨まれた時と同じ…いや、それ以上のプレッシャーだ。
「うちの子にならへんか? 悪いようにはせん。そこのアイズたんも、自分と手合わせしたがっとるみたいやしなァ?」
背後の金髪剣士——アイズと呼ばれた少女が、コクリと頷き、剣の柄に手をかけた。
待て待て待て! 手合わせ!? 無理無理無理! そんな殺気立った目でこっちを見ないで!
俺の30年間培ってきた「危険回避センサー」が、けたたましくアラートを鳴らしている。
ここはトップファミリアだ。
入ったら最後、毎日血みどろのダンジョン探索と戦闘狂たちとのスパーリングという名のパワハラに巻き込まれるに違いない。
「あ、あの! 誠に光栄なお誘いなのですがっ、私、すでに先約がございまして! 申し訳ありませんが、本日はこれにて失礼いたします!!」
俺は染み付いたサラリーマンの習性で、見事な45度の最敬礼(お辞儀)をキメた。
そして、そのままの勢いでシュババババッ!と、自分でも引くほどの凄まじいスピード(これがセイバーの敏捷性か!)で大通りの人混みへと駆け出した。
「あっ、こら! 逃げ足はやっ!? なんなんあの娘! 絶対逃がさへんでー!!」
後ろからロキの声が聞こえたが、俺は振り返らずに走り続けた。
***
「はぁ、はぁ、はぁ……ま、撒けたか……?」
気がつけば俺は先ほどの喧騒から離れ、少し開けた広場のような場所に出ていた。
巨大な塔(バベルと言うらしい)を見上げる位置にある石畳の美しい通りだ。
「いきなり有名どころからのスカウトとか、マジで勘弁してくれ……胃が痛い……」
この体になってから胃痛なんて感じるとは思わなかった。
美少女の顔をしかめ腹を押さえていると、不意に周囲の空気がピンと張り詰めた。
風が止んだ。
街の雑踏が、急に遠のいた気がした。
『——見つけた』
甘く、とろけるような、それでいて背筋が凍りつくような声。
顔を上げると、いつの間にか目の前に一人の女性が立っていた。
銀色の美しい髪。
この世のすべての美を煮詰めて結晶化したような、圧倒的な美貌。
彼女の視線と交わった瞬間、俺の思考は強制的に停止させられそうになった。
「あなた……なんて美しい魂の色をしているの。眩いほどの黄金。気高く、力強く、それでいてどこか悲哀を帯びた、孤高の竜……」
銀髪の女性は、恍惚とした表情で俺の胸元(正確にはその奥にある何か)を見つめていた。
彼女の目は俺の姿ではなく、俺の中にある『アルトリア・ペンドラゴン』という英雄の魂そのものを覗き込んでいるようだった。
「私の名はフレイヤ。ねえ、私のモノになりなさい。あなたにはそれに相応しい寵愛と…戦いと…栄誉を与えてあげるわ」
そっと伸ばされた彼女の白い手が、俺の頬に触れそうになる。
その瞬間——俺の頭の中で、レッドランプが爆発した。
(アカン!!! この人は絶対にアカン!!!!)
俺の長年の社会人経験が告げている。
このタイプは、すべてを吸い尽くす魔性の女(トップクライアント)だ!
一度でも契約書にハンコを押したら最後、24時間365日、彼女の気まぐれに振り回され、過労死するまで最前線で戦わされる(働かされる)奴だ!!
「ひっ……! い、いえ! 結構です!! 私のようなポンコツには分不相応な案件ですので! 他を当たってください!!」
俺はフレイヤの腕を躱し、反射的に地面を蹴った。
ドゴォォォン!! という爆発音のような足音と共に、石畳が粉砕される。
「ひぃぃぃぃぃ!?」という情けない悲鳴を上げながら、俺は一瞬で数十メートル跳躍し、建物の屋根から屋根へとカエル飛びのように逃亡した。
自重しろ!俺の(セイバーの)身体能力。
残されたフレイヤは、粉々になった石畳を見つめながら頬を染めて妖艶に微笑んだ。
「ふふっ……あぁ…ますます欲しくなってしまったわ。逃げるなら、地の果てまで追いかけてあげる……」