一方、ルシファーに逃がされた響とラファエルは響の自宅にいた。
「遠くに行けって言ったってさぁ……多分家はダメでしょ。かと言って海外行くにしたってお金無いし第一ご主人はパスポートも持ってないし沖縄?北海道?時間がかかりすぎるよ〜」
一人頭を悩ませるラファエルの様子を伺いながら、コンビニのおにぎりを食べる危機感の無い響。
「ダメだ!考えても分かんないものは分かんない!多分とりあえず戦力がいるから緋奈んとこ行こう!」
留守だった。
「そりゃ平日の夕方だもんね……まだお仕事かぁ……」
「どうする?」
主人に聞かれ、少し首を捻って考えた後にラファエルは歩き出す。
「とりあえず手当り次第に頼れるとこ頼ってみよう!」
二軒目の璃玖に快く迎え入れられた。
「戦力がいるんだよな?」
事の経緯を話すと、物分りの良いマモンが魔法陣をメモ用紙に描き始める。
「そう!私も誰か暇そうな天使呼ぼう」
緩めに始まった召喚用魔法陣執筆タイムに、人間二人は興味津々だ。
数分談笑しながら魔法陣を描き続け、先に描き終えたマモンが「出来た」と呟く。
「璃玖、血くれるか」
「血?いいよ」
何の躊躇も無く人差し指にカッターを滑らせた璃玖は、魔法陣の描かれた紙に血を2滴ほど垂らした。
途端に魔法陣が光を放ち、現れたのは小さなヘビだった。
『え?マモン?もー召喚するならケチらないでよ……』
状況を理解したヘビはその場でアスタロトの姿へと変化した。
「悪い、デカいの描いてる時間は無くて」
「ちなみに要件は……あ、ルシファー様の……えっと……」
机の上で召喚してしまったからか、机に座っているアスタロトが響を見付けて小首を傾げる。
「響って言います」
「響……くん、だね」
「喋るのはいいんだけど机から降りてからにしてくれないか……」
璃玖が苦言を呈するとアスタロトはすぐに謝罪しながら椅子に座り直した。
「こっちも出来た〜!えっと何か呪文唱えた方がそれっぽいかな……ん〜と、え〜っと……」
ラファエルも魔法陣が完成したらしく、呪文を考えている。
「いいや!めんどくさい!なんか出ろ〜!」
結局呪文は思い付かず、そのまま魔法陣にラファエルが両手をかざすと先程と同じように魔法陣が光りだし、こちらはビー玉サイズの白いふわふわが召喚された。
目を開けたそれはパチパチと瞬きを繰り返しながらキョロキョロと辺りを見回している。
『あらら……?』
「イロウエル〜!ちょっと力貸して〜!」
両手を合わせて頼み込むラファエルを見上げて、ふわふわは目を細めて笑った。
『ラファエルがお願いするなんて珍しいわね』
「ほんとはカマエル呼ぼうかと思ったんだけどあの人忙しいから暇そうな人呼んだの」
『実際暇よ〜呼んでくれてありがとう』
若干失礼なラファエルの発言を笑って流したイロウエルは、周りの様子を見てから床に降りて人型になった。
その頃、眠らされていたルシファーが目を覚ました。
まだぼんやりとした頭で思考を巡らせながら出口を探そうと立ち上がる。
そこへ金髪の青年が歩いて来るのが見えて、殺すつもりで飛びかかったルシファーを青年は指ひとつ動かさずに見えない力で床へとねじ伏せた。
「何のつもりだアストリリア……!」
「ははっ、怖いなぁ」
床から睨みを効かせるルシファーを見下ろし、笑いながらしゃがみ込んだ青年はルシファーの髪を掴む。
「あと僕は今、
今にも噛みつきそうなルシファーの顔を余裕そうに眺めながら、照と名乗った青年はガラッと雰囲気を切り替えて語りかけた。
「ルシフェル、聞こえますか」
その声を聞いた途端に嫌な耳鳴りと頭痛を覚えたルシファーは、眉間に皺を寄せる。
「おい、やめろ……」
「ルシフェル」
ルシファーの制止も聞かず、声をかけ続ける照。
「ックソ……」
意識が遠のいて、そのまま眠りに落ちてしまったルシファー。
「ルシフェル、起きなさい」
照の呼び掛けにゆっくりと目を開けたルシファーの目の色は、水色に変色していた。
「……リリア、さま……?」
「上々です」
満足気に立ち上がった照は口元に手を当て、不敵な笑みを浮かべた。
経緯を大まかに説明され難しい顔をするアスタロトとイロウエル。
「なるほど……」
「なんだか
少しの沈黙の後、アスタロトが立ち上がる。
「出来る限りは守るけど、限度があるから何か対策を……」
アスタロトが言葉を続ける前に、その場にいる響以外の全員が窓の外を凝視し始めた。
響はきょとんと皆の様子を伺う。
「もう来た……?」
アスタロトが響の前に立ち、ハンドサインで響を後ろへと下げる。
次の瞬間、ガラスの割れる音がした。
ぼんやりとしたルシファーを引き連れて笑顔の照が、フローリングに散らばる窓ガラスの破片を踏みながら歩いて来る。
「こんにちは〜、騒がしくしてごめんね」
優しげな顔で笑いかける照を全員が警戒する。
皆の背中に守られた響は不思議そうな顔で訊ねた。
「ルシ、ファー……?」
それを聞いたラファエルは照とルシファーから目を逸らさずに首を横に振った。
「違う、違うよご主人……あれは……」
異様な雰囲気を放つルシファーにマモンも怯えた顔で口を開いた。
「お前……何者だ……?」
「よくルシファーじゃないって分かったね」
照が喋り始めたのを合図に、ルシファーがその場から消えたかと思うと、照とルシファーを警戒していた全員の後ろから「ぅぐっ……」と苦しそうな声が聞こえてきて皆が振り返る。
眠そうな目をしたルシファーが響の首を絞め上げており、響は空中で足をバタつかせていた。
状況を認識したマモンは瞬時に固有スキルを使い、ルシファーから響を『強奪』する。
マモンの腕の中で苦しそうに咳き込んだ響を見て、ラファエルは照の目の前で自分の胸に手を当てる。
「手を出すなら私にしなさいよ!ご主人は関係ないでしょ!」
冷めた目でそれを聞き届けた照は、笑顔を貼り付けて小首を傾げた。
「そうも言ってられないんだよね。この子、魔力無いんでしょ?それっておかしくない?」
「それ、は……」
答えあぐねるラファエルを見て照は続ける。
「ルシファーが何か知ってそうなんだけど残念ながらルシファーは僕の事大っ嫌いだからさ、聞き出せないんだよね。ねぇルシフェル、その人間について知ってる?」
"ルシフェル"という名を聞いた天使と悪魔は皆、弾かれたようにルシファーへと視線を向けた。
天使と悪魔の動揺を他所に、手首を握って俯いていたルシファーは涼しい顔で照の方へ視線を向けた。
「人間は人間です。個体差などありません」
照の元へとゆっくり歩いて戻ってきたルシファーの様子を見て小さくため息をついた照が、困ったように笑って見せる。
「まぁ、聞いてもらった通りルシフェルじゃ役に立たないんだよね」
「っなんでもいいけど!今日のところは帰ってもらうわよ!」
ラファエルの言葉を合図に臨戦態勢に入る天使と悪魔を見たルシファーが、照を守るように数歩前へと歩みを進めた。
ルシファーの後ろから少しも目線を逸らすことなくラファエルの目を見て照が笑う。
「こっちはもう準備が整ってるんだ。君たちの都合に合わせる程俺は優しくないよ」
その様子を上空から諦観していたのはミカエル。
雲行きが怪しくなって来たのを察知したのか、そのまま何処かへと飛び去った。