天獄の救世主様っ!   作:弥代海月

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1話

人の行き交う大通り。

沢山の人が足早で通る中で一際小さな中学生がいる。

その中学生を目端で捉えた高身長の男がその場で立ち止まった。

帰路を急ぐでもなく人の波に任せて流れていく中学生の少年を目で追う。

「見つけた」

男はそう呟くと、少年の目の前へと歩みを進めた。

下を向いていた少年はこちらを向いて止まった足先を見て、顔を上げる。

突然目の前に現れた長身の見慣れない男に少年は小さくすみません、と会釈をして横を通り過ぎようとする。

その瞬間、長身の男が地面に片膝をついたのを見た少年は具合でも悪いのかと急いで同じ高さまでしゃがみこむ。

「大丈夫で……」

「貴方様に一生涯お仕えすることをお許しください」

大丈夫かと確認を取ろうとした少年の言葉を遮り、男が跪いたまま胸に片手を添えて言葉を放つ。

唖然とした少年が立ち上がって数歩後ずさる。

「へっ!?な、何……」

「私はルシファーと申す悪魔でございます。どうか私と契約して頂けないでしょうか」

男の言葉を聞いて目を丸くした少年は「ごめんなさい!」という言葉を残して一目散に逆方向へと走り出した。

ポツンと一人残されたルシファーはひとつため息をついて、その場から音も立てずに消えた。

道行く人々は誰も気にとめていない様子だった。

 

灯りのついていない暗い家に一人帰ってきた先程の少年は、ただいまと小さく呟いて靴を脱ぐ。

変な人に会ってしまったとため息をついて、リビングの電気をつけるとそこにはルシファーがいた。

「おかえりなさいませ!」

「ええええぇぇぇ!?」

大声を出して凄い勢いで後ろに走り出す少年に、ルシファーは優しく声をかける。

「そんなスピードで後ろに下がると危ないですよ」

案の定ドアに頭をぶつけたらしく、鈍い音の後に即座にしゃがみこむ。

「痛い……」

「大丈夫でしたか?」

近付いてこようとするルシファーを、少年は片手を突き出して制止する。

「こっ……来なくて大丈夫っ……です……!」

「そうですか?」

小首を傾げたルシファーを見上げて、後ろ頭を抱えた少年は眉を下げる。

「何でいるんですか……?」

「そりゃあ契約して頂かないと私、帰れませんので」

少年を見下ろして微笑んだルシファーは、ダイニングテーブルを指し示す。

「契約なんですがあちらに置いてある紙にサインしていただいた後に(ひびき)様のことを噛ませていただきます」

何故自分の名前を知っているのか、噛まれるのか?そして拒否権は無いのかと様々な疑問が脳内を駆け巡って固まってしまった少年の顔を覗き込んだルシファーは、心配そうに眉を寄せる。

「あの……お嫌でしたら拒否して頂いても……」

「き、拒否してもいいんですか……」

目線を上げた響に、ルシファーはわざとらしく口元に手をやり俯く。

「ええ……ただその場合、喰らい尽くさなければならない決まりになっておりまして……私、そんな事はしたくは無いのですが、響様が拒否されるならばそれも仕方の無いことではありまして……」

具体的な想像でもしてしまったのか血の気が引いていった響は、すぐさまダイニングテーブルに置いてある紙の元へ行きペンを握る。

紙に目を通そうと一瞥すると小さく疑問の声を漏らす。

「あの、こういうのって規約とか契約内容とか書いてるものじゃ……」

紙にはサイン欄の四角い空欄があるのみで、何の説明も、文字すら一文字も書かれていないのだ。

ルシファーを振り返ると当の悪魔はただ美しい立ち姿で、優しげな笑顔で、小首を傾げて「ん?」と言うのみだった。

恐怖を感じた響は躊躇しながらも、サインをしなければ殺されることを思い出しゆっくりと自分の名前を書き込んだ。

ペンを置くと、紙が宙を舞いルシファーの手元へと吸い込まれていった。

紙をしばらく見つめたルシファーは納得したように頷くと、マジックのように紙を消しわざとらしく響に両手のひらを見せる。

「ありがとうございました!では心の準備が出来たら教えてくださいね、あと噛むだけなので」

目線を揺らし、狼狽える少年を悪魔は楽しそうにただ眺める。

目をぎゅっと瞑り、覚悟を決めたらしい響は一呼吸置いて口を開く。

「は、早めに終わらせてください……」

もちろんと笑い、震える少年の首筋に手を添わせて悪魔はそのまま躊躇なく柔肌へと牙を突き立てた。

痛みに身を縮めた響の首筋から黒い瘴気が立ち昇った。

口を離したルシファーは舌舐りをしながら一歩下がってその様子を眺める。

瘴気はすぐに噛み跡へと吸い込まれ、何事も無かったかのように瘴気も噛み跡も綺麗さっぱり消え失せた。

「終わりましたよ、お疲れ様でした」

ワイシャツを整えてやりながらルシファーが声をかけると響が振り返る。

「終わった?怖かった……」

肩の力を抜いた響を見て悪魔は微笑む。

すぐに首筋をさすって、少年は不安げに呟いた。

「跡、残ったらどうしよう……」

それを聞いたルシファーはどこからともなく手鏡を召喚し、響の目の前に掲げる。

「大切な響様に跡なんか残す訳ないじゃないですか!」

ほらこの通り!と悪魔は先程牙を突き立てた首筋をわざとらしく指し示した。

ほんとだ、と鏡を覗き込み首筋を撫でた少年は

 

「なんか悪魔っぽくないね」

 

と笑った。

それを聞いた悪魔はどこか悲しげな目で微笑みながらこう答えた。

 

「よく言われます」

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