銃を持つ少女たちと死に損ないのブルーアーカイブ   作:蒼雲しろ

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小鳥遊(たかなし)ホシノ

 天井の色は、白だった。

 

 床の上で寝たからか、不快な感覚で目が覚めた。

 首と肩が固まっているので、どうにかいい寝方を考えたいと思った。

 

 硬い床に手をついて、体を起こす。

 体をほぐすように動かし、床の上で胡坐をかく。

 窓から差し込む光が、やけに明るい気がする。

 

 これが、キヴォトスで迎える初めての朝だった。

 

 なんとも言い難い気分になるが、キヴォトスの朝というのはこれまた晴れやかだ。

 体の調子がいいのも、理由の1つかもしれない。

 

 窓を開け、新鮮な空気を肺に取り込む。

 朝の風が頬を撫でる。

 昼は暑さが桁違いだったが、朝は過ごしやすい。

 

 風は気持ちいいのだが、汗をかいたのか体が気持ち悪い。

 髪も砂だらけで、固まってしまっている。

 どこかにシャワーとかないかな。

 高校だからあると思うんだけど、特にプールとか。

 後で聞いてみよう。

 

 壁に掛かった時計を見れば、五時だった。

 健康的……な時間帯に起きたようだ。

 

 身体の痛みで、起きてしまっただけだと思うが。

 

 この時間でも日が昇っているという事は、多分夏なのだ。

 昼間が暑い理由もそれに違いない。

 

 スマホは……

 見つからない。

 床にも、ポケットにも入っていない。

 

 よくよく思い返せば、昨日投げてしまったバッグの中だった。

 あったとしても、回線が通ってなくて使えない気がする。

 ……結局、何の意味もないじゃないか。

 

 スマホがないと暇になってしまう。

 することもないので、何かないかと辺りを見回す。

 

 教室の入口の傍の机に、何かが置いてあった。

 歩いて行き、確認してみると。

 

 そこには、食事が置かれていた。

 ウィダーインゼリーと、非常食と思われるブロック型の栄養食が、それぞれ1つずつ置かれていた。

 

 今までなりを潜めていた腹が鳴った。

 そういえば、昨日から何も食べていなかったことに今更ながら気がつく。

 

 怪我が秒で治る体だし、食べる必要はないのかもしれない。

 

 それはそうとして、お腹は空いてる。

 ……食べていいのか?

 というか、こんな時間に食事があるってどういうことだ。

 昨日の夜か、今日の朝か。

 だとしても時間的には相当遅くに学校に来ていたことになるが。

 

 とりあえずは、下手なことして撃たれるのはごめんなので触れないでおく。

 ここに置いてあるが、食べるのが怖い。

 食べた後で、「私のです」とか言われたらどうしようもないまま撃たれて終わりだ。

 撃たれても食らわないけど……。

 そういう話ではない。

 

 とりあえず、顔を洗いたいがタオルがない。

 

 ……何もできない。

 風呂も食事も洗顔も、何1つできない不便さにやるせなさを感じ、近くの椅子に座り込む。

 顎に手を当てた。

 

 服もこのままじゃな……。

 

 乾いた血がついた服を触る。

 

 解決策としては、新しいものを買うことなんだが。

 財布も勿論バッグとともに投げつけた。

 

 どうにか、お金を手に入れる方法を探さないといけない。

 

 外を眺めながら考える。

 何かないだろうか。

 一番は……小鳥遊さんに恥を忍んでお願いする事だと思うが。

 

「あの」

 

 それは最終手段にしたい。

 お金がなくても生きていけるのが、今の俺の強みだと思うし。

 ……銃は効かないが、空腹で死んだりするのかはわからないが。

 

 丁度いい稼ぐ方法、バイトじゃないか。

 と言っても、バイトに必要なものが何1つない。

 まずは、身分を証明するものが機能していないわけで。

 

「あの」

 

 加えて、服がこれでは受かるわけがない。

 

 なんかもう、化け物でも受けれる仕事とかないのかな。

 サンドバッグになります、みたいな。

 ……あってもやりたいわけがない。

 何で考えたんだ。

 

「あの‼︎」

 

 後ろから背中を叩かれたが、そこまで痛くはなかった。

 

「えっと、おはようございます。どうしました?」

 

 昨日と変わらず眉間に皺が寄っていて、いかにも怒っていますと言わん表情だ。

 怖いですよ、もっとスマイルにならないと。

 

「……おはようございます。何度も声を掛けたのに返事がなかったので」

 

 随分と間があった。

 昨日の声より棘がある。

 

「あっと、すみません。考え事をしていたので」

 

 冷ややかな視線を向けてくる。

 目元が見えるが、相変わらず隈が消えることはない。

 頭を見れば、なんだか多いアホ毛。

 

「なんですか、ジロジロみて」

 

 一段と眉を顰める小鳥遊さん。

 なんだその目は。

 

「そんな見てないです」

「あんまり変な態度取ってると、撃ちますよ」

 

 ……本当に銃を撃つことに抵抗がないようだ。

 

 それに、撃たれても効かないと思うが、やはり銃と聞くと心臓が跳ねる。

 大丈夫とわかっていても、怖いものは怖い。

 

「――気をつけます」

 

 そんなこんなで一息つき、改めて尋ねる。

 

「それで、何かあったんですか?」

「貴方、名前はなんですか」

 

 こちらを横目に見ながら、そう尋ねてきた。

 

 そう言えば自己紹介をしていなかった。

 念のため喉の調子を整え、間を開けてから言葉を発する。

 

 喋り始める瞬間、一瞬言葉が詰まった。

 

「俺は……白神(しろがみ)高校二年、彩依 枢(あやい かなめ)です。自己紹介が遅れてごめんなさい。昨日はありがとうございました」

 

 頭を下げる。

 

 自己紹介をしてから思ったのは、外の世界というのはキヴォトスにおいてどういう立ち位置なのかということだ。

 黒服とマエストロも、外から来たと言っていた。

 実は外から来る人は多い可能性がある。

 

 その場合、俺は外から来たことを隠したい。

 

 外から来た人が、銃を撃たれたら死ぬことくらいわかっていたら。

 俺の身体の説明ができなくなる。

 

 化け物として生きるのはいいが、恐れられるのは……嫌だ。

 

 終わった自己紹介について公開しながら、小鳥遊さんの反応を待っていた。

 

「……二年ですか?」

「はい。こんな見た目ですが」

 

 小鳥遊さんは、硬直している。

 二年だということが意外なのか。

 

 黒服曰く、キヴォトスには無数の学園があるとのことだ。

 一々学園の名前など気にしないのだろう。

 

 あとは、高校生に見えるのは服のおかげだろう。

 こんな薄汚れた姿だけだったら、老けて見えそうだし。

 

 そこで俺も小鳥遊さんに聞いてみることに。

 

「そう言えば、昨日は名前しか聞けなかったから。改めて聞いてもいいですか?小鳥遊さんのこと」

「やっぱり知らないんですね、私のこと」

 

 要領を得ない言葉だった。

 ――有名人なのか。

 

「アビドス高校一年」

 

 扉のほうまで歩いていく。

 

「この学校の生徒会副会長です」

 

 一年で副会長。

 相当優秀な方なのか、人数が少ないせいなのか。

 

「そこにあるものは勝手に食べてください。私はこれから用事があるので」

「え、ありが――」

 

 バタン

 

 無情にも、俺が話し終える前に扉は閉じられた。

 距離が離れてる。

 というか、離れていく気がしている。

 

 一旦は……ご飯、食べられるのか。

 

 結局、様々考えていたことについて聞く機会を逃してしまった。

 

 机の上に置かれた食事たちを持って、窓際の席に移動する。

 

 ご飯を食べながら、外を景色を見た。

 これからどうしようか。

 

 何も思いつかない。

 ここにいてもできることはない、ということしか分からなかった。

 

 自分で生活できるところに持っていくのが、第一目標だろうか。

 お金と食事、これらを自力で集める。

 

 ……外に行くしかない。

 ここにいても何も解決せずに時間が過ぎるだけだ。

 服については、なるべく路地裏を通って、こんな姿を見られない様にすれば大丈夫だ。

 

 思い立ったが吉日。

 手に持っている容器を握りつぶし、残りのゼリーを口に詰め込む。

 黒板に、「外出します」と書き記し、食べ終わったゴミをゴミ箱に捨てる。

 

 一応、乾いた血をゴミ箱の上で払っておく。

 ワイシャツに染み付いたものはどうしようもないので放置する。

 

 教室の扉を閉め、階段を降りようとしたところで思い出した。

 一階は入ってはいけないことを。

 

 

 ――仕方ないので、2階の窓から降りることに。

 怪我をしても治るので、この方法がとれることに気が付き、うまく言葉にできない感覚になった。

 感謝だけはすることがないだろうが。

 

 窓を全開にする。

 窓枠を掴み、体を持ち上げる。

 体を外に出し、枠を掴んだ状態でぶら下がる体制になる。

 左手を外し、窓を掴んで閉める。

 それに伴って、右手をずらすのと同時に体もずらしていく。

 体が左右に揺れるのを右手で耐えている。

 

 それを3回ほど続けた。

 

 早くも右手が限界だ。

 こんなことになるなら、もっと運動しとけば……。

 お決まりのように思う。

 

 これ以上、体力も持たないので、一気に締めることにした。

 わざわざ細々とやる必要はない。

 

 右手を離すと同時に、左手で思いっきり窓を閉め、地面に着地する。

 二階なうえに、ぶら下がった状態からの落下だったので、そこまで衝撃は来なかった。

 

 上を向いて窓を確認すると、反動で少し空いてしまったようだ。

 ぱっと見はわからないので、大丈夫だ。

 前提として、そこまで登るような人はいるのか。

 

「よし」

 

 頬を叩いて、気合いを入れる。

 やはり、異常がないという異常を持つ身体。

 

 街で何かお金稼ぎのヒントを見つける、あわよくば服か食事を手に入れる。

 そう思いながら、校門へと向かった。

 

 なんてことないと思っていた。

 

 しかし、この先に起きる出会いが。

 俺の人生を大きく動かすことになる。

 

 

 ――――――――

 

 

 時刻は二十時を回っていた。

 砂漠から帰ってきた私は、教室に半ば監禁状態としてしまった彼の元を訪ねようとしていた。

 一階に入るな、そう言ってしまったせいで二階に一日中いるのだろう。

 

 ……一階に入っていなければ、だが。

 

 

 最後に話しかけられたが、時間が惜しくて飛び出してしまった。

 そもそも、私には別に話すことなどない。

 

 そんな風に、彼との関係性を考えていた。

 

 

 始めは、アビドスを狙っているのかと思った。

 明らかにおかしな行動。

 銃も持たず、学校の前で立ち尽くしている学生。

 

 ヘルメット団の手下で、油断させる作戦なのかとも思った。

 他学園の生徒なのかとも思った。

 

 でも、違った。

 彼には、悪意がない。

 

 底なしの正直者だ、そんな雰囲気を感じ取った。

 

 そう。

 何処か、ユメ先輩と似た雰囲気を感じた。

 

 外れていたら、私がバカだっただけだ。

 甘んじて受け入れよう。

 

 でも。

 本当に困っているなら、見過ごしてはいけないと思った。

 

 だって――

 

 ユメ先輩も、そうするだろうから。

 

 校舎に入り、階段を上がる。

 夜の暗い校舎も、少し慣れた気がする。

 

 廊下も、暗かった。

 明かりが見えない。

 

 寝ているのだろうか。

 それか……。

 

 彼がいる教室まで歩いて行き、扉をノックする。

 中からは返事が返ってこなかった。

 

 胃が痛くなるのを感じた。

 銃を持つ手に力が籠る。

 

 扉を開く。

 

 電気のついていない教室。

 

 視線を左から右へと移動させる。

 

 

 彼はここにいなかった。

 胸の奥がすっと冷え切る。

 

 

 教室を後に、一階を確認しようとしたとき。

 視界に入ったのは、黒板に書かれた綺麗とも汚いとも言い難い字。

 

 

 そこに書いてあったのは、予想もしていなかった文字だった。

 

 

『外出します』

 

 

「――は?」

 

 

 言葉が漏れ出た。

 

 黒板の文字を見つめる。

 

 

 銃が手から離れる。

 

 鈍い金属音が、空の教室に響く。

 

 

 教室を飛び出す。

 

 学校内を駆け回り、異常がないか確認する。

 

 教室。

 昇降口。

 プール。

 校庭。

 

 何1つとして、変化がなかった。

 

 私の予想が外れて、彼は悪人なんだと思っていた。

 でも、違った。

 

 何も、盗まれていない。

 何も、荒らされていない。

 何処にも異常がなくて、それが異常で。

 

 

 だったら。

 

 どうして。

 

 何故。

 

 なんでだ。

 

 

 彼は本当に、家も、帰る場所もないのだろう。

 

 

 ならば、彼は何処に行ったのか。

 

 

 私は言ったはずだ。

 「今のアビドスは危険だ」と。

 

 なのに……

 

 折角、助けるために学校という場所を貸したのに。

 多少の危険はあれど、まだ外よりは安全であるというのに。

 

 頭痛がした。

 

 どんな思いで、彼をここに招き入れたかなど、知っているわけがないというのに。

 理解してくれない彼に怒りを覚えていた。

 

 予想に反した行動をしてきた、彼に。

 

 私の心を乱す、彼に。

 

 机を殴る。

 

 ドン、と。

 鈍い音が教室の床に響く。

 

 手が痛む。

 

 

 何も話していないのに。

 

 理解してほしいと願う。

 

 面倒なことはしてほしくないと望む。

 

 虫のいい話だ。

 

 それに、彼は何も関係がないのに。

 

 

 でも。

 

 私の苦労も知らずに。

 

 どこかに行く。

 

 離れていく。

 

 また。

 

 離れていく。

 

 

 ……きっと。

 

 彼もきっと、何かあるのかもしれない。

 

 でも、だとしても。

 

『あるわけないじゃないですか』

 

 余裕のある態度の彼に、苛立ちを覚えてしまう。

 

『貴方にこれ以上迷惑をかける方が、俺は嫌なだけですよ』

 

 配慮する様な言葉遣いに、気持ち悪さを拭えない。

 

『わかりました』

 

 深く踏み込んで(聞いて)こないのが、不快だ。

 

『……本当にいいんですか?』

 

 粗悪な態度なら、簡単に見切りをつけられたのに。

 無遠慮なら、私もそうできたのに。

 

『ありがとう、小鳥遊さん』

 

 そっけない態度を取っても、敬語を崩さない。

 年下だとわかっても、態度を変えない。

 どんなに適当に会話を切っても、次は何事もなかったように話し始める。

 

 

 あまつさえ。

 

 

 彼といると。

 

 少し心が軽くなる。

 

 ()()()が、消えていく気がした。

 

 

 ……そうだ。

 

 見捨てたかった。

 

 いい人じゃなきゃ良かった。

 

 もっと、暴力的(私みたい)で。

 

 自己中心的(私みたい)で。

 

 非道(私みたい)なら。

 

 

 ――こんなに。

 

 こんなに苦しむ(自分が嫌になる)ことなんてなかったのに。

 

 

 胸の奥が重くなる。

 呼吸が短くなり、視界が暗くなっていく。

 

 

 こうなるなら。

 

 

 

助けなければ――

 

 

 

よかった。

 

 

 ああ。

 こんなこと、思っちゃいけないのに。

 

 

私は、

 

 

醜い。

 

 

醜悪で。

 

 

貪欲で。

 

 

非道で。

 

 

情強(じょうごわ)で。

 

 

偏屈で。

 

 

プライドが高くて、諦めが悪くて、往生際が悪くて、見苦しくて、思い切りが悪くて、女々しくて、未練たらしくて、こだわりが強くて、聞く耳持たずで、凝り固まってて、片意地をはってて、ふんぎりがつかなくて、耳を貸さなくて、気が強くて、頑固で、強情で、独りよがりで、石頭で、固執していて、往生際が悪くて、惨めで、臆病で、情けなくて、子供みたいで、感情的で、引き下がれなくて、自分を曲げられなくて、弱くて、ぐずぐずしていて、引きずってばっかで、引き下がれなくて、いつまでも離れられなくて、思い込みが激しくて、自己中心的で、自分勝手で、融通が利かなくて、刺々しくて、当たりが強くて。噛みつくようで、突っかかってばかりで、攻撃的で、反抗的で、ひねくれてて、意地っ張りで、面倒くさくて、扱いづらくて、手に負えなくて、振り回して、困らせて、疲れさせて、可愛げがなくて、愛想がなくて、みっともなくて、ろくでもなくて、こじれてて、ひねくれてて、人に当たってばっかで、角が立ってて、手間がかかって、関わりづらくて、どうしようもなくて、取柄もなくて、救いようがなくて。

 

 

 ユメ先輩が愛想を尽かすのも、

 

 当然だ。

 

 

 こんな人間――

 

 

『自分を見失っちゃうよ』

 

 

 まただ。

 

 また、自分を見失う。

 

 

 ユメ先輩を見つけないと。

 

 謝らないと。

 

 私には、それしかできない。

 

 

 先輩がいなかったら、私はただの――

 

 

 ロクでなし(小鳥遊ホシノ)だ。

 

 

 先輩に顔向けできなくならないように。

 

 彼を、守らないと。

 

 先輩を見つけた時に、頑張ったって言えるように。

 

 先輩を見つけて、謝らないと(後輩に戻らないと)

 

 

 

 もうこれ以上何かを失う(苦しむ)訳にはいかない。

 

 その思いだけが、脳に木霊していた(こびりついて離れない)

 

 

 全部、見つけないと(ユメ先輩……)

 

 




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