銃を持つ少女たちと死に損ないのブルーアーカイブ   作:蒼雲しろ

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3:感情と研究と美学について

「……は」

 

 なぜ、自己紹介をされたのだろうか。

 

 首を垂れる黒服と名乗った異形と、別の場所を見つめるマエストロと名乗った異形。

 

 気味が悪い。

 

「ふむ……返事がないですね」

「一体、そなたは何を見せたかったのだ」

「彼を紹介したかったのですよ」

 

 黒服が更に一歩詰め寄ってきた。

 

 一歩下がる。

 

「警戒していますか?」

「い……いや……」

「そう怖がる必要はありません。私たちは貴方とお話がしたいだけですので」

 

 話……

 

 何を?

 

「話すことなんて……ない」

「そうおっしゃらずに」

 

 肩に手を触れた黒服。

 

 反射的に振り払う。

 

 ……暫く無言が続いた。

 

「マエストロ」

「……」

「きっと、貴方も興味を持つことになるでしょう」

 

 マエストロは返事をしない。

 

「私と契約しませんか?」

 

 話しかけてきた黒服を見る。

 

「契約……?」

「ええ。」

 

 頷く黒服。

 

「私たちであれば、貴方が知りたがっていたこと……あなたの身体についてお教えできます」

 

 顔から溢れる光が揺れた。

 

「は……?」

「どうですか?」

「なんで……お前が?」

 

 俺の回答に、黒服の光が歪む。

 

 同時に、軋む音が響く。

 

「……知性も品格もない存在に、私は興味がない。帰らせてもらう」

 

 離れていく。

 

「彼が神秘を持たぬ存在であっても、ですか?」

 

 黒服の言葉を聞いて足を止めたマエストロ。

 

「……ほう?」

「なんと言っても、私たち同様外から来た者です」

「なんでそれを……」

「お教えします、と。言ったではありませんか」

 

 俺のことを……知っている?

 

 俺がここに来たことを……

 

 俺の身体を……

 

 黒――

 

「お前か⁉」

「おや?」

 

 黒服の襟をつかむ。

 布のはずが、妙に硬い。

 

「お前が俺を此処に……俺の身体を……化け物にしたのか⁈」

「……成程、そういうことですか」

 

 黒服が俺の手を払った。

 

「それもお教えしましょう――ただし、その前に。契約を」

 

 手を差し出される。

 

「貴方が理解した後、どのような結論に至るのか――それに興味があります」

「その変化を、少し観察させていただきたい」

 

 こんな奴と契約をするのか。

 

 俺を絶望に陥れた。

 化け物にした。

 

 そんな奴と。

 

 

 ――でも。

 

 それよりも。

 

 傷も、痛みもすべてが消えるこの身体が……

 

 あの、感覚が。

 

 この異常な変質を「何もなかった」と受け入れているのが。

 体を駆け巡るナニカが、俺の身体に馴染んでいたのが。

 

 何よりも、気持ち悪い。

 

 自分の中に馴染んでいるナニカについて知れるなら。

 

 俺が、何なのかを知れるなら。

 

 例え、こいつのせいだとしても。

 

 この程度の条件で、知ることができるなら。

 

「――教えてくれるんだな?」

「ええ。誓って」

 

 黒服が頭を下げる。

 

「始めに、貴方の誤解を解くことにしましょう」

 

「貴方がここに来た理由はわかりませんが、身体に関しては私たちが原因ではありません」

「……なら、誰が」

「色彩です」

 

 嘘……か?

 判断がつかない。

 こいつの言葉を、信じるのか。

 

 それに。

 色彩……

 

 ビナーが何か――

 

「――色彩」

 

 そうつぶやいたマエストロは、こちらを見る。

 

「黒服、それは本当か?」

「ええ、どうやら接触したようです。身体から微かに気配を感じます」

 

 マエストロは、色彩に興味を示したのか?

 

「ならば――」

「これは絶好の機会でもあります」

 

 黒服とマエストロの討論は続く。

 

 会話からでもいい、わかることを。

 

「色彩の到来……とはまだ言えず。不完全な状態での干渉です」

「その上、へイロー――神秘を持たない存在が恐怖(テラー)を持っています」

 

「複製でしか観測できなかった恐怖(テラー)を、人の身で顕現した存在ということか?」

 「ええ。その上、あのビナーを退けた存在」

 

 マエストロの問いが、こちらに向く。

 

「そなたは――」

「マエストロ」

 

 黒服が横から割って入った。

 そうして告げる。

 

「彼は、まだ知識を持たないのです。一度説明しましょう、この『キヴォトス』について」

 

 理解できない会話が続いていた。

 

 これじゃあ、契約した意味がない。

 

「――聞きたいことがある」

 

 二体を見つめる。

 

「俺は……なんなんだ」

「その答えは、貴方がどのように理解するかによって変わります」

 

 頭部から漏れる光が歪んだ。

 

「順を追って説明いたしますよ」

 

 俺は、理解することになる。

 

 ――それが、正しいのかも分からないまま。

 

 あれだけ望んでいた。

 世界の真実を。

 

 

「それでは、『キヴォトス』についてお教えしましょう」

 

 黒服が話し始めた。

 

「学園都市『キヴォトス』。この世界は数千の学園がそれぞれ運営する自治区で構成される連邦都市です。」

「そして、キヴォトスは超銃器社会です。生徒や住民たちのほとんどが日常的に銃を使用し、些細なもめごとでさえ銃撃戦を繰り広げます」

「銃?そんなことになれば……」

 

 死人が出るのではないか。

 

「――銃撃戦で人が死ぬことなど滅多にあり得ません」

「は?」

「生徒……いえ、彼女らは特別な力を宿しています。我々はそれを『神秘』と呼んでいます。『神秘』の影響で肉体強度、回復力、耐久力――いずれも通常の人間とは比較になりえません。銃弾程度であれば、かすり傷でしょう」

 

 それは……俺と、変わらない?

 

「神秘……」

「神秘については、私から説明しよう」

 

 マエストロが一歩踏み出す。

 

「神秘とは、『崇高』における一面。」

「『崇高』というものは、2つの側面を持っている……ひとつは、到底たどり着くことの叶わない『神秘』。そしてもうひとつは、不可逆の『恐怖(テラー)』。」

「例えるならばそう、それはまるでコインの両面のように、『神秘』と『恐怖』とは互いに切り離すことができないものだ。」

「恐怖と……神秘……」

「そして、貴方が持つのは『恐怖』」

 

 俺が、『恐怖』を?

 

「『色彩』の接触により、貴方が得たものだと考えています」

 

 色彩……ビナーが何か言っていたか?

 

「しかし、これは非常に稀なケースだ」

「現存する生徒において、恐怖を宿している者は存在しない」

 

 神秘を宿した、者たちとは違う。

 似たような存在なのに、違う?

 

 俺だけが、違うのか?

 

「なら、俺は――?」

「……ゴルコンダの言葉を借りるなら、生徒という『テクスト』を持たない。もしくは――」

「そなたが、『恐怖』の側面で外の世界から顕現した存在だということ」

 

 『テクスト』……どういうことだ。

 『崇高』?

 それらが、なんだ?

 

「待ってくれ……整理が……」

 

 『色彩』『恐怖(テラー)』『神秘』に『ビナー』……『キヴォトス』。

 何一つ理解できない。

 

 理解させてくれない。

 

「……非常に残念だ。まだ、理解するには足りなかったのか」

 

 首を振るマエストロ。

 

「……俺の身体と何の関係があるんだ?」

「貴方が、このキヴォトスにおいて特別な存在ということです」

 

 黒服が口を開いた。

 

「我々も、貴方のことにてすべてを理解してるわけではないのです」

「しかし、貴方があの『ビナー』の攻撃を無効化したこと、身体の再生能力については、恐怖が原因でしょう」

 

 

「何故なら――」

 

「貴方は人間ですから」

 

 

「人間……?」

「ええ。――おかしなことを言いましたでしょうか?」

 

 俺が、人間?

 

「人の身体は、あんなに急速に治らないはずだ」

「それは、恐怖(テラー)の影響であり、貴方の身体の問題ではありません」

 

「神秘を持っている奴らは、人間なのか?」

「彼女らも等しく人間です」

 

 頭が回らなくなってくる。

 詰め込まれた情報によって、頭の整理が追い付いていない。

 恐怖……俺の身体……だけど……。

 

 恐怖を持つ存在が、稀なら。

 神秘を持つ者と、異なるなら。

 

 恐怖を持っている俺は、結果的に化け物じゃないか?

 

「でも、恐怖を持っている俺は……」

「どうやら、人間かどうかを疑問に思っているようですが」

 

「果たして、それは重要なことなのでしょうか?」

 

 黒服の言葉に、喉が詰まった。

 反論しようとして、止まった。

 化け物になんてなりたくなかった、と。

 

 だが、俺は生きている。

 こうして、立っている。

 

 それで、良いのではないか?

 

 ……わからない。

 

「肉体は紛れもなく人間です。そこに付与された恐怖(テラー)によって、人ならざる力を所持しているのです」

 

 黒服の言葉が響く。

 

 ……少しだけ。

 

 わかった気がした。

 

 わかったことに、しよう。

 

 もしかしたら、俺は人間なのかもしれない。

 この世界においては、そこまで異常ではないのかもしれない。

 

「それでも」

 

「――それでも、自分が怖い」

 

 黒服とマエストロを見やる。

 二体の説明を聞いて、理解した。

 

 胸の奥がざわついている。

 

「自分の身体が、修復されていく感覚」

「壊れるのに、どこまで行っても壊れきれない」

「そんな俺が、怖い」

 

 震える手をどうにか鎮める。

 

「だけど」

「死にたくない」

「死ぬのも、怖いんだ」

 

 車に跳ねられた、あの時の絶望が。

 砂漠で倒れ込んだ、あの時の虚無が。

 

 忘れることのない恐怖として、身体に刻まれた。

 

 自分の知っている身体じゃないことに、吐き気を覚えても。

 修復される感覚に、せりあがるような何かを感じても。

 

 死ぬのだけは、できないのだろう。

 

「――それが、貴方の導いた結論ということですね」

 

 黒服の光がこちらを射抜く。

 

「俺は死ねない――だから」

 

「化け物でも、いい」

 

 ――そう思えば、少しは立つことができる。

 

 もとより、死にたくないとは思っていた。

 

 でも。

 

 右も左もわからない場所で。

 自身の存在さえ見失い。

 

 あきらめる、理由を欲していたんだと思う。

 

 それでも、あきらめられなくて。

 

 黒服とマエストロの話を聞いて思った。

 人か化け物か、それは重要ではない。

 俺があきらめるために考えただけの、体のいい言い訳。

 

 死ぬことがない身体。

 

 

 結局は、一番望んだものじゃないか。

 

 それで、良いじゃないか。

 

「貴方の根源は……その恐怖なのですね」

「私としては、未完成であったことが非常に残念で仕方ない」

 

 黒服がスーツの襟を整える。

 

「ひとまず、本日はここまでにいたしましょうか」

「終わり?」

 

 黒服とマエストロが背を向ける。

 

「珍しくためになることであった。作品の参考になった」

「私としても、素晴らしい出会いでした」

 

 呼び止めることは、しなかった。

 結局は、何がしたかったのかわからない存在。

 しかし、何かと俺に興味を示していたように見える。 

 

「貴方がどのように行動するのか――引き続き観察させていただきます」

「いつか、私の『崇高』を理解してくれることを願っている」

 

 二体の言葉が聞こえ、扉が閉まる。

 同時に、室内に静寂が訪れた。

 

 一人、取り残される。

 

 ……俺もどこかに行こうと思い、一歩踏み出した。

 

 

 ――その時。

 

 軋む音が、頭上から響いた。

 

 上を見上げれば……

 

 天井にひびが入っている。

 

 口から空気が漏れる。

 

 罅はそのまま音を立てて広がっていき――

 

 空が見えた。

 足元が、揺れた。

 

 体に唐突な浮遊感が襲い掛かる。

 

 臓物が浮かび上がるような不快感。

 

 ビルが、崩れて。

 

 お、落ち――

 

 瓦礫の上に叩きつけられ。

 

 

 ――――――――

 

 

 意識が浮上する。

 

 ビルの崩壊により、最上階から落下した。

 倒れた体を起こす。

 

 やはり。

 

 怪我1つない身体。

 

 瓦礫の隙間に零れていた、血液。

 

 生きている。

 

 ――生きれている。

 

「何があったんですか」

 

 風のように、声が聞こえた。

 傍に人がいるようだ。

 

 また、人だ。

 

 声が聞こえた方向へと目を向ける。

 

 視界に映ったのは桃色だった。

 

 徐々に焦点が合い、その桃色は少女の髪の毛だと分かった。

 

 少女は、ぶっきらぼうに聞いてくる。

 

「そんな血だらけで。死んじゃいますよ」

 

 桃色の絹糸は夜風に靡く。

 紺色に染められたベストをワイシャツに重ねた制服姿。

 

 目が合った。

 太陽のように輝く橙の右目と、夜のように淡麗な蒼の左目。

 瓦礫に座り込む俺を、見つめてくる。

 

「……死ねませんよ、俺は」

 

 口からこぼれ出た言葉に、彼女は。

 

「そうですか」

 

 なんとも人に関心がないような返事をしたのだった。

 

 


 

 

「これで、新たな研究が進みそうですね」

「私も、良い実験材料を入手できた」

「それはよかった」

 

「加えて、『暁のホルス』との接触も促すことができましたよ」

恐怖(テラー)を生きた生徒に適応できるのか」

「神秘を持たない人間が、色彩と接触したことで何が起こるのか」

 

「そして」

「研究対象の接触は、どんな効果を生み出すのか」

 

「クックック……」

「実に興味深いですね」

 




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