超オタ公奮闘記! 作:平成生まれ、令和育ち
また、タイムリープが起きた。今度の原因はツクヨミのユーザー登録数ではない。そこはきちんと一億人突破していたし、輪廻の崩壊が起きたのはそのすぐ後だ。
つまり、また別の要因が輪廻の崩壊を引き起こしたということ。
タイムトラベル・タイムリープに関する勉強を進めていく中で、バタフライエフェクトというものを知った。蝶の小さな羽ばたきが、巡り巡って世界の裏側で大きな竜巻を引き起こすというもの。
輪廻の崩壊タイミングの変動は、私の行動によって大きく左右されている。その原因の変動も同じく。ヤチヨの行動によって変わることもあるけれど、大部分は私が原因だ。
タイムリープを繰り返して様々な知識を蓄積し、その上で未来の改変をしようとしている。行動だけではなく改変しようとする意思すらも、恐らくは輪廻に影響を及ぼしている。でないと説明がつかないことが多すぎた。
つまり私は、私自身の行動と意思を完璧に把握し、その上で齎される影響を演算しなければならない……私にスパコンにでもなれというのか。感情のないロボットにでもなればいいのか。
……一旦、落ち着こう。一つ問題を解決できたことで、ちょっと気が緩んでいた。楽な道のりじゃないことなんて、最初から分かっていたことでしょう?
大丈夫、大丈夫。新たな問題が発生したのなら、原因を解明して解決すればいいだけの話。時間は、それこそ無限にある──終わりが見えないほどに。
大丈夫、大丈夫。ヤチヨが歩んできた八千年に比べれば、数年をたかが数十回。文句も弱音も、千回超えてからじゃないとね。
──これは、私が始めた物語だ。逃げることなんて許されない。
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「図書子さん? おーい、聞こえてる図書子さん?」
「……あ、いらっしゃいませ先輩」
いつの間にかカウンターの前に立っていた先輩に、私は飛びかけていた意識を引き戻して応対する。いけない、お客さんが少ないからってバイト中にぼうっとしていたらダメだ。
気を引き締め直して、数えるのも億劫な繰り返しの中で身に着けた営業スマイルを向ける。すると先輩は何故か苦虫を嚙み潰したように表情を歪めた。
何回目のタイムリープからか忘れたけど、どうしてか先輩は私を見るとこんな顔をするようになった。何か先輩の気に障るようなことをしたかなと思ったけど、過去の行動を振り返っても思い当たる節はない。
これといって文句を言われるようなこともなかったから気にしないようにしているけど、いったいなんなのだろうか……。
「ほら、これ。お会計してもらえる?」
「はい、お預かりします」
先輩が差し出してきた古本を受け取り、リーダーでバーコードを読み込んで──って、この雑誌うちの商品じゃないんですけど?
「先輩、営業妨害なら他所でやってくれますか?」
「…………」
「聞いてますか、先輩?」
むっとしてカウンター越しに先輩を睨み付ける。でも先輩は私の反応に、いつもとは少し毛色の違う呆れ顔で雑誌の表紙を指差した。
「それ、VR系の雑誌でヤチヨの特集が載ってるやつ。表紙にでっかく載ってるの、見えてない?」
「え……あ、ほんとだ」
指摘されて初めて気付いた。私の推しであるヤチヨが拍子にでかでかと載っている。ぼうっとしていて気付けなかった。なんたる不覚。
「推しにも気付けないなんて、疲れが溜まってるんじゃない? ちゃんと休めてんの?」
「そんなことないですよ。ちゃんと睡眠時間は確保していますから」
「身体じゃなくて、
とんとん、と先輩は自分の胸を指で示す。その指摘に私は返す言葉がなくて、誤魔化すように笑うしかなかった。
「……それ、上げる。大好きな推しにちゃんと癒してもらってきなよ」
「……ありがとう、ございます」
何処となく気まずくて、先輩の顔をろくに見ないままお礼を言う。失礼極まりない態度だけど、先輩は嫌味も文句も言わずにお店を出ていった。本当にこの雑誌を渡すためだけに来てくれたんだ。
先輩から貰った雑誌の表紙に目を落とす。ツクヨミの街並みを背景に微笑むヤチヨはやっぱり綺麗で、可愛くて、尊くて……でも、その笑顔の下に隠された悲しみを知ってしまった今、純粋に癒されることはもうできない。
「……大丈夫、大丈夫」
私以外誰も居ない店内で、大好きな推しの雑誌を胸に抱き締めた。
▼
私はひたすら
輪廻が崩壊してタイムリープする度に、その原因を特定するためにタイムリープをして、解決策を模索する。解決できて次に進めたと思ったら、また新たな問題に直面して同じことを繰り返す。
一つの問題の原因解明と解決に数十回単位でタイムリープするのはもう珍しくない。些細なミスで輪廻を崩壊させてしまった回数も少なくない。変わり映えのない日常に潜む微かな変化に神経を尖らせて、気が狂いそうになったこともあった。
それでも私は歩みを止めず、ヤチヨの推し活で辛うじて正気を保ちながらハッピーエンドを探し続けてきた。
そんな拷問染みたタイムリープの中で、私を取り巻く環境に大きな変化があった。高校卒業を機に地元を出て東京の大学へ進学したのだ。
今までの周回では地元の大学へと進学、変わり映えのない学生生活を送りながらツクヨミのライバーとして活動しつつ、輪廻崩壊の原因解明に奔走していた。でもここにきて地元に居を構えたままでは対処のしようがない輪廻崩壊が発生したのだ。
輪廻崩壊の原因はいろP──酒寄彩葉さんだ。
彩葉さんが何かしらの理由でツクヨミに辿り着けない、かぐやと巡り合えない、実家に連れ戻されるなどなど。そういった事態に陥ると、かぐやがヤチヨに至る因果が破綻する。イコール
この原因に辿り着いた時、正直言って勘弁してほしいと思った。というか口にしてしまった。直後に自己嫌悪のあまり吐いてしまったけど。
今までの周回では何も問題なかったのに、突然として噴出した彩葉さん関連の問題。どうしてと思うも、落ち着いて考えてみれば至極当然のことだった。
タイムリープを繰り返しているのは私だけど、この輪廻の中心にいるのはヤチヨとかぐや、そして二人にとって掛け替えのない存在である彩葉さんだ。彩葉さんがヤチヨとかぐやに齎している影響は私みたいなモブオタク女子とは比較にならない。
その彩葉さんに問題が発生すれば、ヤチヨとかぐやの輪廻にも直結する。何も不自然なことはない。
卒業ライブまでは問題なく辿り着けていた最初の世界線は、無数の奇跡が重なった上で成り立っていたのだなぁ、と改めて痛感した。同時に私は輪廻崩壊を防ぐため、
まず行ったのは彩葉さんの身辺調査。タイムリープという反則力技で少しずつ情報を搔き集め、統合し、住所と通う高校、バイト先まで全て調べ尽くした。かぐやがポロポロと個人情報を零してくていたお陰で、タイムリープにして十回で大体の情報は集め切れた。
我ながらやばいことしている自覚はあるけど、もはや形振りなんて構っていられなかった。必要な情報を集めたと判断した次の周回で、私は満を持して地元を飛び出た。
今までは同じ大学で同じ学部、同じ講義を取っていた。でもここからは見知らぬ土地で初めての経験が待っている。変わり映えがなかった日々の光景に変化が生まれ、忘れて久しかった新鮮さや期待に胸がほんの少しだけ踊った。
生活の基盤を整え、際限ないタイムリープで身に付いたなけなしの社交性で学生生活を切り抜け、どうにか彩葉さんが働くことになるカフェにアルバイトとして先に潜り込むことに成功した。高校生である彩葉さんと大学生である私が自然に接点を持つにはここしかなかったのだ。
閑古鳥が鳴いている古本屋でのアルバイト経験しかなかった私に、飲食店での接客はなかなかに強敵だった。ツクヨミでキャラの色濃いオタクを相手にライバー活動していなかったら、多分普通にぽっきり折れていたと思う。
ヤチヨの歌と笑顔で心に栄養を補給して、新天地での生活にどうにか馴染んできたころ。彩葉さんが新人アルバイトとして職場の仲間入りしてきた。
リアルいろPこと彩葉さんはとても整った顔立ちの美人さんで、それと同時に強い意志を秘めた瞳が印象的な女の子だった。
親元を離れて知らない土地で一人暮らしをする大変さはよく知っているので、そのあたりから打ち解けようと考えて話を振ってみたら──文字通り家出みたいな流れでここに辿り着いていたことを知って仰天した。
学費も生活費も自分一人で賄うことを条件とした一人暮らし? そのためにここで沢山働いて、勉強も完璧にこなす? 無限のタイムリープを繰り返してやっとその領域に指先が掛かっているか私ですら怪しいのに、それをたった一度の人生でやってのけていたの? 今までずっと?
目元のクマを化粧で隠しながら、凛とした立ち姿でたった一人で生きている。私よりも年下の高校生がだ。
……
同時に、彩葉さんがどれほど危うい均衡の上に立っているのかも理解できた。ほんの些細な切っ掛けで、この頑張り屋な女の子は壊れてしまう。その結果どうなるかは言うまでもない。
誰かが傍で潰れてしまわないように支えなければならない。でもこの異常なまでにハイスペックな女の子は、どれほど辛くても苦しくても人を頼ろうとしない。人を頼ることは弱さだとか、よく分からないお母さん語録を持ち出して距離を取ってしまうのだ。これでは手助けしたくとも限界がある。
アルバイト先に様子を見にきたお友達二人、芦花さんと真実さんともこっそり話をしてみたけど、彩葉さんの頑なさは学校でも健在のようだ。二人も常々彩葉さんを心配して色々と気遣ってはいるようだけど、何処かに見えない一線が引かれているようで踏み込み切れていないらしい。
同じ学校のクラスメイトにすらろくに頼れていないのに、バイト先の根暗陰キャ先輩なんて頼りにできるわけないですよね……というか、芦花さんと真実さんってROKAとまみまみだよね。リアルでもかぐやといろPとコラボしていたから仲が良いんだなぁと思っていたけど、思っていた以上に距離が近かったな。
助けたくても助けられないジレンマにやきもきしながら、早くかぐや地球に来てくれと願う日々がしばらく。私の願いは届かず、無情にも彩葉さんが倒れたという連絡が職場に届いたのはツクヨミのユーザー登録数が一億人を突破した直後のことだった。