銃を持つ少女たちと死に損ないのブルーアーカイブ 作:蒼雲しろ
だいぶ遅くなってしまった。
少し欠けた月が空に浮かんでいた。
所々が砂で覆われた道を走る。
黒板には書き残したが、直接何も言わずに出てきてしまった。
迷惑をかけただろうか。
まあ、あの態度じゃあ別にいなくなっても気にしなさそうではある。
遅くなったのにはもちろん理由がある。
ありがたいことに、お風呂に入ることができたのだ。
それに、新しく服を手に入れられた。
紺のワイシャツに黒のワイドスラックス。
思わず頬が緩む。
自然と走る足が速まる。
そして――
小鳥遊さんにお返しの品を用意できたのだ。
本当に小さなものだが。
ご飯をコンビニで買ったのだ。
菓子パンとおにぎり。
正直、これで好きじゃないといわれたらだいぶ悔しいが。
どっちも嫌いとかはないはずだ。
……大丈夫だよな。
朝ご飯を貰ったお返しだ。
教室を貸してくれたお返しは、これから頑張るとしよう。
見覚えのある道へとたどり着いた。
ここからなら、アビドス高校に戻れる。
息が上がってきた。
少しスピードを緩め、早歩きになる。
呼吸を整える。
もうすぐで、アビドス高校が見えてくるところだった。
道の向こうに、影が見えた。
十字路で首を振り回し、あたりを見回す小鳥遊さんだった。
せわしなく動き続けている。
何かに追われるように。
目が合った。
一瞬。
ほんの一瞬固まったかと思えば。
こちらを向いたかと思えば、走ってくる。
見たこともない速さで。
周囲の砂が舞い上がるほどの速度だ。
そして、目の前までやってくるなり――
「どこに行ってたんですか?」
そう質問をされた。
髪がかかっていて表情が伺えなかった。
しかし、声色から怒っているようには感じる。
「えっと、外に服とか食べ物を探しに――」
「私言いましたよね」
小鳥遊さんの声が静かに耳を打った。
「アビドスは危ないって」
「いや……でも学校にいるのも――」
「銃も持ってないのに襲われたらどうするんですか?」
「小鳥遊さん……?」
徐々に俯いていくその顔。
どうも正常とは思えない立ち振る舞い。
体調が悪いのか……?
様子を確認するため、小鳥遊さんのほうに一歩近づく。
――その時。
「なんで!」
「なんで勝手に出たんですか?!」
胸倉を掴まれる。
眼前に迫る、小鳥遊さんの顔。
蒼い左目は暗く輝いている。
「なんでって言われても――」
「私は一階に降りるなって言ったじゃないですか!」
それは……そうだけど。
それなら、外に出るなって言えばよかったのではないか。
「外出はしましたけど……一階には入ってませんよ」
「違う……違う!」
大声で訴えかけてくるが、言っていることが少しおかしい。
そもそも、なぜそこまで怒っているのだろうか。
やはり、どこかおかしい。
昨日。
初めて出会った時に感じた。
小さな、違和感。
周りが見えない程の焦り。
寝ることもままならず。
目から精気を失う。
それが、爆発した。
「どうして……」
小鳥遊さんの顔に影がかかる。
腕は一切の力が入ってないのか、真っ直ぐ下に伸びている。
怒りには触れず、ゆっくりと尋ねる。
「なにか」
腰を屈める。
彼女の顔を、下から覗き込む体勢になる。
「なにかあったんですか?」
返事は――なかった。
譫言のように、「なんで」と呟いている。
見開き気味の目が左右に揺れる。
焦りで自分の位置すら見失っているような――。
「ホシノ」
その言葉で、動きが止まった。
声を届けるために名前で呼ぶしかなかった。
とにかく、落ち着いてくれればいい。
「落ち着いて。平気だから……ね」
落ち着きを促す。
焦っていてもいいことなんてない。
周りが見えなくなって。
一人苦しくなるだけだ。
ホシノはゆっくりと口を開け、呟いた。
「いかないで……」
誰かに、静かに訴えかけていた。
許しを請うみたく。
子供のような声だった。
「ユメ先輩……」
小さな声だった。
目は揺れ、焦点はあっていない。
どこを見つめているのか分からない。
きっと、何も見ていない。
何も見ようとしてない。
死人のような顔だ。
青くなった顔色。
歯が震えて、カチカチと音を鳴らす。
体を腕で抱き。
目を瞑った。
見ていられなかった。
どうして、こんな目に遭わなきゃいけないのか。
それだけが。
わからなかった。
気づけば。
言葉を紡いでいた。
「大丈夫だよ」
できる限り優しい声で告げる。
目を見据える。
彼女の眼は涙であふれている。
「何が」
「貴方に何が……」
小鳥遊さんの体から、覚えのある揺らぎを感じた。
一度、感じたことのある。
暖かくて。
気持ちが悪くなる。
「助けになりたい」
「貴方が……なんで……」
ホシノの目から、涙が溢れる。
アスファルトの地面に流れ、色を変える。
灰色から、黒。
沈み込む。
黒色。
先程感じた揺らぎ。
それは次第に強くなる。
小鳥遊さんの泥のように纏わりついて、離れない。
「こんなに、優しくしてもらったのは君が初めてなんだ」
「この世界で。俺は、君に元気をもらったから」
思いをぶつけた。
俺が。
この世界で助けてもらったことの大きさを。
どれだけのことしてくれたのかを。
行き場のない俺を、受け入れてくれたこと。
伝える。
ただ、わかってほしかった。
でも。
小鳥遊さんの側から離れない――
黒。
「わからない……わからないよ」
首を横に振る。
止まらない。
何かを否定するために、一心不乱に頭を振り続けている。
耳を塞いで、低く唸る。
目を瞑る。
全てを遮断する。
闇に篭った。
「私には」
「わからなイ」
「ワかラナい」
「ワカラナイヨ――」
次の言葉を紡ぐ前に。
駆けだした。
闇が、しがみついていく。
離さないと言わんばかりに、地に跡をつけながら。
走り去っていく。
俺はすぐに動けなかった。
俺は……
ホシノの――助けになりたい。
何も聞かず、素っ気なく助けてくれた。
俺のために、教室を貸してくれた。
ご飯を用意してくれた。
そんな君の。
――力になりたい。
足は動き出す。
迷いはなかった。
ただ。
ホシノのために――。
君のためなら。
君の受ける理不尽を壊すためなら。
俺はまだ生きてもいいと――
そう。
思えるんだ。
それから数時間、アビドスを走り回った。
地面に残った闇の跡を追って。
どこまでも続く、跡。
ひたすらに、走った。
角を曲がって、通りを抜けて。
何度も名前を呼び続けた。
それでも――
ホシノには追いつけない。
ここで見つけられなきゃ、戻れなくなる。
追い続けているうちに、その闇の跡の正体が分かった。
俺が感じられる唯一の力。
この闇は――
体から溢れ出す恐怖。
感じ取れないはずがない。
身体に満ちている。
俺が、初めてもらった
絶望の果てに。
得た、
まさか。
まさかこんな形で感謝することになるなんて。
絶望が。
恐怖が。
ホシノに、纏わりついていた。
このままでは、飲み込まれる。
そう、訴えかけてくる。
ここが。
――――――――
空に見えていたはずの月は、見えなくなった。
雲がかかった。
少し暗くなったアビドスで。
漸く。
見つけた。
階段を上った先。
この地区では、少し高い場所だ。
アビドスを一望できる場所。
住宅街なのに、光が1つもない。
住民は、もういない。
「……ホシノ」
闇を引きずる彼女に。
声をかける。
「あ……」
こちらを振り向いた。
闇は、地面に闇の海を作っている。
足の踏み場もないほど広がり。
ホシノの足から胴体、首へと昇る。
顔だけが見える。
目は、黒に成った。
血が巡っていないような白い肌。
ここでも彼女は、懺悔する。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
謝り続ける。
闇が侵食する。
鼓動するように、侵食していく。
口を。
耳を。
鼻を。
頭を。
飲み込み。
目だけが残る。
そして。
ホシノは走り出そうとする。
瞬間。
逃げ出しそうなホシノの腕を掴む。
動きが止まった。
ここしかなかった。
今が。
君を救うチャンスだ。
今でも、何が君を苦しめているかなんてわからない。
でも。
ホシノを飲み込まんとする
俺が、飲み込む。
泥のように腕から流れ込んでくる波動。
腕を通って、体に馴染む。
苦くて、甘い。
熱くて、冷たい。
形容し難い感覚が、体を駆ける。
ただひたすらに、飲み込む。
俺の行動に気がついたのか。
止まっていたホシノが動き出す。
「何も話したくない!」
はっきりと見えた。
拒絶だった。
腕を振り回す。
身を守るために。
「嫌だ」
腕を掴まれながらも、前進していくホシノ。
逃げるために。
ひたすらに、前へ進む。
「嫌だ!」
掴んでいない方の手が、俺の手を外そうと掴んでくる。
全てを拒絶する。
何も言われないよう。
1人でいられるよう。
何も、失わないように。
「嫌っ‼︎‼︎」
掴んでいない手が、俺の腕を殴り続ける。
周りにいるモノを、なくす。
そうすれば。
何も失わなくてすむから。
「
闇を失わないために、暴れる。
光を、見たくないから。
音を、聞きたくないから。
言葉を、発したくないから。
何も、考えたくないから。
欲する。
「ごめん」
ホシノが籠る殻を、壊していく。
一つ残らず。
見る影もなく。
――そうして。
アスファルトと砂に塗れた地面。
晴れ渡った夜空。
地に伏して眠る――
桃色の少女。
消えた。
――――――――
大変申し訳ないことではあるが……
ホシノのポケットから見えていたスマホを確認する。
時刻は、3時を回っていた。
月も沈みかかり、辺りは少し暗くなった。
闇を飲み込んだ俺の身体に、異変はなく。
前回、恐怖を実感したときよりも、嫌悪感が幾分かマシになっていた。
その上、やたらと気力が湧いてくる。
思い切って、ホシノをお姫様抱っこした。
このまま学校まで連れて行こうとした時。
ホシノの目が開く。
目が合った。
両者はしばらく固まり。
先に口を開いたのは、ホシノだった。
「カナメ……さん?」
「おはようございます。ホシノ」
数回の瞬きの後、周囲を見渡していた。
その後、状況を把握してこう言った。
「痴漢」
「違います」
――――――――
ホシノを追いかけて登ってきた階段に腰をかけた。
隣で俺が買ってきた菓子パンを食べているホシノ。
小さな口で、少量ずつ頬張っている。
……魚みたいだ。
しばらく眺めていると。
ホシノの頬は朱に染まっていく。
「何見てるんですか」
さっきから、やけにツンケンしすぎな気がする。
あんまり刺激すると怒られそうなので、無視して話を進める。
「落ち着いた?」
「無視しないでください」
バレた。
でも負けない。
「まあまあ。それで」
「うん……はい」
一度頷くと、次は敬語に直した。
どうやら気にしているらしい。
「別に、言葉遣いなんか気にしないよ」
「そう言う貴方は……敬語はやめたんですか」
いきなり変えたせいで、違和感があるらしい。
一応理由を説明しておくことに。
「今まで通りの言葉じゃ、届かないと思った」
「ホシノに言葉を届けるなら、歩み寄らなきゃと思ったんだ」
そう言うと。
元からなかった元気が、さらに消えた。
「なんでそんなこと」
「嫌だったら、言ってくれたら今まで通りに――」
敬語の方がいいと。
そこまで心を開いていないと。
そう思っていた。
でも、そんなことはなかった。
「そんなこと、言いませんよ」
ホシノは手で顔を覆う。
そして、喋り始めた。
「本当に」
ポツリ、ポツリと。
今まで聞かなかった。
ホシノの思いが、溢れる。
「なんなんですか、貴方は」
「なんで、私に構うの」
「なんで、そんなにいい人なの」
「なんで……そんな」
小さな呟きだった。
「優しくするの」
「何度でも言うよ」
答えなど、決まっている。
俺は言ったはずだ。
「ホシノが、助けてくれたから」
「初めて見た時も、苦しそうにしてたんだ」
「いつも、苦しそうだった」
「俺は、ホシノの力になりたい」
泣きそうな顔だった。
苦しそうな。
でも。
前よりも暗さが減った。
「教えてくれないか」
「ホシノに、何があったのか」
俺は――
君を助けたいんだ。
それから告げられた内容は。
息が詰まる内容。
これは。
ホシノの独白だった。
「先輩は」
「おっちょこちょいで」
「頭が悪くて」
「毎日失敗ばかりだった」
『あなたはアビドスの生徒会長なんですよ!?もう少し、その方に乗った責任を自覚したらどうなんですか!』
「4日くらい前のことだった」
「先輩がいつもみたくトラブルに巻き込まれた」
「よくあるチンピラの喧嘩だった」
「それを、助けに行った」
「よくあることだったのに」
「私は、イライラしてた」
「何もかもに憤りを感じて」
「何も考えずに」
「ユメ先輩に怒りをぶつけて先に帰った」
「……」
「その日から」
「先輩の姿を見なくなった」
「すぐ謝るつもりだったのに」
「どこにもいない」
『ユメ先輩……?』
「ユメ先輩は」
「優しくて」
「明るくて」
「包容力があって」
「いつも――」
「希望に満ちてる」
「私は」
「そんなユメ先輩が」
「大好きだった」
「なのに」
「彩依さん」
名前で、呼ばれた。
目が合う。
自責に苛まれ、傷ついた心が。
瞳を通して。
顕になった。
「どうしよう……」
「私のせいで……」
「先輩が――」
震える声。
そして。
風にかき消される様な声で、告げた。
「失踪、しちゃった」
ホシノは。
自分で自分を苦しめていた。
呼吸が詰まる。
どうして――
こんなに残酷な世界なんだ。
全員に等しく救いを。
与えればいいんじゃないのか?
「ホシノ」
誰も。
救ってくれなかったんだな。
「そんなことはない」
やっぱり。
俺はホシノの力になりたい。
認められないと思っていた自分に。
手を差し伸べた。
唯一の――
だから。
ホシノも。
救われなければならない。
「ホシノのせいじゃない」
目を見つめる。
不安そうに歪んだ、蒼と黄金の瞳だ。
「違う」
「私のせいだ」
「私が」
「こんなんじゃなければ」
「ユメ先輩に」
「出会わなければ」
檻に囚われた、囚人のように。
ひたすらに自分に罪を叩きつけるホシノに。
言葉を放つ。
「探しに行こう」
「怒ってたら、謝ろう」
「ホシノのせいだって言われたら、思いっきり謝ろう」
「絶対に、許してくれるさ」
「だって」
「優しくて、明るい先輩なんだろ」
「ホシノの自慢の先輩なら、いい人だよ」
「絶対、許してくれる」
ホシノは隣で、目を見開いた。
そこから、涙が溢れた。
何度目かわからない涙。
「あ……」
ずっと一人で耐えてきた。
一人で苦しんでた。
終わらせなければ。
早く、見つけよう。
ここまで啖呵を切ったのだ。
絶対に見つけろ。
やれることは全部やれ。
逃げることは、許されなくなった。
でも、死なない俺にとって。
それはピッタリかもしれない。
ホシノのために、この世界の理不尽を背負う。
それが今の。
生きる理由になるから。
失踪したのは4日前と言っていた。
もし、砂漠で遭難していたら……
食料も水もなくなっているだろう。
もう、時間が迫っている。
水無しで生きられるのは、せいぜい3から5日と言われている。
今日が5日目。
ここで見つけなければ――
よせ、無駄なことは考えるな。
見つけることだけを考えろ。
見つけて、ホシノが謝って。
それでハッピーエンドでいいだろ。
ホシノには少し頑張ってもらうことにはなるが、日が登ったら探しに行こう。
二人で行けば、徹夜でもどうにかなるだろう。
「ホシ――」
肩に小さなものがぶつかった。
動けなかった。
目線だけ横にやれば。
肩には桃色の糸がしなだれかかっている。
寝落ちしてしまったらしい。
これは……
本格的にお姫様抱っこコースかもしれない。
しかし、どのタイミングで動き出せばいいかわからず。
結局、動き出したのは数分後だった。
閲覧ありがとうございます~!