乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか 作:三月菫
ユースティティア学院の校長室は、本校舎の最上階。
通称"物見の塔”と呼ばれる場所にあった。
校長室は、まるでプラネタリウムを思わせるような仄暗い空間だった。
ドーム状の天井には、おそらく魔法の力で再現されている星空が瞬き、時折流星が尾を引いては消える。
室内には精巧な天球儀や占星術用の道具が並び、壁際には古びた魔法書や巻物が整然と収められていた。
特に目を引いたのは、部屋の一番奥に置いてあるバカでかい天体望遠鏡。
これは校長の趣味か?
「グレイ、キョロキョロしてんな。校長の前だぞ」
「あ、すんません」
俺の隣に立つ担任のリド先生が、小声で注意してきた。
俺は背筋をピンと伸ばし、正面に向き直る。
視線の先には、重厚な木製の両袖机が置かれており、そこに我らがユースティティア学院の校長が座っていた。
校長の姿を見たのは入学式典のときを含めて、これで二度目。
やはり何度見ても、
だって普通、校長といえば年配のご老人を想像するだろ?
髭をたっぷり蓄えた爺さんとか。逆に厳しそうなお婆さんとかさ。
けど、目の前にいる校長は、若々しい女の人だ。
妖艶な雰囲気を持つ、お姉さんなのである。
校長がその身にまとうのは、深い群青色のローブ。
部屋の光加減でところどころがきらめいて、まるで夜空を纏ってるみたい。
かなりボディラインを強調させる造りになっていて、ローブの下に秘められた起伏に飛んだナイスバディが浮き彫りになっている。
頭には魔法使いっぽさ全開の三角帽子を被っていて、その下からは漆黒の黒髪がゆるやかに流れている。遠目でみてもサラッサラで、触ったら気持ちいいだろうな、なんて不敬な想像がむくむくと。
俺のことをじっと見下ろす瞳は、髪色と同じく漆黒で、まるで黒曜石がはめ込まれているみたいだ。
その目は確かな理知的な輝きを秘めていて、見ていると吸い込まれてしまいそうになる。
これくらいで伝わったかな?
とにかく美人。
どえらい美人なんですよ、校長先生は。
なんだろう。BLゲーってのはメインキャラは野郎で埋め尽くすくせに、こういうサブキャラには美女を配置するものなんだろうか。
だとしたらちょっと残酷すぎない?
とにかく、文字通りのこの美魔女こそが、我らがユースティティア学院の校長——
校長……校長……
えーと、名前、なんだっけ?
「エルサゲートよ、ブラッドレイくん」
「へ?」
校長はそう自身の名前を告げて、かすかに微笑む。
え、なに? この人、今ナチュラルに俺の思考を読み取った?
なんかそういう魔法? 怖いんですけど。
俺のそんな戸惑いを余所に校長は視線を手元に移した。
「さて、グレイ・ブラッドレイくん……入学早々、こうして君がここに呼び出された理由、わかっているわね?」
「俺があまりにも優秀すぎて、校長みずから表彰を……?」
「残念ながら、違うわ」
俺の叩いた軽口に、校長先生は小さくため息をつく。
「先日のウルザ寮の学生との私闘のことよ。君は規則を破り、学院内で許可なく魔法を行使した——」
「ああ、そのことですか……」
俺はポリポリと頭をかく。
「あれは正当防衛ですよ。先に魔法を使ってきたのは相手です。俺だって本当はあんなことしたくなかったけど、身を守るために仕方なくですね――」
「実は、その現場を見ていたという、複数の目撃証言があってね。君が一方的に争いを仕掛けて、そして魔法を行使したと、そう報告を受けているわ」
「はあ? なんすかそれ」
校長の言葉に、思わず俺はかみつく。
「消灯時間も過ぎた時間の裏庭での出来事ですよ? なんでそんな都合よく目撃者がいるんですか。それに目撃者だったら、こっちだっています。クラスメイトのアシュレイくんに聞いてみてくださいよ。そしたら180度違う答えが返ってきますから。言っとくけど、誓って俺は嘘なんてついてません。なんなら魔法で俺の頭の中覗いてみてください——」
「事実なんて問題じゃないのよ」
「え?」
校長は俺の弁明を遮るように、冷たく言い放つ。
「
「……セルヴィス・ギルモアですか」
「今回の件で、グレイ・ブラッドレイを早急に退学とさせるよう、ギルモア家から通達が来たわ」
校長はそう言って、手にした杖を振るう。
すると机の上から一枚の紙切れがふわりと舞い上がり、俺の手元までやってきた。
俺はそれを受け取り、内容を確認する。
「あーあー、落ちこぼれだのクズだの、えらい言われようですねえ……」
「グレイくん、どうやら君は、
「社会の仕組み?」
「この国はね、すべて貴族が牛耳っている。そして貴族社会においては、身分こそがすべて。君が思っている以上に、身分差は絶対的なものなのよ」
そう言って、校長先生は俺のことを指さした。
「グレイ・ブラッドレイ——あなたは
校長先生の言葉には、凍てつくような冷たさをはらんでいた。
いや、冷たいのは校長先生じゃない。
この世界が冷たいってことなんだろうな。
とにかくセルヴィスに喧嘩を売ってしまったことは、俺が思っている以上に深刻な問題だったらしかった。
「あのー、入学式典のとき、この学院の理念は、公正と正義だって言ってたような気がしたんですけど、幻聴でしたかね?」
「理想と現実は違うわ、ブラッドレイ。現実の前では、学院が掲げる理念なんて、上位貴族の一声で簡単に捻じ曲げられる。それが現実」
「なんつー理不尽な」
本当に理不尽な話だった。
権力を持つ人間が勝手気ままに力を振るい、それがまかり通る世界なんて、正直反吐がでる。
それでも、それがこの世界の現実。
どんなにここで俺が正論を吐こうが、どうしようもない。
つーかこれ、マジで退学の流れ?
なんとかなんないの?
俺はすがるように担任のリド先生の方をちらりとみる。
可愛い生徒が退学の危機に瀕しているのだ。
こういうときに権力に立ち向かってこそ、教師の本懐だ。
「グレイ」
「リド先生……」
「諦めたら?」
「おい不良教師! 諦めがはえーぞ」
「だってさぁ、考えてみろ。お前、公爵家の逆鱗に触れちゃったわけだろ? きついって。お前をかばったところで俺の給料が上がるわけじゃないし」
「お前もう教師辞めろ」
俺はリド先生に頼ることを諦めて、校長先生に向き直る。
「校長先生、俺は詰みってわけですかね? この状況を挽回するチャンスはもらえないんですかね?」
俺の問いに、校長先生はじっと押し黙る。
短い沈黙のあと、値踏みするかのような視線で俺を見据え、そして言った。
「一つだけ質問をさせて。なぜ、君はこんなことをしたの?」
「なんでって……? そんなん、ただムカついたから……」
そう言いかけた途中で俺は、ふと口をつぐむ。
待て。この質問。
これは俺の答え次第では、内に秘める高潔な意志とかそういう感じのものを校長先生が感じ取って、退学をチャラにしてくれるとかそういう流れじゃね?
確か原作でも校長先生は敵キャラじゃなかったはずだ。
いや、絶対そうだよこの流れは。
「あ、いやゲフンゲフン……」
俺は大げさに咳払いをして、それからちょっともったいぶって答えた。
「……仲間のためですよ、校長先生」
「仲間?」
「はい、セルヴィスくんは僕の友達を愚弄しました。もちろん公爵貴族に歯向かったらどうなるか、理性では僕も分かっていましたが、それでも友を傷付けられたことは許せなかった。ええ、昔からこうなんです。己を犠牲にしてでも、誰かのために動かずにはいられない。僕ってそういう不器用な人間なんです、はっはっはっ」
どうだい校長先生、この百点満点の回答。
俺っていいやつだろ?
この世界の常識を変えるのはこの子しかいない的な、そういう可能性感じただろ?
退学にさせるのが惜しくなってきただろ?
「そう、君の考えはわかったわ。グレイ・ブラッドレイ」
「ええ、わかってくれればいいんです校長先生。じゃあそういうことで僕は——」
「退学ということで」
「ちょ、待てよ!?」
俺は思わず、往年の国民的アイドルグループの人気メンバーの台詞じみたツッコミを上げてしまった。