超オタ公奮闘記! 作:平成生まれ、令和育ち
※追記 何故か同じ話が二つ投稿されていたので削除しました。
月見ヤチヨの初めての友達になった。タイムリープを経験する前の私が聞いたら耳を疑うし、現実だと知ったらきっと発狂してしまうだろう。
でもこの世界線において、私は間違いなくヤチヨと友人関係になった。それもただのお友達ではない。お互いの抱える事情を明かし合った、戦友のように強固な関係性だ。
八千年と1684回の絆は、早々断ち切れるような代物ではない。ただ重過ぎて、二人揃って沈んでしまいそうなのがネックだけど。
晴れて友人となった私とヤチヨは、全面的に協力し合って輪廻崩壊を乗り越えることを誓った。
輪廻の中心たるヤチヨと無数の世界線の記憶を保有する私。二人で協力すれば輪廻崩壊も歴史の修正力もなんのその。笑えるくらいに順調に時計の針は進んでいく。
私とヤチヨが最初から手を組めばツクヨミの登録者数一億人は余裕でクリアできたし、超高性能AIといっても過言ではないヤチヨとFUSHIがいればタスクエラーなんて起きる余地もない。
私が現実で彩葉さんが倒れてしまわないように立ち回って、ヤチヨがかぐやを彩葉さんの元へ導く。
私がツクヨミのトピックスでかぐや&いろPをちょっとばかり贔屓して、ヤチヨがブラックオニキスとのKASSENで助太刀して盛り上げる。
そして夢のコラボライブを実施して、月からの使者による接触。かぐやが電撃引退宣言をした。
ここまであまりにも順風満帆。何一つとして躓くことなく、あっさりと卒業ライブ目前まで辿り着けてしまった。私一人だったら分刻みのスケジュールで地獄のようなタスクをこなしてやっとだったのに。ヤチヨが協力してくれるだけでこんなにもあっさりと辿り着けてしまう。
ああ、本当に。私が繰り返してきたことは徒労でしかなかったんだなぁ。そう思うたびに、ヤチヨが否定する。
「そんなことないよ。忠子が繰り返してきた記憶のお陰で、ヤッチョは間違えずにいられるんだからね。それに、忠子がいないと
そう言って勝手に沈んでいく私の心を引き上げてくれる。
優しいお姫様。本当は誰よりも辛いはずなのに、そんな気持ちをおくびにも出さず笑顔で今日も歌っている。世界で一番のお姫様で、私の友達……。
ぬるま湯に浸かっているような奇妙な心地よさに溺れながら、時計の針は止まることなく進み続ける。輪廻の始まりの時が優しく、残酷に近づく。
完全に心折れた私はヤチヨの望むがまま、輪廻の崩壊を避けるために動く。もはや自らの意志で何かを変えようとする気力は微塵も湧かず、為すがまま流されて──
▼
かぐやの卒業ライブを目前に控えた某日。珍しい人に突然と誘われて、私の姿は昼下がりのお洒落な喫茶店にあった。その喫茶店は奇しくも前回のタイムリープでかぐやに誘われたお店と同じ場所だった。
誘いの相手は高校時代に何かとお世話になった先輩。地元ではなく上京した先でのお誘い、比較的スケジュールに余裕があった私は不思議に思いながら承諾した。
「お久しぶりですね、先輩。先輩もこっちに来ていたんですね」
「言っておくけど、僕のが先に上京しているからね。図書子さんと同じで高校卒業と同時に」
「地元を出たのは知ってましたよ。でも何処へ行くかは一言も言ってくれなかったじゃないですか」
「まあ別に聞かれなかったしね」
薄情な返答だけど、私も当時に深く尋ねた訳でもない以上、先輩に文句を言うのは筋違いだろう。
そもそも行方が気になっていたのなら、タイムリープを数回繰り返して調べればいいことだった。散々助けてもらっておきながら、私の中での先輩の立ち位置はヤチヨたちと比べると優先度が低かったのだ。
二人でぱらぱらとメニューを流し見て、店員さんに注文を伝える。先輩は甘さ控えめのビターチョコのケーキとコーヒー、私はかぐやが勧めてくれたパンケーキを頼んだ。
ヤチヨのおかげでストレスが軽減された今は、睡眠障害も味覚障害も落ち着いている。甘いものを食べてもちゃんと味わうことができるようになっていた。そのヤチヨは電子の世界で、味も温度も感じられないのに……。
注文が届くまでは高校の頃の話だったり、上京してからの他愛ない話をして潰した。ケーキが届いてからはその感想に話題がシフトした。
ケーキの感想を言いながら不思議に思う。先輩は地元での思い出話に花を咲かせたくて私を誘ったのだろうか……いやいや、先輩に限ってそれはない。クラスの友達よりもゲームを優先するような人だ。押し掛け迷惑やらかしていた後輩をそんな目的で誘ったりはしないだろう。
ふわふわのパンケーキを口に運びながら正面の先輩をじっと見つめると、やがて困ったように視線を泳がせながら口を開いた。
「あー、君さ。最近調子はどう? 元気にしてるの?」
「……お父さん?」
「結婚すらしてないんですけど!? じゃなくて、推し活とか。楽しめてる?」
「……楽しめてますよ」
「ふぅん……」
私の返答に先輩は怪訝そうに目を細めた。あ、この反応はこれっぽっちも信じてないやつだ。いいでしょう、では証拠の品をお見せしましょう。
ごそごそとバッグを漁ってテーブルの上に一つずつヤチヨグッズを並べていく。ヤチヨぬい、缶バッジ、キーホルダー等々。彩葉さんといつでも推しトークをできるように持ち歩いてた品だけど、この場では私がどれだけヤチヨを推しているかを示すための証拠品となってもらう。
「どうですか。ちなみに部屋にはもっとたくさんのプレミアグッズがあります」
ヤチヨとずぶずぶの関係になったものだから、その手の限定グッズは殆ど網羅できてしまっている。そしてその大半は私経由で彩葉さんにも横流しされていたりする。職権乱用? ヤチヨと私で作ったグッズを誰に渡そうと文句を言われれる謂れはないよね。
ばーんとお店を広げてヤチヨグッズを見せつけるが、しかし先輩の表情は芳しくない。苦々しいというか、渋い顔付きだ。おじいちゃんの古本屋でも、こんな顔でヤチヨの雑誌を渡されたことをふと思い出した。
「図書子さんさぁ。自分が今、どんな顔してるか分かってる?」
「化粧が落ちちゃってますか?」
「分かってて言ってるんだ」
「…………」
──分かってる、先輩に言われなくても。
ヤチヨのお陰で殺人的なタイムスケジュールに追われることはなくなり、ストレスは大幅に低減されて睡眠障害と味覚障害は落ち着いた。でもタイムリープを繰り返していた時と比べて、私はあらゆるものに対して無気力となってしまっていた。
やるべきことはきちんとやる。ヤチヨのお願いはなんでも叶える。推し活も今まで通りやっている、つもりだった。
部屋の一角に作り上げた推し祭壇、肌身離さず持ち歩いているヤチヨグッズ、毎晩のように行われるヤチヨのミニライブ。それら全部に向けていたはずの熱量が、情動がごっそりと抜け落ちてしまっていた。
ヤチヨと友達になったから……だけではない。諦めてしまったから、心が完全に折れてしまったから、推しに熱を上げる気力すら湧かなくなってしまっているのだ。
あんなに好きだったのに、あんなにはしゃいでいたのに。心が動いてくれない。
何も言い返せず黙りこくってしまった私に、先輩は在りし日の記憶を遡りながら続ける。
「昔の君はさ、ヤチヨのためなら上級生の教室に突撃してきたり、学年主席をもぎ取ったり、興味のない僕にまで無理やり布教しようとしたり、そりゃあ無茶苦茶だったよ。でも今の君にはそれがない。何かあったのかって、それなりに迷惑を掛けられた側としては気になったんだよ」
「…………」
「で、何があったわけ? 言いたくないなら、別にいいけどさ」
「…………」
「図書子さん……って、ちょ!?」
先輩が目を見開いて飛び上がる。私が声もなくぼろぼろと涙を零し始めたからだ。話していた相手が唐突に泣き始めたら、誰だって驚くだろう。
先輩は慌てながらも席を立つと私の傍に立ち、私の醜態が周囲に広がらないように壁になる。幸いなことに案内された席は比較的奥まった位置。先輩が壁になってくれている限りは、私の醜態が拡散することはないだろう。しかもさりげなくハンカチまで差し出してくれているし。先輩、そういう気遣いできたんですね。
先輩に守ってもらいながら声一つ上げずに泣くこと十分ほど。泣く気力すら失ったところで溢れる涙は止まった。
「ごめんなさい。色々と、限界で……」
「いや、僕も無神経だった。ごめん」
謝罪と一緒に頭まで下げようとする先輩を押し留める。切っ掛けは先輩でも、泣いて迷惑をかけたのは私だ。謝られる訳にはいかない。
申し訳なさそうな表情で席に戻った先輩は、少し悩んだ素振りを見せた後に話を始める。
「僕さ、ちょっと前にプロゲーマー辞めたんだ」
「……え?」
「厳密には競技部門からストリーマー部門に転向しただけなんだけど」
「あの、いつの間にプロゲーマーになってたんですか?」
1684回ものタイムリープを繰り返しておきながら、ここにきての新情報である。散々お世話になった先輩に興味なさすぎでしょう、私。
私の疑問に先輩は悪戯が成功した子供みたいに笑って答える。
「チームに加入したのは中学の時、君に突撃された時にはちゃんとプロゲーマーだったんだよ」
「でも、将来はプロゲーマーになるって言ってたじゃないですか」
「親が認めてくれてなかったんだ。ゲームで飯なんか食えるわけないってさ。ま、認められるより先に親元離れて一人立ちしちゃったけど」
「そう、なんですね……」
「誰にも言ってなかったからね。事情を知ってたのは担任と学年主任くらいじゃないかな。下手に騒がれるのも嫌だったから、クラスでも言ってなかったし」
本当に、何も知らなかった。先輩があえて口にしていなかったのもあるけど、これは聞こうとしなかった私も悪いだろうな。薄情が過ぎるよ、私。
先輩に対してあまりにも無関心過ぎた今までの自分を嫌悪しながら、私は抱いた疑問を口にする。
「どうして、プロを辞めちゃったんですか?」
「単純な話。上には上がいるって知ったから」
デリケートな問題かと思っていた私の危惧をあっさりと裏切り、先輩はあっけらかんと答えた。
「凄い奴らがいてさ。強いし、トークもエンタメも何でもできる。どれだけ頑張っても勝てなくってさー」
何処か他人事みたいな口振りで先輩は言う。でもその瞳には少なくない嫉妬や仄暗い感情が渦巻いているのが見て取れた。
「負けて負けて、負けて。負け続けるうちに、あんなに好きだったゲームをするのが苦しくなった。やっぱりゲームは勝ってなんぼの世界だからさ。本気で戦う競技の世界で負けても楽しいは通用しないし、勝たなくちゃならないものなんだ」
「あ……」
なんとなく、先輩の気持ちが分かってしまう。だって私も同じだから。何度も失敗して、やり直して、繰り返していくうちに好きだったものに対する想いが変質していく。経緯は違えど、同じだった。
「だからプロを辞めた。幸いトークに関してはそれなりに光るものがあったみたいで、今はストリーマーとしてのびのび活動してるよ……でもさ、時々思い出すんだよ」
何処か遠い過去を見つめるように先輩は天井を眺めながら、寂し気な表情をした。
「ゲームが好きでプロを目指したのに、勝てなくて辛くなったから辞めてよかったのかってさ……」
それは先輩が抱えている後悔なのだろう。それも口調ほど軽いものではない、これから先も一生抱えていくくらいには大きい悔恨だ。
天井に向けられていた視線が私に降りてくる。真っ直ぐと私を見つめる瞳は空に瞬く星でも見ているかのように細められていた。
「昔の図書子さんは、好きなもののためにいつでも全力疾走でさ。勝ち負けにこだわっていた僕にはとても眩しかったんだ」
それは……初めて聞いた。だって先輩はいつも私の無茶苦茶な突撃に呆れ笑いばっかりで、そんなこと一度も口にしなかった。ヤチヨの布教をしてもなしのつぶてで、私の言葉なんて適当に流しているのだと思っていたのだ。
「事あるごとにヤチヨの話で目を輝かせて、ワンコみたいに走り回って。でも君も、僕の知らないところで色んなものを抱えて、ここまで来ていたんだなって」
「…………」
「あれこれ勝手に言ってごめん。ただ、図書子さんには僕みたいにはなってほしくないって、思ったんだ。好きなものを好きって言えなくなるのは、本当に辛いから」
「…………」
「……今日はありがとう。もし、僕で力になれることがあったら遠慮なく言っていいよ。昔みたいにさ」
返す言葉もなくテーブルに俯いたままの私を残して、先輩は伝票を片手に席を立った。
残された私の胸中では様々な感情が渦巻いていた。
先輩が向けてくれていた感情、葛藤の一つにも気付けなかった不甲斐なさ。無茶苦茶に振り回した私に、それでも優しくしてくれたことへの感謝。後悔してほしくないという願いに、でも応えられる気がしない弱さ。何もかもが混ざり合い渦巻いて、ただでさえ弱っていた心がぐちゃぐちゃになってしまう。
私は、どうすればいいの? 私は、何がしたいの? 私は、何がしたかったの?
ぐるぐると自問自答を繰り返して、でも答えは出ないまま。頬張ったパンケーキの最後の一口は甘さとしょっぱさが混ざり合った味だった。