銃を持つ少女たちと死に損ないのブルーアーカイブ 作:蒼雲しろ
砂漠
夜の月に照らされ、輝く少女。
彼女は俺のほうを見ながら、眉を顰め首を傾げた。
「……大丈夫ですか」
銃をいじる手を止め、こちらをじっと見つめてくる。
慌てて返事をする。
「見ての通り全く問題ないですよ」
肩を回して、身体を確認する。
どこにも異常がない。
逆に、調子がいいと思うほどだ。
「問題ない……」
俺の座り込んでいる瓦礫を指さしながら言う。
「そんなに出血しているのにですか」
体を見回せば。
服が血に濡れ、手に血が付いていた。
服で血を拭こうにも、血は乾いて張り付いており、うまく拭えない。
ここまで血が流れているとは思ってなかった。
少なくとも、人から流れたとは思えない量の血が、瓦礫に付着している。
彼女からは見えていないだろうが、瓦礫の隙間を今も流れる血が月に照らされている。
「……怪我はしてないんですよね」
「大丈夫ならいいですけど」
渋い顔で俺の言葉を聞き届けた少女。
スカートが揺れる。
制服……だろうか。
見た目的にも学生に見える彼女が、黒服たちが言っていた『生徒』だろうか?
つまり、彼女も神秘を持っている。
しかし、その彼女をしてもこの光景は異様に見えるらしい。
ここまでの回復能力はない……か。
彼女が本当に生徒であれば、俺はやはり――
化け物、なんだろうな。
そう思う自分に、不思議と嫌悪感はなかった。、
会話に一区切りつくと、少女の様子が変わった。
そわそわとした様子で、しきりにあたりを見回している。
「問題がなければ、これで」
少女はぶっきらぼうに、そう告げる。
何処かに行く途中だったのだろうか。
自分で言っといてだが、多分違う気がしてきた。
既に日は沈み切っている。
多分、帰宅途中に偶然俺を見つけたとか、そんな感じだろう。
「すみません……ありがとうございました」
改めて感謝を伝えると、少女は足早に去っていく。
その背中は。
何故か、目が離せなかった。
――――――――
砂漠を歩く。
――探さないと。
砂漠を駆ける。
――――探さないと。
謝らないと。
先輩は……どこに。
ひたすら、探し続ける。
帰ってこなくなった、先輩を。
私のせいで、いなくなった先輩を。
――先輩を。
探さないと。
足が止まる。
周りを見渡す。
気がつくと、街から大分離れていた。
時刻は――20時を過ぎた。
これ以上は……
水も、食べ物も。
なくなってしまった。
ここが潮時だった。
その場で何度か蹈鞴を踏みながら、街へと視線を向ける。
――帰ろう。
道すがら何故か頭に浮かんできたのは、あの人だった。
なぜか、記憶に残っていた。
あの銃を持たない、血に濡れた人。
一体なんだったのか。
あんな所で、寝ていた。
寝ていたわけではないかもしれないが、見たところ何も外傷がなかった。
戦闘で負けて銃を奪われた、みたいな線はないはずだ。
……
そうか。
わかった。
どうせあの人もアビドスに、見切りをつけたんだろう。
だからあんな、銃を持たずに砂漠に行く。
そんな、自殺まがいなことを。
砂にまみれ、人が減っていく。
砂嵐が来るたび。
活気も、色も、希望も失われていく。
誰もが、諦める。
目を瞑る。
考えれば考えるほど、深いところに堕ちていく気がする。
誰1人として……この街で――――
『疑念、不信、暴力、嘘……』
『そういうものを当たり前だと思うようになったら、』
『私たちもいつか、自分を見失っちゃうよ。』
『そうやってアビドスを取り戻しても、』
『それは私たちが思い描いたアビドスにはならない。』
声がした。
反射的に、目を開き振り返る。
そこには誰もいなかった。
求めていた探し人は、いなかった。
見えるのは、遠くで光を発散する街だけだ。
しかし。
自分でもわからないほど、やけに視界が晴れた気がした。
冷静になった。
焦りが、思考をロックしていたことに気がついた。
今になって思ったのだ。
あんな傷だらけの人を一人にしてよかったのだろうか。
ここ最近は治安も悪い。
――先輩もよく絡まれていた。
それに。
銃を持っていなかったような……?
「……っ」
こんな治安で、銃を持たずに歩くのは危険すぎる。
攫われたりしたら……
『ホシノちゃん!見てみて!』
先輩の声が、頭の中に響く。
さっきより、はっきりと聞こえた。
息が、詰まる。
周りから聞こえる音が、ぐもったようになる。
――先輩を……探さないと。
――謝らないと。
『死ねませんよ、俺は』
さっきの男の人の声が、頭の中で響く。
視界はぼやけ、揺れ動く。
足が縺れ、その場にへたりと座り込むことしか出来なかった。
――銃を持っていない人だから、からまれたら危ない。
――見捨てる……訳には……
何も見えない。
暗い――
暗い――
誰もいない世界で、1人呟く。
「先輩……」
どうにかなりそうだった。
今すぐにでも、こんな場所から逃げ出したい。
こんな苦しい思い、したくない。
あの頃に――戻りたい。
優しい声を聞きたい。
人の温もりを……感じたい。
独りは……寂しい。
私は、どうすれば――
――――――――
月が丁度頭上で輝き続けている。
夜も更けてきた。
桃色髪の少女と別れてから、暫くは動けずにいた。
ただ、動く気がなかっただけだが。
このままでは、居心地の悪い瓦礫の上で夜を過ごすことになりそうだったので、瞬間的に覚悟を決めて立ち上がった。
結果的に、歩み始めてからは足を止めていない。
中心部の方めがけて歩いていき、少しずつ街の明かりが見えてきた。
次第に砂の層は薄くなっていき、少し舗装された道に変わった。
その道は歩きやすく、世界各国で道路を作っていた理由を身をもって体感した。
舗装というものに感動を覚えるのも無理はない。
アスファルトの道路を歩いていて、思う。
少し元の世界が、恋しくなる。
でもあっちでは、俺は完全に死んでしまった。
きっと、戻れることはない。
直感が告げていた。
戻ったところで――。
どこまでもついてくる月とともに、歩いてく。
いつの間にか、あたりは住宅街のような場所になっていた。
その中に、一際大きな建物が見える。
あれは……
「学校」
つい、言葉が漏れた。
新しく見えるそれは、閑散としたこの地域に建っていた。
3階建ての校舎は、正面と右側の2つがつながっているような構造だ。
校門は、開いている。
校舎の大きな時計を見上げる。
時刻は10時を回っていた。
こんな砂漠に、学校?
そう思い、校門をもう一度よく見てみる。
すると、プレートが付いていた。
そこにははっきりと記された「アビドス高等学校」の文字。
校舎の上部には、校章と思しきものが付けられている。
ピラミッドのような三角の中に、太陽が浮かんでいた。
この時間だからかと思いもしたが、それにしても人の気配を感じない。
今はいない、ではないのだ。
砂にまみれた道、校舎の入口は全てが閉まり切っている。
誰かが通っていれば、こんなにも砂で汚れていることもない筈だ。
掃除だってできる。
自分たちの学校だ。
こんなに砂で汚れていたら掃除したくなるだろう。
誰も通らず、掃除している人もいない。
廃校のような状態だ。
ふと。
足音が聞こえた。
右側から接近してくる小柄な影。
そして、街灯の明かりで徐々に露になるその姿は。
「貴方は――」
桃色髪の少女は言葉をこぼした。
目は見開かれ、よく見ていれば、銃を持つ手が少し震えている。
白と黒のツートンカラーに桃の差し色が入った外観のショットガンを持ち変え、地面に銃口を向ける。
「奇遇ですね……先程お会いしたばかりなのに」
そう、声をかけた。
先ほど会った時よりも、憔悴した表情。
それに。
対面となって、はじめてわかった。
ひどい隈だ。
目から覗く闇のような色は、濁った泥のようだ。
黒く渦巻くその目は、底が見えない。
そして、少女は口を開いた。
「そうですね」
短い返答だった。
暗くなった青と橙の瞳がこちらを見据える。
口が開いて、閉じる。
言葉にならない空気が何度か漏れた後。
「――どうして、ここに?」
問いかけが飛んでくる。
視線が揺れている。
銃を持つ手も落ち着かない様子で動いていた。
少女からの質問に答えるべく、口を開いた。
「迷いました」
どこか目的があって歩いたわけではないのだが、これでいいか。
自分の置かれた状況について説明した。
砂漠を歩いて、ここまで来たと伝えた時は、呆れられたようなため息が出ていた。
「……わかりました、取り敢えず中心部まで送りますから、そこから家まで帰ってください」
少女はそう告げると、こちらに近寄ってくる。
「送っていただけるのはありがたいのですが」
横を通り過ぎた少女に告げる。
「家、ないですね」
「は?」
端的に。
それでいて、避難の色が滲み出た声が飛んできた。
「……貴方、学生ですよね」
首肯する。
血まみれの制服を見つめる少女。
「その制服、見たことない……どこの所属ですか」
「所属は……なんと言ったらいいか。
きっと伝わらないだろうという思いが心を満たす。
予想は的中し、少女は驚いた顔をした。
「この自治区の生徒じゃないんですか?」
他自治区の生徒がいるのは珍しいのだろう。
そう思えるほど、少女の声色が変わった。
そんな少女に返事をする。
「そう、みたいです」
苦笑。
漏れ出たそれは拾われることなく、少女は表情を曇らせる一方だ。
心苦しさを感じる。
「……」
暫く、少女は考え込んでいた。
ずっとそうしていたような、一瞬だったような気もする。
ある時、少女は口を開いた。
「帰る場所がないんですよね」
「はい」
「これから、どうするつもりなんですか」
「適当に、寝られる場所でも探そうかなと」
「食事は」
「最悪一週間くらい」
「……お金は」
「あるわけないじゃないですか」
「…………そもそも、なんで銃を持ってないんですか」
「ないからですね。銃」
呆れたような、ドン引きするような表情。
聞いといてそれですか。
「まあ、これ以上迷惑かけてもアレなんで、俺は適当に歩いていきますよ」
どうせ、どこに居たって変わらないのだから。
しかし、少女は。
「……今のアビドスは危険です。歩いていたら襲われますよ。特に銃のない貴方はどう抵抗するんですか」
「抵抗……はできませんが、大丈夫です」
意味がわからないと言った表情で見つめてくる。
「なんで、そんなに落ち着いてるんですか?怖くないんですか」
「さっきも、あんなに血が出ていたのに、何もなかったように……」
先ほどよりも、少し小さな声で聞いてくる。
怖い、か。
怖いのは怖いけど。
「貴方にこれ以上迷惑をかける方が、俺は嫌なだけですよ。なので大丈夫です」
人に迷惑をかけるくらいなら、一人で静かに生きてた方がマシ。
化け物なら、それが一番の選択だろうから。
俺の言葉を聞いた少女は、何かを考えるかのように俯く。
「ついてきてください」
大丈夫、と言ったにも関わらず、そのことは無視された。
瓦礫の上で倒れていたところを助けてもらったりと、困っている人を見過ごせないタイプらしい。
「教室を一つ貸します、そこで寝てください」
「え?」
少女の提案は、予想だにしないことだった。
あまりの出来事に、素っ頓狂な声しか出せず。
しばらく硬直していたら、早くしろと催促された。
……どうしようか。
――――――――
「ここを使ってください」
結局は断らず、少女について行った。
校舎へと招き入れられる。
今更の疑問だが、少女は何故ここに来たのだろうか。
この時間に学校へ来る予定でもあったのか。
だとしても、疑問が消えることはないが。
まあ、何か事情があるのだろう。
そしてだ。
やはり、といったところか。
校舎に入って最初に気になったのは、廊下の状態だった。
砂が床に広がっていて、外と変わりない惨状である。
つまりは、この学校にはそこまで人数がいない、または彼女以外の人がいない、という可能性が高い。
中々に広い学校に、少人数。
もしくは一人。
こんなにも校舎を作る必要があったのか。
そんな疑問が頭を過った。
「……本当にいいんですか?」
「一階に立ち入らないならいいです」
言葉を言い終えると同時に、彼女は銃を握り直した。
「もし、一階に入ったら」
手に持っている銃を持ち上げ、一言告げた。
「ヘイローの無事は保証しない」
睨みつけられる。
――地雷を踏みぬいた。
しかし、ヘイローというのは?
口を開こうとしたが、それを聞くには適した雰囲気ではなかった。
何かは分からないが、とにかく危険なのは間違いない。
鋭く輝いている瞳が訴えている。
――一応、恩を仇で返すようなことはしたくない。
「わかりました」
素直にうなずいた。
いわれなくても、勝手に動き回るようなことはしないつもりだった。
用事もないし。
少女は俺の言葉を聞くと、背を向けて扉の方へ向かう。
「あの」
立ち去ろうとする彼女に声をかけた。
「お名前、なんて言うんですか」
自分でも、なんで聞いたのかわからない。
だけど、聞くべきだと思った。
やはり暫し悩んだ末に、こう答えた。
「
そう告げた桃色髪の少女は俺を見る。
その目は、先ほどより濁りが減っていた。
「ありがとう、小鳥遊さん」
彼女は俺の言葉を聞くと同時に、顔色が変わった。
口が軽く開いたが、何事もなく閉じた。
そのまま、教室を去っていく。
きっと家に帰るのだろう。
一息ついた。
ここまで安心して落ち着ける時間は相当久しぶりのように感じる。
そもそも、落ち着こうとも思っていなかった。
宛もなく彷徨い続けていただけだった。
何も起こらず、どこ
までも歩くと思っていた。
歩けるだけの体は、あると思う。
だが、不思議な出会いがあった。
血塗れの俺を助けた少女――小鳥遊さん。
助けられた時、二回とも嫌な顔はしていたが、それだけだった。
あれだけ血を流していたにも関わらず、傷のない俺に恐怖を感じていないように見えた。
何も興味がなかっただけかもしれない。
いい対応をされたかと言えば、そうではない。
だけど、俺にとっては少なくとも嬉しい対応だった。
適当に教室の後ろの方の床に寝そべる。
教室の窓から見える星は、輝いていた。
何かが変わりそうな。
そんな気がした。
閲覧ありがとうございます〜!