The Elder Scrolls V: Skyrim Anniversary Edition発売記念プレイログ小説 作:裸男祭
ガタガタと揺れる馬車の振動が、縛られた手首に食い込む縄の痛みを思い出させる。
冷たい霧が立ち込める国境付近。狩りの獲物を追っていたはずの俺は、運悪く帝国軍の伏兵とストームクロークの小競り合いに巻き込まれた。抵抗する間もなく取り押さえられ、今や処刑場へと向かう馬車の上だ。
「おい、あんた。やっと起きたか」
向かいに座る男が、低い声で話しかけてくる。青い装束を纏った男――ストームクロークの反乱軍、レイロフだ。
「あんたも運が悪いな。俺たちと一緒に国境を越えようとして、帝国の待ち伏せに突っ込んじまうなんて。……隣を見てみな。あれが『反乱の指導者』、ウルフリック・ストームクローク様だ」
俺は視線を動かした。猿ぐつわを噛まされ、沈黙を守る男。彼がスカイリムを二分する戦争の火種か。
馬車の前方に目を向けると、そこには絶望の象徴、ヘルゲンの砦が見えてきた。
馬車が止まり、兵士たちの怒号が飛び交う。
「馬車を降りろ! 名簿にある名前を一人ずつ呼ぶ!」
俺の番が来た。帝国軍の将校が冷徹な目で俺を見つめる。
「……貴様は名簿にないな。どこの誰だ?」
「俺はヨルン。ただの狩人だ」
「……構わん、隊長。こいつも一緒に処刑台へ送れ。帝国に盾突く者は、誰であろうと容認せん」
理不尽な死が目の前に迫る。
俺は一列に並ばされ、処刑台の石に頭を載せるよう命じられた。隣の囚人が首をはねられ、血の臭いが鼻を突く。処刑人の斧がゆっくりと振り上げられた、その瞬間――。
「……何だ? あの音は」
遠くの空から、落雷のような、あるいは魂を震わせるような轟音が響いた。
処刑人が戸惑い、帝国軍のテュリウス将軍が空を仰ぐ。
「ドォォォォォン!!」
山を越え、巨大な黒い影が舞い降りた。
漆黒の鱗、燃えるような赤い瞳。伝説の中にしか存在しないはずの怪物、ドラゴンだ。
「ドラゴンだ! 散れ! 応戦しろ!」
砦は一瞬にして地獄と化した。ドラゴンの咆哮が火炎を撒き散らし、石造りの塔が飴細工のように崩れ去る。皮肉なことに、俺を殺そうとしていた死の斧は、ドラゴンの衝撃波によって俺の隣に突き刺さった。
混乱の中、レイロフが叫んだ。
「ヨルン! こっちだ! 死にたくなければ走れ!」
俺は縛られたまま、崩れ落ちる壁の間を縫って走った。背後では、あの黒いドラゴン――アルドゥインが、無慈悲に兵士たちを焼き払っている。
砦の地下へと続く扉へ飛び込み、レイロフが俺の縄を切った。
「……助かった。これで戦える」
俺は転がっていた帝国兵の剣を拾い、その重みを確かめた。
俺がただの狩人から、スカイリムの運命を背負うドヴァーキンへと変わる、長い旅の第一歩。
「行こう、レイロフ。こんな場所で死んでたまるか」
崩れ落ちる塔の瓦礫を飛び越え、俺とレイロフは砦の地下へと続く重い扉を蹴り開けた。背後ではドラゴンの咆哮と、逃げ惑う帝国兵の悲鳴が混ざり合い、熱風が首筋を焼く。
「……ふぅ、間一髪だったな、ヨルン。あんな怪物が実在するなんて、誰が信じる?」
レイロフは手際よく俺の手首を縛っていた縄を切り落とした。自由になった手の感覚を確かめる間もなく、彼は近くに転がっていた帝国兵の遺体から剣と鎧を剥ぎ取り、俺に差し出した。
「これを使え。名簿になかろうが、今はただの囚人じゃない。生き残るための戦士だ」
俺たちは暗い地下通路を進んだ。だが、すぐに前方から松明の光と鎧の擦れる音が聞こえてくる。
「反乱軍の連中だ! 一人も生かして帰すな!」
帝国軍の分隊だ。俺を処刑しようとした連中が、今度は通路を塞いでいる。
俺は手にした剣を強く握りしめた。狩人の獲物とは違う、血の通った敵。
「ヨルン、行くぞ! 奴らを突破して出口へ向かう!」
俺とレイロフは同時に飛び出した。俺の振るった剣が帝国兵の盾を弾き、その隙にレイロフの斧が敵の胸当てを叩き割る。かつて国境で捕まった時の無力感はもうない。生きるための本能が、俺の体を突き動かしていた。
通路を進むと、ドラゴンの衝撃によって天井が崩れ、本来の道が塞がれていた。
「こっちだ、古い洞窟に繋がっているはずだ」
レイロフに導かれ、湿った岩肌の道へ入る。そこは巨大な霜の蜘蛛(フロストバイト・スパイダー)の巣窟だった。天井から音もなく降りてくる毒蜘蛛に対し、俺たちは背中を預けて戦った。
「気持ち悪い連中だ。だが、あの空を飛ぶトカゲに比べればマシだな」
レイロフが蜘蛛の足を切り落としながら冗談を飛ばす。
洞窟の最深部、出口の光が見え始めたところで、一頭の巨大な熊が道を塞ぐように眠っていた。
「静かにしろ……。まともにやり合う必要はない。忍び足で抜けるんだ」
俺たちは息を潜め、影に紛れて熊の横を通り抜けた。狩人だった頃の経験がここで活きる。
そして、ついに眩い光が差し込む出口へと辿り着いた。
外へ飛び出すと、冷たく澄んだスカイリムの空気が肺を満たした。
振り返れば、ヘルゲンの街は黒煙に包まれ、あの黒いドラゴンが悠々と空の彼方へと去っていくのが見えた。
「……助かったんだな。俺も、あんたも」
レイロフが安堵の溜息をつき、俺の肩を叩いた。
「ヨルン、あんたはこの後どうする? 行くあてがないなら、俺の故郷、リバーウッドへ来ないか。あそこには姉のジャルデュルがいる。力になってくれるはずだ」
俺は遠くにそびえる雪山、世界のノドを見上げた。
ただの狩人だった俺の人生は、あの日、あの処刑台で一度終わり、今、この荒野で新しく始まったのだ。
「ああ、行こう。リバーウッドへ」
ヘルゲンの地獄から這い出した俺とレイロフを待っていたのは、スカイリムの冷たくも澄み渡った空気だった。背後では、かつて栄えた砦が黒煙を上げ、空を裂くドラゴンの咆哮が遠ざかっていく。
「……助かったんだな、ヨルン。あの黒い悪魔に焼き殺されずに済むとは、タロスがお守りくださったに違いない」
レイロフは煤けた顔を拭い、俺の肩を力強く叩いた。俺の手には、先ほど剥ぎ取ったばかりの帝国軍の剣が握られている。皮肉なものだ。俺の首をはねようとした連中の鉄が、今は俺の命を守る唯一の糧となっている。
リバーウッドへと続く山道を下る途中、レイロフが足を止めた。道沿いに立つ三つの巨大な石碑――ガーディアン・ストーンだ。
「見てみな。スカイリムの古い守護石だ。あんたの進むべき道を選べば、星々の加護が得られると言われている」
俺は中央の、剣を象った「戦士の石碑」に手を触れた。石の表面が微かに熱を帯び、内なる力が魂の底から湧き上がるのを感じた。
「戦士の道か。あんたにはそれが似合ってるよ。……さあ、急ごう。日が暮れる前にリバーウッドに着かなきゃならない」
道中、俺たちは空腹を満たすために森へ入り、一頭の鹿を仕留めた。かつて国境付近で狩りをしていた頃の感覚が、指先に蘇る。レイロフは手際よく焚き火を起こし、肉を焼きながら、ヘルゲンで何が起きたのかを反芻していた。
「あのドラゴン……物語の中だけの存在だと思っていた。それがなぜ今、現れた? ウルフリック様も無事だといいんだが……」
夕闇が迫る頃、川のせせらぎと共に小さな村、リバーウッドが見えてきた。製材所の水車が規則正しく音を立て、煙突からは暖かな煙が立ち昇っている。
「ジャルデュル! 生きてるか!」
レイロフが叫びながら、製材所の近くにいた一人の女性に駆け寄った。彼女がレイロフの姉、ジャルデュルだ。弟の姿を見るなり、彼女は驚きと安堵で顔を歪めた。
「レイロフ! 死んだって聞いたわよ! それに、その人は……?」
「恩人だ。ヘルゲンで一緒に死地を潜り抜けてきた。……姉さん、大変なことが起きたんだ。ドラゴンだ。ドラゴンがヘルゲンを焼き払った!」
ジャルデュルの顔から血の気が引いた。彼女は俺たちを自宅へと招き入れ、温かいスープとパンを差し出した。
「信じられない……でも、あんたの目は嘘をついてないわね。ヨルンさん、弟を助けてくれてありがとう。この村は平和だけど、ドラゴンが来たとなれば話は別よ。すぐにホワイトランのバルグルーフ首長に知らせなきゃならない。兵を派遣してもらわないと、この村はひとたまりもないわ」
俺はジャルデュルから旅の装備と、いくばくかの金貨を受け取った。
「休んでいってほしいけど、一刻を争うわ。どうか、ホワイトランへ行って首長に伝えて」