転生特典が『SAO』なんですが上位互換機?があったのでアインクラッドを実装しようと思う 作:ケツ命騎士団
色々調べたけどタイムパラドックス云々とか平行世界やらマルチバースやら複雑過ぎてこれであってるのか不安で仕方がない……
ヤチヨの怒りがようやく収まり、足の痺れが取れた頃。ユナから「後はこっちでなんとか宥めておくから、今のうちに一度家に帰ったほうが良い」と助言を受けて逃げるようにマンションをそそくさと出て家路につく。
夕暮れ時。現在時刻を確かめようとスマホを取り出したが長期期間放置したためかバッテリーは放電しきっており、黒い画面に自身の顔がぼんやりと映るだけだった。
黙々と早い足取りで進む。思考だけがやけに冴えていく。彼女らが行った過去改変に対して所謂歴史の修正力の様な存在、あるいは事象は今のところ観測されていない。……あくまで仮説ではあるが改変によって分岐した世界が新たに生まれているのであれば、タイムパラドックスは発生しないはずだ。だが、それは確証されたわけじゃない。予想であり、願望に近いものだ。
多世界解釈*1が正しいのであれば時間遡行を題材にした作品でよく例に上がるシュレディンガーの猫あるいはタイムパラドックス問題が解消される。
もし、タイムパラドックスが起きるようであれば──俺たちがやろうとしていることは全て無駄に終わるかもしれない。
──親殺しのタイムパラドックス。
俺たちがやろうとしているのはこれに近い。『かぐや』を月に帰さず彩葉と共に日々を幸せに過ごしてもらう。しかし、かぐやが月に帰らなければ月見ヤチヨもユナも生まれない可能性がある。あるいは、俺たち自身の前提が崩れるだろう。
ツクヨミすら存在しないことになるかもしれない。もっと言えば世界情勢すら変わってしまうだろうか。それほどまでにヤチヨとユナは世界を大きく動かした。技術から経済医療、宗教政界までも。
──全てはハッピーエンドを目指すために。
ユナが
前回には『存在しなかった』かの世界の歌姫となることで自身を撒き餌にしてまで検証と同時に転生者を誘き出そうとする執念には恐れ入る。まんまと釣られてしまった俺にご満悦だったのはそういう事かと得心がいった。
「……全員まとめてハッピーエンドに連れて行ってやるさ」
そのためなら自重は捨てる。たとえ世界がめちゃくちゃになろうが知ったことじゃない。まずはチートをフル活用して環境を整えよう。出し惜しみも慢心も無しだ。
幸いバックにはおえらいさん方やら某国のエージェントやらもいる。多少のおいたはヤチヨたちの鶴の一声でもみ消されるだろう。
※
バイト終わり。疲れた身体を引きずるように帰路につく。未だ既読の付かないトーク画面に、思わずため息が漏れた。今日でかれこれ3週間近くになる。
流石にそろそろ学校か警察に──いや親族でも無い私が連絡が取れないから事件に巻き込まれてるかもしれないだなんて相談しても良いものなのだろうか? ひょっとしたら知らないうちに私が何かしちゃって無視されているだけかも……いやいや、夏休み入ってからも一緒に課題やってご飯食べてツクヨミで遊んでたし関係は良好なはず。うん。多分、きっと。
「あーもう! 連絡くらいしろ、馬鹿明日奈」
おかげで最近はもやもやして勉強が全然捗らない。バイトでもちょっとぼーっとしてミスしそうになったしそれもこれも全部明日奈のせいだ。
この3ヶ月で胃袋を掴まれたせいか自炊の料理が味気なく感じるし、一人で食べているとなんだか寂しい。確実に弱くなってる気がする。……依存してたのかもしれない。
今の私を母が見たら「やっぱり甘ちゃんやったね」とかしたり顔で言われて鼻で笑われてしまいそうだ。
甘えてちゃダメだ。あの人
ペーパーテストも運動も家庭科目も卒なく熟す姿はまさに理想そのものだった。
おまけに人柄まで良いし、男女問わずモテる。友人たちは私のことを完璧超人だなんて茶化して言うけど私からしたら明日奈の方がよっぽど超人だ。
未だに同い年だとはとても思えないほど大人びて見える時がある。微笑ましげにこちらを見てくる時はなんだか面映ゆいものを感じる。
ため息を一つ。ふと下がりがちになっていた視線を上げればもうすぐそこに我が家が見えて来た。少し先には白衣を着た見覚えのある後ろ姿が古ぼけたアパートを前に立ち止まっていて──
「──ぁ、明日奈ッ」
一歩よろけながらも駆け出した。そして逃さないように腕を力強く掴んだところで彼女が振り向く。こちらを見て大きく両の目を見開き、ポロポロと静かに涙を流す姿に私は伝えようとしていた言葉をすべて忘却してしまった。
綺麗だ。と素直にそう思った。こんなにも綺麗な涙がこの世にあるのかと。しばらく目を逸らせなかった。
涙を袖で拭ってから小さく笑って常と変わらぬ様子でおかえりとただいまを交わして謝罪の言葉を口にする。
「急にごめん、痛かったよね。痣にならないと良いんだけど」
「平気だから、気にしないで。……大丈夫だよ、彩葉。……ちょうどあくびをして涙が出てたところに来るんだから少し驚いたよ」
嘘だ。あの涙は、私を見てから溢れたものだ。何か隠しているのは明白だ。やっぱり音信不通になってた間に何かあったんだろう。
「メッセ送ったんだけど全然既読つかないし、電話しても繋がらないし。部屋の呼び鈴鳴らしても留守で返事無いしで、すごく心配した」
「あー……ホント、ごめん。ちょっと立て込んでてスマホを触る余裕が無かったというか、バッテリーが切れててね。……充電器も、ちょっと使えない状況で。とにかく心配かけて申し訳ない。事件とかには巻き込まれて無いからそこだけは安心して欲しい」
「山奥にでも行ってたの? 充電すら出来ないってどんな状況なのよ」
「いいや、手違いと言うべきか想定外の事が起きてしまってね。その対処に追われていたんだよ。詳細は話せないのが心苦しいんだけどね」
「前に言ってたお仕事? なら、仕方ない……のかな。でも流石に3週間は長過ぎない? 少しやつれて見えるしちゃんと食べてる?」
痛い所を突かれたらしい彼女は視線を逸らした。その仕草だけで、図星だと分かる。ひとにはうるさいくらいなのに自分のことになると割とずぼらなのだから困ったものだ。
それでも──無事で、本当に良かった。