響が目覚めた場所は暗い室内の冷たい床の上だった。
まだぼんやりとした頭で自分の置かれた状況を思い出そうとするも、上手く思い出せずに視線を横に向ける。
隣に見慣れた黒い影が映り、そちらに声をかけた。
「ルシファー……?」
「ルシフェルです」
聞いた事のない冷たい声にゆっくりと上体を起こして、ルシファーへと向き直る。
「ルシフェル……は何者なの?」
視線だけを響へと冷たく落とし、眉を寄せた不機嫌そうな顔で呟いた。
「人間の癖に無礼ですね、教える義理はありません」
見知った悪魔の初めての反応にどう言葉を返すべきか、黙りこくって眉を下げる響の耳に、部屋に入ってきた青年の声が飛び込んできた。
「いいじゃん、教えてあげなよ」
「リリア様」
先程まで椅子に姿勢正しく腰掛けていた悪魔は、床に跪いて頭を垂れる。
そんなルシファーには目もくれず、響の目の前にしゃがみ込む照。
「手荒な真似してごめんね、怪我してない?」
「大丈夫です」
響の手を取った照は微笑む。
「ルシフェルはね、天界王に仕えてる天使の長なんだ」
その話を聞いた響は記憶との
「え、でも天使長って天界王のこと……」
響の言葉を遮る形で、照は響の口元に人差し指を当てて黙らせる。
「よく知ってるね。まだそれをする前のルシフェルなんだ」
数回軽く頷いた響を見て立ち上がった照は、跪いていたルシファーに声をかけながら後ろに下がった。
「ルシフェル、この子に魔力供給お願い出来る?」
その言葉を聞いたルシファーが、響の目の前でしゃがんで響の手を取る。
そのまま目を閉じて言われた通りに魔力を注いでみるも、しばらく後にそのままの状態で目を開けて眉を寄せた。
「……なんですかこの人間」
「どう?」
照に覗き込まれたルシファーは目線を照から逸らす。
「空中に魔力を放っているみたいです……貯まる様子が無い……」
響の手を離して立ち上がり、照の後ろで姿勢を正すルシファー。
「ダメかぁ……」
照は顎に手を当て、唸りながら考え込んでしまった。
「僕の場合は生まれた時からこれだから方法が分かんないなぁ……」
「あの……?」
首を捻る照に声を掛けた響に気付き、笑いかける照。
「あぁ、ごめんね。ちょっとだけ付き合って」
「はぁ……」
ルシファーに握られていた方の手を見つめる響。
「ルシフェル、この子殺してもらっていい?」
唐突に「水汲んできて」くらいの軽い雰囲気で放たれた物騒な単語に弾かれたように顔を上げる響。
「他の方法はよろしいのですか?」
「うん、なんか考えても分かんないし」
「承知いたしました」
相変わらず笑顔のままの照と、感情の読み取れない無表情なルシファーを見つめて狼狽える響。
距離を詰めてくるルシファーに思わず数歩後ずさりをする。
「ルシフェル……?その……」
「別に恨みとかは無いのであまり気に病まないでくださいね、人間」
目の前で手のひらを見せてきたかと思うと、柔らかい光を放つ輪が響の首元にかかる。
次の瞬間、ルシファーが手を握り込むと首元の輪が響の喉を絞め上げた。
苦しそうに呻いた響が首元の輪に手をかける。
「あ、外傷残さないでね」
その様子を笑顔で眺めていた照が横から口を挟んだ。
それを聞いて尚も響の首を絞め上げるルシファーは、機械的な返事をする。
「心得ました」
ヒューヒューと喉を鳴らしながら、響はか細く契約悪魔の名前を呼ぶ。
しかし今までのように助けに来てくれる訳でもなく、目の前で自身の首を絞め上げる悪魔の姿を見ながら、意識が途切れた。
抵抗が無くなり、尚も響の首を絞め続けるその光景を眺めながら、照は響の呼吸が完全に止まったのを確認した。
しばらくそのまま様子を見ていたが、溜息をついて指を鳴らした。
その瞬間、ハッと我に返ったルシファーが目の前で首を絞め上げられている主人を見て唖然とする。
「響様……?」
段々と状況を理解していき、自分が主人の首を絞めていると気付いたルシファーは、慌てて魔法を解除する。
支えを無くした死体同然の体はそのまま床にぼとりと落ちた。
「死んだら流石に覚醒するかと思ってたんだけど、期待外れだったね」
照の声を背に、床に落ちた主人を膝をついてただ呆然と見下ろすルシファー。
「あ、もうその子用済みだから持ち帰るなり食べるなりしていいよ。ルシファーもバイバイ、もう会わない事を願ってるよ」
くずおれるルシファーの背中を優しく叩き、後ろ姿で手を振って去っていく照。
そんな照には目もくれず、響を見つめてただ瞳を揺らすルシファー。
「響様……」
小さく声を掛け、体を揺すり、首元に手を当て、死んでいるのを確認すると、先程までの動揺が嘘のように急に冷たい顔をするルシファー。
「元より俺は期待してなかったけどな……」
溜息をつき、頭をガシガシと掻いたルシファーは響を抱えて立ち上がる。
「また最初からか……」
ひとまずこの場所を出ようと歩き出したルシファーは、下からガッと両頬を掴まれた。
「何シケたツラしてんだよクソルシファー」
抱えていた死体から発された、数百年間待ち望んでいた言葉使いに、ルシファーは顔を輝かせた。
「リオ様!」