超オタ公奮闘記! 作:平成生まれ、令和育ち
超かぐや姫がより多くの人に届きますように……。
ヤチヨのライブにて高らかに名乗りを上げた超新星かぐやは、それから凄まじい快進撃を見せ付けた。
相棒兼プロデューサーのいろPと共に、誰にも憚らずやりたいことを片っ端からやっていくスタイル。月のお姫様を名乗りながら眩い太陽みたいな笑顔と破天荒な行動で、あっという間にファンの心を鷲掴みにしていった。
かく言う私も、かぐや初のツクヨミ路上ライブからこのかたすっかり沼ってしまっていた。今まではヤチヨ以外のライバーに目移りしたり靡くことなんてなかったのに、かぐやの笑顔と歌から目を離せなくなってしまっていた。
うぅ、違うんですヤチヨぉ。これは浮気ではなくてぇ、でもどうしても目が吸い寄せられてしまってぇ……。
なんてヤチヨに懺悔したら、
「よきよき。オタ公はオタ公が思うがままにキラキラを追いかけていいのだよ〜(意訳)」
と有難いお言葉を頂いた。私の推しは二推しにも寛容な優しいお姫様だった。泣けるぜ……。
私の葛藤は他所に、かぐや&いろPの躍進は留まるところを知らない。無名から凄まじい勢いでのしあがり、知名度を爆上げ、多数の新規ファンを獲得し続ける。有名インフルエンサーのROKA &まみまみとのコラボブーストも受けて、一気にランキング上位まで上り詰めていった。
正直言って半端ない。令和のシンデレラストーリーかと思うような躍進劇だ。一月も経たずして
それでも、ヤチヨカップ優勝にはまだ届かない。二位以下のライバーたちも手堅く手強いベテラン勢が揃っているし、何よりトップがあの黒鬼だ。
帝アキラ率いる三人組のプロゲーマー集団。見目も良くファンサ精神にも溢れているけど、既に多くの固定ファンがいる状態で更に新規ファンを獲得してランキング上位を独走しているのは普通におかしい。
このまま何事もなければ、かぐやは健闘虚しく黒鬼が順当にヤチヨとのコラボ権を獲得するだろう……何事も、なければ。
うん、まさか黒鬼側から新進気鋭のかぐやにアプローチをするとは思わなかった。それも帝とかぐやが結婚を賭けてKASSEN勝負って、過激派ファンに刺されたいのだろうか。実況解説でフォローする身にもなってほしい。
でもかぐや&いろPにとっては最大のピンチであると同時に、最大のチャンスでもあった。ここで黒鬼に勝つか良い勝負を演じる、あるいはファンを一気に引き込むようなことができれば、優勝の可能性は十二分にある。
黒鬼VSかぐや&いろPの結婚を賭けたKASSENは波乱万丈、語るも涙聞くも涙のドラマを繰り広げた末、惜しくもかぐや&いろPの敗北に終わった。
現役プロゲーマー相手に勝利一歩手前まで迫ったのは凄かったけれど、最後の詰めの甘さで負けてしまった。かぐやは地団駄を踏むほどに悔しがっていたけれど、しかし勝負の内容自体は悪くなかった。観客の心を惹き付ける、手に汗握る戦いを演じることができていた。
これならばと祈るような思いでヤチヨカップの結果待てば、優勝の座を掴み取ったのはかぐや・いろPの二人だった。
下馬評を覆し、並み居る強豪ライバーを押し退けてヤチヨカップ優勝まで辿り着いたかぐや&いろP。一月で百万越えの新規ファン獲得は偉業に等しい。ツクヨミの歴史に、いやVR史に残る快挙だ。
正直言って、凄いとしか言いようがない。ヤチヨ一筋で二推しなんて有り得ないと思っていた私が、気が付いたらかぐやの活動を最初期から追う古参になっていたほどに。ヤチヨの月明かりのように優しい笑顔とはまた違う、人の心を掴んで離さない眩しい笑顔に私を含めた大勢のユーザーはすっかり魅了されてしまっていた。
その後に満を持して開催されたヤチヨとかぐや&いろPのコラボライブは、それはもう凄いものだった。
配信のコラボはあってもライブのコラボは一度もなかったヤチヨ。そんなヤチヨと超新星かぐや&いろPのコラボライブだ。盛況なんて言葉だけじゃ足りない、仮想も現実も巻き込んで三人はVR史に新たな伝説を刻んだ。
ただ、ライブ終盤に起きた妙な出来事。見たこともないアバターによる乱入事件によってちょっとしたケチが付いてしまったのは、残念極まりなかったけど。
此処からヤチヨとかぐや&いろPの伝説が続くと、私を含めた誰もが信じて疑わなかった──かぐやが電撃引退を宣言するまでは。
その発表を聞いた時、最初は信じられなかった。たった一月で無名から伝説に至ったかぐやが、引退するなんて……誰も信じられなかったし、信じたくなかった。
でも引退の具体的な日取りや、ヤチヨから引退ライブの告知があってようやく現実と認識できた。現実と受け入れたくない心はあったし、どうしてと子供のように駄々を捏ねたい気持ちはあったけれど。なんなら大学で単位に関わる重要なレポートを落とし掛けたりもしたけど。
でも決まってしまったものは、仕方がない。ただの一リスナーでファンのオタクに止めることなんてできやしないし、かぐやにだって事情があるんだ。
引退理由は設定に沿って月に帰るためなんて言っているけど、きっとリアルで退っ引きならない何かがあったんだろう。配信で引退を宣言した時のかぐやの雰囲気からして、どうしようもない事情があるのは察せられた。
であれば、リスナーとしては旅立つかぐやの背中を押して、その未来に幸多からんことを祈って卒業ライブを全力で盛り上げるしかない訳で。
あらゆる万難を排して卒業ライブに臨むべく、私はかぐや引退ショックを引き摺りながら、講義とアルバイトのスケジュールを調整するのだった。
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そして迎えた卒業ライブ当日。ツクヨミにはかぐやの引退を惜しむ大勢のファンが押し寄せ、未だかつてないほどの賑わいを見せていた。
みんながみんな、かぐやの早すぎる引退を惜しみ嘆いていた。私もその一人で、涙ぐみながらMC席でライブの進行を務めている。隣で同じくMC役を引き受けた乙事照琴さんが呆れ混じりに笑っているけど、知ったこっちゃない。
大勢のファンたちが見守る中、かぐやの卒業ライブは幕を開ける。
ライブステージはヤチヨカップでかぐや&いろPとブラックオニキスが直接対決したKASSENのステージ。卒業ライブのステージに何故そこ? という疑問は、かぐやを守るように現れたいろP率いるブラックオニキスとROKA&まみまみ、そしてかぐやを連れ去るエネミーのように現れた異形の存在によって一瞬で消えてなくなった。
あのエネミーは見覚えがある。コラボライブに乱入してヤチヨの手で追い払われた謎のアバターだ。それが、どうしてこの場に……?
かぐやのライブをBGMに唐突に始まったKASSEN。観客たちは脈絡のない展開に首を傾げ、演出の一環だろうと無理やりに納得する。月からかぐや姫を迎えにきた月人との戦いと見做せば、粋な演出だと思えなくもなかった。
そんな中で、私はMCとして突然の演出を解説して盛り上げながら、胸中で混乱していた。
こんな演出をするなんて、私はヤチヨから一言も聞いていない。同じくMCを引き受けた照琴さんもKASSENの戦況を解説しながら、微かに顔を顰めているから知らなかった口だろう。
ヤチヨはサプライズ演出とか好きでよくやるけど、今回のこれは何かがおかしい。演出にしては盛り過ぎだし、チートまで使うのは過剰が過ぎる。かぐやの卒業ライブを盛り上げるためだけに、プロゲーマーのブラックオニキスがチートまで使うのはどう考えても限度超えだ。
……いや、ブラックオニキスだけじゃない。チートを使っているのは──
「全員チート……?」
隣で配信用ボイスチャットを切って照琴さんがぼそっと呟いた。そうだ、間違いない。
ゲームをプログラム側で弄って、攻撃力・防御力・残機を限界まで上げる禁止技。使用すれば『ツクヨミ』から自動で永久BANされる反則技だ。それを、ブラックオニキス以外のいろPたちも行使している。
有り得ない。こんなこと、あってはならない。六人ものプレイヤーがあからさまにチートを使用している状況、演出であってもライン越えだ。ライブに集まったユーザーたちも渋い顔をしている人たちがちらほらいる。
それでもかぐや陣営VS月人は続く。外野を置き去りにして、誰も彼もが
誰も彼もが必死過ぎて、真に迫り過ぎている。これじゃあ、まるで──
この戦いを、ツクヨミの管理者たるヤチヨはどう思っているのだろうか。かぐや&いろPとあんなに楽しそうにコラボライブしていたヤチヨは、この卒業ライブを何処で見ているのだろうか。
ふと疑問に思って探してみるけれど、ヤチヨの姿は何処にもない。ライブステージを映すモニターにも、激しく鎬を削り合っている戦場にも、お姫様の姿は何処にもなかった。
何かが、何かがおかしい。漠然とした違和感に不安を覚えていると、KASSENの決着が付いた。なんと驚くべきことに、いろP陣営がギリギリの僅差で月の使者陣営を倒し尽くしてしまったのだ。
観客の誰もが困惑していた。おとぎ話のかぐや姫に沿うならば勝者は月陣営で、かぐや姫は帝たちの尽力虚しく月へと連れ帰られてしまう、はずだった。
しかし勝利したのはいろP率いるかぐや陣営。おとぎ話の結末を引っ繰り返してしまっていた。
これもまた演出の一環で、現代の新解釈かぐや姫だと謳うのならはそれはそれでよかった。やっぱり引退はなし! といつものハイテンションで前言撤回するのも、盛大に炎上するだろうけどファンとしては受け入れるだろう。
でもそうじゃないのは、勝ったのに困惑しているかぐや陣営を見れば明らかだった。
きっと勝つつもりがなかった。或いは、心の何処かで勝てないと思っていた。それとも、何か、有り得ない現象が──あ、って──
ツクヨミ中に困惑の空気が蔓延し始めた直後、その異変は起きた。
永夜のツクヨミにおいて月の代わりに地上を眩く照らしていた巨大ミラーボールに亀裂が走る。亀裂は星降る夜空を走り、瞬く間に地上の建物にも広がった。
罅割れたツクヨミがガラス細工のように砕け散っていく。前に一度あったサーバーダウンの時とは毛色が違う、仮想空間そのものの終焉のような光景にログインしていたユーザーたちはパニックに陥る。
演出ではない明確な異常事態に隣の照琴さんがユーザーたちにログアウトを呼び掛ける。私もログアウトを促さなければならなかったけど、そこまでの余裕が残されていなかった。
彼方此方で阿鼻叫喚の地獄絵図が拡がり、ユーザーたちは逃げるように『ツクヨミ』からログアウトしていく。もはやかぐやの卒業ライブどころの話ではない。我先にとユーザーたちは淡い光に包まれて仮想の世界から脱出していった。
誰もが『ツクヨミ』から一も二もなく脱出していく一方、私は目の前の光景を現実と受け入れらずただ呆然としていた。照琴さんが私の肩を掴んで呼び掛けてくれていたけど、間もなく淡い光に包まれて消えてしまう。恐らくシステム側から強制ログアウトさせられたのだ。
崩れる、壊れる、電子の信号に還っていく。ヤチヨの願いが具現化した、誰もがありのままの自分でいられる世界が、脆いガラス細工のように砕けて消えていってしまう。
それがどうしようもなく嫌で、意味がないと分かっていても私は崩れて消えていくツクヨミの破片を掻き集めようと手を伸ばして──伸ばした手の先に、お姫様を見つけた。
ツクヨミの中心に聳え立つ城の天守閣。この広い仮想世界を一望できるバルコニーに、ヤチヨはツクヨミの最期を見届けるように佇んでいた。
私のいるMC席からでも分かる。普段の優しい笑顔は鳴りを潜め、ツクヨミを見下ろす眼差しは悲しみに満ちていた。
「ヤチヨ……?」
MC席からヤチヨのいる天守閣は遠く離れている。到底声が届くような距離ではない。
にも関わらず、私のか細い呼び掛けに気付いたようにヤチヨは私を見つめて──
「──────」
目尻に真珠のような涙を浮かべて、何かを口にした。そしてその存在そのものが幻だったかのように消失した。
直後、MC席がガラスのように砕け散り、浮遊感と共に私の意識は暗い闇の底へと落ちていった。
ここまでがプロローグです。