日守終音の人間観察   作:限界ボンバーヘッド

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どんな相手でも間違いを素直に認められる人って尊敬できるよね。





正義の温度

夜の交番は、蛍光灯の光がやけに白い。

終音がそこに足を向けたのは偶然ではなかった。

 

大学からの帰り道、いつもより遠回りをした。理由は曖昧だが、胸の奥のざわつきが静まらなかったからだ。

中にいたのは、ひとりの中年警察官だった。

制服はきちんとしている。背筋も伸びている。

だが、その姿勢にはわずかな硬さがあった。

 

「何か用かな」

 

低い声。

 

「道を聞きたくて」

 

嘘だった。

だが、完全な嘘でもない。

警察官は丁寧に地図を示す。

説明は正確で、無駄がない。

 

「ありがとう」

 

終音は礼を言うが、その場を離れない。

警察官は不審そうに眉を寄せる。

 

「まだ何か?」

「あなたは、正しい人ですね」

 

唐突な言葉だった。

警察官は少し笑う。

 

「仕事だからな」

「正しいことをしていれば、報われますか」

 

沈黙。

空気が一瞬、変わる。

 

「……どういう意味だ」

「正義を貫けば、周囲も同じ温度で応えてくれるんですか」

 

警察官の目が細くなる。

 

「学生か?」

「そうです」

「なら、理屈遊びは他でやれ」

 

冷たい声。

だがその奥に、微かな疲労が滲む。

終音は見逃さない。

 

「孤立してませんか」

 

今度は、はっきりと沈黙が落ちた。

交番の時計の秒針が響く。

警察官はゆっくり椅子に腰を下ろす。

 

「……最近の若いのは、妙に鋭いな」

 

声が少しだけ低くなる。

 

「部下がな。問題を起こした」

 

視線は机の上。

 

「軽い暴力だ。被害は小さい。だが俺は処分を求めた」

「当然ですね」

「当然だ」

 

だが、その言葉には確信が薄い。

 

「結果、俺は煙たがられてる」

 

同僚にも、上司にも。

 

「甘い処分で済ませれば、丸く収まった」

「でも、それは正しくない」

「そうだ」

 

警察官は拳を握る。

 

「俺は間違っていない」

 

その声は、少しだけ震えている。

終音の胸の奥で、冷たい衝動が動く。

正しさ。

それは強い。

だが、折れやすい。

 

「正しさが、あなたを壊すかもしれませんね」

 

警察官の目が鋭くなる。

 

「何だと」

「孤立は静かです。気づいたときには、誰もいない」

 

空気が張り詰める。

一歩間違えれば、怒鳴られる。

それでも終音は続ける。

 

「それでも、正しいことを選びますか」

 

長い沈黙。

警察官は天井を見上げる。

 

「……他に選べるか」

 

その声は、疲れていた。

 

「正しさを曲げたら、俺は俺じゃなくなる」

 

終音の中で、何かが揺れる。

 

曲げない人間。

壊れやすい人間。

 

今、背中を押せば。

 

「正しさに意味はない」と言えば。

 

この人は、崩れるかもしれない。

孤立に耐えられず、怒りに飲まれ、何かを間違えるかもしれない。

その瞬間を、見たい。

 

衝動が濃くなる。

喉が乾く。

だが――

 

「それなら、最後までやればいい」

 

言葉が出る。

警察官が目を向ける。

 

「孤立しても、正しいと思うなら、最後まで」

「簡単に言うな」

「簡単じゃない」

 

終音は静かに言う。

 

「でも、中途半端が一番壊れます」

 

警察官は黙る。

拳の力が抜ける。

 

「……誰も、褒めてはくれない」

「知ってます」

「味方もいない」

「かもしれません」

「それでも、やれと言うのか」

 

終音は一瞬だけ、迷う。

止めることもできる。

 

「少し曲げろ」と言えば、この人は楽になるかもしれない。

だが。

 

「あなたは、曲げないほうがいい」

 

警察官の目が揺れる。

 

「……どうして」

「曲げた瞬間、自分を嫌いになる顔をしてる」

 

沈黙。

やがて、警察官は小さく笑った。

 

「学生のくせに、生意気だ」

 

だが、その笑みはほんのわずかに軽い。

 

「ありがとう」

 

予想外の言葉だった。

終音は交番を出る。

夜の空気は冷たい。

胸の奥がざわつく。

止めなかった。

孤立の道を、肯定した。

それは救いか、破壊か。

 

わからない。

 

正しさは、人を強くもするし、折りもする。

もしあの警察官が追い詰められたら。

そのとき、今日の言葉はどう響く?

終音は歩く。

靴音が夜道に響く。

 

 俺は、何を選んだ

 

救ったとは言えない。

壊したとも言えない。

ただ、加速させた可能性がある。

胸の奥の衝動は、少しだけ満たされていた。

危うい選択をした感覚。

それが、微かに甘い。

 

「……最悪だな」

 

呟く。

救いと破壊は、いつも隣り合っている。

境界線は、思ったより細い。

そして終音は、その上を歩いている。

落ちないように。

あるいは。

 

いつか落ちることを、どこかで期待しながら。

 




皆さんは警察に助けられたことはありますか?
私は残念ながら助けてもらった回数より職質された回数の方が多いです。
なんで?


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