超オタ公奮闘記! 作:平成生まれ、令和育ち
「って、何勝手に満足して消えようとしているんですか!?」
「──え?」
後ろから伸びた手が乱暴に私の手を掴んだ。陽炎のように揺れていた私の手は存在ごと補強されたように実体を取り戻し、二度と離さないとばかりに強く握り締められる。
驚いて振り返れば、私の手を掴んでいる彩葉さんがいた。
余程急いで来たのだろう。息は絶え絶えで顔色もあまり良くない。まさか八千年分の記憶を追体験してそのまま駆け付けたの? 幾らなんでも無茶では?
いや、そもそもがどうして私の元に?
「そこでどうして不思議そうな顔をするんですか!」
「それは……此処から先はヤチヨと彩葉さんとかぐやのお話だから。私の役目は、ここでお終いで」
「そんな訳あるかぁ!?」
人目も憚らず叫んだ彩葉さんが凄まじい剣幕で私の両肩を掴む。す、凄い、オタ公としていろPの行手を阻んだ時以上の圧を感じる。
「何回も何回も繰り返してきて、やっと望んだハッピーエンドに導くことができたから自分はお役目御免でいなくなろうだなんて、そんな結末認めるわけないでしょ! ほんとにそれで完全無欠のハッピーエンドなんて言えると思ってるんですか!?」
「で、でも、私はいつ消えてもおかしくなくて。不意にいなくなってしまうくらいなら──」
「──じゃあ消失する心配がなくなれば、何も問題ないよね〜?」
不意に耳元で聞こえたヤチヨの声に心臓が跳ね上がる。するりと後ろから抱きつくように女神の細腕が私の首に巻き付いて、逃がしはしないとばかりにホールドされてしまった。
スマコンのおかげでヤチヨの姿と声が聞こえるのはおかしくない。でも感じられるはずのない温度や圧力までヒシヒシと感じられるのはなぜ? ヤチヨの私を見る目がいつになく怖いというか、獲物を見据える捕食者みたいになっているのは気のせい?
「や、ヤチヨ? どうして……?」
「月人が存在を補完できるなら、月の住人であるヤチヨがずうっと側に居れば消える心配もないよね〜?」
「え、あの、なんで……?」
私がタイムリープを繰り返していることは回数こそ明言していないけど明かした。でも存在が不安定になっている事情やら何やらまでは話した覚えがない。
この世界線において、その辺りの事情諸々を知っているとすれば──
慌てて周囲を見回して、彩葉さんの肩に乗っている裏切り者を発見した。
その特徴的で見慣れた灯籠頭は『モウシワケゴザイマセン』と恭しく頭を下げている。ご存知私の共犯者でたった今裏切者になったミニ月人だ。
「う、裏切られた!?」
くっ、いったいいつからこの灯籠頭は裏切っていたのか。まず間違いなく、私の居場所と事情をバラしたのは確実。リープの回数や内容は? そこまで詳しく知られてしまっていたらもう誤魔化しようが……。
思わずこの場からの逃走を図ろうとして、彩葉さんの両手が私の手をより一層強く掴む。強い意志に満ち溢れた瞳と手に込められた力が、絶対に逃がさないと無言で語っていた。
更にはヤチヨも耳元で擽るように笑っていて、あの、往来のど真ん中でASMR攻撃は卑怯だと思います。耳と脳が蕩けてしまいそうなんですが!?
前門の彩葉さん、後門のヤチヨ。忠犬オタ公に逃げ場なんてなかった。
「…………私は、大したことなんて何もしてないんです」
本当に、大したことなんてできていない。
輪廻を曲げることはできず、やったことなんて歴史にほんの些細な注釈を加えただけ。ハッピーエンドに辿り着いたのだって、全部ヤチヨと彩葉さんとかぐやが頑張ったから。私はほんの少し、お手伝いしただけに過ぎない。
……本当は、ヤチヨと彩葉さんとかぐやが三人揃って卒業ライブを乗り越えられるような、ずっと笑顔でいられるようなハッピーエンドを見つけたかった。
でもそんな都合の良いエンディングは何処にもなくて、辿り着いたのがこの結末。ハッピーエンドを見つけただなんて嘯いて、その実最後はヤチヨと彩葉さんとかぐやに丸投げの神頼み。そんな私に、この先を望む資格なんてない。
だから、だから……。
「私のことは、いいですから。もう、放っておいてください……」
俯いたまま拒絶の言葉を落とした。
周囲を行き交う人の声と雑踏だけが聞こえる。彩葉さんは私の手を掴んだまま離さず、
なんて、胸中で自嘲していた時だった。
「私たちは、先輩が繰り返してきた世界のことは何も知らない。いずれは全部話してもらうつもりですけど、今知っているのは此処にいる先輩だけ。その上で言わせてもらいますけどっ!」
がっ! と彩葉さんに両肩を掴まれて、思わず顔を上げる。彩葉さんの凛とした綺麗な顔が目と鼻の先に、それこそ息遣いが聞こえそうなほど近くにあった。
「先輩がいなかったら、私は此処までくる途中で倒れてた! 先輩が推し活と称して助けてくれたから、一緒にヤチヨを推してくれたから! 此処まで来れたんですっ! やりたいことのために全力で生きてる先輩に憧れてここまできたんです! 分かります!?」
「へっ、あ、えっと……」
「ふふーん、じゃあヤッチョも全部言っちゃおうかなー」
悪戯めかした口調で笑ったヤチヨが、不意に真剣な顔付きになると胸の内に抱えていたのだろう想いを語り始める。
「ヤッチョはね~オタ公にずっと感謝してたんだよ。ヤチヨを、ヤチヨが作ったツクヨミを全力で愛してくれたオタ公に。私たちのハッピーエンドを見つけるために走り続けてくれた忠犬オタ公に、心から感謝しているんだよ。そんなオタ公とお友達になりたいのになぁ~……ねえ、忠子?」
「ヒェッ、ちょっとあの耳元はずるくて……!」
零距離名前呼びはもうダメです。脳みその中からやめろお姫様と絶叫が飛び出しそう。彩葉さんに肩を掴まれていなかったからその場に崩れ落ちていたかもしれない。
脳みそまで茹ってしまいそうな心地でくらくらしていると、ヤチヨが一つ咳払いして口を開く。
「それから、これはかぐやとしての私から」
ヤチヨの雰囲気が変わる。常の優しい笑顔を絶やさない女神から、ツクヨミに超新星の如く現れて消えた天真爛漫なお姫様へと。
「ありがと、猫のお姉さん。お姉さんの言ったこと、ちゃんと全部分かったよ。お姉さんが持たせてくれたたくさんの思い出のお陰で、ここまでこれた。彩葉をハッピーエンドに連れてく約束も破らずに済んだ。本当に、ありがと」
「……ぁ」
ダメだ、これ以上は耐えられない。彩葉さんの勢いとヤチヨの零距離に動揺していた心が、
ぽろぽろと涙が溢れ出る。終わりの見えない無限のタイムリープの中で擦り切れ摩耗してきた心が、推したちの言葉で決壊した。
「ずっと……ずっと、ヤチヨと彩葉さんとかぐやの笑顔が見たくて……三人のハッピーエンドを見つけたくて……!」
「これから何度だって見せて上げますよ。何せ完全無欠のハッピーエンドを今から掴みにいくので」
全力でやりたいことを見つけた彩葉さんの瞳は眩しいくらいに輝いていて、その言葉に抗う気力はもうなかった。
「……もっとたくさん、三人の笑顔が見たいです」
「いくらでも」
躊躇のない彩葉さんの断言が私の迷いを断ち切って。
「……完全無欠のハッピーエンドを、見届けたいです」
「忠子も一緒だよ〜?」
ヤチヨの言葉が臆病な私の遠慮を切り捨てて。
「……側で見守っていても、いいですか?」
「もっちろん! お姉さんがいないと始まんないよ!」
図々しいかと思った私の願いを、かぐやは笑って受け入れてくれた。
ヤチヨも彩葉さんもかぐやも底抜けに優しい。何度世界を繰り返しても変わることのなかった、私の大好きな推したち。そんな推したちの完全無欠でキラキラのハッピーエンドが見れるのなら──
「──不束者ですが、末永くよろしくお願いします」
彩葉さんの手を取って、私は推したちのハッピーエンドを見守る道を歩むことを決めたのだった。
EX:オタ公
大して何もできていないと負い目から消えようとしていたわんこ、無事に推したちによってサルベージ。この後も彩葉が突き進む完全無欠のハッピーエンドを見守り続ける。
存在消滅の危険性はヤチヨ(本体時々分身)が常に傍に居続けるという力技で免れた。なお、八千年歩んでなお変質し切らなかったかぐや分も含めた湿度マシマシの激重感情を向けられている。
EX:彩葉
ミニ月人の案内で見つけた先輩がすーっと消えていこうとしていたのでダッシュで駆け付けた王子様。危うくかぐや消失ショックの二の舞になるところだった。かぐやとヤチヨを完全無欠のハッピーエンドに連れていきつつ、憧れの大先輩も幸せにする。全部やらなくっちゃならないのが、超人担当の辛いところだな。
なお、こっそりと見守ってくれている親友の視線にはまだ気付けていない。頑張れ王子様。
EX:ヤチヨ(かぐや)
オタ公による歴史の修正で八千年の歳月を経てなおかぐやを失わずにここまで辿り着いた超かぐや姫。元々オタ公に対しての矢印は大きかったが、猫のお姉さんの正体も繋がったことで倍ドン。存在補完という体のいい理由も獲得し、二十四時間365日オタ公を見守る女神様に。
分身できるから彩葉の元にもいる、オタ公の傍にもいる、ツクヨミにもいる。無敵のお姫様へと進化した。
ミニ月人
コロンビアポーズなう。推し活文化に目覚め、以後もひっそりとオタ公含めた面々を見守る模様。
ちょっと身内でごたごたがあってメンタルがズタボロで続きは遅くなるかもです……とはいえ、残りはエピローグのみみたいなものなので。気が向けばぽろっとお出しできると思います。