乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか   作:三月菫

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第20話 お前もか

 

「んじゃ、まずはグレイの魔力の特性を教えてもらおっかなー♪」

 ノアはそう言って腕まくりすると、俺の正面に立ち、じっと目を細めた。

 何かを確かめるような、そんな表情。

 そして。

 

「ちょっとごめんねー?」

 

 そう言うと、両手を差し出して、俺の頬をふわりと包みこんだ。

 

「ひょっ!?」

 思わず変な声を上げてしまう俺。

 

「突然、なにしゅんだ!?」

「こうするとねー、魔力の流れがよくわかるんだよ。くすぐったいかもだけど、ちょっと我慢して〜?」

 

 ノアはそう言って、手のひらを頬に押し当てたまま、くるくると円を描くように動かす。

 当然、ひょっとこのようになってしまう俺の顔。

 なんだこれ、俺、遊ばれてないか?

「へえ〜、グレイの魔力ってちょっと変わってるかも」

「変わってりゅって……いい意味? わりゅい意味?」

「なんだろ〜な〜、なんていうか魔力の流れが一つじゃなくて……」

「……じゃにゃくて?」

「んー、二重になってるっていうか、糸が絡まったみたいにもつれてるみたいな……」

 

 ノアは俺の頬をぷにぷにと弄びながら、首を傾げる。

 

「普通、魔法を使える人って、魔力がスムーズに流れてることが多いんだけど、グレイの場合、なんか……こう、ちょっと変な道を通ってる感じ?」

「それって、悪いことなのか?」

「……例えば、グレイってよく魔力切れにならない?」

「よくなりゅぞ。単純に俺の魔力量が少ないかりゃだと思ってたけど……」

「普通なら一直線に流れるはずの魔力が、途中でねじれて絡まってるから、出力が不安定になってるんだと思う。もし、杖のサポートで流れを整えてあげたら、すっごい力を出せるかもよ?」

「マジ?」

「にしし、マジ♪」

 

 ただほっぺたを撫でられて遊ばれているかと思いきや、ノアは魔力切れを起こしやすいという、俺の弱点をすぐに見抜いてしまった。

 只者ではないかもしれない。

 

「オッケー! 大体グレイのことはわかったよ。キミにピッタリの杖を持ってくるからちょっと待ってて!」

 

 ノアは俺の頬から手を離すと、くるりと背を向け店の奥へと駆けていった。

 

 そして待つことしばらく。

 ノアは一本の杖を手に、こちらに戻ってきた。

「お待たっせ〜! こちらなんていかがでしょう?」

 そう言って、彼女が差し出してきたのは、漆黒の杖だった。

 全体が艶やかに光り、先端に向かって渦を巻くようなデザインとなっている。

 持ち手部分には魔法陣が彫り込まれていて、なんともいえない高級感が漂っていた。

「おお……なんか、カッコいいな」

「でしょ? これは黒壇の木でできてて、芯材にはスレイプニルの鬣を使ってるんだ。魔力の伝達を助ける効果があって、グレイみたいに魔力の流れがもつれてる人にはピッタリだと思うよ」

「……確かに、にぎった感じはすげーしっくりくるな……」

 

 明らかにさっき適当に手に取った杖とはレベルが違うフィット感。

 これがアシュレイの言っていた、杖に選ばれるってヤツなんだろうか。

 俺はアシュレイの方を振り返って、意見を求める。

 

「どう? アシュレイ?」

「試しに魔法を使ってみたらどうだ?」

 

 アシュレイの言葉に、俺はノアの方をちらりと見る。

 

「ここで使っても大丈夫か?」

「もちろん! でもお店をふっとばしたらダメだよ」

 

 ノアは軽くウインクして親指を立てた。

 

「んじゃ、ルークスで……」

 俺は杖を握り直し、深呼吸。

 

「いくぞ……」

 

 杖を軽く振るって、魔力を込めた。

 瞬間——

 バシュッ!

「うわっ!? めっちゃ光ってる!?」

 

 漆黒の杖の先から眩い光が吹き出し、店内をまばゆく照らした。

 

「……すげぇ、俺の魔法じゃねぇみたいだ」

 

 思わず、そんな人ごとみたいな台詞が口から出る。

 その威力はもちろんのこと、今までのルークスとは比べものにならないほど安定し、光に揺らぎがない。

 

「ふふん。でしょでしょ? やっぱりこの杖、キミにピッタリだと思うよ」

 

 ノアが得意げにそう言った。

 アシュレイも嬉しそうに、俺の顔を見て目を細めている。

 

 俺は手にした杖へと視線を落とし、しみじみ見つめた。

 確かにこの杖は、俺が今まで使っていたモノとはまるで別物だ。

 

 こいつは、ただの道具じゃない。

 俺の力を引き出すための相棒だ。

 

「うん、決めた。これにするわ」

 

 俺は顔を上げて、そう告げる。

 俺の即決に、ノアがぱっと嬉しそうに微笑んだ。

 

「にっしっし〜。お買い上げありがとうございま〜す!」

 

 ノアはレジ横にある帳簿を取り出し、さらさらと書き込む。

 

「じゃあ、お会計するね。金貨三〇〇枚になりまーす」

「あいよ、金貨がさんびゃく……て、はああ!!?」

 

 俺は思わず、手に持っていた杖を落としそうになった。

 いやいや、待て待て待て、金貨三百枚って、おい……!

 目ん玉が飛び出るくらい高額である。

 

「一回冷静になろう、ノア。これって、普通の杖の値段じゃないよな……? プレミアもの?」

「ん〜、うちの店で扱ってる杖の中では真ん中くらいかな?」

「いや、高えよ!? こんだけの金があれば、豪邸が建つぞ!? それをこの一本の杖で……!? そんなの買えるのは貴族か、お金捨てたい病患者だけ……!」

「何言ってんのさ、キミって貴族だろ?」

「あ、う、ぐぬぬ……」

 

 そうだ俺は貴族だ。

 だが、貴族だからといって全部が全部金持ちだと思うな!

 貧乏な貴族だっているんだ!

 つーか、こんな高い杖、親父に請求がいった暁には、きっと俺は殺される。

「と、とにかく……こんな金、俺には……」

「安心しろ、グレイ」

「え?」

 

 アシュレイがすっと俺の肩を叩いた。

 

「ユースティティア学院の生徒なら、奨学金制度を活用して、卒業後に分割返済することも可能だ。今すぐ全額を用意する必要はない」

「えっ、そんな便利な制度あるの!?」

「ユースティティア学院にはそれだけの信用があるからな」

「そ、それなら……後払いで!」

 俺は奨学金制度を利用し、杖を購入することを決めた。

 というか、これで、ますます退学するわけにはいかなくなってしまったわけだ。

 

 ***

 

 とにかくこうして無事に自分の杖をゲットできた俺。

 その後、俺はノアから簡単な手入れの方法を教わった。

 

「まあ、色々と説明したけど、何か気になることがあったら、どんなちっちゃなことでも気軽にうちに言ってよ。うちの店はアフターフォローもバッチリだから、メンテナンスは任せて!」

「サンキュ、頼りにさせてもらうぜ」

 

 俺はノアの言葉にお礼を返しながら、内心ほくそ笑む。

 なぜなら、杖のメンテナンスという名目でノアの元に通う口実もできたからだ。

 

 この世界の貴重な美少女ヒロイン。

 逃がすわけにはいかねえ。

 定期的にノアのもとに通って、地道に好感度を上げて、いずれノアともいい雰囲気になってやる。

 

 というわけで、俺はジャブ代わりに、ノアを褒めちぎることにした。

 

「いやー、それにしてもノアは凄いな! 本当に杖のことならなんでも知ってるんだな」

 

 俺がそう言うと、ノアは楽しげに笑う。

 

「そんなことないよー、ウチはただ好きでやってるだけだから」

「いやいや、それにしたってすげえよ。年齢だって俺らと変わらないのに、立派に店主を務めててさ」

「ううん、ウチは店主じゃないよ」

「え、そうなの?」

「ここはおじいちゃんのお店で、ここに置いてある杖もほとんどがおじいちゃんが作ったものなんだ。ウチは手伝ってるだけ」

 

 ノアはそう言って壁にかけられた、額縁に飾られた一枚の写真を指差す。

 

「ほら、これがウチのおじいちゃんだよ。工房にこもりっきりで、滅多にお店に来ることはないんだけどね」

 

 その写真には、白髪頭のドワーフの老人が、なにやら貴族チックな雰囲気の壮年の男性に、杖を献上している場面だった。

 

「へえーこれがノアのじいちゃんか。この杖を渡してるおっさんは誰だ?」

「前の国王陛下だよ」

「はいはい、国王陛下かあ……って、え?」

 ノアがあまりにも普通のテンションで答えるものだから、俺はその言葉の意味に一瞬思考が追いつかなかった。

 

「アルケイン・モルガナ――ノアの祖父は、宮廷杖職人として国王の杖を作ったことで知られる名工だ。王家に最も信頼された職人の一人だぞ」

 

 アシュレイの説明を聞きながら、俺はゴクリと喉を鳴らす。

 

「ノア……お、お前のじいちゃん、そんなスゲェ人なのかよ……」

「まあね!」

「なんで、そんなすげえ経歴の人が、こんなボロ……あ、いやゲフンゲフン!」

 

 失言に気づき慌てて咳払いでごまかす俺。

 だけど、ノアは気に障った様子はなく、けろりと笑う。

 

「宮仕えは色々と堅苦しいことも多くて、あんまり肌に合わなかったみたい。だから、おじいちゃんは、自分が本当に作りたい杖だけを作るために、この店を開いたんだってさ」

 

 ノアは写真を見つめながら、誇らしげに語る。

 

「国のためじゃなくて、自分の杖を必要とする人のための杖を作りたい、ってね」

「……そっか、ノアはそんな爺さんのこと、尊敬してるんだな」

「もちろんっ!」

 

 ノアの瞳がまっすぐな輝きを帯びる。

 

「だからウチも、はやく一人前になるんだ! そんなじいちゃんのお店を守っていきたい。アルケイン・モルガナのただ一人の孫息子として!」

「そうかそうか、頑張れよ」

 

 俺は軽くノアの肩を叩く。

 ノアは、にっしっしと満面の笑みを浮かべ、親指を立てた。

 

 ……

 

 え?

 

 

「ノア……ちょっと待て、お前、今なんて言った?」

「え? 何が?」

「早く一人前になりたい、の後」

「後って……じいちゃんのお店を守っていきたいって……」

「違うそこじゃない! 重要なのはその後だ!」

「?」

 

 俺の語気が思わず強くなる。

 ノアは俺の確認の意図が分からないのか、きょとんとした表情を浮かべている。

 俺は、背筋に冷たいものを感じ、冷や汗が額から流れるのを感じた。

 

 頼む、俺の聞き間違いであってくれ。

 神様。

 

 

「えっと、アルケイン・モルガナの孫息子……って言ったよ?」

「孫、息子……?」

「うん」

 

 その言葉を聞いて、返す言葉を失った俺は、金魚みたいに口をパクパクさせた。

 

「どうしたのさ、グレイ? お腹でも痛くなった?」

 

 急に黙り込んでしまった俺を心配そうな目で覗き込むノアは、相変わらず天使のように愛くるしい。

 

 完璧、美少女。

 つるペタ元気なドワーフっ子。

 

 

 なのに!!!

 

 

 だからこそ、俺の頭は、その言葉から導き出される結論を受け入れきれず、悪あがきのように、もう一度だけ質問をした。

 

「あの、ノア……さん。つ、つかぬことをお伺いしますが……ご性別は?」

 ノアは小首をかしげながら、無邪気な笑顔で答えた。

「男だよ?」

 その言葉を受け、俺はヨロヨロと後ずさり、そして立って至られなくなって、地面に跪《ひざまず》いた。

 

 そのまま、天を仰いで両手を掲げる。

 さながら、転生前に金曜ロードショーで親父と一緒に観た、映画『プラトーン』のように。

 

 

「男の娘属性ですかあああああああああ!!??」

 

 

 

 その叫びと共に、俺のハーレムの野望は、脆くも崩れ去った。

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