超オタ公奮闘記!   作:平成生まれ、令和育ち

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公式からの供給が止まらねぇ……ありがてぇ。それはそれとして、オタ公の設定は……?


Tell Iroha's World

 その一報はディナータイムに突入していたBANBOO Cafeに衝撃を伴って飛び込んだ。

 

 駆け付けた救急隊からの連絡を受けたのは店長。彩葉さんが倒れたと聞いて店長は顔を真っ青にし、先月から入って彩葉さんをよく慕っていたみおさんは皿を引っ繰り返しそうになっていた。というか引っ繰り返したので割れる前に拾い上げた。

 

 かくいう私も、人のことをとやかく言える精神状態ではなかった。

 

 分かっていたのに。こうなるかもしれないことは、誰よりも分かっていたはずなのに。それなのに、防ぐことができなかった。情けなくて、不甲斐なくて仕方がない。

 

 店長に無理を言って早上がりさせてもらい、運び込まれたという病院へ走る。彩葉さんは今、実家を出て一人暮らし。家族でも友達でもないバイト先の先輩でも、目が覚めた時に一人ぼっちよりはマシ……だと思いたい。

 

 彩葉さんは病院の処置室のベッドで横になっていた。お医者さん曰く、軽度の熱中症と過労が重なったことが原因だそう。点滴を打って、しばらく休めば問題なく目を覚ますそうだ。

 

 命に別状がないと分かってほっと一安心。お医者さんと看護師さん、それから連絡をくださった救急隊の方にお礼を伝えて、彩葉さんが眠るベッドの横に腰を落ち着けた。

 

 点滴を打っているおかげか、思っていたよりも顔色は良い。うら若い女子高生が目の下にクマを作って過労で倒れている時点で顔色も何もないけど。

 

 それにしても、彩葉さんって本当に綺麗な顔をしている。将来は美人さんになることが今の時点で分かる。

 

 じろじろ見るのは良くないと分かっていても、いつでもどこでも気を張り続けている彩葉さんの無防備な顔から目が離せない。

 

「ん……」

 

「あ、彩葉さん。目が覚めましたか?」

 

 不躾に見詰めすぎて視線を感じたのか、彩葉さんが僅かに身じろいで目を覚ました。

 

 彩葉さんはぼんやりとした目で天井をぼーっと見つめ、徐にその視線をベッド横に座る私へと向ける。うわ、寝起きの流し目の破壊力が凄まじい……じゃなくて、具合は大丈夫かな。

 

「先輩? どうしてここに……いや、そもそもここって」

 

「病院ですよ。学校からカフェまでの途中で倒れて運び込まれたんです。覚えていませんか?」

 

「病院……病院!? そんな、どうしよう!?」

 

「待って、彩葉さん。そんな急に起き上がったりしたら」

 

 自分を取り巻く状況を理解した途端に飛び起きようとする彩葉さんの肩を掴み、ゆっくりとベッドに押し返す。彩葉さんは最初こそ抵抗しようとしたけれど、弱っている身体ではろくに動けないと悟ってからは大人しくベッドに横になってくれた。

 

「ごめんなさい、先輩。迷惑かけてしまって。職場のみんなにも迷惑をかけて、私……」

 

「迷惑だなんて思っていませんよ。それよりも彩葉さんが無事で本当に良かったです」

 

「でも、私倒れて……体調管理もろくにできないなんて、やっぱり……」

 

「体調を崩すくらい誰だってあります。そんなに思い詰めないで、今は身体を労わることに集中しましょう?」

 

「でも、倒れたなんて知られたら、もう……」

 

 ベッドの上で横になったまま彩葉さんは片腕で顔を隠す。腕の下に隠された目元から、一筋の雫が頬を伝って落ちた。

 

 普段ならば絶対に見せなかっただろう弱み。体調を崩して病院に運ばれるという大事になってしまったことで親御さんへの連絡を避けられないと悟り、何もかもが捨て鉢になってしまっているのかもしれない。

 

 事実、彩葉さんのお母さんにはお医者さんから連絡がされてしまっている。未成年の女の子が倒れて救急車で運ばれたのだ。親御さんに一報を入れるのは当然の流れだった。

 

 恐らくはこの一件が理由で彩葉さんは地元に連れ帰られてしまうのだろう。その結果、かぐやと巡り合うこと叶わず、輪廻が崩壊する。この世界線は彩葉さんが倒れて運ばれた時点で輪廻の崩壊が確定してしまった。

 

 ……ああ、嫌だ。彩葉さんを心配しながら、胸中で平然とこんなことを考えている自分に吐き気がする。その上で、少しでも彩葉さんの抱える心の闇を解き明かそうとしているあたり、繰り返すタイムリープの中で私は相当な人でなしに成り下がってしまったんだと思う。

 

 心の内で人でなしな自分に反吐を吐きながら、私は彩葉さんの心の内側へと手を伸ばす。

 

「彩葉さん。彩葉さんは、どうしてそこまで一人で抱え込もうとするんですか?」

 

「…………」

 

 彩葉さんが目元を隠していた腕を下ろし、声もなく涙を零しながら私を見上げる。いつも強い意志の光を宿していた瞳は諦観と悲嘆に染まっていた。

 

 その瞳を真っ直ぐ見つめる。逸らすことなく、弱音だろうと本音だろうと受け入れる覚悟をもって見返す。

 

 時間にして十数秒。無言のままの見つめ合いの末、彩葉さんはぽつりぽつりと抱えていたものを吐き出し始めた。

 

 お父さんが亡くなってからの家族のこと、変わってしまったお母さんとの確執、家を出ていってしまった兄の話、正論の重石に潰れてしまいそうになった彩葉さんの心。

 

 お母さんに認められたくて、対等に向き合いたくて──ただ、同じ想いを共有したいがために。彩葉さんは一人で頑張り続けていた。今までの全ての世界線において、ずっと一人で踏ん張り続けていたんだ。

 

 もう何もかもがお終いだと思っているからか、彩葉さんは虚ろな様子で普段ならば語らないような心の内まで明かしてくれた。きっと、本当はもっとずっと前から打ち明けたかったのだろう。その相手は、バイト先の素性もろくに知れない先輩ではなくて、嫌いたくても嫌うことができない母親を望んでいたんだと思う。

 

 抱えていたものの大半を吐き出してしまったのだろう。彩葉さんは虚ろな瞳で天井を見上げると、それっきり黙り込んでしまった。

 

 彩葉さんの抱えていたものを知った私はといえば、どんな言葉をかければいいのか分からなくなってしまっていた。

 

 彩葉さんの人生においてお母さんの存在は何よりも大きくて、頑張る理由も全てがお母さんに認められるためだった。そのために一人暮らしをして、学年一の成績を取って、生活費も学費も自分の力で稼いできた。そこには他人の介在する余地がない、手助けすら受けてはダメだという強迫観念にも似た拒否感があるのだろう。

 

 相当に仲が良いだろう芦花さんと真実さんですら一線を引かれていた訳だ。友達であっても、他人を頼ってしまう時点でお母さんに認められなくなると思っていては、手の施しようがない。

 

 それこそ、常識も距離感も打ち壊して彩葉さんのパーソナルスペースに入れるような人間もない限り──

 

 

 ──ああ、そうか。だからかぐやなのか。

 

 

 ツクヨミに突如として現れた超新星。その正体は月からやってきたリアルかぐや姫。常識を打ち壊し、やりたいことをやって彩葉さんこといろPをぶんぶん振り回して、壁も一線も踏み越えていくお姫様。

 

 かぐやなら、かぐやだけが彩葉さんの心を本当の意味で救うことができる。彩葉さんにとって必要なのは友達でもバイト先の同僚でも頼れる大人でもなく、問答無用で心の内側に飛び込んでその手を取ってハッピーエンドまで走ってくれるお姫様だったのだ。

 

 かぐや(ヤチヨ)にとって彩葉さんが大切な人であったのと同じように、彩葉さんにとってもかぐやは掛け替えのない大切な存在だった。そんなことは卒業ライブで月人相手に死に物狂いで戦っていた時の様子から明らかだったけれど、改めて心で理解した。

 

 彩葉さんはかぐやと巡り合わなければならない。そのために、私は何ができる? この限界ギリギリになっても人を頼ることのできない頑張り屋な女の子に、私は何ができる?

 

 必死にできることを探して、ふとベッド横に置かれた彩葉さんのスクールバッグに目が留まる。正確にはバッグに付けられた大変見覚えのあるストラップ、可愛らしくデフォルメされたメンダコのぬいぐるみに。

 

 ヤチヨのグッズの一つだ。私も持っているし、家にはもっとたくさんのグッズがある。中には古参しか持っていないようなプレミアが付くような品もある。でも普段は見えるような場所に提げて持ち歩いたりはしていない。

 

 何故かと言えば、何かの拍子に話を振られて反射的に忠犬オタ公のキャラクターが現実(リアル)でこんにちはしてしまうのを防ぐためだ。タイムリープを繰り返し過ぎた弊害か、油断すると忠犬オタ公のキャラが現実でも出てきてしまいそうになることが間々あって、良くないなと思ってからは現実と仮想をきっちり分けるようにしたのである。

 

 何かを訴えるようにスクールバッグにぶら下がって揺れるメンダコを見つめ、私は意を決して自分のバッグの中を漁る。確か、お守り代わりに一つだけ持ち歩いてる品がここに……あった!

 

「彩葉さん、これ……」

 

「……え?」

 

 私が差し出したメンダコの着ぐるみ姿のデフォルメヤチヨぬいを見て、彩葉さんは目に見えて表情を変えた。虚ろだった目をまんまるにして、私とヤチヨぬいを忙しなく交互に見る。

 

「私もヤチヨのファンなんですよ。驚きました?」

 

「え、でも今まで一度も……そ、それにそのぬいってツクヨミサービス開始記念の限定品で、再販もしてないやつ」

 

「おお、知っている口ですなー彩葉さん」

 

「ん? いまなんて」

 

「おっと、今のは聞かなかったことにしてもらって」

 

 ダメだ、ちょっと気を抜くだけでオタ公が現実に出てきそうになる。いや、彩葉さん相手ならむしろ出してしまってもいいのかな。変に取り繕って根暗陰キャ香る私で向き合うより、オタ公のキャラクターでインパクトを与えた方がいい?

 

 ……いや、やっぱりきついかな。現実にまでオタ公のキャラクターを持ち出したら、既に曖昧になりかけている仮想と現実の区別がつかなくなる。それで頭がおかしくなって気でも狂ったらいよいよ詰みだ。

 

 ちょっぴり尻尾が出る程度なら許容するけど、完全に振り切るのはなし。仮想と現実の認知を見失わない程度にボロを出していこう。そもそも身バレしたら普通に困るしね、うん。

 

「ささっ、こちらのヤチヨぬいを頑張り屋な彩葉さんに進呈します」

 

「そんな、貰えないですよこんな大切なもの」

 

 差し出されたヤチヨぬいをやんわりと押し返そうとする彩葉さん。このヤチヨぬいの価値を知っているのと、どんな経緯であれ他人からの施しを受ける訳にはいかないという考えからの遠慮だろう。

 

 断られるだろうことは重々承知の上。これはあくまで話の切り口を作るための行動だ。いや、受け取ってもらえるのならそれに越したことはなかったんだけどね。

 

 ヤチヨぬいをそっと彩葉さんの枕元に置き、私はヤチヨの優しい笑顔を意識しながら遠い過去の記憶を掘り返す。

 

「私ね、中学の頃に不登校の引き籠りだったことがあるんです」

 

「え……?」

 

 私の唐突な自分語り、それも軽々しく話題にできるような代物ではない重い話に彩葉さんは目を見開いて固まる。驚くのも反応に困るのも無理はない。逆の立場だったら私だって困る。

 

 それでも私は続ける。彩葉さんの抱えていたものを無理やりに聞き出したことへの謝罪であると同時に、私が彩葉さんとどんな形で向き合うかを決めるためにも必要なことだから。

 

「引っ込み思案で性格も暗くて、あとはちょっと名前で揶揄われたりして、引き籠って不登校。暗い部屋に閉じ籠って、このままずっと何もできないままに終わるのかなって思っていました」

 

「…………」

 

「でもそんな日々の中で、ヤチヨを見つけたんです」

 

「…………」

 

「ヤチヨの笑顔を見るだけで幸せな気持ちになれて、歌を聴くだけで元気が出て、ヤチヨの言葉に背中を押してもらって、暗い部屋から外に出ることができた。ヤチヨのお陰で、今の私がいるんです」

 

「…………」

 

「彩葉さんは? ヤチヨのどんなところが好きですか? 私、気になります」

 

 私の無遠慮な問い掛けに彩葉さんは困ったように目を泳がせる。でもその瞳はついさっきまでの虚ろなものではなく、好きなものを語りたくてたまらない人特有の輝きが灯っていた。

 

「……私も、同じ。追い詰められて、にっちもさっちもいかなくなった時に、ヤチヨの歌に背中を押してもらえた。救われたんです」

 

 ついさっきの身の上話の時よりも幾分か明るい声色で、彩葉さんはヤチヨへの想いを語り始める。ヤチヨガチ勢といっても過言ではない熱量だ。私も負けじと古参ファンとして想いを語り、誰に邪魔されることもなく思う存分に推し語りを続けた。

 

 倒れて休養中の病人と何をしているのかと看護師さんに怒られるまで、私と彩葉さんはヤチヨトークで盛り上がった。騒ぎすぎてごめんなさい。でも、推しの話は止められねぇんだ。

 

 看護師さんに怒れられて肩を縮めていた彩葉さんと顔を見合わせ、どちらからともなくくすりと笑みを零した。

 

「彩葉さん。もしよかったら、私の推し活仲間になってくれませんか?」

 

「推し活、仲間……って、なんですか?」

 

「推しへの想いを共有する仲間。時に熱く推しトークで盛り上がり、推しのグッズを並べてはしゃいで、一緒に推し活をする……推しを同じくする戦友です」

 

「せ、戦友? 友達と何か違うんですか?」

 

「違います。推し活仲間はあくまで推し活の時の繋がりで、普遍的で広範な友達とはまた違うんです」

 

「そ、そうですか……」

 

 断言する私の勢いにたじろぐ彩葉さん。今一つ友達との違いが理解できないといった顔であるが、大丈夫。言ってる私もよく分かっていないから。

 

 でも、ここで違うと断言しなければヤチヨを一緒に推すだけの友達になってしまう。友達では助けられない、支えられないのだ。だから彩葉さんの人生において今まで存在しなかっただろう推し活仲間なる新たな枠組みを無理やりに作る。

 

 バイト先の先輩として助けるのではなく、実家を出て一人暮らしをしているという境遇から話を広げるのでもない。好きなものが同じという、ごく普通でありふれた共通点から関係性を深める。小賢しく迂遠なやり口なんて最初から必要なかったんだ。

 

 推し活仲間という新たな人間関係のカテゴリに戸惑いながら、しかし彩葉さんの表情に拒絶の色はなかった。むしろ大好きなヤチヨについて思う存分語ることができる相手を見つけられて、少しだけ嬉しそうに見える。

 

 しかしその表情もすぐに曇ってしまった。

 

「……でも、私はもうここにいられないと思います。母に、連れ戻されると思うので」

 

「関係ないです。推し活仲間には距離も時間も関係ないんです。ヤチヨを推している限り、別の時空にいてもこの絆は切れませんから」

 

「無茶苦茶や……あ」

 

 はっとして口元を抑える彩葉さん。咄嗟に訛りが出てしまってやらかしたとでも思っているのだろうか。私としては、不意に漏れ出る方言や訛りはギャップポイント高いと思っている人なのでこれっぽっちも気にしてない。

 

「彩葉さん。今度は秘蔵のヤチヨグッズも持ってきます。飽きるまでヤチヨの推しトークをしましょう。何度でも、何十回でも、必ず私から声を掛けますから──楽しみに待っていてください」

 

 彩葉さんの手を取り、その綺麗な瞳を真っ直ぐに見据えて断言する。あなたは一人じゃないと、今は気付けなくてもいい。でもせめて、生きて。生きてかぐやと出会って、幸せになって。

 

 一番の推しはヤチヨだけど、かぐや&いろPも大切な推しコンビなのだ。推しの幸せを願うのはファンとして当然のこと。だよね、ヤチヨ?

 

 私の支離滅裂気味な言葉に彩葉さんはしばしぽかーんと口を開いて硬直する。しかしややあって意識を取り戻すと、京美人という言葉がよく似合うお上品な微笑みを浮かべて答えた。

 

「はい、期待して待ってます」

 

 

 ▼

 

 

 今晩は病院で様子を見ることになった彩葉さんをお医者さんと看護師さんに任せて私は処置室を後にする。

 

 長々と話し込んでしまって時刻は深夜前。消灯されてしまったロビーではなく時間外用の裏口から外に出たところで、目の前に一台のタクシーが停まった。そして扉が開くと、一人の女性が焦燥を滲ませた表情でタクシーを降りる。

 

 その女性の顔にどうしようもない既視感を覚えて、私は反射的に足を止めてしまう。ちょうど女性の道を阻むように、裏口のド真ん前で。

 

「すみません、急いでいるので」

 

「酒寄さん、ですか?」

 

 確証はなかった。でも私の囁き程度の誰何に女性は足を止めた。やっぱり、この人が酒寄さんのお母さんなんだ。

 

 やっぱり親子なだけあって顔立ちが似ている。彩葉さんよりもお母さんのほうが若干きつい印象があるけど、顔立ちの整った美人であることに違いはない。

 

 ただ、その整った顔立ちも焦りによって乱れている。彩葉さんが倒れたという連絡を受けて、実家である京都からここまで新幹線に乗ってきたのだろう。でないとこの時間には到底間に合わない。

 

「彩葉の知り合いですか? すみません、娘がとんだ迷惑をかけたようで」

 

「……迷惑なんて、これっぽっちも掛けられていません」

 

「……そうですか」

 

 ダメだ、どうしてもお母さんに対しての苛立ちが抑え切れない。向こうも私の語気に棘を感じて、声音が低くなっている。

 

 ……彩葉さんを心配して飛んできた癖に、どうして。どうしてそれを……。

 

 この場で何を言ったところで意味なんてない。そもそも私に他人様の家庭事情に口出しする資格なんてない。でも、それでもこれだけは──

 

「一つだけ、言わせてください。世の中には、好きだって、大切にしてるって、伝えたくても伝えられない人だっているんです。どうか忘れないでください」

 

 ヤチヨの笑顔と涙を脳裏に思い浮かべ、挑むような心で彩葉さんのお母さんに伝える。こんなことを言ったところで、何かが変わるわけでも。そんなことは終わりのないタイムリープの中でとっくの昔に理解している。

 

 だからこれは私の自己満足で一方的な願いだ。

 

 私の言葉に彩葉さんのお母さんは一瞬だけ目を見開いて、でも次の瞬間には険しい目付きで私の横を擦り抜けていった。社会に出てすらいない小娘の戯言には付き合い切れないと言わんばかりの態度だったなぁ……。

 

 でも、少しでもいい。あの人に私の想いが響いて、彩葉さんとの関係性がちょっとでも改善されたならいいなぁ……なんて、これからタイムリープをしようとしているのに、どの口でほざいているのだろうか。

 

 自己嫌悪に反吐が出そうになりながら、私は天上高くに浮かぶ月に手を翳す。

 

 満月まであと少しといったところのお月様。その柔らかな月明かりに照らされたブレスレットが、ゲームオーバーを告げるように光り輝き始めた。彩葉さんが実家に連れ帰られてしまう未来が確定したのだ。

 

 タイムリープはツクヨミにログインしていなくても発生する。大半は寝て起きて、目が覚めたらチュートリアルヤチヨとご対面といった流れだったけど、現実で起きている時にもタイムリープしたことはある。珍しいことじゃない。

 

「すぐに行くよ、彩葉さん──」

 

 眩い光の粒子に包まれながら、私は独り言ちた。

 

 




彩葉編、これにて終了。となると次は……?
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