ワイルドハントの薬指は今日も血で描く 作:おやおや、おやおやおやおや
キヴォトスのワイルドハント芸術学園には、とある1つの巨大な組織が存在する
薬指、芸術に重きを置いており様々な芸術作品を作り、それらを展示、評価しているなんともワイルドハント芸術学園の名に相応しい組織
そんな組織の中でも3つの派閥に分かれており、日々自身の芸術を自慢しあっていた
野獣派。絵画を原色の色のみで表現
点描派。色と線に囚われず光を表現する
立体派。全ての面を一つの視線に宿す技法
そんな3つの派閥の中の1つ、点描派にキヴォトス唯一のヘイロー持ち男子生徒が加入した
海卿 ツバサ
彼はいわゆる天才だった
彼の描く絵はまるで生物かのように生き生きとし、見る者全てを魅了させ、ワイルドハント内でも派閥問わず、さらにはキヴォトス中に絶大な人気を誇っていた
唯一の男子生徒ということもあり、ワイルドハントに来るテレビやネットでのインタビュアーで彼のアトリエが溢れかえる程だった
そして彼にサインを求める者も、写真を求める者も、明らかにお金目的で絵を求める者も、彼は無口ながらも分け隔てなく優しく対応したところも人気の理由の一つだろう
それでも彼は慢心せず、鍛錬と努力を積み重ね、他の人にチヤホヤされる為ではなく自分の為に絵を描いていた
だが、栄光にはいつか終わりが来るものである
ワイルドハントに入学して1年、人気だった彼の技術を模倣する者が後を絶たず、本物だった彼の絵はありきたりな絵と称されどんどんと人気は失速していき、彼のファンも離れていき他の者へと移っていった
彼は焦った。何故焦っているのか自分でも分からず、これ以上失速しないようにただがむしゃらに絵を描いた
新しい表現にも挑戦した
食べ物、飲み物を利用した表現で描いた
誰もやった事のない表現で描いた
他の派閥の表現でも描いた
だが、それでも止まらなかった。彼の人気がどんどん落ちて行くたびに、彼の絵を見る者が減る度に彼は焦った
自分のために描いていたはずの絵は、いつの間にか他人に褒められる為に、自分の欲求を満たす為の物へと変わってしまっていた
描いた、描いた、描いた、描いた、描いた、描いた、描いた描いた描いた描いた描いた描いた描いたかいたかいたかいたカいたカイたカイタ
目に濃い隈を作っても、何度筆が折れようとも諦めなかった
だが焦ったままではまともな絵は描けるはずもなく、彼の評価はどんどん落ちていき、ついに彼の作品を見る者は片手で数えれる程になってしまった
ワイルドハント内の展示場の中心に、華やかに飾られていた彼の絵は隅っこへと追いやられ、代わりに別の生徒の絵が飾られ、人はそこに集中していた。その中には今まで自分を応援していた者がほとんどだった
今まで自分の作品に群がっていた生徒が他の物へと移っていたのを目の当たりにした彼の精神はどんどんと崩れていく。それに伴い彼の手の震えは酷くなっていった
睡眠不足と精神的ストレスから筆を持つ力さえ失われていき、学園内の保健室でもう絵を描くことはオススメされないと言われた時、彼はその場で静かに泣いた
かの天才はもう見る影も無く、ただの平凡な生徒へと成り下がってしまった
そんな彼が見つけたものは、手を出してはいけない禁忌であった
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ここは学園内に存在するツバサの為に特別に用意されたアトリエの中、彼は諦める事なく震える手を無理やり抑えて筆を掴んでひたすらに絵を描いていた。それも休む事なく
寝る時間も、寮へ帰る時間も、食事の時間さえ捨て、絵を描いていた
彼に残っている少ないファンが彼の容態を心配して送ってくれた物も、笑顔で受け取ったが全く手をつけず、ぐちゃぐちゃなアトリエ内のどこかに乱雑に置いた為、もう場所は覚えていないだろう
例え長時間筆を持って手首が悲鳴を上げても、何日も飲まず食わずで体が彼に限界を伝えても彼は描き続けた。瞬きもまともにせずただひたすらに手を動かし続けた
それで完成した絵を見ても彼は納得しなかった。これでは何も変わらない、ファンは戻らないし何も変わらない。キャンパスに置かれた紙を掴んで丸めるとアトリエ内に投げ捨てる。地面には既に何百もの丸められた紙が散乱していた
自分の為に絵を描く彼は、いつの間にかあの時の栄光を取り戻すために絵を描きづける機械へと成り下がっていた
「これには無用なり……なほ何か、新しき物を……」
絵の具が付いていることも構わず彼は爪を噛む、目の前に置かれたキャンパスに乗せられた真っさらな紙を見て頭の中で何回も描きあげる。できあがるものは納得のできない物ばかり……
「なにか……何か……」
何とかしようと策を考えるも、思い上がってくるのは心無い言葉
『もう貴方は終わりなの、諦めたら?』
『なんというか……飽きた?』
『ありきたりな絵、上手だけどもっと美しいのを描いて。評価C+』
「…!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!!」
自身の映し出された記憶を振り払うように横薙ぎにされた腕は机に置かれた目の前のキャンパスを殴り、それは大きな音を立てて倒れた
「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇ!!!」
記憶を振り払うように両手は振るわれ、彼の近くに置かれた机の上の物は全部床へと落ちていく。それでも彼は空いた机を殴り、痛みでその記憶を打ち消そうとする
手を止めた彼の視界に映ったのは机に落ちる何粒もの涙、それが自分の物と知ったとしても拭うことはせずに、ただ誰もいない虚空へと愚痴を言う
「うるさし!!私の心地も知らず言葉を吐きて!!私が何をせるなり!!」
「ただ私は絵を描きたいだけなり!!私が変わりしは周りの者共のせいなり!!」
涙を流しながら発したその愚痴はただ静かなアトリエに響き、誰の耳に入ることも無かった
「…もう……止めむやな……」
机を見る彼の目はもう、未来も何もかも諦めた目をしていた。自分の好きだった事はいつの間にか周りの評価を得る為の物へと変わり、その評価でさえどんどんと落ちていくのだ。もう、彼に生きる意思は……
そんな時、机に流れ出る赤い顔料が彼の目をひいた
それは自分の手から流れ出ていた血液、机を殴った時か、物を吹き飛ばした時だろうか。そんなことを考えながら彼は止血する為に立ち上がっ…
否、彼は止血すること無く血だらけの手のまま倒したキャンパスを直して紙を置いた。そして自分の血を筆に付け、紙をなぞった
「……!」
掠れてはいるものの、それは自分しか思いつかない……いや、キヴォトスの生徒では使うことはないであろう特別な顔料だ
神の記しを受けたように彼は血を流し続けたまま、その血を使い紙に命を吹き込む。血が少しでも固まってきたらパレットナイフで抉り取り再び新鮮な血を流して、それを使った
自分の命を使い、絵に命を吹き込む。これが、彼の求めていた誰も思いつかない、美しいものを作り出すための新しい表現だった
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「はは、はははは…」
「はははははははは!!!!」
出来上がった絵は今にも紙から飛び出し動きそうな程、迫力と動きがあった。懐かしい、自分が忘れていた最初の絵。それを、自分の命を削って描いたものは
初めて、満足のいく絵が完成した
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「ツバサさん!この絵を描いた時の心情は!」
「……麗しき、そう思えし」
「ツバサさん!この絵の女性のモチーフはあるのですか!噂では彼女と言われていますが!」
「否、私の脳内によぎりし神なり」
『血を流す聖母』
手を掲げる羽の生えた女性の穴の空いた手から血が流れ落ちる暗い赫を基調とした、今までとは一風変わった絵画。その脈動感と今にも飛び出してきそうな迫力がキヴォトス中で話題となり、再びツバサは注目の的となった
実物を見た人は美しさのあまり絵画の前で膝をつく者、涙を流す者、実物でなくともネットに出回っている写真を見た者でさえその絵の虜となるほどの最高傑作と称されている代物。ネット上でも一日だけでイイネは一億を超え、キヴォトス2回目のツバサブームの到来と騒がれている
「1つお聞きしたいのですが!この絵に使われている顔料はいったい?」
「あぁ、それは──」
インタビュアーの質問は今やネットでも話題となっている議論。赤と黒を混ぜ合わせたような暗い色だが、作ろうとした生徒は何度試してみても彼が使った物とはソックリにはならず、ネット上でもこの顔料は一体何なのか考察されていた
「──秘密なり」
服に似合わない黒い手袋を付けたまま人差し指を立てて、シーッと言うように口元に近づける。その所作を見た生徒からは黄色い声が上がり、カメラのフラッシュは増えた。明日の記事は全面「海卿ツバサ」でいっぱいだろう
しかし、ワイルドハントのごく少数の生徒は分かっていた
今までとは違い、まるで肌を隠すように長袖を着始め手袋をつけ、アトリエ籠もりだったのに積極的に日の下を歩き、無口だった前とは違い表情豊かに話している彼は既に……
狂ってしまったのだと
名前の由来
海卿→李箱の本名「金海卿」
ツバサ→リンバスカンパニーのイサンの元ネタの「翼」