騎士王は迷宮都市でひっそり暮らしたいけど、エクスカリバーのビームの撃ち方とかわかりません   作:meiTo

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第7話:新入社員の教育と背後から迫るヤベェストーカー女

 

 

 

 

 

 

 

「いいかいベル君?戦闘において最も重要なのは、力任せに武器を振ることではない。相手の動きを観察し、的確なタイミングで最小限の力で急所を突くことだ」

 

 

 

 

 

オラリオの地下迷宮 第6階層。

 

 

 

薄暗い苔むした石の通路で、俺は威風堂々たる金ピカ英雄王ポーズ(腕組み)をキメながら目の前の白い髪の少年に説教……もとい、指導を行っていた。

 

 

前世の会社で言うところの、新入社員に対するOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)である。

 

俺の目論見としては「先輩として適当に尤もらしいアドバイスをしつつ、実際の戦闘はベル君に任せて、俺は後ろで安全に指示出しをするポジション」を確立することだった。

 

俺自身、剣術とか素人なのだから具体的な技術なんて教えられるはずもない。

 

だから精神論とフワッとした概念で全力でごまかす作戦だ。

 

 

 

「はい、アルトリアさん! 相手を観察し最小限の力で……ですね!!」

 

 

ベル君は目をキラキラと輝かせ、手にした愛用の短剣(ダガー)を強く握りしめた。

 

その素直すぎる反応に俺の(中身のおっさんの)良心がチクチクと痛む。

 

こんな純粋な若者を騙しているようで申し訳ないが、これも俺が安全に定時退社(生還)するための処世術なのだ。

 

 

 

 

「グルルルルッ……!」

前方から、三匹のウォーシャドウ(豹の姿をした影のモンスター)が姿を現した。

 

第6階層の中では比較的素早く厄介な相手だ。

 

 

「よしッ!ベル君。まずは私が手本を見せよう。私の『最小限の動き』をよく見ておくように」

 

「はいっ! 瞬きせずに見ます!」

 

俺は背中に負った『ただの棒(エクスカリバー)』をゆっくりと構えた。

 

ウォーシャドウたちが、獲物を狙うように低い姿勢から一斉に飛びかかってくる。

 

鋭い爪が俺の首元に迫る。

 

 

普通なら恐怖で動けなくなる場面だが、俺の頭の中では『直感:I』のスキルが冷静にアラートを鳴らし『右斜め前に半歩踏み出し、棒を軽く横に薙ぎ払え』と最適解をカンペのように提示してくれていた。

 

 

 

(なるほど…軽く薙ぎ払うだけでいいんだな。よしッ先輩の華麗な剣さばき(棒術)を見せてやる!)

 

 

俺は、本当に「ハエを追い払う」くらいの、ごくごく軽い気持ちで、布巻きの棒を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——ブォンッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

直後、俺の振った棒から目に見えない空気の断層(おそらく『風王結界(インビジブル・エア)』の漏れ出た余波)と『筋力:S(999)』による圧倒的な物理的暴風が発生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴すら上げる暇もなく三匹のウォーシャドウは空中でトマトのように弾け飛び、凄まじい衝撃波はそのままダンジョンの壁を抉り取り、およそ50メートル先の通路の奥までを一直線に更地(物理)に変えてしまった。

 

 

 

 

 

パラパラと、魔石の欠片だけが虚しく降り注ぐ。

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 

静寂。

 

 

 

俺は自分の手にある棒と、完全に地形が変わってしまったダンジョンの奥を交互に見つめた。

 

 

(ち、ちがう……! 違うんです!!俺はただ、本当に『軽く』振っただけなんだ! なんか変な風圧が出たし、筋力カンストのせいで出力調整が全く機能してない! これじゃあ『最小限の力』っていうさっきの説教が完全に嘘になるじゃないか!!)

 

 

 

冷や汗が背中を伝う。

 

やばい。先輩としての威厳が崩壊する。「アルトリアさん、言ってることとやってることが違います」と詰め寄られたら、ぐうの音も出ない。

 

パワハラ上司認定されてしまう!

 

 

 

 

 

 

 

 

恐る恐るベル君の方を振り返ると——。

 

 

 

 

 

「す、すごいです……ッ!!」

 

 

「……ハイ?」

 

 

 

 

ベル君は震える両手で口元を覆い、感涙にむせぶような表情で俺を見つめていた。

 

 

「アレが『最小限の力』……! つまり、アルトリアさんにとっては、壁を吹き飛ばすほどのあの一撃すらも本気の数パーセントにも満たない『遊び』の範疇だということですね!? 恐るべき力の制御、そして相手に一切の反撃を許さない圧倒的な一太刀……! 僕、感動しました!!」

 

 

(ええええええええ!? どんなポジティブ変換!?)

 

 

 

ベル君の目には俺が「わざと力を抑えつつ、周囲の地形ごと敵を殲滅する超絶技巧」を披露したように見えたらしい。

 

 

完全に勘違いだが、訂正するのも面倒……いや、ここで「実は力の加減が分からなくて暴発しただけです」なんて言ったら、それこそダサすぎる。

 

 

「う、うむ。その通りだ。今のはほんの挨拶代わり、力の1パーセントも出していない。……ベル君も、いつかこの境地に辿り着けるよう精進することだな」

 

(俺何様だよぉぉぁぉぉ!?)

 

 

 

俺は必死に顔の筋肉を引き締め、威厳ある声を作って頷いた。

 

 

「はいっ!! 僕、アルトリアさんに少しでも近づけるように、今日の素振りノルマを倍の二千回にします!!」

 

 

ベル君は燃え盛るような闘志を瞳に宿し、その後の戦闘でウォーシャドウやフロッグシューターといったモンスターに泥臭く、しかし凄まじい気迫で食らいついていった。

 

俺が教える(暴発する)規格外の無茶苦茶な戦闘を彼は「至高の剣技」と信じて疑わず、それを模倣しようと必死に自分の限界を超えようとしているのだ。

 

 

 

 

 

(あ、ああ……心が痛い。純粋な後輩の尊敬の眼差しが、三十路の汚れた心に突き刺さる……! ごめんよベル君…君の先輩、ただステータスが高いだけのポンコツなんだ……!)

 

 

 

俺は胃の痛みを堪えながら、必死に戦うベル君の背中を見守ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、最近のもう一つの悩みの種がコレなんだよな」

 

 

 

 

数時間のダンジョン探索を終え、俺とベル君は地上へと戻ってきた。

 

 

ギルドで魔石を換金し、ベル君が「ポーションの補充をしてきます!」と出張店のほうへ走っていった直後。

 

 

大通りの喧騒の中に一人で立っていた俺の背筋に、ゾワァァァッ! と強烈な悪寒が走る

 

 

 

(——見られてる)

まるで氷のように冷たく、同時に火傷しそうなほど熱を帯びた、ねっとりとした『視線』。

 

 

それが四六時中、俺の隙を窺うように街のどこからか注がれているのだ。

 

 

『ああっ……今日もなんて凛々しい立ち姿。その背中…その黄金の髪…すべてが私の心を狂わせるわ……』

 

 

 

 

幻聴ではない。

微風に乗って、甘く囁くような声が鼓膜を撫でた気がした。

 

 

俺は反射的に振り返り、周囲の建物の屋根や路地裏を睨みつける。

しかし、そこには誰もいない。ただの人混みがあるだけだ。

 

 

 

(フレイヤだ。絶対にあの『美の女神』だ!!)

 

数日前、俺をスカウトしようとしてきた銀髪の美女。

 

あの日以来、俺は常に彼女の視線(ストーキング)に晒されていた。

 

前世でも何度か「やたらと距離感が近くて執着してくる女性クライアント」に対応したことはあったが、フレイヤのそれは次元が違う。

 

神としての権能なのか、俺がどこにいようと何をしていようと(ダンジョンの浅層にいる時ですら)カメラで監視されているかのように見られている感覚があるのだ。

 

 

 

 

「……ストーカー被害だ。完全に労災案件だろ、これ」

 

 

俺は腕をさすった。鳥肌が立っている。

 

中身はおっさんとはいえ、この体はうら若き乙女(騎士王)である。

 

得体の知れないヤバい女神に目をつけられ、常にハアハアと荒い息遣い(幻聴)を感じながら生活するのは精神的苦痛がハンパではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「——ねぇ、一人かしら…私の騎士(ナイト)?」

 

 

 

 

 

 

「ヒィッ!?」

 

 

 

俺は変な声を上げて数メートル横に飛び退いた。

 

 

いつの間にか、俺が先ほどまで立っていた真後ろ——本当に手が触れるほどのゼロ距離に、黒いローブをすっぽりと被った女性が立っていた。

 

 

ローブの隙間から覗く月光のように美しい銀色の髪。

 

そして、俺を品定めするような、妖艶で危険な紫色の瞳。

 

 

女神フレイヤだ。

 

 

 

「なっ……! フレイヤ様!? なぜこんな白昼堂々、大通りに……!」

 

「アナタが愛おしくて、居ても立っても居られなくなったの。ねえ、あんな泥まみれのウサギ(ベル)の世話なんてやめて、私のところにいらっしゃい。アナタには…もっと美しい寝所と最高の武具と私の『愛』を与えてあげる」

 

 

フレイヤが、魅入られたような瞳で手を伸ばしてくる。

 

その手首から香る脳を溶かすような甘い香水(神気)の匂い。

 

周囲の通行人たちは彼女の存在を認識できないのか、あるいは無意識に避けているのか、誰もこちらに注意を払わない。

 

完全に二人だけの結界が作られているようだった。

 

 

 

 

(アカンアカンアカン!! この距離感、絶対に関わっちゃダメなタイプの女だ!! 前世の俺の『危機回避センサー』がぶっ壊れる寸前で警報鳴らしてる!!)

 

 

 

「お、お断りします! 私は現在、ヘスティア・ファミリアという優良企業(?)に正社員として雇用されております! 他社様からのヘッドハンティングには一切応じられません!!」

 

 

 

俺は前世のビジネス用語をフル稼働させ、見えない壁を作るように両手を前に突き出した。

 

 

 

「ふふっ……強がる姿も美しいわ。でも、いつまでその『契約』が持つかしらね? あなたの主(ヘスティア)は、あなたという巨大な宝石を隠し持つには、あまりにも非力で…無力だわ」

 

 

フレイヤの言葉にはただの嫌がらせではない、背筋が凍るような『計画性』が孕んでいた。

 

 

 

 

「アナタがいかに強かろうと、守るべきもの(ベルやヘスティア)が増えれば、必ず『隙』ができる。……その時、アナタがどんな顔をして私に助けを求めてくるのか。想像するだけで…お腹の奥が熱くなるわ……」

 

 

お腹を撫でながら此方を舐めとる様に見つめてくる

 

 

 

 

 

ゾクッ。

本当の恐怖で俺の体の芯が震えた。

 

 

この女神は本気だ。

 

俺を手に入れるためならベル君やヘスティア様を危険に晒すような盤面(ゲーム)を平気で用意してくる。

 

今の俺には「物理的にぶっ飛ばす」力はあっても、そういう神々の陰湿な策略(社内政治)を打ち破る知恵も権力もない。

 

 

 

「……私の大切な人たちに手を出したら…怒りますよ」

 

低い声で威嚇した。

 

セイバーの顔立ちの恩恵でそれは冷酷な王の宣告のように響いたはずだ。

 

だが、フレイヤは顔を赤らめ両手で自らの頬を包み込んで身悶えした。

 

 

 

 

 

 

「アア……ッ! いいわ、その怒りに満ちた目! もっと、モット私を睨んで! その瞳が絶望に染まる瞬間をワタシがこの手で味わってあげる……!」

 

 

「(こ、この人、完全にドMのヤバい奴だ……!! 言葉が通じない!!)」

 

 

もう無理‼︎対話による解決は不可能‼︎

 

 

「アルトリアさーん! お待たせしました!」

 

ちょうどその時、遠くからポーションの袋を抱えたベル君が走ってくるのが見えた。

 

 

「あら、邪魔者が来てしまったわね。……またね、私のアルトリア。いつでもアナタを『ミテイル』わ」

 

 

 

フレイヤはウインクを一つ残すと、まるで幻のように人混みの中へスッと溶け込んで消えてしまった。

 

残された俺は、その場にへたり込みそうになるのを必死に堪えていた。

 

 

「アルトリアさん? どうしたんですか、顔色が悪いですけど……。お腹でも空きましたか?」

 

 

無邪気に駆け寄ってくるベル君の顔を見て、俺は深く、深くため息をついた。

 

 

「いや……ちょっと厄介なクレーマーに絡まれただけだ。……帰ろう、ベル君。今日はもう…疲れた」

 

「はい! 今夜はヘスティア様が、奮発して『ジャガ丸くんフルコース』を作って待っててくれてますよ!」

 

「……それは…栄養が偏りすぎじゃないか??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

夜。廃教会の地下室。

 

俺はベッドの隅で膝を抱え、ベル君はヘスティア様にステータス更新(背中をごにょごにょされるアレ)をしてもらっていた。

 

 

 

「……よし、更新完了だよ! いやぁ、ベル君の成長速度、やっぱり異常だね!今日は特に『敏捷』の伸びがすごいよ!」

 

「本当ですか!? ありがとうございます、神様!」

 

ヘスティア様から渡された羊皮紙を見て、ベル君がパァッと顔を輝かせる。

 

『憧憬一途(リアリス・フレーゼ)』の効果。強い思い(アイズへの憧れ、そして今は俺への尊敬も混ざっているのだろう)がある限り、懸絶した速度で成長するチートスキル。

 

 

今日も俺の「無茶苦茶な暴発戦闘」を必死に真似しようと走り回った結果、能力値が跳ね上がったのだ。

 

 

「アルトリアさん! 見てください、僕、少しだけアルトリアさんの背中に近づけた気がします!」

 

 

ベル君が、満面の笑みで俺にステータス用紙を見せてくる。

 

 

「おお、すごいじゃないか。このペースなら直ぐに私など追い抜いてしまうぞ」

 

(早く俺を追い抜いて、前衛を代わってくれ。そして俺を安全な後方支援に回してくれ!)という魂の叫びを込めて、俺は優しく微笑んだ。

 

 

「いえ! アルトリアさんのあの『最小限の動きで最大火力を出す』という神業……僕はまだその一端すら掴めていません。でも、アルトリアさんが僕を見捨てず手本を見せ続けてくれるから、僕は折れずに頑張れます!」

 

 

ベル君が、真っ直ぐな瞳で俺を見る。

 

 

「絶対に、アルトリアさんに『一人前になった』って認めてもらえるまで、僕、諦めませんから!」

 

「……う、うむ。期待しているよ、ベル君」

 

 

 

 

 

純度100パーセントの尊敬の眼差し。

 

 

 

 

それに比べて、俺のなんと薄汚れた大人であることか。

 

 

 

 

おまけに外(街のどこか)からは、未だにフレイヤのねっとりとした視線が『直感』スキル越しにチリチリと突き刺さってきているのを感じる。

 

 

 

 

(……前門の純粋すぎる後輩。後門のヤバすぎるストーカー女神。……俺の平穏なスローライフは、一体どこへ向かっているんだ……?)

 

 

 

 

 

胃の痛みに耐えかねて、俺はこっそりと隠し持っていた胃薬(ギルドの薬屋で買ったハーブ系の丸薬)を水で流し込んだ。

 

 

 

 

ステータスがオールSになっても中身が30代サラリーマンである限り、胃痛のデバフだけは無効化できないらしい。

 

 

 

 

 

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