天獄の救世主様っ!   作:弥代海月

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7話

「と、いう訳で私は数日留守にしますがルシくんは置いていくので……ラファエルもいますし……」

離れがたそうにルシくんを抱えたルシファーが下を向く。

そんなルシファーを見つめながら響が不意に口を開いた。

「僕も魔界行ってみたい」

まさかの申し出に天使と悪魔は目を丸くしたが、悪魔はすぐに悲しそうな顔をする。

「興味を持ってくださるのは嬉しいのですが、今回ばかりは響様の傍に居られないので……」

残念ですが……と続けようとしたルシファーにラファエルが口を挟む。

「唯ちゃんに頼もうよ」

「ユイチャン……?ベルゼビュートか」

聞き馴染みの無い名前に響はキョトンとする。

「唯ちゃんって?」

「人間界で生活してる悪魔だよ、荒金唯(あらがねゆい)って名前でバンドのボーカルやってるの」

ひとまず頼みに行くだけしてみるか、と外に出たルシファーにラファエルと響も続いた。

 

金髪をツインテールにした少女の姿をした、ベルゼビュートが玄関先で腕を組む。

事情を聞いて怪訝な顔をしている。

「はぁ?何でアタシがそんなこと……」

「私魔界行けないから代わりにおねが〜い」

両手を合わせて頼み込むラファエルを見て、「まぁ断る理由も無いけど……」と言いながら渋々付き添いを承諾してくれたベルゼビュート。

「行くのはいいけど早めに用終わらせなさいよ。アタシだって暇じゃないんだから」

ルシファーを見上げて小言を垂れるベルゼビュート。

それを見下ろし微笑むルシファー。

「もちろん」

ベルゼビュートが自宅の玄関ドアに手をかけたところで響が訊ねる。

「魔界の入り口ってどこにあるの?ちょっと歩く?」

それを聞いた悪魔二人は響を振り返ってから顔を見合わせる。

「すぐそこですよ」

ルシファーが言うと同時にベルゼビュートがドアを開けるとそこは玄関ではなく、閑散とした広大な草原だった。

呆気にとられた響が「うわぁ」と零していると、ベルゼビュートとルシファーがドアの向こうから呼ぶ。

響の背中を押してドアの向こうに入れたラファエルが、振り返った響に笑顔で手を振る。

「今度天界にも遊びに行こうね!行ってらっしゃい!」

そのままドアが閉まると、そこには何も無かったように周りと同じような草原が広がった。

赤黒く淀んだ空に照らされ、少し不気味に赤く光る草原が風になびく。

少し先を歩く悪魔二人から離れないよう、響は小走りで二人の隣に並ぶ。

「こんな簡単に人間が行き来していい所なの……?」

遠くから聞こえるこの世のものとは思えない何者かの鳴き声を聴きながら、身を潜めた響が訊ねる。

「まぁあまりよろしくはないですね〜」

呑気に言いながらルシファーは背中から羽根を生やす。

「では私は仕事を片付けて来ますので後は頼みましたよ、ベルゼビュート」

「はぁ〜い」

ベルゼビュートは呑気な返事をし、驚いて見つめる響に小さく手を振りながら、バサッと大きな音を立て飛び立つルシファー。

みるみる小さくなる背中を見送っていると少し先に歩いていたベルゼビュートが「お〜い」と呼んだ。

すぐに響が隣まで駆けてくると、「せっかくだしちょっと案内しようか」と少し遠くの、何らかの建造物が建ち並ぶ所を指さす。

 

先程の草原とは打って変わって舗装された道に何らかの施設が入っているらしい建物、そして響を見つめる行き交う悪魔達の視線。

この建物にはこういう施設が入っているだとか、この建造物はよく待ち合わせに使われているなどの説明をしながら、ベルゼビュートは周りの悪魔達の様子に気を配る。

魔力量の多いベルゼビュートが近くにおり、ルシファーの気配がする為に実際に手を出す輩はいないものの、その場にいる全ての悪魔が一瞬の隙を伺っていた。

「あんたほんとに人気者ね」

呆れて言うベルゼビュートを見て、何も知らない響は小首を傾げた。

息をひとつついて、気合いを入れ直そうとしたベルゼビュートの横から響の姿が消えた。

あまりに一瞬の事で驚いたベルゼビュートは辺りを見回す。

上空に悪魔に連れられたそれらしき影を発見し、ベルゼビュートの脳裏に過ぎるのはルシファーに消される未来だった。

「まっずい……!」

即座に羽根を展開したベルゼビュートは響を連れ去ったらしい悪魔の後を追う。

 

「魔界に人間いるなんて珍しいじゃ〜ん」

美味そ〜と言いながら響を見つめ舌舐りをする悪魔。

ただの人間である響は空を飛ぶ事に慣れておらず、更に知らない悪魔に食われるかもしれないという絶体絶命の状況に声にならない声を発しながら目尻に涙を溜めていた。

響を見つめていた悪魔は、どうやらこの人間がルシファーの所有物らしいと気付き「やっべ」と言いながら響を手放した。

 

空中で。

 

重力に任せてそのまま落下する響を後方から見ていたベルゼビュートは飛行スピードを上げる。

高所からの落下に慣れていない響はしばらくは叫び声を上げていたが、いつの間にか気絶してしまったようで叫び声も聞こえなくなった。

「ヤバいヤバい間に合え……!」

ベルゼビュートの頑張りも虚しく、眼下の森に落下した響を見て地上に降り立った。

「ど、何処に落ちた……?これを探すの……?」

眼前に広がる鬱蒼と茂った森林を前に、ベルゼビュートは失笑した。

「死んでないことを祈るか……」

 

一方の響は森林の木々がクッションとなり、奇跡的に五体満足で一本の木に引っかかっていた。

が、依然として意識は戻っていない。

そこに近付く悪魔が一人。

先程の物音を聞き、この近くに住んでいるらしい青髪の堕天使が様子を見に来たのだ。

彼女はレリエル。

他の悪魔との交流を好まず、一人でこの森に住んでいる。

木の上に少年、しかも人間を発見したレリエルは一瞬の逡巡の後に少年と同じ高さまでふわりと飛び上がった。

「きみ、大丈夫?」

レリエルが肩を揺すると閉じていた目をゆっくりと開き目を合わせる響。

「ん、すみません……」

起き上がろうとした響は、自分がとても不安定な場所に置かれている事を認識し、涙目でレリエルに問いかける。

「あの……地面に降ろしていただくことは可能でしょうか……?」

ゆっくりと地面に降ろしてもらい、ズボンを少しはたいてレリエルにお礼を言う響。

「人間がこんな所にいたらダメだよ、食べられちゃう。人間界に送ろうか」

「あ、いえ!一緒に来た悪魔さんが心配すると思うので戻ります!助けていただいてありがとうございました」

ぺこりとお辞儀をして歩き出す響に、レリエルが声を掛ける。

「そっちは更に深いところに行くよ」

歩き出したそのままの姿勢で振り返った響を見て、レリエルはクスッと笑う。

「多分一緒に来た悪魔もこの森に来てるね、案内してあげる」

着いておいで、と歩き出したレリエルの後に疑いもせずに着いていく響。

しばらく歩くと少年の名前を呼ぶベルゼビュートの声が聞こえてくる。

「あの子?」

声のする方を指さして振り向いたレリエルにそうです!と顔を輝かせる響。

「もう離れちゃダメだよ」

じゃあね、と手を振って帰っていくレリエルと入れ替わりで、反対側からベルゼビュートが茂みをかき分けて現れる。

「あ、いた……!良かったぁ〜……」

安心感からへたり込むベルゼビュートを心配する響。

「急にいなくなってごめんなさい」

「いや、アタシの警戒不足だった。ほんとごめん、怖かったよね」

「優しい方に助けてもらえたので……」

「そうだよね、知らない悪魔の気配あったけど大丈夫だった?」

辺りをきょろきょろと見回した響はしまった、と声を漏らす。

「名前を聞いてませんでした、お礼したかったのに……」

「まぁ、無事だったならいいよ、それで」

 

先程の事もあり、悪魔が多く通る場所は避けての案内をしながら、ベルゼビュートは昔話をした。

昔は天使と悪魔が天界と魔界を自由に行き来していた。

しかし何がきっかけか、天界にて天使は悪魔を迫害し、討伐を始めた。

報復にと悪魔は一気に天界に流れ込み、天使の虐殺を始める。

いずれ天界と魔界の全面戦争に発展し、その責任を問われた魔界王が死刑となり、それ以降天使と悪魔はお互いに過度な干渉を禁止され自由な行き来も出来なくなった。

そして現在、空席となった魔界王の座を争って悪魔間での抗争が絶えず、それを治める為に魔界王という絶対権力が必要である。

魔界王に相応しいと誰もが思っている悪魔は今のところルシファー、アスタロト、ベルゼブブの三人。

しかし三人ともあまり興味が無いのか乗り気では無いらしい。

などと魔界の事を教えて貰っている間に目的地に着いたらしく、ベルゼビュートが立ち止まる。

「ほら、着いたよ」

見てみな、と言うベルゼビュートの目線の先を見た響はあまりの眺めの良さに目を見開いた。

そこは魔界の端から端までを見渡せるような、常に夕焼けのような赤く光る空を一望出来るような、なんとも圧巻の景色が広がる場所だった。

「すごい……」

「ここ、魔界王様のお気に入りの場所だったんだって」

凄いでしょ、と自慢げなベルゼビュートの声を背に、景色に目を奪われた響は立ち尽くしていた。

その背中を見て優しく微笑んだベルゼビュートに、響が呟いた言葉が飛び込んでくる。

「なんか懐かしい感じがする……」

「懐かしい……?来たの初めてでしょ?」

「うん……でもなんか……この景色知ってる気がする……」

ベルゼビュートは小首を傾げる。

「デジャブってやつ?」

「そうかな……」

「こんなとこまで来てたんですか、響様、お待たせしました」

後ろから飛んで来たらしいルシファーが響の斜め後ろに降り立つ。

目を見開いたまま振り向いた響に何の面影を見たのか、ルシファーは一瞬目を丸くしたがすぐに微笑む。

「帰りましょう」

「うん」

歩き出した二人にベルゼビュートが声をかける。

「アタシに労いとか感謝の言葉とかなんか無い訳?」

「あぁ、そうでした。今度菓子折りでも送ります」

「要らないわよ人間かぶれ」

やいやいと楽しそうな悪魔二人に挟まれた響はどこか上の空のままだった。

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