日守終音の人間観察   作:限界ボンバーヘッド

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エイプリルフールですね。
このお話は嘘なんでしょうか?





自己実験

夜。

 

部屋の電気はつけていない。

カーテンの隙間から、街灯の橙色が細く差し込んでいる。

机の上に、スマートフォン。

画面は黒い。

終音は椅子に座ったまま、動かない。

 

「壊れたほうがいい」

 

あの言葉が、何度も反響する。

 

壊れるとは、何だ。

衝動に従うことか。

誰かを徹底的に崩すことか。

それとも、自分を傷つけることか。

 

 実験すればいい

 

思考が、冷たく整列する。

他人で試すのではなく、自分で試す。

境界を越える。

 

それがどんな感覚なのか、確かめる。

終音はスマートフォンを手に取る。

 

連絡先。

少女。

誠。

遼。

あの警察官。

図書館の彼女。

 

名前が並ぶ。

どれも、まだ壊れていない。

完全には。

 

 ひとつ、壊してみるか

 

胸の奥が熱くなる。

例えば、あの少女に。

 

「やっぱり、死んだほうが楽だ」と送れば。

 

誠に。

 

「君の怒りは正しい。全部壊せ」と言えば。

 

遼に。

 

「完成なんて無意味だ」と言えば。

 

警察官に。

 

「正義は誰も守らない」と言えば。

 

簡単だ。

ほんの数文字。

指先が、震える。

 

 これは、俺の選択だ

 

他人の選択を揺らすのではなく、自分の意志で。

画面をスクロールする。

だが、指が止まる。

脳裏に浮かぶのは、それぞれの顔。

 

少女の「今日だけ」という声。

誠のぎこちない笑い。

遼の未完成の白。

警察官の疲れた背中。

彼女の「ずるい」という言葉。

 

ずるい。

確かに。

 

自分はいつも、決定的な一線を越えなかった。

相手に委ねた。

だから、傷は浅い。

 

 越えるか

 

終音は、少女の名前をタップする。

メッセージ画面。

 

「今からでも、遅くない」

 

そこまで打つ。

呼吸が浅くなる。

この続きを送れば。

何かが、確実に変わる。

壊れる。

彼女が。

そして、自分も。

 

指が、送信ボタンの上で止まる。

 

数秒。

数十秒。

永遠のように長い。

 

 これが、境界

 

心臓の音が耳に響く。

越えたい。

怖い。

両方が同時にある。

そのとき。

画面が震える。

着信。

誠からだ。

 

一瞬、思考が途切れる。

出る。

 

「もしもし」

「終音? 今いいか」

 

声は落ち着いている。

 

「どうした」

「……ちょっと聞いてほしくて」

 

誠は言う。

 

「今日、あのグループと話した」

 

終音は何も言わない。

 

「殴らなかった」

 

短い沈黙。

 

「怖かったけど、殴らなかった」

 

胸の奥で、何かが崩れる。

 

「そしたらさ」

 

誠は少し笑う。

 

「案外、普通に終わった」

 

拍子抜けしたような声。

 

「お前の言った通り、今日だけ我慢した」

 

終音の喉が乾く。

 

「……そうか……ありがとな」

 

通話が切れる。

部屋は再び静かになる。

スマートフォンの画面には、未送信のメッセージ。

 

「今からでも、遅くない」

 

終音はそれを見つめる。

もし今、送っていたら。

誠の電話は、違う内容だったかもしれない。

少女は、今夜、生きていなかったかもしれない。

自分は。

どうなっていた?

 

指が、ゆっくりと動く。

メッセージを削除する。

一文字ずつ。

消える。

境界から、一歩下がる。

呼吸が荒い。

 

 怖かった

 

初めて、はっきり自覚する。

壊すことが怖いのではない。

壊したあとの自分を見るのが、怖い。

 

終音は床に座り込む。

背中を壁に預ける。

笑いが漏れる。

小さく。

震えるように。

 

「……俺は、壊れたいわけじゃない」

 

ただ。

境界に立っていたいだけだ。

救いと破壊の間。

選択の瞬間。

そこにいるときだけ、自分がはっきりする。

だが。

それは他人の人生を使った遊戯だ。

ずるい。

彼女の言葉が、再び刺さる。

 

 じゃあ、どうする

 

壊れない。

救い続ける?

そんな善人ではない。

 

壊す?

その覚悟もない。

夜は深い。

街灯の光が、薄い膜のように部屋を包む。

終音は目を閉じる。

 

境界は、まだそこにある。

だが、今夜は越えなかった。

越えなかったという事実だけが、静かに胸に残る。

選ばなかった選択。

それもまた、選択だ。

だが。

いつまで、立ち止まれる?

衝動は消えていない。

むしろ。

はっきりと形を持ち始めている。

次に境界が現れたとき。

自分は、どちらへ踏み出すのか。

その答えは、まだ出ない。

 

夜は、まだ終わらない。

 




夜っていいですよね。
私は夜桜とか好きですよ。


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