超オタ公奮闘記! 作:平成生まれ、令和育ち
1684回のタイムリープに加えて百回以上の繰り返しの旅路を経て、今日ここまで辿り着いた。
長い旅路だった。でも心が折れたり絶望するようなことはなかった。終わりがあるのかすら分からなかった今までのタイムリープと違って、今回の繰り返しは辿り着くべきゴールがちゃんと見えていたからだ。
そのゴールに辿り着くにあたって必要な情報の収集、行動の修正、協力者との接触。準備は全て整った。
さあ、始めましょう。この
──運命のライブが、今始まる。
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仮想空間ツクヨミに超新星の如く現れ、並いるベテランライバーたちを抑えてヤチヨカップ優勝を掴み取ったかぐや&いろP。VR史に名を残すレベルの偉業を達成した二人の片翼、かぐやが電撃引退を発表。同時に卒業ライブ開催の告知をした。
多くのファンたちに引退を惜しまれながら、卒業ライブ当日は大勢のユーザーがツクヨミに押し掛けた。これが今生の別れとなるかもしれない推しの最後の勇姿をその目に焼き付けるため、多くのファンたちが駆け付けたのだ。
『さあさあ、遂にこの日がやってきてしまった! ツクヨミに超新星の如く現れた現代のかぐや姫の卒業ライブ。駆け付けたリスナー諸君、一瞬一秒も見逃せないライブをその目に焼き付けろ! と言うわけで、本日の司会進行はかぐやショックで普通に寝込んだオタ公と!』
『隣の相方の大号泣にドン引きしている乙事照琴でお送りします』
『余計なことは言わなくていいので司会進行に集中。オタ公はライブに集中するので、よろしくぅ!』
『
いつもよりも興奮気味なオタ公と、そんな相方に若干引きながらも軽妙なやり取りをする照琴。二人の繋ぎトークで幾らか会場が温まり、ライブへの期待と熱も高まっていく。
卒業ライブのステージはかつてブラックオニキスとかぐや&いろPwithヤチヨが鎬を削ったKASSENステージ。特設ライブステージに仕立て上げられた城郭がかぐやのラストライブを飾る。
高まる熱狂が最高潮に達したところで、ライブ会場に現れる異形の集団。それに応じるように馳せ参じたブラックオニキスとROKA&まみまみ、そしていろP。
かぐやを迎えに来たと言わんばかりの月人陣営と、かぐやを奪われまいと駆け付けたいろP陣営。両陣営はKASSENの様式に従って激突、同時にかぐやの卒業ライブが盛大に幕を開けた。
▼
かぐやを月へと連れ戻そうとする月人と、運命に抗う彩葉たちの戦いが始まった。
反則級の性能と物量で攻め込んでくる月人に、彩葉たちは必死に立ち向かっている。かぐやを月に帰さないために、これからも一緒に未来を歩んでいくために。死に物狂いで頑張っている。
そんな様子を、私は遠く離れたツクヨミの天守閣のバルコニーから見守っている。戦場で肩を並べて戦うでもなく、囚われている訳でもないのにただ見ているだけ。
開戦前に彩葉と話した。もし私がヤチヨだったなら、なんて彩葉の口から聞くことになるとは思わなかった。両想いだったなんて、今日まで知らなかった。確信を持てていなかったんだ。
私から彩葉への想いは揺るぎなかったけど、彩葉が私をどう想ってくれていたのか分からなかった。散々我儘言って振り回した
でも違った。彩葉も私と同じで、離れたくないと、帰ってほしくないと思ってくれていた。今あそこで悔いを残さまいと全力で歌っている
八千年かけて、ようやく気付くなんて。遅すぎるよね……。
このまま何もしなければ両片想いのまま擦れ違い、彩葉とかぐやは離れ離れになってしまう。彩葉の歌でかぐやは地球へ戻ろうとするけど、それも失敗して八千年前に不時着。彩葉をハッピーエンドに連れていくという願いは叶わないまま終わる。
誰も報われない、幸せになれないエンディングだ。
……彩葉には、今あそこで歌っているかぐやが必要だよね。
軽率な考えだと、愚かな行動だということは分かっている。でも、ステージで歌うかぐやと戦場で必死に戦う彩葉を見たら、どうしても我慢ができなかった。
微かに震える指を虚空に走らせる。すると管理者用のコマンドツールが浮かび上がり、私はチートのコマンドに手を伸ばして──
「──おいたはダメだよー、ヤチヨ」
頭上から降ってきた声に、私は呼吸と動きを止めた。
反射的に顔を上げると、声の主がふわりと欄干の上に舞い降りる。
犬耳と尻尾がチャーミングな褐色肌の女性。ツクヨミと私のために
忠犬オタ公が空より舞い降りて私の愚かな行動を制した。
「オタ公……どうやって、ここに?」
この天守閣は侵入が制限されたエリア。現実空間の私のサーバールームからログインしないとアクセスできない場所だ。それが、どうして……。
いや、そもそもオタ公は今、MC席でライブの司会進行をしているはずだ。現にMC席からはオタ公と照琴が月人VS彩葉たちのKASSENを実況しつつライブで盛り上がっている声が響いている。だとすれば、今ここにいるオタ公はなんなのか。
理解を超えた現象を前に混乱している私を他所に、オタ公は気楽な様子で欄干に腰掛けた。
「驚いた? 心配しなくても、
私の肩で精一杯に身体を膨らませて警戒していたFUSHIを微笑みながら見下ろすオタ公。その発言から、現実空間での私がどんな存在かも知っていることが察せられた。
「あっちの私の方はね、ヤチヨみたいに分身してきたんだよねー。気合いと根性で分裂したみたいな? ……っていうのは冗談で。お城に侵入したのも、分裂できたのもこいつのおかげ」
オタ公が自身の肩を指で指し示す。そこには、どうして気付かなかったのだろう。二頭身にデフォルメされた上で肩乗りサイズになった灯篭頭の月人が、礼儀正しくお辞儀をしていた。
月人とオタ公が協力関係を結んでいる。そんな話はこれっぽっちも知らなかった。驚きもあるけど、それ以上にショックを受けている自分がいる。事情の一つも明かしていなかった癖に、オタ公は一から十まで私の味方でいてくれると勝手に勘違いしていたからだ。
オタ公が今この場に辿り着けた絡繰は理解できた。でも肝心の目的が分からない。
「どうして、ヤッチョを止めに?」
「輪廻の崩壊を防ぐため。かぐやとヤチヨの輪廻を繋ぐため」
「輪廻……そっか。そういうことなんだね」
なんとなく、オタ公の目的が理解できた。かぐやが月に帰って、その後に八千年の旅を経て
……ダメなことだとは分かっていた。でも、ステージで歌うかぐやと戦場で戦う彩葉の顔を見て、どうしても我慢ができなかった。
呼び出したコンソールを消して、いつもの笑顔を浮かべる。大丈夫、ヤッチョは今もちゃんと笑えている。
「やっぱり我儘を言っちゃダメですな〜。ヤチヨ、反省。此処で大人しくかぐやが月へ帰るのを見届けるねー☆」
「我儘じゃないよ。ただ、その願いは叶えられない。何度繰り返しても、ヤチヨといろPとかぐやの願いが全て叶う輪廻はなかった」
今、オタ公は何と言った? 繰り返しって、言った? もしそれが言葉通りの意味だとしたら、それは──
オタ公の手首に見覚えのあるブレスレットを見つけて血の気が引いた。私が乗ってきた宇宙船に組み込まれているタイムマシンとは少し違う、ブレスレットサイズで運用できるタイムリープマシン。それが、オタ公の手首で鈍く光っていた。
どうして今まで気付かなかったのか。オタ公がタイムリープをしているのなら、今までの無茶苦茶な行動にも説明がつく。気付いていたら、私は──
「ヤチヨに正体を明かすのは卒業ライブ以降じゃないとダメだった。でないとヤチヨは、最初から諦めちゃうから」
「どういう、こと?」
「それはこれからのお楽しみってやつ。そろそろかなー?」
欄干に腰掛けながらオタ公はツクヨミ上空に映し出されたライブ中継を見やる。会場に入り切れなかった人もライブを見れるように投影したスクリーンだ。
スクリーンの中ではブラックオニキスが禁じ手であるチートを利用して月人の群勢を押し返し始めていた。私が使わなくとも、ブラックオニキスは自分たちでチートを用意していたんだよね。
『おおっと、ここで黒鬼がチートモード解放だ! えー、ここでお知らせです。ブラックオニキスのチートモード利用は卒業ライブの演出の一環として、ツクヨミ管理人たるヤチヨから許可を得ていますので悪しからずー』
『ついでに子ウサギのみなさんに朗報です。後日、ブラックオニキス公式から帝たちのガチモードアクスタの予約販売が発表されます。普段とは違う姿、
MC席にいるオタ公と照琴が初耳の話をさも本当のことのように話している。私は許可を出した覚えはないし、ブラックオニキス側もそんな話は知らないだろう。
でもオタ公のフォローのおかげで、ブラックオニキスはチート利用で咎められることはほぼなくなった。なんなら運営側に恩を売って貸しまで作っている。こういうところ、オタ公はやり手だよね。
「全く、いろPが大切なのは分かるけどもう少し後先考えてやってほしいよねー、帝鬼ぃちゃんもさ……お陰で先輩に山ほど借りができちゃったじゃないですか」
ちょっと不貞腐れたような、でも楽しそうな表情でオタ公はぼやく。先輩というのは、照琴のこと? プロゲーマーとして活躍していた経歴を持つ照琴は、オタ公から見れば先輩と言ってもおかしくはない。でもそんな親しげな距離感だったかな? 口調も普段のオタ公とは少し違うし……。
不思議に思ってオタ公の横顔を見上げていると、不意に目がばっちり合う。
「さてさて、間も無く月人VSいろP陣営の戦いに幕が降りる。勝利は月人の手に、かぐやは月へと帰ることになる」
「……そうだね。それが、正しい未来」
「そう。何度繰り返しても、やり直しても、輪廻を曲げることはできなかった。輪廻の内側に、キラキラのハッピーエンドは見つけられなかった……ごめんね」
「なんでオタ公が謝るの? むしろ、ヤッチョたちが大変ご迷惑をおかけしたみたいで、申し訳ない限りだよ〜……」
本当に、申し訳なく思う。きっとオタ公は何度も何度もタイムリープを繰り返している。十や二十は下らない、ううん、きっとそれ以上。でないとあそこまで迷いなく的確に行動することはできないだろうから。
その上で、オタ公が無理だと、ハッピーエンドを見つけられなかったというのなら、みんなが笑顔で終われるハッピーエンドなんて最初から何処にもなかったというだけの話。それが分かれば、諦めもつくというもの。大人しく此処から運命の行く末を見届けよう。
「そう、ハッピーエンドは何処にもなかった──輪廻の内側には」
「え……?」
唐突にオタ公の声色が変わる。神妙で重々しかった声が、纏う雰囲気ごとがらりと変わった。
『おおっと!? かぐや姫のお迎え軍団といろP陣営のKASSENが決着! 軍配は月人陣営に上がったぁ!』
スクリーンの中でかぐやを巡る激戦に終止符が打たれた。乃依と雷、ROKAとまみまみは残機を全て消し飛ばされ、フィールドに残っているのは彩葉と帝だけ。その二人も、大量の月人に囲まれていて勝機はない。
後は月人と共にかぐやが月へと帰るだけ。最後に集ったファンたちに感謝を告げて、彩葉に想いを──
『──これで終わりだと思った? いやいや全然足りないでしょうが!!』
MC席のオタ公が、盛大に待ったを叩き付けた。
主役たるかぐやを押し退けてスクリーンにドアップになったオタ公が、配信用のボイスチャットの出力を全開まで上げて叫ぶ。
『卒業ライブだぞ? あの超新星かぐやの卒業式だぞ? 卒業生だけが歌ってはい終わり、じゃあつまらない! 観客席でお行儀よくペンライト振ってる翁と媼さま、かぐやへの愛を伝えずに終われるのか? かぐやに求婚していろPに悪☆即☆斬された帝五人衆、親御さんに娘さんをくださいしなくていいのか? ツクヨミの母たる大地母神ヤチヨ──伝えるべきことは、本当にもう残っていないのか!?』
スクリーンにドアップになったオタ公が、真っ直ぐと私を見て問い掛けてくる。お別れの最後まで、
オタ公の暴走ともいえる行動によってツクヨミ中が困惑に包まれる。ただライブを見て聞いて送り出すだけだと思っていたところに、何の脈絡もなく剛速球を投げ込まれたのだ。戸惑うのが当然だし、いい感じの空気を壊すなよと白い眼を送る者もいる。
でも、中にはオタ公の勢いに触発されて声を上げ始めているユーザーもいた。その声は徐々に大きくなっていき、やがてツクヨミを再び熱狂の渦に巻き込んでいく。
『行かないで、かぐやー!』『もっとたくさん歌ってくれぇ!』『引退しても元気でいてください!』『かぐやのファンをやめたくないでござる』『笑顔に惚れたのでいつまでも笑顔でいてほしいわ』『月人さん、娘さんをください!』『かぐやもいろPも幸せにしなくちゃあならないのが辛いな』『リベンジだ! 次は帝戦隊ゴレンジャイが相手だ!』『アンコール! アンコールだよ!』『私がこうすることで、喜ばぬ月人はいなかった』『帝様、かぐやといろPの笑顔守って、やくめでしょ』『たくさん笑顔をくれてありがとう!』
止まらない、止まらない。ツクヨミの彼方此方からかぐやへの愛が、想いが湧き上がっている。
知らない、知らない。
「なに、これ……記憶が……」
こんな光景はなかったはずなのに、存在しなかったはずの記憶が溢れ出す。彩葉たちが月人に負けて、そのままファンたちと彩葉にお別れを告げて月へと帰ったはずなのに、何故かその後の思い出が次から次へと溢れて出して止まらない。
止めどなく溢れ出す存在しないはずの記憶と思い出の奔流に困惑していると、オタ公が種明かしをするように語り始める。
「運命は変えられない。かぐやがヤチヨになる輪廻は崩せない。でも──歴史は変えられる」
「歴史……?」
「輪廻と歴史はイコールじゃない。歴史が書き換えられたとしても、それが輪廻の崩壊に繋がるわけじゃなかった。かぐやが月に帰って、八千年前の地球に不時着する。その
たはは、と乾いた笑いを零すオタ公。冗談めかした口調だけど、その言葉には私にすら想像し切れない苦悩や苦労の重みが滲んでいた。
「とはいえ、度が過ぎれば歴史も崩壊する。どこまで変えていいのか、注釈はどこまで許されるのか。立ち直ってからのタイムリープはひたすら確認作業だったよ」
その確認作業のためだけに、オタ公は何度タイムリープを繰り返したの? そこまでして、どうしてヤチヨたちのために頑張ってくれるの?
いつになく輝いているオタ公の瞳を見上げていると、オタ公が欄干からひょいっと飛び降りる。そして迷いない足取りで目の前に立つと、私の両手を取った。
「さあ、いつまでもこんなところで呆けてないで行くよー、お姫様」
「え、えっと~いったい何処に行くのかな~って?」
「決まってるでしょ。これから八千年の長い旅路に出るかぐや姫に、抱えきれない程の
にっと悪戯っぽさを滲ませてオタ公は笑った。同時にスクリーンの中のオタ公も熱狂に包まれて暴走しそうなツクヨミ全土へと叫ぶ。
『おらぁ! かぐや推しの帝に翁に媼ども! 送る言葉だけで見送って満足か? 今生最後かもしれない運命の瀬戸際に行儀も礼儀もありゃしない。今宵は無礼講、我こそはという帝と翁と媼は奮って出しゃばれー!』
オタ公がそう呼び掛けると同時、ツクヨミの管理権限に不正なアクセスが──って、オタ公!?
目を見開いてオタ公を見れば、てへっとばかりに舌を出して誤魔化される。その肩口でミニ月人が『モウシワケアリマセン』とか頭を下げているけど、謝れば何をやってもいいわけじゃないからね?
「わ、わ、大変だよヤチヨー! 管理者権限が勝手に使われてるー!?」
「どうどう、落ち着いてFUSHI。別に悪いことなんてしないから。ただログインユーザーたちをKASSENステージにテレポートさせてるだけだからさ。もちろん、望んだユーザーだけね」
すぐに不正アクセスの痕跡を追えば、オタ公の言う通りだった。望んだユーザーだけを特設ライブステージにもなっているKASSENのフィールドへとテレポートさせている。
でも、それだけじゃない。他にも色々とアクセスして、管理者コマンドを利用している。
「何をするつもりなの、オタ公?」
「そりゃあ、もちろん──」
『在校生はツクヨミの全ユーザー! 校長先生は管理人のヤチヨ!
──かぐやもヤチヨも知らない世界が幕を開けた。
EX:オタ公
かぐやを引き留めてしまえばヤチヨが消えてしまう以上、輪廻は壊せない。そこだけはどうしても変えられない──だったらそこ以外全部変えてやらぁ! と開き直って好き勝手始めたヤバい忠犬。
コラボライブ後に月人と接触、事情を明かして「おう、あんたらのせいでえらい目にあったんやが?」と脅迫、もとい協力を取り付ける。みなさんお察しの先輩も巻き込み、お城への不法侵入に常人なら廃人まっしぐらの自我分裂を気合と根性で敢行。今までのタイムリープで一番はっちゃけている状態。
なお、まだまだ暗躍フェイズは終わらないもよう……。