超オタ公奮闘記!   作:平成生まれ、令和育ち

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熱でぶっ倒れてました……。


EX:星降る海

 アルバイト先の先輩で、ヤチヨを推す推し活仲間で、やりたいことのために全力で生きるその背中に憧れた人。いつか私も、先輩みたいに生きられたらと思っていた。

 

 その憧れの人が、謎多き忠犬オタ公の正体だった。受けた衝撃は甚大で、比喩抜きで意識がしばらく吹き飛んだ。

 

 先輩とオタ公ってキャラ違い過ぎだし、いつから私がいろPだと知っていたのか分からないし、全て知った上だったのなら私に接触してきた意図も不明だし、途端に先輩のことが何もかも分からなくなってしまった。

 

 混乱と疑心暗鬼で頭がパンクしそうになって、でも先輩は私の状況なんて何一つ分かっていないのかのほほんといつもの先輩の表情でヤチヨの元に案内すると言ってきて、もう訳が分からない。とりあえず、手早く支度を済ませて、持ってきてと言われたスマコンを片手に家を出た。

 

 エントランスで私を待っていた先輩と合流して、そのまま先輩に導かれるまま東京の街並みを歩いていく。その間、先輩はいつもと変わらない調子で話を振ってくる。

 

 あの、普段の先輩の口調と態度でオタ公の時の話をするのはやめてくれませんか? 未だに現実として受け止めきれていないのにそんなことされたら、情緒とか色々とバグり散らかしてしまうんですけど。

 

「ふふっ、混乱させてしまったみたいですね。ごめんなさい」

 

「いえ……先輩は、ヤチヨのこと何処まで知っているんですか?」

 

「事情の大半は知ってます。とはいえヤチヨ本人から聞いた訳ではないですけどね」

 

 じゃあ、先輩は私よりもずっと前からヤチヨの事情を知っていて、ヤチヨのために動いていたということ? オタ公の謎多き言動も全て、ヤチヨのためだったということ? それとも、ヤチヨの意思で動いていたの? 

 

 判断を下すには情報が余りにも足りなくて、ついつい頭を抱えたくなってしまう。そんな私に先輩はいつもと変わらない態度で、心底申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 

「ごめんなさい、彩葉さんを困らせるつもりはなかったんです。前もって断言しておきますね。私の行動にヤチヨの意思は一切介在していません。ヤチヨも私に振り回された被害者側です」

 

「……なら、先輩は何のためにここまで動き回っていたんですか? 先輩のやりたいことって、なんなんですか?」

 

 それはずっと気になっていたこと。先輩が地元から上京して、学費も生活費も一人で稼いでまでやりたいこととはなんなのか。そのやりたいことは、先輩とオタ公の行動に関係性があるのか。

 

 私の問い掛けに先輩は足を止め、徐に振り返った。

 

「推しの笑顔のため。推しがハッピーエンドに辿り着くため。それが私のやりたいことです」

 

「それは、ヤチヨの?」

 

「ヤチヨだけじゃないですよ?」

 

 そう言う先輩の瞳は真っ直ぐ私を見つめている。優しくて、温かい。それでいて眩しいほどの輝きを宿した瞳。そこには目をまんまるにした私が映っていた。

 

 どうしてそんな目で私を見つめるのか。先輩にとっての推しはヤチヨだけじゃないのか。いつから、私のことを見ていてくれていたのか……。

 

 分からないことだらけで頭が混乱してしまう。ちゃんと言葉にしてほしいのに、でも先輩は背中を向けて再び歩き始めてしまった。言うつもりがないという明確な意思表示だった。

 

 これ以上は尋ねても答えてはくれないだろう。無言のまま私は先輩の後をついていった。

 

 しばらく歩いて、やがて私たちは都内のマンションに入っていく。何処にでもあるごく普通のマンションの一室。その部屋の前で先輩は足を止めた。

 

「此処です。この部屋の中でツクヨミにログインしてください。それでヤチヨの全てが明らかになります」

 

「……先輩は入らないんですか?」

 

「私の役目はハッピーエンドまでの道案内ですから。此処から先は彩葉さん次第」

 

 どうぞと先輩は扉を手で指し示す。この扉の先に自分が入る資格はないと、私だけが入室を許されているのだと言わんばかりの態度だ。

 

 言いたいこと聞きたいことは山ほどあれど、事ここに至って躊躇する理由はない。オタ公に対しての信用はなくても、先輩に対する信用はまだ辛うじて残っているのだ。

 

 警戒しつつもドアノブに手を掛けて──

 

「──彩葉さん。ヤチヨをお願いします」

 

 先輩の祈るような声を背に、私は部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 

 先輩に導かれた部屋の先。仮想の世界で私は運命の再会を果たす。八千年の時を超えて、奇跡は今ここに結実した。

 

 ヤチヨはかぐやだった。私の歌に導かれて、再び地球へと戻ってきてくれたかぐやだった。タイムトラベルの事故で八千年前の地球に落ちて、それでも今日まで歩き続けてくれた私の大好きなかぐやだった。

 

 音楽を捨てたはずの私が、ヤチヨの歌に惹かれた理由。

 

 ヤチヨの曲が、私とお父さんが作った曲と同じメロディだった理由。

 

 まるで未来を知っているかのような言動をしていた理由。

 

 全ての謎が線で繋がり、今やっと私はヤチヨ(かぐや)と再会できた。

 

 遅くなってごめんね。もっと早くに気付いてあげていれば、ヤチヨ(かぐや)に辛い思いをさせずに済んだかもしれないのに。

 

 八千年の歳月がかぐやをヤチヨにした。色んなことを学んで、色んな経験をして、未来(ここ)まで来て、ヤチヨになったんだね。

 

 全部受け止めるから。八千年分、ヤチヨ(かぐや)が歩んできたもの全部受け止めるから。これでお終いなんて言わせない。

 

 FUSHIの力を借りてヤチヨ(かぐや)が歩んできた八千年分の軌跡を追体験して、私は全てを知った。ヤチヨがいつも笑っていた理由も、どんな想いで今日まで生きていてくれたのか。全部知った。

 

 ねえ、かぐや。かぐやは変わってしまったというけれど、そんなことないよ。かぐやはちゃんと此処にいる。ヤチヨの中に、ちゃんと息づいているよ。

 

 私、成長したよ。お母さんとだって話せるようになった……でも、やっぱりかぐやといたい。かぐやが一緒じゃないと、ダメだよ。

 

 再会して終わり、お話はここでお終い。めでたしめでたし──そんな結末を私たちのハッピーエンドだなんて認めない。

 

 ヤチヨからたくさんの温もりをもらった。でもヤチヨはもう、それを感じることができない。一緒にパンケーキを食べたいなんてあり触れた願いさえ叶わない。

 

 だったら全部叶えてみせる。大丈夫、私たちは知っている。推しのハッピーエンドのために藻掻き続けて、何度もやり直して走り続けた大先輩の存在を。こんなところで満足して終わりなんて、有り得ない。

 

 私が潰れてしまわないように助けてくれた憧れの先輩で、かぐやがヤチヨになって初めて友達になりたいと思った忠犬オタ公で、かぐやを陰から導いた猫のお姉さん。

 

 どれだけ暗躍しているんですかと言いたくなる。でも先輩がこのハッピーエンドを見つけてくれたから、ここまで導いてくれたから私たちはその先を目指せる。

 

 だから──逃げられると思わないでくださいね、先輩? 

 

 

 

 ▼

 

 

 

「彩葉さんは本当に凄いですね。ヤチヨをかぐやとして受け入れるだけじゃなく、八千年分の想いも全部受け止めてしまうなんて。流石はいろP」

 

 都心の街並みを歩きながら、私は肩に乗っているミニ月人から報告を受けていた。

 

 彩葉さんをヤチヨの元へと送り届けて、そこで私の役目はお終い。後は彩葉さんとヤチヨとかぐや次第だった。

 

 でもあの三人なら大丈夫だと勝手に信じていました。なんといっても私の推したちですから。

 

 案の定というか、彩葉さんたちは私の予想を超えた最高のハッピーエンドに辿り着いた。私が描いていたハッピーエンドを超えて、更にその向こうへと歩み出した。

 

 真のエンディングに辿り着くのはまだ先の話かもしれない。でも遠くない未来、彼女たちは完全無欠のハッピーエンドに辿り着く。そんな確信があった。

 

 やっと、ここまで来れた。

 

 長い、長い旅路だった。終わりの見えない繰り返しの中で、無慈悲な輪廻の崩壊のせいで何度も心が折れそうになった。辛くて苦しくて涙を零した夜もあった。

 

 推したちの幸せが、願いが否定される度に心が擦り切れて、三人が笑顔で終われる未来なんて存在しないんじゃないかって、何度も自問自答してきた。全てを諦めてヤチヨに泣きついてしまった世界線もある。

 

 でも、なんとかここまで辿り着けた。輪廻を壊すことはできなかったし、私がやったことなんて長い長い歴史にほんの少しの注釈をつけただけのこと。大したことなんて何もしていない。

 

 全てはヤチヨと彩葉さんとかぐやが手繰り寄せた結末。そしてこの先の未来に、忠犬オタ公(花咲忠子)は要らない。余計な雑音(ノイズ)は速やかに退場しよう。

 

 頭上で眩く輝く太陽に手を伸ばす。翳した手は真昼の陽炎のように揺れていて、ガラスのように透けていた。

 

「結構ギリギリでしたね。月人さんがいなかったら、タイムリープしていたかも」

 

 最初のタイムリープ時点で私は存在そのものが不安定になっていた。輪廻の崩壊と歴史の修正による影響で存在が揺らいでしまうほどに。

 

 輪廻が崩壊すれば強制的にタイムリープさせられていたのは、偏に私の存在が消失してしまっていたから。終わりのないタイムリープの根源は、私を存在の消滅から守るための防衛機構だったのだ。

 

 この世界において輪廻の崩壊は避けられた。でも歴史の修正、書き換えは起きた。その影響で私の存在は更に不安定なものになった。卒業ライブの後に倒れたのは無茶な自我分裂だけが原因ではない。歴史の書き換えによって私の存在そのものが消失しかけていたんだ。

 

 幸いにも月人が私の存在を補完してくれたおかげでタイムリープせずに済んだけど、一歩間違えればまたやり直しするところだった。危ない危ない。

 

 これ以上はないハッピーエンドに辿り着けたのだ。私のせいでまたやり直しする訳にはいかない。

 

 手首に巻き付いていたブレスレットを外す。タイムリープのブレスレットを外した以上、何かの拍子に私が消えたとしてもタイムリープは起きない。何処にでもいるモブオタク女子が一人、ひっそりと消えるだけ。この世界はこれからも未来へと進み続ける。

 

「今日までありがとうございます、月人さん。おかげでここまでやりきれました」

 

 肩に乗っている小さな月人にお礼を伝える。コラボライブ以降の付き合いだけど、すっかり私の肩の上が定位置みたいになっているミニ月人。今ではちょっとしたマスコットみたいで少なからず愛着も湧いている。

 

「私のことは大丈夫です。もう離れていいんですよ?」

 

 恐らくは私の存在を補完し続けてくれているミニ月人。この子がいなくなれば、私は多分消えてしまう。

 

 でも、それでいい。ヤチヨと彩葉さんとかぐやがハッピーエンドに辿り着けた。それだけで十分、報われた。これ以上を求めるのは贅沢だ。

 

 ミニ月人が肩の上で恭しくお辞儀をして、すうっと幻のように消える。これで私の存在を補完するものは何もない。遠からず、存在ごと消えてなくなるだろう。

 

 消えるのはいつか。明日か、明後日か、一月後か。あるいは、不安定なまま存在し続けるかもしれない。

 

 それならそれでいい。いつか消えてしまうその日まで、推したちがキラキラのハッピーエンドに向かっていく姿を、一ファンとして応援し続けよう。それが私の、忠犬オタ公のやりたいことだから。

 

 

 これにて忠犬オタ公(花咲忠子)の物語はおしまい。

 

 ここから先の未来はヤチヨと彩葉とかぐやが切り拓いていく。オタ公は世界が存在を許してくれる限り、その足跡を見守ろう。

 

 オタ公奮闘記、完結。

 

 めでたし、めでたし。

 

 




EX:オタ公
やりたいこと全部やり切って燃え尽きているわんこ。自分はもうお役目ごめんだし、消えても問題ないな、ヨシ! とか呑気に思ってる間抜けわんこ。勝ったな、風呂入ってくる状態。なお推したち。

ヤチヨ・彩葉・かぐや
お前もめでたしするんだよ!!!

ミニ月人
yachiyo.comが位置情報を利用しようとしています。許可しますか?
→許可します。
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