超オタ公奮闘記!   作:平成生まれ、令和育ち

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間もなくクライマックス。


EX:Reply

 かぐやの卒業ライブから数日。過去最大級のお祭りとなった卒業ライブの熱が冷め始め、かぐや引退の衝撃も落ち着きを見せ始めた頃。私は表舞台には立たず、誰も足を踏み入れることのできない天守閣に引き篭もっていた。

 

 ツクヨミでの活動は分身に任せ、配信は過去の放送の流用。本体である私は天守閣から一歩も出ないまま。ただその時を待っていた。

 

「──いたいた、おひさー。元気にしてた、ヤチヨ?」

 

「オタ公……」

 

 私以外踏み入ることのできない天守閣。そのバルコニーに当たり前のようにオタ公が姿を現した。その肩では相変わらず二頭身の肩乗りサイズの月人が恭しくお辞儀をしている。

 

「もう具合は大丈夫なのかな?」

 

「んーなんのことだか。オタ公はいつでも何処でも元気いっぱい、推しのために全力疾走ですけど?」

 

 何事もなかったように流すオタ公。卒業ライブが終わってから丸一日寝込んでいたこと、知っているんだよ? ログアウトの仕方がおかしかったから、心配になって現実(リアル)の様子を確認に向かったら床で倒れているんだもん。存在しない心臓が止まるかと思った。

 

 救急車を呼ぼうかとも思ったけど、私より先に駆け付けていた月人が色々と処置してくれていたからその場はお任せした。随分と仲良くなったというか気に入られているというか、月人とどんな交渉をしたのかな?

 

 気になることは山ほどあるけど、オタ公に語るつもりがないことは顔を見れば分かる。私たちの事情のために走り回っているくせに、自分のことはこれっぽっちも話さないのは狡いと思うなぁ。

 

 そんな不満やら何やらを視線に乗せて見れば、オタ公は誤魔化すように肩を竦めた。

 

「っていうか、なーんでオタ公()をBANしてないのさ? ツクヨミにハッキング仕掛けてチートまで使った悪質ユーザーなんですけど? 永久BANものでしょ?」

 

「うーん、でもオタ公に悪意はなかったし、被害らしい被害もなかったからね〜。むしろツクヨミの盛り上げに貢献してくれてありがとーって感じだよ」

 

「いろP泣かせてるけどね〜」

 

 ケラケラとオタ公は笑って言う。態とらしい発言はただの自虐なのか、私に非難してほしいから口にしたものなのか。何方にせよ、止めなかった私にオタ公を責める資格もそのつもりもないけど。

 

 何も言わずに見つめ続ければ、気まずそうに目を逸らし始めるオタ公。その仕草が、悪戯がバレた子供か犬みたいでちょっと可愛いと思えてしまう。

 

「あーうん、まあBANはまた後日で」

 

「──しないよ?」

 

「……はい」

 

 逃すつもりはないよ〜? 諸々の事が落ち着いたら、ちゃんと事情を話してもらうからね。彩葉との間にできてしまっただろう確執も全部、ちゃーんと清算してもらうから。

 

「……そろそろだね」

 

「うん……」

 

 卒業ライブから一度もログインしてこなかったオタ公がわざわざログインしてきた理由。今日この日に、彩葉がかぐやに向けて歌を送るからだ。だよね、オタ公?

 

 天守閣の中まで入ることのできないオタ公に合わせて私もバルコニーに出る。二人で肩を並べて、ツクヨミの月を見上げながらその時を待った。

 

 やがて仮想の世界であるツクヨミに歌が響き始める。遠く離れた月に帰ってしまった大切な人への想いを綴った歌。八千年間、ずっと頭の中で繰り返し続けた歌が、何処までも響いていく。

 

 響き渡る歌に、呼応するように歌声が重なる。月にいるかぐやからの返歌だ。彩葉の歌に導かれ、かぐやは地球に戻る決意をした。

 

 この歌をもう一度聴きたくて、また一緒に歌いたくて、かぐや()は地球へと旅立ち──八千年の長い旅路に足を踏み入れた。

 

 長い、長い旅路だった。楽しいことも、辛いことも、出会いと別れもたくさんあった。繰り返される争いの歴史、戦火に呑まれて眩いお星様が消えていく度に心が折れてしまいそうにもなった。

 

 それでも此処まで歩み続けられたのは──ああ、そうだ。卒業ライブで抱えきれないほどの思い出と、彩葉に会いたいという想い、そしてヤチヨ()の言葉の意味をちゃんと理解できたからだ。

 

 書き換えられた歴史が、かぐや()を絶望させることなく未来(ここ)まで運んでくれた。

 

 ありがとう、オタ公。今日この瞬間まで辿り着けて、もう一度この歌を聴くことができた。それだけで、もう満足。十分報われて──

 

「──まだだよ、ヤチヨ」

 

 眩い星を宿した瞳が、これで終わろうとしていた私の心に待ったを突き付けた。

 

「ハッピーエンドの最後のピースは此処にある。ノーマルエンドもバッドエンドも絶対に認めない。輪廻を超えてやっと掴めるエンディングが、此処にあるんだよ」

 

「オタ公?」

 

「歌って、ヤチヨ。八千年間、一時足りとも忘れず繰り返し続けた歌を。いろPの歌に、八千年間抱え続けた想いの全てを込めて、歌を返して」

 

「でも、この歌はかぐやに向けた歌で……」

 

「ヤチヨはかぐやだよ。八千年の時を超えてその在り方が変わってしまっても、その胸に抱え続けた想いは変わってない。そうでしょ?」

 

「それは……」

 

 変わってない──違う、決定的に変わってしまわないようにオタ公が奮闘したんだ。今の私の自己認識はヤチヨであると同時に、かぐやとしての認識もまだ残っている。

 

「ヤチヨはかぐやで、かぐやはヤチヨなんだよ。だから、ハッピーエンドに連れていく約束だって、これから果たせばいい」

 

「あ……」

 

 そっか、かぐや()はまだ此処にいるから、ハッピーエンドの約束だって果たす事ができる。まだ間に合うんだ。

 

 震える手を握り締めて、オタ公に背中を押されてバルコニーに立つ。目の前に広がる煌びやかなツクヨミの街並みを見下ろし、仮想の世界に響き渡る愛しい歌に心を傾ける。

 

 大丈夫、合わせるタイミングは分かっている。

 

 大丈夫、歌詞を忘れたことなんて片時もない。

 

 大丈夫、載せるべき想いはちゃんとこの胸にある。

 

 緊張で喉が震える。毎夜のように開催しているミニライブでも此処まで緊張したことはなかった。八千年間、想い続けた大切な人への返歌なのだ。緊張してしまうのも無理はないよね。

 

 大きく深呼吸をして、心を落ち着けて──歌を響かせた。

 

 歌声は仮想空間ツクヨミを満たして、現実世界にまで届く。彩葉とかぐや、そして私。三人の歌声と想いが重なり合う。

 

 遠く離れた愛しい人を一心に想って歌う彩葉。

 

 愛しい人のもう一度の願いに応えて歌うかぐや。

 

 八千年の時を超え此処まで来たよと歌うヤチヨ()

 

 三人の願いと歌声が共鳴する。時空を超え、輪廻を超えて今、全てが繋がった。

 

 

 私たちの歌は続く。夜が更けて、朝がやってきても歌い続ける。飽きるなんてことはない。三人の想いを全て吐き出し尽くすまで、歌い続けた。

 

 やがて歌が途切れる。気付いた時にはもうお昼近くで、隣を見ればオタ公が満足げな表情で拍手をしていた。

 

「お疲れ様、ヤチヨ。マジ最高の歌声だったよ」

 

「うん、ありがと」

 

「世界で一番のお姫様が勇気を出したんだ。後は白馬の王子様を呼んでくるだけ。ヤチヨは目いっぱいおめかしして、どーんと待っててねー。さあさあ、最後に一仕事してきますかー」

 

 じゃあねー、と軽い調子で手を振ってオタ公はバルコニーから飛び降りていく。今度は空中歩行なんてせず、地上に降り立つと真っ直ぐツクヨミの街並みへと消えていった。

 

 何処までも一生懸命で、私たちのために脇目も振らずに走り続けてくれた忠犬。事情はいずれ本人から直接訊くつもりだけど、正直に話してくれるとは到底思えない。だから──

 

「──ちゃんと教えてくれるよね?」

 

 私の問い掛けに、欄干の上にこっそりと佇んでいたミニ月人が深々とお辞儀を返した。

 

 

 ▼

 

 

 かぐやのために作り上げた曲を歌って、かぐやと一緒に歌い続けて、重なるヤチヨの歌声で全ての謎が氷解した。

 

 私がヤチヨの歌に惹かれた理由。ヤチヨのデビュー曲と、私が子供の頃にお父さんと作った曲のメロディが同じだった理由。まるでこの先の運命を知っているかのような振る舞いをしていた理由。

 

 全ての謎が一つに収束して、その答え合わせをするためにツクヨミへとログインした。でも尋ね人であるヤチヨは何処にも居らず、配信されている動画も過去の内容の流用。メッセージも何も返事がなく、一歩目から盛大に躓くことになった。

 

 何処を探せばいいのか、分からずツクヨミの街並みを彷徨っていた時だった。私を待っていたと言わんばかりに行き交う人のど真ん中で立ち止まっている人影を見つけた。

 

 その人影はツクヨミの公認広報ライバーで、つい先日のかぐやの卒業ライブで盛大な祭りを催した張本人。そしてかぐやの元へ駆け付けようとした私を妨害した忠犬オタ公その人だった。

 

「オタ公……!」

 

 そうだ、ヤチヨだけじゃない。オタ公の言動も謎が多い。下手をするとヤチヨ以上に謎が多い、怪しい人物だ。

 

 私と目が合ったオタ公はわざとらしくにやっと笑うと、行き交う雑踏をするすると擦り抜けて細い路地裏へと消える。明らかに誘われていた。そっちがその気なら、追いかけてやろうじゃない!

 

 肩で風を切ってオタ公の後を追いかける。眩いツクヨミの街並みを横目にオタ公が消えた路地裏に飛び込み、そのまま走り続けた。

 

 やたらと入り組んだ細い路地を駆け抜けると、やがて突き当りらしき場所に辿り着く。一般ユーザーは決して立ち入らないだろう袋小路で、オタ公は待っていたとばかりに駆け付けた私を振り返った。

 

「やっ、いろP。ライブ振りだねー。元気してた?」

 

「おかげさまでね」

 

 皮肉たっぷりに返せば、オタ公は乾いた笑みを零した。

 

「めちゃめちゃに警戒されてらー。ま、当然だけどさ……ヤチヨの居場所、知りたいでしょ?」

 

「へー、教えてくれるの?」

 

「もちろん。そのために迎えにきたんだからさ、王子様」

 

「なにそれ……」

 

 私、これでも女子なんですけど。宝塚の女優になった覚えも、白馬に跨った覚えもないんですけど?

 

 意味不明な呼び方に思わず腕を摩っていると、オタ公はそんな反応すら面白いと言わんばかりに笑みを深めた。というか、微笑ましそうなものを見るように目を細めた。

 

「うん、まあ揶揄うのはほどほどに。お姫様を待ち惚けさせる訳にもいかないしね。瞼を開いて、現実に戻ってみて」

 

「は……?」

 

 何を言っているのか、一瞬理解できなかった。でもオタ公の真剣な眼差しに押され、渋々の体で瞼を開いてみる。

 

 スマコンを付けたまま状態で瞼を開くと、そこにはかぐやと一緒に暮らしていたリビングの景色が広がっていた。別に何もおかしなことも、ましてヤチヨがいるなんてこともない。またぞろ図られたのか?

 

 どういうことかオタ公に問い質そうとツクヨミに戻ろうとした瞬間、来客を告げるチャイムの音が鳴った。

 

 来客の予定はない。届くような荷物もなかったはずだけど、いったい誰だろうか。

 

 不思議に思いながらもインターホンの映像で訪ねてきた客人を確認して、目を見開いた。

 

 映像の向こうにいたのはアルバイト先の先輩で、推し活仲間である先輩だった。

 

 え、どうして先輩がここに? BAMBOO cafeに休みの連絡は入れたから問題はないはずだし……もしかして流行り病にかかったっていう話を知ってお見舞いにきてくれたとか?

 

 ……待って、おかしい。私、引っ越した先の住所、先輩に教えたっけ?

 

 映像の向こうでいつもと変わらない微笑みを浮かべたまま小さく手を振っている先輩に奇妙な違和感を抱きながら、私は恐る恐るインターホンの呼び出しボタンを押した。

 

『彩葉さん、お久しぶりですね。体調は大丈夫ですか?』

 

「あ、はい。おかげさまでだいぶ良くなりました。急に休んだりしてすみませんでした」

 

『いえいえ、彩葉さんが元気ならそれでいいんです』

 

「ありがとうございます……あの、要件はそれだけですか?」

 

 あまりにも普段と変わらない先輩の態度に毒気を抜かれそうになりながら、体調確認だけが目的だったのかを尋ねる。すると先輩は映像の向こうで笑みを深めて──待って、その、笑い方は……。

 

『いいえ、要件は別にありますよ──王子様』

 

 悪戯っぽく笑う、先輩の表情とオタ公の顔が重なり合った。

 

 




EX:オタ公
未知の未来に怯えて引き籠っていたお姫様の背中を押して、王子様を導くために満を持して正体を明かしたわんこ。なお、やり口が普通に脳破壊ものである自覚はないおバカ。
協力者がしれっと裏切りを働いていることには気付いていない。おバカわんこの明日はどっちだ……?

ヤチヨ
ミニ月人から快く協力を取り付け、知っている限りの情報を聞き出したお姫様。静かに着実に、頑張り屋で可愛い忠犬を囲い込むための準備を始めている。

彩葉
今話最大の被害者。憧れの先輩が敵対した相手だったと知って凄まじい脳破壊をくらっている。いろPは割とキレていい。

ミニ月人
地獄への道は善意で舗装されている。頑張ってきたオタ公も報われるべきだよね!
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