銃を持つ少女たちと死に損ないのブルーアーカイブ 作:蒼雲しろ
視線が、交差した。
すべてを見透かされるような、白亜の無機質な眼。
そこに宿る圧倒的な死を前に、俺の心は驚くほど静かだった。
ああ。
これを知っている。
トラックに撥ねられたあのとき。
灰色の空を見上げた時に感じた、あの絶対的な終焉の予感。
それを理解するのと同時に。
全身を駆け巡っていた激痛が、心地よい痺れに変わっていく。
生物的に勝てないと悟った身体が、防衛本能を投げ捨てている。
救済としての死を両手を広げて迎え入れようとしていた。
一度は立ち上がったものの、立ち続けられず砂の上に倒れ込む。
目の前の白亜が口を開ける。
口の中に見えるのは、見たこともないような機械が織りなす迷宮。
そこに集まる身を焦がすようなエネルギー。
すべてを照らしつくすような、白色の煌めきだった。
口にエネルギーが集まるにつれ、目の前に立つ俺にも熱がもたらされる。
そして、その熱量に焼かれていく。
皮膚が焦げ、剝がれてく。
血液が沸騰して、内側から内臓ごと焼かれる。
逃げ場のない地獄が全身を支配し続ける。
これで、終わる。
もう、終わりにしてくれ。
俺は、その光を見続けた。
果てしないほど神聖さを含み、網膜を焼く純白の虚無。
その
しかし、次の瞬間。
視界の純白が漆黒に染まる。
あまりの光量に失明でもしたのか。
目を触ろうと、手を伸しても何も見えない。
次第に周囲の音も遠ざかり、感覚がなくなっていく。
目の前の黒は、何も映さなかった。
何処を見ても、黒一色。
しかし、その中の一部に変化が起こった。
ドロリと濁った、虹色の混ざり合う黒に変色した。
それは宇宙の深淵のようでありながら、どこか懐かしいような。
、おぞましいほどの安らぎを湛えていた。
そのまま、虹色の黒が意識を塗り潰した。
――――――
赤に染まる空の下に。
進み続ける白の怪異。
その怪異は木々を、建物を、人を、一切無視しながらただ歩いていく。
すべてを消滅させ、まるで夢といわんばかりに世界が崩壊していく。
その白の怪異たちがやってくる方向に聳え立つ塔。
遥か前方に聳え立つ、白に染まった■■■■■■■。
――――――
「……は、……ぁ」
呼吸が、苦しい。
空気を吸っては吐いて、繰り返す。
心拍数が上昇し、汗が止まらなかった。
感覚が戻っていた。
更に、感じたのは耳が痛くなるほどの「静寂」だった。
目を、開ける。
何も映し出さないと思っていた目は、光を感じ取った。
思わず目を細める。
だが、徐々に目を開いて行けば。
ビナーの放った光線は、俺の数センチ手前で、まるで時間が凍りついたように静止していた。
いや、違う。
光そのものが、粒子へと崩壊し、霧散していく。
「……生き、てる……?」
先程まで全身を焼いていた灼熱も、右脚を抉った銃創の激痛も、すべて嘘のように消え失せている。
俺は震える手で、自分の腹部をなぞった。
そこにあったのは、滑らかで傷1つない新しい皮膚だった。
腕も、足も。
すべて綺麗な肌があり、赤は消え失せている。
最初から、傷なんてなかった。
そう言われている気分だった。
俺が感じた、痛みを、苦しみを。
否定された。
「なんだよ、これ……。やめろ、……やめてくれよ……っ」
指先を這わせるたびに、戦慄が走る。
ただの治癒な訳がなかった。
体を巡っているのは、自身の意思ではないナニカ。
傷が治った部分から立ち上る、小さな黒の霧。
何よりも驚くべきは、その感覚だった。
体を駆け巡るナニカは、驚くほどしなやかに、俺の身体に馴染んでいた。
それが、恐ろしかった。
脳が、本能が。
この異常な変質を「何もなかった」と受け入れている。
これが、当然。
……。
生きたかった。
死ぬのは怖かった。
何もできないまま死ぬことが、許せなかった。
楽になれるならと思って、死を選んだのに。
――人間とは思えない再生力を持っていて。
復活できたことが。
何よりも嬉しかった。
それと同時に。
自分自身に恐怖した。
「何が……」
自分の腕をひっかいてみる。
しかし、傷1つつかない。
黒が瞬時に肉体を固定し、修復してしまう。
痛くない。
もう……辛くない。
「……は」
これは――
夢だ。
質の悪い夢。
悪夢を見ているだけ。
頬をつねっても、痛くない。
「ゆ……め……」
震える声で、自嘲が漏れる。
視界の端から、現実がぼやけていく。
徐々に下部からぼやけていく世界。
瞬きをすればすぐに鮮明になる。
それを繋ぎ止めるように、無理やり口元を吊り上げた。
夢ならば、早く覚めてほしい。
見上げれば、俺を攻撃してきたが、白亜が後ずさっている。
……
何を、恐れてるんだ?
これで終わりなのか?
「もう……終わりか……?」
俺の言葉を聞くと同時に、攻撃を再開した。
不快な高音が空気を裂く。
圧倒的なまでの光と熱を孕んで、襲い掛かる。
目を閉じる。
そして光を受け入れながら、思う。
早く覚めますように。
そうして、背後は砂漠ではなくなった。
世界の青と光を反射するガラスは直線的に広がり、砂漠にガラスの通路を作った。
しかし。
その先頭に立つ俺の周囲に、ガラスはなかった。
光は粒子となり、俺に届くことなどなかった。
現実か、夢か。
判断もできない。
判断……したくない。
それだけ。
考えることを辞めた。
砂の上に倒れ、空を見上げる。
半分は青、半分は白。
どちらも俺を見下ろしていた。
そして、冷たい金属の外殻が、触れる。
触れられた瞬間、身体に駆け巡る信号。
概念が脳に直接、淀みなく流れ込んでくる。
『パス「理解を通じた結合」より、接続を確認。』
脳を揺らす、無機質な機械音。
『私は、ビナー』
それは、自らをそう名乗った。
『異名は「違いを痛感する静観の理解者」。聖なる十文字の神を証明し、全容を予言する三番目の預言者』
『貴方が私と直接会話できているのは、物理的な接続ではなく、私というシステムへ貴方という「特異点」を招待したため』
『……嗚呼。解析。貴方が私の攻撃を無効化した論理、私の数式では到達不可能。非論理的。……理解不能です』
「だから……」
『生体反応、異常なし。精神反応――』
「だから、何なんだ……」
『恐怖を確認。生体反応より
「話しかけるな。しゃべるな。殺すなら殺せ」
『色彩との接触の可能性――』
「うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」
辞めてくれ。
話すな。
もう、いい。
夢なんだ。
夢だから。
気にしなくていい。
時が過ぎれば――
眠れば――
死ねば――
終わるから。
目と耳を塞いだ。
暫く、そうしていた。
指の隙間から入り込む音。
瞼が光によって透けた赤色。
現実が、入り込んでくる。
終わらない。
願うたびに、裏切られる。
望んだものとは、逆の形で。
生きている感覚がしない。
心の底で、何かがプツリと切れる音がした。
絶望が飽和する。
夢が、終わりを告げる。
何処まで行っても終わらない現実に、飲み込まれる。
「もう……いい」
俺には、何もできない。
何をしても、うまくいかない。
ならば、何もしない。
終わりを、待とう。
「……おやすみ」
深く考えない。
終わるまで、待てばいいだけだ。
地面が揺れた気がした。
砂の音がした気がした。
それから、静寂が訪れた。
終わってほしい。
……でも。
生きたい。
化け物になってまで生きたいのか。
それは……
わからない。
考えたくもない。
――――――――
ふと、風を感じた。
目を――開ける。
辺りは闇に飲まれかけていた。
青は深みのある紺へと移り変わっている。
一人になっていた。
誰もいなかった。
期待していたが、無駄だった。
…………覚めなかった。
残ったのは、一人きりの砂漠だけだった。
終わることはない。
自身の頬を、抓る。
――痛くない。
爪を立てて、抓る。
――痛くない。
指を見れば、血がついていた。
可笑しな身体。
壊れたのは――
身体だけなのだろうか。
立ち上がった。
喉が渇いていた。
……水でも探しに行こう。
それしか、することがなかった。
砂漠を歩く。
綺麗な身体で。
光がある方を目指す。
砂を踏みしめる音が聞こえる。
歩く。
疲れることのない身体で。
歩く。
知らない土地を。
街が徐々に近づく。
急に視界が暗くなる。
見上げれば、ビルが建っていた。
……
立ち寄るか。
近くの窓を殴りつける。
割れなかった。
もう一度。
何度も。
骨が軋む音がした。
痛くない。
ひびが入る。
さらに叩きつける。
——砕けた。
割れた隙間に腕を突っ込む。
皮膚が裂ける。
だが、すぐに塞がる。
そのまま、無理やり身体を押し込んだ。
静まり返った廊下に出た。
人の気配はない。
階段を見つけた。
上がる。
――とにかく上へ。
階段が途切れた。
横にはドアがある。
ドアを開ける。
……最上階だった。
そこは社長室を彷彿とさせるような場所だ。
正面は全面ガラス張り。
この部屋にあったのは大きなデスクと革製の椅子のみ。
誰もいない。
ガラスに向かっていき――
「おや」
背後から。
声が聞こえた。
「これが――」
……二人目だ。
背後に、誰かいる。
振り向く。
「中々に興味深いですね」
「……私には、美しく見えないな」
一人は、影のような顔をした存在。
もう一人は、人形のような存在。
俺を――
見下ろしていた。
化け物だ。
化け物がいた。
人の形をした、異なる存在。
スーツを纏った、なにか。
木の軋む音が聞こえる。
影に入った罅から漏れる光が揺れる。
ネクタイと蝶ネクタイが覗く。
「な……あ?」
「怖がらせてしまいましたか?」
影が話しかけてくる。
木のマネキンは、ただ見ている。
足が動かない。
声が、出ない。
「……知性の欠片も感じられない。醜い造形だ」
「何やら混乱しているようですよ。ここは一度、自己紹介でもしましょうか」
落ち着いた異形。
二体は、話すことを辞めない。
「私は……そうですね、黒服と申します」
「……マエストロだ」
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