乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか 作:三月菫
希望はないんですか!?
否。
希望は残っているよ。どんな時にもね。
入学式典を終えた俺たちは、教師の引率に連れられて、大講堂を後にした。
次に向かった先は、教会のような造りになっている大部屋だった。
部屋の最奥には、片手に剣を、もう片手には天秤を携えた、女神像が置かれていた。
「これより、《組分けの儀》を行う――各自、名前を呼ばれたら、ユースティティア像の前へ歩みでて、祈りをささげよ」
生徒たちが整列し終わると、引率役の教師がそう告げた。
組分けの儀――
読んで字の如く、これから魔法学院のクラス決めが行われる。
この魔法学院――ああ、そろそろ名前を出しておこう。
マギナとウルザ。
いずれも、大昔の天才魔法使いから名前を取っているらしい。
学院に入学した生徒たちは、各々の資質や経歴をもとにして、女神ユースティティアの審判の元に、いずれかのクラスに振り分けられるというわけだ。
名前を呼ばれた生徒が一人ずつ進み出て、女神像に祈りを捧げる。
すると、女神像が手にした天秤が左右に振れるのだ。
左なら、マギナ。
右なら、ウルザ。
そんな具合に、クラスが決定される。
そうして、半分くらいの生徒が呼ばれたタイミングで、
「つづいて、アシュレイ・アストリッド――前へ」
キタ――!
名前を呼ばれた瞬間、俺は勢いよく面を上げた。
視線の先、女神像に歩みよる、一人の生徒の姿が目に映る。
緊張でぎこちない動きになってしまう生徒たちも多いなか、その足取りは洗練された騎士のように優雅かつ軽やかだった。
アシュレイと呼ばれたその生徒は、ユースティティア像の前でひざまずき、両手を組んで祈りのポーズをとる。
ややあって、天秤がゆっくりと左に傾いた。
つまり、マギナに振り分けられたということだ。
儀式を終えて、壇上から戻るアシュレイ。
俺は目でその姿をじっと追い続ける。
その洗練された振る舞いとは対照的に、外見はどこか女性的な儚さを感じられた。
線が細く中性的。
オフホワイトの金髪を、一房だけ三つ編みにして、胸元に垂らした髪型。
男子用の制服を着ていなければ、女の子に見間違えそうだ。
それもそのはず。
何を隠そう、このアシュレイくん。
実は男装している女の子なのだ。
大事なことなのでもう一回いいますね?
男装している、お・ん・な・の・こ!!!
なのだ!
はい、ここテストにでるから、しっかり覚えてくださいね?
アシュレイくんは、原作の攻略対象キャラクター。更に言うと、2週目から解放される隠れキャラである。
簡単に、アシュレイくんのバックストーリーを説明しておこう。
とある辺境子爵家の一人娘として生まれた彼女は、後継ぎとして、性別を秘匿され、男として育てられた。
後継としてのプレッシャーを受け続けた境遇から、領主として強くありたいというヒーロー願望が強い。
だけど、その生来の気質は、繊細な女の子。
ゆえに、自分の性別や性格に、強いコンプレックスをもつと同時に、主人公をはじめとした周囲の仲間に、本当の自分を隠していることに負い目をもっている。
そして、ストーリーを通じて、ありのままの自分を肯定してくれた主人公に、強く惹かれていくのだ。
おわかりだろうか?
つまり、このアシュレイくんルートに入れば、自然界の摂理に反して、野郎同士を結びつけようとするBL世界特有の悪魔的力学に逆らう事なく、この世界で、私の幸せな結婚を迎えることができるわけ!
だが腐ってもここはBL世界。
けっして油断はできない。
最後の最後、思わぬ罠がプレイヤーを待ち受ける。
それがベストエンディングの存在だ。
なんとこのアシュレイくん。
ベストエンディングを迎えると――
「次――グレイ・ブラッドレイ、前へ」
……。
……あ、俺か。
名前呼ばれたわ。
前世の記憶を思い出してから、この世界の自分=グレイに対する人ごと感が強い。
俺は物思いを中断して、登壇した。
居住まいを正してから、ユースティティア像の前に立つ。
女神ユースティティアは、この世界を造った創生神の一人。
そして、運命と審判を司る女神だ。
ということはつまり、こんなにも過酷な運命を俺に与えたのは、この女の仕業ともいえる。
俺は無意識のうちに、ユースティティア像に向かってガンを飛ばしていた。
「こら! グレイ・ブラッドレイ! さっさと祈りを捧げんか!」
横から先生の怒り声が飛んできて、俺はしぶしぶひざまずく。そして、そっと瞳を閉じた。
しばらくすると、なんか意識が精神世界的な感じのところに移行した感覚があって、俺は一人、宇宙空間みたいな暗闇の世界に佇んでいた。
そのうち、暗闇の中にボンヤリと光が浮かび始める。
光はだんだんと人の形を成し始めて、一人の女性になった。
長い金髪に月桂樹の冠をかぶり、白いローブを羽織っている、やたらと神々しいその姿。
「女神……ユースティティア」
俺の口からは、無意識にその存在の名前がこぼれ落ちていた。
◇
組み分けの儀の最中、なんか精神世界的な空間で、女神ユースティティアと対峙する俺。
「……あなたがユースティティア様ですか」
「ええ、そうですわ。わたくしが運命と審判を司る女神ユースティティアですわ。よろしくお願いいたしますわね、新入生さん」
「ユースティティア様! 俺は――」
「早速ですけれど、あなたの経歴、少し拝見させていただきますわね」
女神ユースティティアは、俺の言葉をシカトしつつ、こちらに向かって片手をかざすと、なにやらむにゃむにゃと呪文のようなものを唱え始めた。
「ええと、グレイ・ブラッドレイ……15歳、と。なになに……? 悪名高いブラッドレイ公爵家の三男でして? 魔法の才能には恵まれず、ご実家でも冷遇されていらっしゃる……この学院には世間体を気になさったご両親が無理やりコネで入学させた、と。まぁまぁ、なかなか終わっていらっしゃるご経歴ですわねー」
どうやらユースティティアは女神特有の魔法的能力で、俺の経歴を読み取っているらしい。
しばらくそうしていると、彼女の表情が、驚いたような顔に変わった。
「まぁ、あなた、
「そうですけど、何か文句でもあります?」
「はぇ~、稀にございますけれど、
……なんだこのなんjお嬢様部みたいなエセお嬢様口調は。
こいつホントに女神なんだろうな?
……いやいや、そんなことよりだ。
「貴女が創生神の一人なら、一つ、言いたいことがあるんですけど!」
「わたくしにおっしゃりたいこと? 何でして?」
俺が質問の声をあげると、女神は小首を傾げた。
せっかくこの世界の創造神とやらと直接話せる機会。
それはすなわち、この世界の歪みを正すチャンスかもしれない。
俺はひとこと物申すことにした。
「この世界、おかしいですって! なんで男同士がやたらと盛ってるんですか!?」
俺は女神にくってかかるように訴える。
だが、彼女はきょとんとした顔で――
「だって、そのほうが尊くてよろしくってよ?」
「は? 尊い?」
「わたくしを含めまして、ここをお造りになった女神は三名いらっしゃるのですけれど、みなさま揃ってBLがお好きでしてよ〜。それで、この世界をお創りする際に、『私たちのご趣味で満ち溢れる素敵な世界にいたしましょう』と三人でお決めになったのですわ、うふふん」
「オタクの脳みそ腐ってんの?」
しかも、なに?
他にも女神様がいて、揃いも揃って腐女子だって?
マジでなんの冗談だよ。死ね!
世界を正そうとする、俺の試みはまったくの徒労に終わる。
「それにいたしましても――あなた、本当に面白い方ですわねぇ。興味深い運命をお持ちになっていらっしゃるわ。うふふん、そんなあなたには、マギナとウルザ、どちらが相応しいかしら? やっぱりゲロを煮詰めた純正ゲロみたいなパーソナリティを踏まえるとウル――」
「マギナでオナシャス!!!」
ユースティティアが組分けのことを口にした瞬間、先手を打つように俺は即答した。
精一杯の誠意を示すために、ジャパニーズ土下座スタイルを添えて。異世界の女神に、その誠意が通じるかはよくわからんが。
「マギナですって? ……もはやメビウスの輪と化した、あなたの捻じ曲がった性格を鑑みますと、どちらかといえばウルザのほうがしっくりくるのですけど……」
「ウルザだけは勘弁してください!」
「なぜですの?」
ユースティティアの問いを受けて、俺は顔を上げた。
「マギナに俺の運命の人がいるからですッ!」
「運命の人?」
「はい! アシュレイ・アストリッドくんです! 彼……いや彼女は俺にとってのファムファタールだ! 俺がこの腐った世界で幸せになるためには、アシュレイくんルートに入るしかない! そのためには彼女と同じクラスになる必要があるんですマジで!」
万一、ウルザに振り分けられたとしよう。
ゲシュタルト崩壊を起こしたイケメンの群れの中で、絶望の学院生活を送ることになる。
それはさながら、ホラー映画とかでありがちな、人間よりも上位の存在である怪異に魅入られた、登場人物のように……
俺の精神もちょっとずつ
この世界に対する違和感を失っていき、BLに対する忌避感もちょっとずつ、ちょっとずつ、なくしていって……
そして、いつしかイケメンに、自分の意思で、身も心もお尻の初めても捧げるなんてことに……
アッー!
ウルザは嫌だウルザは嫌だウルザは嫌だ!
「マジでウルザは勘弁してください! 後生ですからマギナにしてくださいマジで!」
そう懇願する俺の体勢は、もはや土下座を通り越して、五体投地の構えになっていた。
「ふふん。よろしくってよ」
「……!」
ユースティティアの声を受け、俺はバッと顔を上げる。
女神の口元には、薄い笑みが浮かんでいた。
「あなたの願いを聞き入れますわ」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、もちろんですわ。あなたの素直で一生懸命なところ、とっても可愛らしくて気に入りましたの。ですから、その願いを叶えて差し上げますわ。」
「ありがとうございます! ユースティティア様! 俺、転生前の実家は浄土真宗でしたけど、改宗しますんで!」
「その代わり……」
「へ?」
ユースティティアの口元がゆがんだ。
「貴方には
「え、それってどういう……」
「というわけで、あなたの学院生活に幸あれ……頑張ってくださいまし〜」
ユースティティアが笑顔でヒラヒラと手を振る。
その瞬間、俺の意識は猛烈にこの場所から遠ざかっていく感覚があって……
「……!」
俺の意識は、元いた場所に舞い戻っていた。
キョロキョロと辺りを見渡す。
教会みたいな雰囲気の部屋の中、目の前には、天秤を掲げたユースティティア像が立つ。
そして、その天秤がゆっくりと――左にふれた。
その瞬間、女神像の傍に立った先生が、厳かに宣言する。
「グレイ・ブラッドレイ――ユースティティアの審判の結果、クラス・マギナに振り分けるものとするッ!」
「うおおおおおおおッっしゃあああああ!」
俺は、ワールドカップ決勝で逆転ゴールを叩き込んだサッカー選手もかくやというくらいに、天を仰ぎ、両手でガッツポーズを決めた。