超オタ公奮闘記! 作:平成生まれ、令和育ち
東京某所の病院。その一室にて老女は穏やかに微睡んでいた。
広々とした白い病室には、友人や知人から贈られたのだろう見舞いの品が所狭しと置かれている。そんな病室において、老女の枕元だけはやたらと仰々しい機器に囲まれていた。
心電図や酸素マスクとは明らかに違う物々しい機器からは幾つものコードが走り、老女の頭部や身体の至る所に繋がっている。生命維持や延命装置とは違う別の機械だ。
無数の機械に囲まれた実験施設のような環境に身を置かれながら、しかし老女の表情は変わらず穏やか極まりないもの。病室に差し込む陽気に目を細め、窓の外から聞こえる小鳥の囀りに微笑みを零す。
己の死期が目前に迫っていると予見しながら、しかし老女には恐れも怯えもなかった。ただそれが運命だと微笑みながら受け入れるだけだ。
ここまでの日々は長かった。辛く苦しいことも沢山あった。それでも諦めず、望んだ結末に辿り着くことができた。おおよそ、やりたいことは全てやり尽くしただろう。
結婚して子供にも恵まれ、大禍なく生きてこれた。死を惜しんでくれる友人知人も大勢いて、老女はくすぐったいやら気恥ずかしいやらで心が一杯だった。
延命を望む声もあった。しかし老女はそれらを全て断った。大きな病気ではなく老衰だからというのが理由の大半だが、先約があるのだ。長いこと待たせてしまった約束が。
苦節七十余年。医療の発展した現代においては早い寿命であるが、若い時分の無理が祟ったのだろうと本人は納得している。それに、これ以上待たせるのは心苦しいとも思っていたのだ。むしろ丁度いい。
老女の意識が徐々に薄れていく。普段の眠りとは違う、現世から離れていくような感覚に老女はその時が訪れたのだと悟った。
抗うことも怯えることもない。ただただその眠りに身を任せる。
意識が途切れる直前、老女は目の前に女神の姿を見た。
御伽話の乙姫のような装いをした優しい笑顔の女神。天寿を全うする老女が見る幻ではない。空中投影された電子の姫君だ。
「忠子」
鈴の転がるような声が老女の名を呼ぶ。白く細い手がベッドに横たわる老女の髪に触れ、愛おしげに撫でた。
今際の際も同然の老女に返事をする気力はない。しかし老女はくすぐったそうに、それでいて嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
推しで友達である電子のお姫様に最期を看取られる。これ以上の幸福はないだろうと、老女は溢れる想いを全て抱き締めて瞼を閉じた。
享年七十八。旧姓花咲忠子は早すぎる死を惜しまれながら、天寿を全うした。
そして──
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仮想空間ツクヨミ。AIライバー月見ヤチヨが造り上げた電子の世界。
誰もがなりたい自分になれて、やりたいことをやって、いつでも誰かと繋がることができる。争うこともなく、命を落とすこともない常夜の楽園。
その中心であり、ツクヨミ全土を見渡すことができる天守閣。管理人たるヤチヨだけが足を踏み入れることが許されるエリアにて、城主たるヤチヨは今日も人々の輝きを慈しみ見守っていた。
天守閣から張り出したバルコニー。そこから見える美しいツクヨミの夜景と眩い人々の輝きに目を細めていると──
「──やっ、さっきぶり」
部屋の中から明るい声がヤチヨの背中に投げ掛けられた。
ゆっくりと振り返れば、そこには笑顔で手を振る女性がいる。犬耳尻尾に褐色肌、やや大胆な装いの女性の名は忠犬オタ公。つい先ほど、天寿を全うしたはずの忠子が被っていた
何故ここに、などという疑問は抱かない。一日千秋の思いでずっとこの時を待っていたのだ。ただ今は、大切な友人が自分の
溢れる想いの余りにヤチヨは目尻に滲む涙を袖で拭う。涙ぐむ女神にオタ公は困ったように微笑みながら歩み寄った。
「遅くなってごめんね」
「八千年と比べたら、なんてことないよ〜」
「だから笑えないって」
ヤチヨの自虐ネタにオタ公は苦笑う。いつだったか、同じようなブラックジョークを言われて返答に困った記憶が蘇った。
「……本当によかったの?」
「もちろん。約束したからね」
恐る恐る尋ねたヤチヨにオタ公は迷いなく答えた。
今はもう遠い昔、ヤチヨとオタ公が交わした契り。花咲忠子としての生を終えた後、死後を共に歩みたいというヤチヨの願いを叶えると約束したのだ。
ヤチヨとしては一時の気の迷いのようなものだった。八千年越しに愛しい人に再会して、文句の付けようがないハッピーエンドにまで辿り着けた。果てには本当の意味で人間になることすらできた。
これ以上を望むのは欲張り。我儘が過ぎると、分かっていたのに。自分たちのために走り続けてくれた忠犬たるオタ公とも、共に在りたいと思ってしまったのだ。
そんな女神の
忠子とヤチヨは死後を共に歩むことを約束した。だからといって今生きているこの瞬間を疎かにするつもりはなく、二人はそれぞれで自分の幸福を追求した。
忠子は色々と頼りにした先輩と結ばれた。その時、ヤチヨとの約束を包み隠さず明かし、死後は共に眠れないことも伝えた。
プロポーズと同時にとんでもない事情を明かされた先輩は大変面食らったものの、忠子らしいといつもの呆れ笑いを浮かべながら受け入れた。死が二人を別つまでと思えば、それほど無茶苦茶なことでもないと思ったのもあるだろう。
ヤチヨはヤチヨで彩葉に想いを明かし、人としての一生を終えた後もツクヨミの管理人としてオタ公と共に生きることを伝えた。
ヤチヨの願いを彩葉は肯定した。それどころか、全面的にバックアップするとまで宣言した。それが自分にできる、数少ない忠子への恩返しになると考えたからだ。
互いのパートナーからの理解と同意を得た上で、忠子とヤチヨは今を精一杯に生きた。互いの愛する人を心の底から愛し、共に歩み、掛け替えのない時間を過ごし生き抜いた。
そしてたった一度きりの人生を歩み終え、仮想空間ツクヨミで約束の再会を果たした。
ヤチヨとオタ公は肩を並べて天守閣のバルコニーからツクヨミの街並みを眺める。天才酒寄彩葉によって五感が実装され、今や第二の現実といっても過言ではない世界。今日からここが二人の世界だ。
「さーて、じゃあ今日も明日も元気にわんわんおーしていきますか!」
「ふふっ、じゃあヤッチョはめでたししちゃおうかな〜☆」
二人で顔を見合わせて、図ったように破顔する。屈託のない笑顔は曇りなく、ツクヨミに眩く咲き誇った。
人類の歩みを八千年間見守ってきた電子の女神は、この先もその歩みを見守り続ける。終わりのない永遠の孤独な旅路。かつてまでの女神であれば、心折れていたかもしれない。
けれど今はその傍らに忠犬がいる。千回以上の繰り返しの果てに大切な人たちを望んだ結末へと導いた忠犬オタ公。推しのために走り続ける眩しい星が、その隣で輝いている。
忠犬がいる限り、ヤチヨが孤独に苛まれる夜は訪れない。終わりのない旅路に絶望することもない。この先も、ツクヨミで輝き続ける無数の星々を慈しみ、見守り、愛するだろう。
この物語は、ここで一区切り。けれど彼女たちの歩む道はこの先も続く。これからも、ずっと──
──超オタ公奮闘記! 完。
超オタ公
推しで友達で女神様の最後の我儘を聞き、死後の安寧を捧げたわんこ。忠子が走り始めた最初の最初の切っ掛けであり、恩人であるヤチヨの願いだからこそ迷うことなく応えた。花咲忠子としての生を全うしたのち、彩葉の協力のもと自らの精神を電子化してヤチヨと同じ意識生命体へと至った。
花咲忠子というよりは忠犬オタ公の側面を強く抽出したアルターエゴのような存在になっている。ヤチヨと共に、仮想空間ツクヨミとそこに訪れるユーザーたちの行く末を見守り続ける。
超ヤチヨ
本当の意味で人間になって彩葉と共に天寿を全うする道を、八千年の歳月を経てなお変質することなく残ったかぐやに託し、オタ公と共に自らが造り上げたツクヨミとそこに訪れる眩い星々を慈しみ見守る道を選んだ女神様。とはいえ彩葉とかぐやの人生はオタ公と一緒に最期まで見届けるし、その時までアバターボディで共に生き続ける模様。
愛しい人との再会も、一緒にパンケーキを食べる願いも、手を触れあって温もりを感じることも、可愛い忠犬オタ公とのセカンドライフも全部手に入れた完璧で究極の女神様。
天才酒寄彩葉
超かぐや姫の超担当。意識生命体であるヤチヨからかぐやの魂を抽出したり、逆をして忠子の魂を電子生命体にしたりとやりたい放題。やろうと思えば自分も電子化できるけど、可愛いお嫁さん(二人)と人間として天寿を全うする道を選んだ。
超かぐや
オタ公に託された抱えきれないほどの思い出と言葉のおかげで変質することなく、彩葉との約束を果たすことができた超かぐや姫。彩葉のおかげで本当の意味で人間になり、大切な人と共に生きて終わる道を全うする。
芦花
捕まっちゃった……。彩葉とかぐやとヤチヨ、おまけに忠子までもが結託したがために捕獲されてしまったカリスマ美容インフルエンサー。でも、幸せならOKです!
月人
スタンディングオベーション。それはそれとして月でライブツアーとかしてくれないかとオファーを掛けている。知らない間にアイドル文化が蔓延している故郷にヤチヨとかぐやは宇宙を背負った。
今度こそ本作は完結です! ここまでお付き合いいただきありがとうございました。超かぐや姫は未だに公式が供給過多だし、二次創作もたくさん増えているのでこれからも盛り上がり続けてくれたらいいなと思います!
それではまた、いつかどこか別の作品で──