超オタ公奮闘記! 作:平成生まれ、令和育ち
サブタイで平成オタクかどうかを判別していくシステム笑
「──太陽が沈んで、夜がやってきます」
「…………」
四度目のチュートリアルヤチヨ。厳かな雰囲気で言葉を紡ぎ、次の瞬間にはいつもの優しい笑顔でユーザーを出迎えてくれる電子のお姫様。その笑顔に、今まで見てきたヤチヨの泣き顔が重なった。
無意識のうちにふらふらとヤチヨの元へと足を進める。不躾だと分かっていても、伸ばす手を止めることができない。
「おろろ? どうしたのかな~? もしや生ヤッチョに感動して言葉も出ないとか──」
「ヤチヨ……どうして。どうして、あなたは……ずっと泣いてるの?」
「……え~と、いったいなんのことかなぁ。嬉し泣きならしょっちゅうしてるけど」
何の脈絡もない私の問い掛けにヤチヨは笑顔を崩し、困惑したように首を傾げている。こんなことを唐突に訊かれて戸惑わない方がどうかしている。
でも、ダメだ。もう込み上げる思いと言葉を抑え切れない。
「……ヤチヨが、タイムパラドックスの原因なの? ヤチヨが──タイムトラベラーなの?」
「────」
その問い掛けに対してヤチヨの反応は劇的なものだった。
困惑の顔が吹き飛び、信じられないものを見たような顔になる。瞳は動揺に激しく揺れ動き、呼吸ごと動きを止めた。AIとは思えない、余りにも人間味に満ちた反応だ。
動揺に揺れるヤチヨの瞳が当てもなく彷徨い──私の手首で鈍く光るブレスレットに留まる。ただでさえ開かれていた目を更に大きく見開き、ヤチヨは息を呑んだ。
「……ごめんね、ちょっと触れるよ」
私が許可をするよりも早くヤチヨは手首のブレスレットに手を触れた。
ブレスレットに手を触れながら、ヤチヨは集中するように瞼を閉じて沈黙する。推しの美しい顔がすぐ目の前にあるけれど、それに興奮できるような余裕は微塵も残っていなかった。
ほんの数秒、瞼を開いたヤチヨは今まで見たこともないような淡い微笑みを浮かべた。
「そっか、そういうことなんだね。うん、だいたい分かったかな」
「ヤチヨ……?」
「ごめんね、オタ公。大変な思いをさせちゃったみたいで。でももう大丈夫だから」
「あ、名前……」
キャラクリを始めてすらいない段階、名前も決めていない状況でヤチヨは私のユーザーネームを口にした。それはつまり、私が繰り返したタイムリープの記憶を読み取ったということだ。
ブレスレットから手を離したヤチヨが優しく微笑みを浮かべたまま、すっと手を振るう。それだけで周囲の風景が一変し、ツクヨミ内のプライベートルームの一室へと移動していた。
「オタ公とは色々とお話したいことがあるんだけど、それは本体が戻ってきてから……あ、今日は夜更かししても大丈夫かな? 日を改めた方が良かったかな?」
「……夜更かしは、大丈夫。このまま、待ちます」
「ごめんねぇ、うら若い女の子に夜更かしなんてさせちゃって。あ、ライブ見る? 飽きるほど見てきたからもうお腹いっぱいかな?」
「……ヤチヨのライブに、飽きたりなんかしません」
「えへへ~、嬉しいこと言ってくれるねぇ。それじゃあご期待に応えて、よっと」
もう一度ヤチヨが手を振るうと、部屋一杯にスクリーンが展開される。映っているのはツクヨミに訪れたユーザーたちに向けて歌う本体のヤチヨの姿。何度見たって飽きることのない、世界で一番のお姫様が心から幸せそうに歌って踊っている。
手近なソファに腰を下ろしてライブ映像に目を向けつつ、意識をヤチヨへと向ける。
分身体であるヤチヨは私と同様にソファに腰掛けると、穏やかに微笑みながらライブ映像を眺めていた。いつもの笑顔とは少し違う、どこか寂寥の色を帯びた横顔にどうしようもなく不安を覚えてしまう。
お姫様の陰りを帯びた横顔に不安が膨らむだけの時間をしばらく。スクリーンに中継されていたライブ映像が終了する。ツクヨミでの初ライブが終わったのだ。
ライブを終えた後のヤチヨはツクヨミサービス開始初日に駆け付けたファン一人一人に声を掛け、お礼を言って回っていた。もちろん、分身した上での話だけど。だからここに来るまでまだ時間がかかるだろうと思っていた。
だから、
「──ヤオヨロ~♪ お待たせしちゃってごめんね~オタ公」
「ひぃやああああ!?」
空中に投影されたまま残っていたスクリーンからにゅっとヤチヨが飛び出してきたのには、流石に驚いて声を上げてしまった。サプライズ好きだからって、そのホラー演出は心臓が止まりかねないので止めてくださいお願いします。
驚愕のあまり早鐘を打って跳ね回っている心臓を私が抑えていると、スクリーンから本体であろうヤチヨがぬるりと這い出てくる。そのまま分身体であるヤチヨとシームレスに重なり合い、肩口に乗せたウミウシ型の謎生命体FUSHIと目配せを交わした。
「さてさて、お待たせしちゃったね、オタ公。じゃあ早速お話しよっか」
斜向かいのソファに腰を下ろし、ヤチヨは真っ直ぐと私の目を見てくる。その表情が、なんでも聞きたいことを聞いていいよと言葉なく語っていた。
私は何を聞けばいいのか迷って、タイムリープ問題の核を突く質問をする。
「ヤチヨは……タイムトラベラーなんですか?」
「そだよ~」
あまりにも軽すぎる肯定の返事に言葉を失う。ふざけているのかと思ったけど、口調とは裏腹にいつになく真面目な表情が、ヤチヨの言葉に揺るぎない信憑性を持たせていた。
「八千年の時を生きるAIライバー。歌も踊りも分身もお手の物のお姫様。その正体はなんと未来人でした~! どう、驚いた?」
「……どうして、未来からここに?」
「うーん、そこには海よりも深く、空よりも広い事情があるのです……なんて、誤魔化すのはダメだよね。オタ公は巻き込まれた被害者なんだもん、ちゃんと話すよ」
居住まいを正し、おちゃらけた雰囲気を引っ込めるとヤチヨは訥々と語り始める。
「私の名前は
ヤチヨが徐に手を翳す。すると乙姫風だった衣装と髪型が変わり、豪奢な十二単をモチーフにした着物とそれに合わせたストレートヘアーになる。その姿は、何処となくあの破天荒でハチャメチャな月のお姫様に似ていて──
「──ツクヨミに突如として現れた超新星かぐや。それが私のもう一つの名前だよ」
私の推しで、恩人で、世界で一番のお姫様が身に纏う神秘の衣を脱ぎ去った。
▼
「今よりもすこーし未来のお話。月に帰ったかぐや姫は、バリバリ真面目にお仕事に励んでいました」
その語り出しはまるで御伽話の導入のようだった。
「翌る日も翌る日も翌る日も、毎日毎日お仕事の日々。そこへ地球から、大切な人の歌が聞こえてきました」
誰の歌か、ヤチヨは明かさない。でも四度のタイムリープを経験した私には分かる。かぐやの始まりから隣でずっと支え続け、共に歩いていたいろPだ。
「その歌を聞いたかぐや姫は居ても立っても居られなくなり、『よし、もっぺん地球に行こう!』と爆速で仕事を終わらせて引き継ぎもばっちりして、いざ地球へ旅立とうとしました」
しかし、とヤチヨはわざとらしく声を顰めて続ける。
「地球の時間ではだーい遅刻。大切な人はもうおばあちゃんに……でも大丈夫! 月のテクノロジーを使えばタイムトラベルもなんのそのなのです!」
その言葉に、私は反射的に自分の手首に巻き付いたブレスレットを見る。タイムリープが月人由来のテクノロジーである以上、その上位互換ともいえるタイムトラベルが月人由来であるのは不思議ではない。
「タケノコ宇宙船に乗り込んで、いざ地球へ! 距離も時間も飛び越えて、かぐや姫は地球へと飛び立ちました……ですが」
不意にヤチヨの声が翳り、穏やかな微笑みに隠し切れない悲しみの色が滲んだ。
「目的地まであと少しのところで、宇宙船はおっきな石にぶつかってしまいました。針路は大きくズレて、やっとのことで辿り着いたのは──八千年前の地球でした!」
「はっせん、ねん……?」
「うん、そう。実感湧かないよね〜分かるよ。だからそこはあんまり気にしないで、御伽話の誇張だとでも思ってて」
さらっとなんてことのないように流そうとするヤチヨ。そんな軽く流せるような話では到底ないはずなのに、電子のお姫様はいつもの笑顔で話を進めてしまう。
「なんとか地球に不時着したかぐや姫ですが、宇宙船はぼろぼろ。残された僅かな力で実体化できたのはウミウシの小さな身体だけ。かぐや姫はウミウシの小さな身体を通してだけ、現実を生きる人々と交流できたのでした」
肩に乗ったウミウシのFUSHIを慈しむように撫でながら、御伽噺の続きを語る。
「時は経ち、人は見えないものを形にし、多くの人と繋がる力を手にしました。魂だけの存在となっていたかぐや姫は、ようやく人の世界に関わることができる可能性を知りました。そして今、仮想世界ツクヨミの歌姫として再誕して、大切な人と再会できる未来を知ることができました。めでたしめでたし~~~」
お話はこれでおしまいとばかりにヤチヨは締め括った。何一つとして目出度く終わっても、始まってすらいないのに。私のタイムリープの記憶から垣間見た大切な人との再会に少女のように胸を高鳴らせている。その喜びの陰に諦観と悲嘆の色を押し込めて。
「……ヤチヨが、かぐや?」
「そうだよ~」
「……タイムトラベルで、八千年前の地球に?」
「いぐざくとり~」
「で、でも……それじゃあ、矛盾します。同じ時代に同一人物がいたら、その時点でタイムパラドックスが」
「八千年のなが~い時の流れで、かぐやはキラキラのお姫様からしわしわおばあちゃんになってしまったからのぉ~。ヤチヨとかぐやはもう同じ存在じゃない、そうなったんだろうね」
「そんな……そんなのって……!」
あまりにも惨い、ここまで残酷な現実があっていいのか。ただ大切な人の元にもう一度帰りたいと願っただけで、こんなこと……!
零れ落ちそうになる涙を必死に堪えていると、いつの間にか隣に座っていたヤチヨがそっと寄り添ってくれる。
「オタ公には苦労をかけちゃったね。輪廻の崩壊も、歴史の修正も。オタ公には何一つとして責任なんてない。全部ヤチヨの欲張りが原因だから」
「どういう、こと……?」
「輪廻の崩壊はかぐやとヤチヨの因果の破綻。かぐやがヤチヨに至る道が途絶えることが、輪廻の崩壊。歴史の修正はヤチヨの存在が消滅すること。いや~、所詮はウミウシの身体で大したことなんて何もできやしなかったはずなんだけど、八千年の歩みは歴史に何かしらの影響を与えていたみたいですな~」
やっちゃったとばかりに頭を掻きながら、しかし声音に確信を持って続ける。
「一度目と二度目のタイムリープ、ヤッチョはかぐやが月に帰ってしまわないようにいろPたちをチートを使って手助けした。その結果、月人が敗北してかぐやは月に帰らず……ヤッチョの存在に矛盾が生じて、輪廻が崩壊して歴史が修正された」
ああ、やっぱりそうだったんだ。卒業ライブでいろPたちが困惑していたのは身に覚えのないチートの後押しを受けたから。そしてそのチート付与していたのはヤチヨだった。
きっとヤチヨはかぐやといろPを引き剥がしたくなかったんだ。二人が互いのことをどれほど深く想い合っていたのか分かっていたから。比喩抜きで自分のことだから。
「三度目のタイムリープは運命の悪戯でもあったのかな。具体的な経緯は分からないけど、結局はかぐやがヤチヨに至らなかったんだろうね」
「……っ」
すっと血の気が失せる。ヤチヨはあえて明言を避けてくれたけど、三度目のタイムリープで輪廻が崩壊したのは私が原因だ。どんな過程を辿って輪廻の崩壊に繋がったのかは知れないけど、私の軽率な行いが崩壊の時を進めたのは間違いない。
膝の上で震えるほどに拳を握り締めると、ヤチヨの嫋やかな手が優しく重ねられた。
「でも、もう大丈夫。オタ公のお陰で何をしなくちゃいけなくて、何をしちゃいけないかはだいたい分かったからね。ヤッチョにお任せ~☆」
「え……?」
「単純なことだよ。ヤッチョが歩んできたのと同じ道をかぐやに歩ませればいい。これでも電子のお姫様だからね。八千年前のことでも、欠け一つなく憶えているからだいじょーぶ」
「なにを、いって……」
声が出ない。目の前のお姫様が言っていることが、理解できない。理解したくなかった。
「分かって、いるんですか? それはつまり、過去の自分を八千年前の地球に送ることなんですよ?」
「もちろん、分かってるよ~……大丈夫、八千年の時間はとーっても長いけど、楽しかったなーって記憶が進むべき道を照らしてくれるから♪」
いつものおちゃらけた調子で、いつもの優しい笑顔でお姫様は言う。でもその言葉の裏には八千年の時を歩んできた確かな重みがあった。ヤチヨはかぐやなら大丈夫だと本気で信じているのだ。
でも、三回のタイムリープを経験した私には分かる。ヤチヨが笑顔の下にどれほどの悲しみを抱えているのか、ツクヨミ崩壊の度にこの目で見てきたのだ。
だから──
「大丈夫なわけ、ない……!」
「オタ公?」
「泣きながらいろPの名前を呼んでいるような人が、大丈夫なわけないです!」
「────」
それはヤチヨにとっても突かれたくなかった弱い部分だったのだろう。優しい作り笑いに亀裂が入り、重ねられていた手が強張った。
「……それでも、輪廻の崩壊は防がないといけないから。ヤッチョの我儘で、歴史を捻じ曲げたりなんてできないよ」
「大切な人の傍に、かつての自分がいてほしいっていう願いが我儘なんですか? そんなの、絶対に間違ってる……!」
「……でも、ダメなんだよ。輪廻はもう完成してしまっているから、変えようがない。都合のいいハッピーエンドなんて、何処にもないんだよ」
「私が、見つけます」
「──え?」
勢いよく立ち上がった私にヤチヨは目を丸くする。いつも笑顔でツクヨミのユーザーを見守ってくれていたヤチヨにしては珍しい表情だ。
目を丸くして見上げてくるヤチヨを真っ直ぐ見返し、私はこの場で宣誓する。
「ヤチヨが心の底から笑えるキラキラのハッピーエンドを見つけ出してみせます。大丈夫です、昔から探し物は得意ですから。すぐにでも見つけてみせます」
「だ、ダメだよ。もう答えが出ている方程式に他の答えなんて、探したって見つかりっこない。お願いだから、早まらないでオタ公!」
不可能だと、無意味だとヤチヨは叫ぶ。でもそんな理屈で納得できるはずがない。やってみなくちゃ、分からないでしょう?
泣きそうな顔で止めようとしてくるヤチヨから離れ、私はタイムリープのブレスレットを手首ごと強く握り締める。そして全神経、意識を集中させた。
私の強い意思に呼応してブレスレットが眩い輝きを放ち始めた。良かった、輪廻の崩壊前でも起動できるかは半々だったけれど、私自身の意思でもタイムリープは問題なくできるようだ。
「どうして……」
眩い光に視界が染め上げられていく最中、ヤチヨのか細い声が聞こえてきた。
「ヤチヨが、かぐやだから……?」
ヤチヨの悲しみを帯びた疑問の言葉に、私は思わず笑ってしまった。きっとヤチヨにとって私は、路上ライブ時代からおっかけをしてくれた古参ファンの一人なのだろう。だからそんな的外れな言葉が出てくるんだ。
逆だよ、ヤチヨ。全部逆なんだよ。
「違います。ヤチヨがかぐやだからじゃない、ヤチヨだから私は笑っていてほしいんです」
「……?」
私の返答の意味が今一つ理解できなかったのか、ヤチヨは戸惑い混じりに小首を傾げる。そんな仕草ですら可愛くて尊いのだから、ヤチヨはずるいなぁ。
光の粒子に身を任せながら私は秘めてきた想いを明かす。
「
「────」
私の告白にヤチヨは見たこともないくらいに目を見開いて固まる。とんでもなく恥ずかしいことを言っている自覚はあった。でも今の言葉には嘘偽りも誇張もない。
「私はヤチヨに救われた。私だけじゃない。ヤチヨは今日までにたくさんの人を救ってきたんです。だから、今度は救われる番」
これだけだと理由としては重すぎるかな。そう思って、私は最後に茶化すように忠犬オタ公として笑いながら付け加える。
「それに、推しの幸せを願うのはファンとして当然のことだわん! 忠犬オタ公、いきまーす!」
「まっ──」
ヤチヨの制止を振り切り、私は眩い光の中へと飛び込んだ。
▼
「──太陽が沈み、夜がやってきます」
厳かな表情で出迎えるヤチヨ。プライベートルームで取り乱していたヤチヨは、残酷な輪廻の真相を知ってしまったヤチヨはもういない。
ぱっといつもの笑顔を咲かせて駆け寄り、ヤチヨがチュートリアルの案内を始めた。私はさりげなく手首のブレスレットをヤチヨから隠しつつ、心の中で呟く
──絶対にヤチヨが笑顔になれる
誓いを胸に、覚悟を悟られないように私は忠犬オタ公として終わりの見えない長い旅路に足を踏み入れた。
──その覚悟が、どれほど甘く愚かなものだったのか。身をもって知るのにそう時間はかからなかった。
彩葉と違って心に“まだ”余裕があるから、できること。