銃を持つ少女たちと死に損ないのブルーアーカイブ   作:蒼雲しろ

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怪しい人

怪しい人

 砂を蹴り、地を進む。

 周囲は徐々に明るさを増して、周囲の状況も確認しゃすくなった。

 それでわかったことは、周りが砂だらけだということだ。

 

 ちなみに。

 

 俺は今、ホシノの肩に担がれている。

 二人で走るよりこれが一番早い方法だと納得し、学校まで帰ることになった。

 申し訳なさと、力不足を強く実感している。

 

「それでなんですけど」

 

 新たにできたガラスの道が離れていく様子を見ていたとき、声がかかる。

 

「どうやってビナーの攻撃を耐えたんですか?」

 

 ビナーとの戦闘時にも聞いた言葉。

 いずれは説明しなければいけないと思っていた。

 

 しかし、いざそんな場面になると、何から話せばいいのかわからなくなる。

 話せる話せない、というか……。

 眉が下がるのを感じながら、こう答えた。

 

「マジック――ってことでどう?」

「……ここで置いていってもいいんですけど」

「嘘ですごめんなさい」

 

 平謝りするしか無かった。

 一息ついてからもう一度答えることに。

 

「ホシノと出会う少し前に手に入れたものなんだけどさ。なんか……『恐怖(テラー)』って言うみたいで。俺もよくわかってないんだけど」

「わかってないのに使ってたんですね……」

 

 小さく返事をした。

 勿論、こんな回答で納得している訳がなく、怪訝そうな声だった。

 

「嫌な感じがします」

 

 端的な言葉だったが、はっきりとそう告げた。

 そのことで、つい先程俺が恐怖(テラー)を使ったあと、変な感じがするって言ってたのを思い出した。

 ホシノにまとわりついていた時は、明らかに悪影響を与えていた。

 身に触れたり、近くにあると何らかの影響があるのか?

 影響が出るとしたら……俺のように身体面か、ホシノのように精神面か。

 どちらにせよ、危険があるうちは使わない方がいいだろう。

 

 ――となると。

 攻撃手段はもとよりないが、防御手段も限られる。

 今度ホシノに銃の使い方を教えてもらおうかな。

 

 恐怖(テラー)についての話の途中だったことを思い出し、現状でわかることを伝えることにした。

 

「まあ、恐怖(テラー)に関しては――」

 

 ――「色彩」。

 

 その単語が喉元までせり上がった瞬間、肺から空気が根こそぎ奪われた。

 見えない手で喉を締め上げられたような、生理的な拒絶反応。

 思考にどろりと黒の絵の具をぶちまけられたように、記憶が溶けだしていく。

 

 口を抑える。

 自分の中から何かが奪われていくか。

 ――恐怖による、自己修復と同様の不快感。

 

 何が起こった……?

 

「カナメさん?どうしました?」

「ああっと、ごめん。少し眠くなっちゃって」

「……別に、寝てもいいですよ。私も運んで貰ったので」

 

 咄嗟の言い訳に、温かい声が返ってきてしまう。

 提案にはきちんと断りを入れ、話の続きをした。

 

「続きなんだけど、それがビナーと戦ってた時に手に入れたものなんだよね」

「……ビナーと戦うって、銃も持ってないのにですか?」

 

 苦笑いが出かける。

 キヴォトスではありえない状況だろうな。

 ……キヴォトスじゃなくても、化け物に武装無しで挑むのはありえないか。

 

「銃は持ってないからね」

「そうですよね」

 

「外から、来たんですよね」

「カナメさん、ヘイローないですもんね」

 

 会話の中で告げられた言葉。

 

 それに、虚をつかれた。

 

 身体に力が入り、鼓動が少し早くなった。

 始めから、俺が異常なのをわかっていた?

 だからあんなに警戒していたのか?

 

「――いつから?」

「最近です。最初は気づきませんでした」

 

 そう告げられ、さらに困惑する。

 

 そういうことであれば、初めて出会ったときは銃を持っていない血まみれのキヴォトス人を助けたってことになるが……。

 こんな治安のアビドスで、よく助けようと思ったな。

 もしかしたら、罠だったかもしれないのに。

 それに、学校にも迎え入れるにはリスクが高すぎる。

 

 ほんとに、なんで助けてくれたんだろうか。

 

 表情が見えないせいで、俺の困惑を置き去りにしたまま話が進む。

 

「今になってようやくわかったんです。昨日、カナメさんが追いかけてきてくれたあとから、心に余裕ができたようなので」

 

 ホシノの表情が明らかに変わった、昨日の夜。

 きっと、闇を問い除いたからだろう。

 その言葉が聞けただけでも良かったが。

 

 今の話し方的には、恐怖がまとわりついていた感覚は無さそうだった。

 無自覚的な……暴走に近かったのか。

 

 そんな状態でも、俺に手を差し伸べてくれた。

 目の前の砂の世界を見ながらつぶやく。

 

「……怪しいって思わなかったのか」

 

 その呟きはすぐさま拾われ、考える間もなく返事がくる。

 

「思いましたよ」

「銃も持ってませんし、優しくして来ますし」

「家もない、お金もなかったですし」

「私か、アビドスを狙ってるのかと思いました」

 

 でも、そうホシノは付け加えた。

 

「血だらけで」

「やけに諦めたような雰囲気で」

「何かに取り憑かれてるような」

 

 

 その言葉を聞いて、眉が下がった。

 

 あの時。

 俺たちは同じようなことを考えていたのかもしれない。

 

 余裕のない俺たちは何かに取り憑かれ、希望を求め続けた。

 探しものを求めて、砂漠を彷徨っていた。

 

 目を伏せる。

 そう考えれば、この出会いに運命を感じる。

 

「怪しい人でしたけど」

「見捨てられませんでした」

 

 二人して、ほっとけないって。

 どっちも、自分のことに精一杯だったはずなのに。

 

 馬鹿な、二人だ。

 

「それに救われたんだから感謝しかないな」

 

「あと」

「外の人なら、銃ですぐ倒せるので何かあっても大丈夫だと思ってました」

「違いない」

 

 思わず顔が緩む。

 ホシノなら、何かあっても問題なんてないだろう。

 あのビナーも、尻尾を巻いて逃げるくらいだし。

 

 キヴォトスの人たちがホシノと変わらないくらい強いってなると、話は変わってくるが。

 

「――倒せるって思ってたんですけど」

 

 声がワントーン下がった。

 表情は見えないがわかる。

 不満げな目をしている様子が勝手に思い浮かんでくる。

 

「あの光線が効かないのに、銃なんて効くんですか」

「時と場合によるな。今は効きそうだけど」

 

 はあ、と。

 こちらにも聞こえるようにため息をついていた。

 

 会話にひと段落着き、しばしの沈黙が訪れる。

 だが、それもすぐに終わることになった。

 

「今になって思い出したんですけど、学校前で会った時に、ヘイローの無事は保証しません、って言ったじゃないですか」

 

 そういえばそんなこともあった。

 今よりも随分とトゲトゲしかった。

 

 といっても、まだ2日しかたっていない。

 遠い昔のように感じるのは、それだけ濃い生活を送っているからに違いない。

 

「あの時のカナメさんの顔ひどかったですよ」

「え?」

「何言ってんだこいつ、みたいな。そんな顔でしたよ」

 

 自分の顔は見えないが、本当にそんな顔をしていたか?

 流石にホシノの誇張表現な気がしている。

 

 そこまでわかりやすいことはない。

 

「そんな顔してたかな……」

「今思うと面白かったですね」

 

 くすりと笑っている。

 つられてこっちまで思わず頬が緩んでしまった。

 

「人の顔みて面白いって」

「カナメさんも私の事ジロジロ見てるんでおあいこです」

 

 誓って見てない。

 ……ジロジロは。

 

「ほら、そろそろ着きますよ」

 

 肩の上で揺られていたら、いつの間にか学校の傍まで迫っていた。

 本当に何もしていないことが、申し訳なさを募らせる。

 

 地面に下ろしてもらい、最後くらいは自分で走った。

 長い肩の上の旅は終わり、久方ぶりの地面だった。

 地面に置かれた瞬間は少しよろめいてしまう。

 

 校門をくぐって、そのまま校舎へと入る。

 学校においてある水分や食料をリュックに詰め、準備を進める。

 準備途中、俺はホシノに話しかけた。

 

「これからユメ先輩を探しにいくんだけど」

「何かヒントになることとかないのかなって思ってさ」

 

 視線が合う。

 窓から差し込む光を受けた蒼と黄金の眼は、今まで見た中で一番の輝きを持っていた。

 

 そうして。

 

「他にもあったら教えてくれないかな、ユメ先輩のこと」

 

 ホシノ曰く。

 彼女は、アビドス高校三年生であり、生徒会長である。

 身長は女性にしては高く、浅葱色の長い髪を持っている。

 

 入学したてのホシノを生徒会に誘い、共に過ごすことになる。

 そして、すれ違いが起き。

 行方不明となった。

 

 最後に会ったのは今日から4日前。

 

 

 「ユメ先輩を探す手がかりはこれです」

 

 そう言って、スマホの画面を見せつけてくる。

 そこに映っているのは、数件のボイスメッセージだ。

 

『ごめんね、ホシノちゃん』

『電波がうまく@#$%』

 

『砂漠にいたら@#$%砂嵐に遭って&#@』

 

 二件のボイスメッセージだった。

 

 砂嵐という、アビドスで起こる自然災害に巻き込まれてしまった。

 それも、4日前に。

 

「このボイスメッセージ的には、砂漠に入るっぽいけど」

 

 ホシノにそう投げかける。

 表情が暗い。

 ホシノのことだ、大方の場所は捜索しているのだろう。

 

「郊外とこの付近の砂漠は大方捜索しました」

 

 だが、奥までは行っていないという予想で、近場しか探していないとのことだった。

 

「あとは、砂漠の奥に進むしか」

 

 残るのは、まだ調査していない砂漠の奥地。

 4日間でそこまで遠くに行っているのかは疑問だが、この辺にいないとなれば、その選択肢しかないだろう。

 

「早いうちに行こう。もう一度戻ることにはなるけど……」

 

 後悔が滲む。

 惜しいことをしてしまった。

 

「戻ってきたのは正解だと思うので」

 

 そう告げたホシノのおかげで、胸が軽くなった。

 

 何の準備もなしに砂漠へ行くのは危険。

 ホシノはアビドスに住まうものとして、誰よりもそのことを理解していた。

 

 肩の力を抜き、深呼吸する。

 脳に酸素を送り、落ち着きを取り戻す。

 

 焦ってはいけない。

 冷静にならなければ、結果的にどこかでつけが回ってくる。

 それは、俺がキヴォトスに来て短い期間で身をもって学んだこと。

 

 ホシノに返事をしつつ、足早に準備を終える。

 

 

 再度、高校を旅立つ。

 

 

 日は先ほどよりも天に昇っている。

 日差しも強まり、暑さが視界と感覚に直接訴えかけてくる。

 

 暑いは暑いが、体には風が打ち付ける。

 この移動も、またもや肩に担がれている。

 

 俺は、周囲を見渡す係として、砂の地に目線を凝らしていた。

 何処を見ても、砂、砂、砂。

 

 起伏のある場所であり、見えないところもあるが。

 それでも、様々な場所を巡った。

 

 アビドス高校から円状に捜査範囲を広げている。

 ホシノに掛かる負担は大きいもので、何時間も動き回っていれば徐々に息が乱れてきた。

 

 普段の睡眠不足に加え、昨日はひと悶着あったのだ。

 逆に、ここまで走り続けられる方が異常であった。

 

 休憩を促しても、まだと断ってくるホシノに、一度は強制的に水を手渡した。

 

 しかし、日が真上に来た頃には、俺にも余裕がなくなってきた。

 

 俺にも、徹夜にこれまでの疲れがたまっていたらしい。

 

「あ」

 

 そんな時だった。

 煌びやかに太陽の光を反射する、ガラスの道を見つけた。

 

 あれは……。

 間違いでなければ、俺とビナーの戦闘跡だと思われるものだった。

 

 声が出てしまった。

 俺が反応したことで、立ち止まったホシノが周囲を見わたした。

 

「ごめん。ユメさんじゃないんだけど」

 

 そういうと体に籠っていた力が抜けた。

 申し訳なさがこみあげてくる。

 紛らわしいことをしてしまった。

 

「何か見つけたんですか?」

 

 ため息の後に、怪訝そうな声が聞こえる。

 目印となる場所があれば捜索も少しはやりやすくなると思うので、提案してみることに。

 

「あそこ、ガラスができてるでしょ?あれを目印にして、捜索す――」

 

 瞬きの後、違和感を感じた。

 

 見る。

 目を凝らす。

 

 ガラスに映るのは空の青と砂の黄金。

 

 だけではなかった。

 

 予想外の色が見えた。

 

 

 緑のような色が反射していた。

 

 

 その緑は、地面に枝を伸ばすように、広がる。

 一切の動きがないそれは、地面に張り付いているようだった。

 

 何かが落ちているのか、植物でも生えてると思った。

 

 だが、それにしては妙に大きい。

 

 ゆっくりと視線をずらす。

 

 目に入る。

 白と黒。

 

 

 白い布。

 黒い布。

 

 

 人の、腕。

 

 

 呼吸が浅くなるのを感じた。

 吸い込んだ酸素が脳に巡っていない。

 

 見ているはずなのに。

 

 脳が否定していた。

 

 

 ――それじゃあ。

 

 ――嘘つきじゃないか。

 

 ――助けられずに終わるのか?

 

 

「カナメさん、次行きますよ?」

「降ろしてくれ」

 

 俺を下ろしたホシノは、眉を寄せる。

 しかし、即座に目の色が変わった。

 

 俺が見ていた方向を見る。

 青と黄金の目に映るのは、浅葱色。

 

 その瞬間、ホシノが砂を蹴る。

 目の前の砂が舞う。

 

 足を引きずるように、そのあとを追っていく。

 

 走って。

 

 走って。

 

 徐々に近づくガラスの道と、その上に広がる浅葱色。

 

 信じたくない。

 

 まだ、寝ているだけだ。

 

 きっと、疲れているだけなんだ。

 

 

 たどり着く。

 立ち尽くすホシノの背中が見えた。

 

 駆け寄る。

 そして、見る。

 

 うつ伏せになって寝ているユメさん。

 何かをつかもうと、手を伸ばしている。

 

 それを見つめるホシノは、一切の声を発しない。

 

 ホシノもまた、動くことがなかった。

 

 右を向く。

 瞳は光を映し出していない。

 

 見えるのは、闇だ。

 

 何処までも続く、闇。

 

 その深淵に。

 

 黒を、見た。

 

 感覚的に即座に動いた。

 ホシノの体を揺さぶり、意識を引く。

 

 内側から湧き出るような闇。

 恐怖(テラー)だった。

 

「ホシノッ!ホシノッッ‼

 

 触れた手から、可能な限り恐怖(テラー)を吸収する。

 

 錆びれた機械のように、ゆっくりと動く首。

 そして、その目は俺を見つめた。

 

「カナメ……さん」

 

 二人で、うつ伏せになる彼女を見つめる。

 背中は、上下していない。

 腕や足も一切の力が抜けきっている。

 

 やつれた手や足は赤黒く焼け、

 ひび割れた土のようだった。

 

 砂が至る所に張り付いている。

 

 

 風が頬を撫でる。

 

 浅葱色は。

 

 

 揺れない。

 

 

「ユメ…………先輩」

 

 ホシノは膝をつき、触れた。

 

 何度も触れなおし、確認する。

 

 触れて。

 触れて。

 触れて。

 

「いつまで寝てるんですか」

 

 叩く。

 

 次は、腕を振り上げて――

 

 動くことは、なかった。

 

 腕は震え、顔は俯いている。

 必死に自分の感情を制御しようとしている。

 

 ――折れるように、その場に崩れ落ちた。

 

 砂を掴む指が白く震える。

 

 隙間からこぼれるのは、祈りのような、呪いのような、小さな啜り泣きだった。

 

 

 それ以外。

 

 何も聞こえない。

 

 

 

 

 見ていることしか、できなかった。

 

 

 

 




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