読書が楽しすぎるのが悪い。
その夜、少女から連絡が来た。
《今日、眠れそうです》
短い一文。
終音は画面を見つめる。
それだけで十分なはずなのに、胸の奥は静まらない。
続けて、誠から。
《バイト決まった。殴らなくてよかった》
遼からは写真。
白い中央に、薄く青が重ねられている。
警察官からは無言のメッセージ。
ただ一枚、夕焼けの写真。
図書館の彼女からは何もない。
そして。
昼間のライターから、ひとつだけ。
《あなたは、まだ落ちていない》
終音はベッドに座る。
自分の周囲で、物語が続いている。
壊れきらなかった人たち。
踏みとどまった人たち。
半分壊れて、それでも立っている人たち。
俺は何だ
救ったのか。
壊したのか。
どちらでもない。
境界を揺らしただけ。
だが。
それでも、彼らは選んだ。
自分の足で。
そこに、自分の言葉があった。
それは事実だ。
胸の奥の衝動が、ゆっくりと姿を変えていることに気づく。
以前は、壊れる瞬間を見たいという冷たい欲求だった。
今は違う。
「選ぶ瞬間」を見たい。
壊すか、踏みとどまるか。
その震え。
その葛藤。
そこに立ち会うことで、自分の輪郭を確かめていた。
ずるいな
自嘲する。
だが同時に、理解する。
自分は破壊者ではない。
救世主でもない。
選択の触媒。
それが一番近い。
だが触媒もまた、影響を与える。
無害ではない。
その自覚が、ようやく重みを持つ。
スマートフォンが震える。
非通知。
出る。
「こんばんは」
あのライターの声だ。
「……何か」
「あなた、今日は何も壊していない」
「ええ」
「残念ですか?」
終音は少し考える。
「いいえ」
初めて、迷いなく答える。
「壊れないほうが、面白い」
電話の向こうで、小さく息を飲む気配。
「面白い?」
「人は、壊れるほうが簡単だ」
静かな声。
「踏みとどまるほうが、複雑だ」
沈黙。
「あなた、変わりましたね」
「かもしれません」
終音は窓を開ける。
夜風が入る。
薄い膜のようだった世界が、少しだけ澄んで見える。
「記事は?」
「まだ書きません」
ライターは言う。
「あなたがどちらに落ちるのか、見届けたい」
「落ちない可能性もある」
「それはそれで、面白い」
電話が切れる。
終音は夜空を見上げる。
衝動は、消えていない。
きっと一生、消えない。
壊したい衝動。
揺らしたい欲求。
だが今は、それを選ばないこともできると知っている。
選ばない。
それもまた、選択だ。
世界は相変わらず脆い。
人は簡単に壊れる。
自分も。
だが。
壊れない可能性を選び続ける限り、物語は破壊で終わらない。
終音は静かに呟く。
「今日だけでいい」
少女に言った言葉。
自分に向ける。
今日だけ、壊さない。
今日だけ、踏みとどまる。
明日は、明日考えればいい。
境界は消えない。
だが、そこに立つ理由は変えられる。
壊れる瞬間を見るためではなく。
選ばれる瞬間を見るために。
日守終音の物語は、まだ続く。
救いと破壊の間で揺れながら。
それでも彼は、少なくとも今夜は――
壊さないほうを選んだ。
そして初めて、その選択に、自分の名前を与える。
それは、破壊でも救済でもない。
ただの――
「責任」だった。
皆さんは本を読むときどんなジャンルを選びますか?
私はだいたいなんでも読みます。