超オタ公奮闘記!   作:平成生まれ、令和育ち

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 十年で彩葉は仮想世界に五感の実装とかぐやの義体を作り上げた。


EX:Remember

 結局答えは出せないまま、かぐやの卒業ライブが始まり──拍子抜けしてしまうほどにあっさりと終わってしまった。

 

 卒業ライブは今までと変わらない。かぐやを迎えにきた月人といろP陣営がKASSENで勝負。ブラックオニキスがチートを解放するも、月人の出鱈目な能力と物量に押し負けた。

 

 かぐやはファンといろPに別れを告げ、月へと帰っていった。ツクヨミの崩壊は起こらず、余りにもあっさりと運命の日は過ぎ去ってしまった。

 

 本当に、これで終わりなのか。こんなにもあっさりと、拍子抜けしてしまうほど簡単に輪廻の崩壊は避けられたのか。疑念と不安で疑心暗鬼になりつつあった私の元にヤチヨからメッセージが届いたのは、卒業ライブから数日が経っていた日のことだった。

 

 メッセージの内容は見たことも聞いたこともない住所と、此処に来て欲しいというお願い。仮想世界の住人であるはずのヤチヨからのお誘いに、私は疑問を抱きながらも誘われるがままに向かった。

 

 指定された住所は都内某所のマンションの一室。お金持ちが住んでいるようなタワーマンションではない、ごく普通の一般家庭が住んでいるようなマンションだった。

 

 微かな緊張を抱きながら玄関前まで辿り着くと、まるで全てお見通しかのように鍵が開く音が聞こえた。

 

 誰かがいるのかと警戒しながら、恐る恐る扉を開く。しかし薄暗い玄関先には誰もない。別の理由で背筋に寒気が走った。

 

「お、お邪魔します……」

 

 へっぴり腰になりながら玄関に上がり、そのままリビングへと向かう。真っ直ぐリビングを目指したのは、微かに開いた扉の隙間から淡い光が漏れていたからだ。

 

 リビングに繋がる扉をゆっくりと開いて──視界に飛び込んできた光景に言葉を失った。

 

 カーテンの締め切られた暗いリビングを埋め尽くしていたのは無数のPCとサーバー機器だろう機械の数々。生活感の欠片もない、サーバールームのような光景。

 

 そんな無機質な部屋の中。一際存在感を放つ物が一つ。部屋の中央の水槽に浮かぶタケノコのようなもの。その物体から目を離すことができなかった。

 

 無数の機器が発する熱でじんわりと汗が浮かぶ。酷く蒸し暑い部屋の温度に顔を顰めていると、不意にスマホが振動する。見ればヤチヨからのメッセージが届いていた。

 

「此処から、ツクヨミにログインして……?」

 

 ヤチヨからのメッセージにはこの部屋からツクヨミにログインするよう指示が書いてあった。

 

 最初のメッセージの時点でスマコンを持ってくるよう指示があったので、首を傾げながらもスマコンを装着。指示されるがままにツクヨミへログインする。

 

 もはや何万回と繰り返した仮想世界ツクヨミへのログイン。神秘的な光のヴェールを潜り抜けて、私はツクヨミの世界へと降り立つ。

 

「ここは……」

 

 ログインして最初に立つ場所はツクヨミのエントランスとも言えるあの赤い鳥居があるエリア。でも私が立っているのは畳と梁で形造られた和風様式の広い部屋だった。

 

 部屋の中央には私に背を向けて畳に腰を落とす女性の姿。髪型は違うけれど、間違いない。

 

「ヤチヨ?」

 

 私が名前を呼ぶとヤチヨがゆっくりと振り返る。いつもの優しくて女神様みたいな微笑みだ。

 

「いらっしゃい、忠子。ようこそ、ヤッチョの部屋へ」

 

「ヤチヨの部屋……じゃあ、やっぱりあのタケノコは」

 

 そんな気はしていた。タケノコ宇宙船が壊れて生身の身体を得られなかったと言っていたから、もしかしたらと思った。

 

 でも、話で聞くのと実際にこの目で見るのとではまるで印象が違った。電子の世界、仮想の世界で生き生きと笑顔を振り撒いて心から楽しそうに歌っていたヤチヨの実態が、あんな無機質な謎の機械だったなんて。

 

 かぐやとして現実世界に生きて、あんなに美味しそうにパンケーキを食べていた女の子が、もう二度とパンケーキも食べられない、誰かの温もりも感じられない身体になっていたなんて。

 

 ぽろぽろと涙が零れ落ちそうになったところで、ヤチヨが私の手を掴んだ。申し訳なさそうな表情で顔を覗き込んでくる。

 

「ごめんね、忠子。同情を誘うとかそんなつもりはなくて、今日は一緒に見届けてほしくて呼んだんだ」

 

「見届ける? なにを……」

 

「それはね──」

 

 ヤチヨがくいっと私の手を引き、バルコニーへと導く。部屋の外に広がっていたツクヨミの眩しい夜景だった。

 

「此処って、ツクヨミの天守閣?」

 

「そのとおーり☆ ヤッチョは此処から見える景色が大好きなのです……っと、そろそろかな?」

 

 時計を見た訳でもないのに、ヤチヨは待ち望んだ時の訪れを悟ったように目を閉じた。そして──

 

 

『──この一瞬を最高のパーティーにしよう』

 

 

 何処からともなく歌声が聞こえてきた。

 

 その歌声は仮想世界ツクヨミを席巻し、遠く遠く何処までも──月まで届く。大切な人への想いを込めた歌。いろPが──彩葉さんが、かぐやを想って綴った愛の歌だ。

 

 驚いて隣を見やれば、ヤチヨは聞こえてくる歌に身を任せて身体を左右に揺らしていた。

 

「久しぶりに聞いたな〜この歌。八千年ぶりだよ。もう一度、この歌が聞きたくて戻ってきたんだ」

 

「……ぅぁ」

 

 冗談めかして言っているけど、ヤチヨはいったいどんな気持ちでこの歌を聞いているの? 彩葉さんがこんなにも感情を込めて歌っている歌を、どんな気持ちで受け止めているの?

 

「この歌がかぐやを地球に導く。八千年の長い旅路の始まり。ヤチヨとかぐやの輪廻は、今度こそ完成。輪廻の崩壊に怯えることも、タイムリープに苦しむこともない」

 

「けど、これじゃあヤチヨも彩葉さんもかぐやも、誰も救われない……こんなのって!」

 

「でも輪廻は崩壊しない。忠子が苦しむこともないし、彩葉も生きてる」

 

 予め用意しておいた言葉をそのまま口にしたように、ヤチヨは私の反論を切って捨てた。

 

 これで十分だと。これ以上はないのだとヤチヨは断言した。彩葉さんの歌に導かれて八千年の時を超えた月のお姫様は、これが運命なのだと全てを受け入れてしまっていた。

 

 当事者でこの物語のお姫様であるヤチヨが結末を受け入れてしまっている以上、端役に過ぎない私にはもうどうしようもない。いや、それよりも前からずっと。モブオタク女子に過ぎなかった私に変えられる未来なんて、最初からなかったんだ。

 

 それから私とヤチヨは歌が途切れるまで耳を傾け続けた。途中、彩葉さんの歌声に重なってかぐやの歌声も聞こえてきたけど、ヤチヨはそれすらも愛おしそうに聞いていた。この歌声を魂の奥底にまで刻み込むように、心ゆくまでずっと──

 

 やがて歌が終わる。かぐやに届くまで延々と続いた歌声がなくなり、バルコニーには余韻に満ちた静寂が戻った。

 

「ありがとう。忠子のおかげで、ここまでこれた。お話は、もう終わり……」

 

 八千年分の想いが報われたとばかりに、ヤチヨはそう締め括った。この物語のエンディングはここなのだと、終止符を打とうとして──その瞳から真珠のような涙が零れ落ちた。

 

「あれ……なんだろ、これ」

 

「ヤチヨ……」

 

 泣いていた。ヤチヨが、優しく微笑みながら涙を零していた。

 

「もう、これで終わっていいって、思ってたのに……どうして」

 

 溢れ出る涙を止めようと必死に手で目を擦って、それでも涙は止まらない。八千年分の涙が行き場を失くして溢れ出てしまっているのだ。

 

 涙が止められないまま、遂にはその場に座り込んで嗚咽するヤチヨ。そんな私の推しで、恩人で、世界で一番のお姫様で──友達の涙を見て、私の心にやっと火が灯った。

 

「……返して」

 

「え……?」

 

「タイムリープのブレスレット、返してください」

 

 言えた。今度は詰まることも、呑み込むこともなく言えた。完全に折れて砕けていた私の心は、最後の最後で踏み止まることができた。

 

 でも、私が立ち上がったとしてもヤチヨも同じとは限らない。私が繰り返した1684回のタイムリープの記憶を解析してしまったヤチヨは、私の言葉に首を横に振った。

 

「……だめ」

 

「ヤチヨ、お願い。私にもう一度、チャンスをください。今度こそは──」

 

「──そうやって! 今度こそは、次こそはって、ずっと続けてきたから忠子は辛い思いをしてきたんだよ?」

 

 泣きながらヤチヨはいつにない剣幕で言い募る。優しい女神様が初めて見せた、本気の怒りだ。それも私の身を心の底から案じているが故のものだから、反論する言葉が引っ込んでしまった。

 

「でも、このままじゃ誰も幸せになれない。こんなの、ハッピーエンドなんかじゃ、ないです……」

 

「……ヤチヨが望んだのは、彩葉と再会すること。八千年の時を超えて、彩葉にまた会えて、三人でライブまでできた……もう、十分ハッピーエンドだよ」

 

「私が言いたいのはそういうことじゃなくて……!」

 

 自分の心すら偽れていないヤチヨになおも言い募るけど、お姫様は頑なに首を縦に振ってくれない。むしろより一層強く覚悟を固めて、ブレスレットを仕舞いこんだメンダコをぎゅっと抱え込んでしまった。

 

 ダメだ。ヤチヨが頷いてくれないと、私はタイムリープすることができない。このまま友達の涙を前にしておきながら何もできず、消せない後悔を抱えたまま生きていくことになる。

 

 

 そんなの、そんな未来は絶対──認めない!!

 

 

 強く、強く。この結末を否定したその瞬間、私の目の前に光り輝く何かが現れた。それは七色の光に包まれながら、ゆっくりと私の両手に収まった。

 

「これって……」

 

「うそ……」

 

 目を見開く私とヤチヨ。二人分の視線を受ける物の正体はブレスレット。間違いない、タイムリープのブレスレットだ。

 

「どうして。だって、ブレスレットは確かにここにあるのに……!?」

 

 メンダコのお腹に手を当ててヤチヨが激しく困惑する。ヤチヨの言葉が事実なら、今この瞬間に現れたブレスレットは私と1684回のタイムリープを繰り返してきたブレスレットとは全くの別物ということになる。

 

 だったら、このブレスレットは誰が──

 

 疑問に思った直後、ブレスレットから投影されるようにメッセージウィンドウのようなものが現れる。そこにはたった一文、こう記されていた。

 

『三十年後の私より、忠犬オタ公へ 輪廻を超えて、ハッピーエンドを見つけて』

 

 その短い一文で、このブレスレットが誰から送られた品なのかはっきりした。私だ。今から三十年、友達を救えなかったという後悔を抱えながら生き続けた私が、自らの手でタイムリープのブレスレットを作り上げたのだ。

 

「有り得ないよ。だって、そんな……」

 

 信じられないと首を横に振るヤチヨ。奇遇だね。私も、自分のことながら未だに信じ切れていない。タイムリープだよ? タイムマシンよりはマシなのかもしれないけど、それにしたって三十年でそんなSFの代物を実現するって、いったいどれほどの後悔と執念を抱えて生き続けたのだろうか。

 

 でも、そのおかげで私はチャンスを得た。おまけにハッピーエンドのヒントまでくれて、本当にありがとう、三十年後の私。

 

 私は掴み取ったブレスレットを手首に巻き付けて立ち上がる。ヤチヨがはっとして止めようとするけど、もう遅い。ブレスレットからはタイムリープの始まりを告げる眩い光の粒子が溢れ始めていた。

 

「だめ、待って! いかないで、忠子!」

 

 ヤチヨが縋り付くような勢いで必死に止めてくる。でもそのお願いは聞けない。ヤチヨの涙に心が痛むけど、私は小さく首を振って否を返した。

 

「どうして……あんなに辛い思いをたくさんしたのに、どうしてまた……ヤチヨはもう、忠子の推しじゃないんだよ?」

 

「そう、ですね。でも、理由ならヤチヨに貰っていたんですよ」

 

「……?」

 

 訳が分からないとばかりに首を傾げるヤチヨ。涙も相まって破壊力が爆増している、可愛い。そんな風に思えたのは久しぶりだった。

 

 戸惑うヤチヨと目を合わせて、私は理由を告げる。

 

「友達だから。友達が泣いているから、助けるんです。ヤチヨが私のために自分の本音を押し殺したように、今度は私が頑張る番」

 

 私の答えにヤチヨは衝撃を受けたように目を見開いて固まった。

 

 ヤチヨにとって私との友達関係は、私から走り続ける動機を奪うためのものだった。もちろん、友達が欲しかったという理由も本心ではあると思う。でも大部分は推しとファンの関係性を壊すことが目的だったはずだ。

 

 その狙いが、この期に及んで裏目に出た。きっと今頃は心中で後悔しているんだろうな、と思う。ごめんね、ヤチヨ。でも──

 

「──私と友達になってくれてありがとう、ヤチヨ。過去(未来)で待っててくださいね」

 

 精一杯の笑顔を残して、私は再びタイムリープへと旅立った。

 

 

 




 三十年でオタ公はタイムリープ理論を確立させた。

 三十年後オタ公
 三十年間、本音を隠して笑顔の下で泣きながら歌い続けるお姫様を誰よりも近くで見続け、後悔と執念を糧に月人の超テクノロジーであるタイムリープ理論を確立した怪物。
 自分でタイムリープせず過去の自分に託したのは、後悔と執念に塗れてしまった自分ではハッピーエンドには辿り着けないだろうと考えたから。

 彩葉が超人なら、忠子は怪物。ちょっとした対比です。それはそれとしてかぐやのインタビューえぐいんですけど?
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