魔界から帰ってからというもの、どこか上の空な事が増え、顔色もあまり優れないように見受けられる響。
今日もリビングのソファに身体を預け、ぼんやりと空を見つめる。
それを見ていたルシファーとラファエルは顔を見合わせ、こそこそと小声で話し出す。
「やっぱり魔力無いとはいえ、魔界の魔力は体に毒だったか……?」
「魔力無いからこそ魔力に対する防衛能力が薄かったとか?」
「天界で相殺とか出来ないか」
「まぁ……試してみる価値はあるかな……」
話し終わり、そーっと響に近付くラファエル。
「ご主人、天界行ってみない……?」
声を掛けられた響はゆっくりとラファエルに向き直る。
ますます顔色が悪くなっているように見えて、ラファエルはギョッとする。
「うん、いいよ」
疲弊しきった笑顔を向ける響を見てルシファーを振り返るラファエル。
ルシファーはそんなラファエルを見てお手上げのジェスチャーをした。
魔界と同じような手順で天界に来た二人。
ふらふらと歩く響を支えながらラファエルは天界を見回す。
「まぁ連れてきたけど特に遊べるような場所もないしなぁ……」
響の顔を覗き込んで、自分の固有スキルが少しずつでも効いているのを確認したラファエルは、響に訊ねる。
「魔界では何してたの?」
「えっと、少し魔界の案内してもらって、あと魔界王の話聞いた」
「そっか、じゃあ私も天界王様の話しよ〜」
そう言って歩きながらラファエルは天界の昔話を始めた。
天界を統べる天界の王がいた。
誰もが慕う優しく、威厳のある王だった。
下級天使の事もよく気にかけてくれ、親身になってくれる頼れる天界王。
しかしいつからだったか、あまり外に出なくなった。
天界王の姿を見なくはなったものの、それでも天界王の力は絶大で、天使達の統率は変わらず取り続けていた。
そんなある時、ミカエルによって伝えられたのは「天使長による天界王の暗殺」と「天使長の幽閉」だった。
天界には全ての天使をまとめあげ、天界王からの命を天使達に伝える役割を担った天使長が存在していた。
そんな天使長が天界王を殺したというのだ。
天使長はその罪を問われ、罰として天界への出入りを禁じられ、この世のどこかに幽閉されたらしい。
それから天界王の座は空席となり、天界王の側近であったカマエルが空白の王座と天界の秩序を守っている。
「あれ、珍しいね」
話を聞いていた響は、声を掛けられそちらを向く。
立派な大樹の根元に座り込んだ緑髪の天使が読んでいた本を閉じた。
隣にいた赤髪の天使は目を丸くして響を見ている。
「良かった、ちょっと聞きたいことあって」
ちらりと響の様子を見てからラファエルが返事をした。
ご主人そこ座って、と土の上に飛び出した木の根を指さすラファエル。
言われた通りに座る響と、その隣に同じように腰を下ろすラファエル。
「あ、ご主人、この緑の方がザドキエル。何でも知ってるんだ。そして隣の赤いのがさっき話してた天界王様の側近のカマエル」
それを聞いて響は「ラファエルと契約してる涼村響です」と自己紹介をして頭を下げた。
「礼儀正しいね。聞きたい事ってその人間について?」
手に持っていた本を横に置いて話を聞く姿勢に入ったザドキエルに首を縦に振るラファエル。
「この前魔界に行ったんだけどそれからちょっと調子悪いみたいで……天界の魔力で相殺って出来るのかな」
「うん、一応出来るよ。どのくらい魔界に居たかにもよるけど……」
言いながら響の手を取って見つめるザドキエル。
まるで医者がするかのように首筋や目を診ていく。
「このくらいならすぐ良くなるよ。それにしても魔力皆無なんだね君、それに……」
何か続けようとしたザドキエルの目の前に手を出して制止するカマエル。
ずっと信じられないものでも見るかのように響を見つめるカマエルを横目で見たザドキエルは、優しく微笑んだ。
「それに調子が悪そうなの、魔界の魔力に当てられただけが原因じゃ無さそうだね」
「え?そうなの?」
「何か魔界に気になる事でもあったかな」
聞かれた響は目線を泳がせて考える。
「ずっと……魔界で見た景色が忘れられなくて……昔どこかで見た気がするんです……でも思い出せなくて……」
何かを確信したらしいザドキエルとカマエルは顔を見合わせ、その様子を見て何も理解していないラファエルは頭にハテナを浮かべる。
「え?何?そのことをずっと考えてたってこと?」
「うん、それだけ。心配かけたみたいでごめんね」
ラファエルに笑顔を向けた響の顔色はいつも通りに戻っていて、ラファエルはそれを見て笑った。
「良かった、顔色良くなったね」
「え、顔色悪かったの?」
「もう死ぬんじゃないかってくらい」
「そ、それは……本当に心配かけたみたいで……」
談笑し始めた二人を見てザドキエルとカマエルも笑いを零す。
「まぁ小さい頃に親に連れて行ってもらった何処かの景色に似てたんでしょ」
カマエルが言うと響は「そうかもしれません」と笑った。
すっかり元の調子に戻ったらしい響が大樹に実った果実に興味を示しているのを見て、ザドキエルが微笑む。
「食べる?」
果実をもぎ取り、差し出した。
響が手を出すより先に、横からラファエルが凄い勢いで立ち上がる。
「ダッッッメだよご主人食べたらぁ!」
そのもの凄い剣幕に固まってしまった響に赤と緑の天使二人は楽しそうに笑う。
「冗談だよ。この樹はね、生命の樹っていって出来る果実を食べると不老不死になるんだ。人間なんかに食べさせたら私の首が飛ぶよ」
「首飛ばす役なら隣に居るから本当にすぐだな」
天界ジョークの過激さに響が失笑していると、後ろから草を踏みしめる音がして振り返る。
そこには天使が二人、コカビエルとオファニエルがいた。
それを見たカマエルはおもむろに立ち上がる。
「んじゃ、あたしは帰るわ。響も早めに帰んなよ」
逃げるように飛び去るカマエルを見て「あー」と呟くオファニエル。
「また逃げられちゃった……」
カマエルに用があったらしいオファニエルは、肩を落としてとぼとぼと来た道を帰っていった。
その様子を見送った響の隣にいつの間にかコカビエルが座っていた。
驚いて少し身を引いた響を見つめて微笑むコカビエル。
「人間?珍しいね、こんな所に……」
言い終わるより先にコカビエルはザドキエルの元へ引き寄せられ、ザドキエルが首に腕を回す。
「さ、もう回復したろ。早く帰りな。今度は魔界で相殺する羽目になるよ」
「うん、ありがとうザドキエル!」
立ち上がったラファエルは響の手を取りザドキエルに手を振った。