超オタ公奮闘記! 作:平成生まれ、令和育ち
チートオタ公VS本気いろP 決着
オタ公が開幕宣言したEX:月人戦なるものは凄まじい盛り上がりを見せていた。
引退するかぐやを盛大に送り出すためだけに催されたお祭り。内容は往年の大人数が入り乱れるFPSゲームの再現、それも規模も仕様も何もかもが大幅にグレードアップした代物。参加資格はかぐやのファンであることだけという緩さ。
しかも、これはあくまでかぐやを送り出すためだけの儀式であるからか、与えられる武器の何もかもがかぐやを応援するための品に置き換えられている。
戦場を飛び交うのはかぐやへの想いが綴られた吹き出しコメント、振り翳す近接武器は花束と巨大ペンライト。極めつけはBGMとして響き渡るかぐやの歌声。ここまでの拘りを見せられては、ユーザーたちも奮って参加するというもの。
戦場は今や千を超え、万に届きかねないユーザーの大軍によって埋め尽くされている。
「いやー、うん。やっぱりかぐやの愛されっぷりは凄まじいよねー」
「オタ公」
「うん、何かな? あ、やっぱりヤチヨも参戦したい感じ? いいよいいよー、どのみちヤチヨには最後の締めを任せるつもりだったからさ」
「そんなことは聞いてないよー、じゃなくて。どうして彩葉の邪魔をするのかな?」
ツクヨミに混沌と熱狂を齎した下手人たるオタ公。引退するかぐやのためにアンコールを開催したのであれば、かぐやにとって最も大切で愛しい人の妨害をする理由が分からない。
笑顔は崩さないままに問い掛ければ、オタ公は途端に申し訳なさそうな表情になって答える。
「ここでいろPが悔いを残さずお別れすると、かぐやを呼び戻すための歌を作ってくれなくなっちゃうんだよねー。そうなると、かぐやが地球へ戻ろうとする切っ掛けがなくなって、輪廻が崩壊する。この辺りはもう、私が直接介入するしかなくってさー……恨んでくれていいよ」
「……ねえ、オタ公。貴女は、いったい何度繰り返して」
輪廻の崩壊を防ぐために、貴女は何度のタイムリープを繰り返したの? ここまで事細かに調べ上げるのに、何度巻き戻して繰り返したの? どうしてそこまでして、貴女は──
バツが悪そうに目を逸らしたオタ公。その視線はお祭り状態となっている戦場へと向けられていて、不意にその横顔が引き攣った。
「いやーいやいや、いろPちょっと強すぎじゃない? チート使ってる
戦場の一角、かぐやの元へ行かせまいと戦っているオタ公の分身体。チートを利用してステータスを上げているのに、鬼神の如き力を振るう彩葉に押されているのが見えた。
巧みな双剣捌きと卓越したゲームセンス。加えてかぐやの元へ意地でも駆け付けるという想いがその背を押している。今の彩葉なら帝と照琴の戦いにだってついていけるだろうね。
「ふふっ、彩葉は最強で無敵だからね~」
「おおー、ヤチヨの生惚気あち~。ごちそうさまです……じゃなくて、やばいよやばいよ。もっと気張って
オタ公からの檄が届いたのか、向こうのオタ公が五人に分身して対抗を始める。チートのエネルギーを纏った五人のオタ公が相手となると流石の彩葉も攻勢には出れなくて、防戦へと押し込まれていく。それでも瞳には折れることのない意志が宿っていて、いつもの数段増しで凛々しい横顔になっていた。
「うごごご、いきなり五人分身はきちー……」
「だ、大丈夫オタ公?」
彩葉の横顔に見惚れていたら、すぐ隣でオタ公が頭を抱えて唸っていた。そうだよね、月の住人であるかぐやとヤチヨ、月人と違ってオタ公は普通の人間だ。アバターを増やして並列で操作するのとは違う、文字通りの分裂なんてノーリスクでできるはずがない。
「無理したらダメだよ、オタ公? もっと自分の身体を大切にしないと……」
「おー、ヤチヨからの心配が沁みるぅ……でも、ここまできたんです。もう少しくらい、踏ん張ってみせる」
アバターの顔を真っ青にしながら、歯を食い縛ってオタ公は踏み止まる。仮想のアバターにまで影響が出るなんて、現実のオタ公の身体にはどれほどの負担がかかっているのか。今すぐにでも止めないと、最悪命に関わりかねない。
止めようとして、でも必死の形相で踏ん張っているオタ公の横顔を見て言葉を失う。凛々しくて綺麗な彩葉の顔とは違う、命を燃やして今を必死に生きる輝き。八千年の時の中で、現れては消えていった無数の星たちと同じ、眩しい眩しい輝きがその瞳には宿っていた。
こんな輝きを見せられたら、もう、止めることなんてできないよ……。
かぐやへの愛で溢れかえる戦場の片隅で繰り広げられる死闘。チートオタ公と
五人に分身したオタ公が掟破りの加速チートで縦横無尽に攪乱、反応できなくなった彩葉に重たい一撃を叩き込んだ。如何に最強で無敵の彩葉でも、命すら燃やしかねない勢いのオタ公には一歩届かなかったみたい。
HPを完全に削られ切ったのだろう。いろPのアバターが淡い光に包まれて消えて、恐らくは初期リスポーンへと戻された。既に攻撃側の残機チケットも尽きる目前なので、今から走っても彩葉はかぐやの元へぎりぎり間に合わないだろう。
「よし、よくやった
役目を果たしたチートオタ公が消え去り、そのフィードバックを受けたのかオタ公がふらりとよろめく。慌てて肩を支えると、オタ公は辛うじて倒れることなく踏み止まった。
「っとと、いけないいけない。まだやることが残ってるのに、こんなとこで止まってらんないよねー」
「やることって──」
何があるのか、そう尋ねようとしたらひょいっと身体が浮き上がる。余りにも不意打ち過ぎて反応できなかったけど、オタ公の両腕によって軽々と抱き上げられていた。所謂お姫様抱っこというやつだ。
「え、え? ちょっと待って、これって──」
「さあさあ、祭りは間もなく閉幕! 閉会式にはやっぱり
「まっ──」
止める間もなく、オタ公は欄干に足を掛けると天守閣のバルコニーを飛び出す。そのまま地上へと真っ逆さまに落ちるかと思えば、何もない虚空を踏み締め凄まじい速度で空を駆け始める。このオタ公、加速チートに加えて空中歩行まで使ってるよ。やりたい放題が過ぎるのでは?
文句を言ってやりたい気持ちが湧くけど、それも歯を食い縛って戦場目指して走るオタ公の横顔に消えてなくなる。オタ公がここまでするのは、全てが私たちのため。それを思えば、文句なんて言えるはずもなかった。
星の煌めきを宿したオタ公の瞳を見上げて、私は為すがままその腕に身を預けた。
▼
私のために戦場まで駆け付けてくれたファンのみんなのために、歌って、歌って、ただ心のままに歌った。歌いながら、戦場でキラキラ輝く星の煌めきをこの目に焼き付ける。
地球に来て、彩葉と一緒に暮らして、色んなことを学んだ。遠くから見た地球は楽しいことで満ち溢れたキラキラの星だったけど、実際はみんな色んなことを我慢して隠して日々を生きていた。
でも今この瞬間、戦場に駆け付けてくれたみんなは本当に自由で、眩しくて──ああ、ヤチヨがこの世界を作ろうとした理由が、なんとなく分かった気がする。
恥も外聞も他人の目も気にせず、好きなことを好きだと言える世界。ありのまま自分でいられて、なりたい自分になれる。ちょー最高だ。
しかもそのみんなが、かぐやのためだけに全力でこの場に駆け付けてくれている。嬉しくて、楽しくて、本当に堪らない。
最高だ。もう、思い残すことなんてない……そう言えたら、良かったのに。
「彩葉……」
我儘かな、欲張りかな。こんなにたくさんの思い出を貰っておきながら、やっぱり彩葉の顔が思い浮かんで離れない。
かぐやにとっての一番星。強くてかっこよくて、いつもちょっぴり悲しそうにしている。そんな凛々しい顔が綺麗で、すぐに好きになったんだ。
彩葉。大好きな彩葉。本当はいつまでも一緒がいい。でも彩葉には彩葉で大切なものが
もう十分。一生分のメッセージと花束を貰った。お別れのライブなのに、こんなに楽しんでいいのかなってくらい全力で歌えた。もう、これで満足。
ツクヨミ陣営側の残機チケットが尽きる。曲も歌い終わって、アンコールはこれでお終い。城下ギリギリまで押し寄せたファンのみんなが別れを惜しむように花束とペンライトを振っている。
今度こそ終わりだ。羽衣を手にした月人が恭しく近づいてくる。分かってる、ちゃんと分かってるよ。もう逃げたりしないから。
「──卒業ライブ、楽しんでくださいね」
ふと、猫のお姉さんの言葉が脳裏を過ぎる。
ねえ、お姉さん。お姉さんはもしかして、こうなることを知っていたのかな。だとしたら、お姉さんは──
「──かぐや!」
不意に頭上から声が降ってくる。反射的に見上げれば、ツクヨミの夜空を切り裂いてステージに降ってくる流れ星が一つ。オタ公と、オタ公に抱えられたヤチヨだ。
二人は凄まじい勢いでステージへと着地……というか、墜落してきた。わお、ダイナミックエントリー。あの、オタ公大丈夫かな? ヤチヨの下敷きになってるけど。
「ぎ、ギリギリセーフぅ……いってらっしゃい、ヤチヨ。あの日、あの時に、言ってほしかったことを言ってあげて」
「……ありがとう、オタ公」
何故か真っ青な顔色のオタ公に背を押されて、ヤチヨが私の前に立つ。普段のおちゃらけて飄々とした雰囲気じゃない。
胸の前で両手を握り締めて、何かを口にしようとしては躊躇っている。いつものヤチヨらしくない。いったいどうしたんだろう。
「かぐや……」
「うん、どうしたのヤチヨ?」
「私は……ヤチヨは……」
何度も言葉に詰まりながら、声を震わせながら、ヤチヨは伝えたい言葉を必死に絞り出す。
「ヤチヨは、
ヤチヨの白くて細い手が私の両手を優しく包み込んで、お月様みたいに綺麗な瞳が真っ直ぐと私を見た。
「頑張って、諦めないで、
「……もう、相変わらず何言ってんのか分かんないや」
何を頑張ればいいのか、何を諦めないでほしいのか、何処まで歩いてきてほしいのかもよく分からない。でもヤチヨの想いが本気で、必死なことはよく分かった。だから、忘れないように胸に刻んでおこう。このステージから見える景色と一緒に──
「ヤチヨ。いろPのこと、頼んだよ」
「──ぁ、うん」
もうかぐやには彩葉をハッピーエンドまで連れて行くことはできないから、彩葉の最推しであるヤチヨにお願いする。彩葉はすぐに無理して、一人で全部大丈夫だって抱え込んじゃうから。かぐやの分まで、お願いね。
それから、いろPはちょっと間に合いそうになさそうだから、
──彩葉、大好き。
彩葉の温度を忘れてしまわないように抱き締めて、最後の最後で想いを告げる。今までずっとたくさん迷惑かけてごめんね。彩葉と一緒にいられて、本当に幸せだった。
その想いの全てを送って──羽衣によってかぐやの意識はそこで途切れた。
EX:オタ公
チートフルパワーでなんとかいろPから勝利をもぎ取ったわんこ。本当の本当の紙一重の勝利で、根性の差で勝利。ヤチヨの言葉をかぐやに届けることも達成して、その後分裂の負荷によって強制ログアウトからの意識喪失。丸一日寝込んでいる。
まだ、やることが残っているので頑張ります。
EX:月人戦
後に忠犬オタ公の乱と言われるツクヨミ最大のお祭りイベントとなった。多くのかぐやファンが引退するかぐやに想いを届けるため、未だかつてない規模の卒業イベントになった。
その後、ゲームそのものが面白かったという意見が多数見られ、ヤチヨの元に新たなゲームモードの追加要望が押し寄せることに。月人がパンク寸前までフォローしたおかげで実現できた超規模ゲームを実装するのは如何なヤチヨといえど不可能で、頭を抱えることになるのは先の話。
ヤチヨ(歴史修正)
オタ公の策略によって存在しなかったはずの思い出が生えてきて混乱中。八千年の歳月によってかぐやとは別の存在になっていたはずなのに、抱えきれないほどの思い出の花束が、八千年前のヤチヨの激励が、かぐやの願いが渦巻いて大混乱。ヤチヨ≠かぐやの自認が崩れかけている。
彩葉
絶賛メンタルブレイク中。でも大丈夫、最強で無敵の彩葉の快進撃はここからです。