乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか   作:三月菫

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第21話 やはり俺には君しかいない

 

「そんな……ぐすっ、そんなことって……うぐっ……ひどい、ひどすぎるよ……うう……」

 

 無事に自分の杖をゲットして、杖工房モルガナを後にした俺。

 だけど、俺の心はズタボロに傷ついていた。

 

 

 ノアが、男の娘だった——

 

 

 完全に油断していた。

 あの愛らしい仕草、無邪気な笑顔、そして軽やかに揺れるポニーテールの赤髪。

 すべてが「美少女ヒロイン」の要素を満たしていたはずなのに……

 

 俺は、浮かれていたあまり、BL世界における、とある重要な基本原則をすっかり忘れてしまっていたのである。

 

 

  それは、BL世界で登場する美少女は、高確率で男である可能性が高い、ということ。

 

 

 何を意味不明なことを、と思われるかもしれないが、言葉どおりなのである。

 BL世界で突然、美少女が湧いて出た場合、十中八九、その正体は男だ。

 

 この狂気の理論を成立足らしめる存在。

 それが男の娘属性なのだ。

 見た目は完全に女の子なんだが、実は中身はれっきとした男、ってやつである。

 

 憎い。

 俺は、男の娘が憎い。

 

 なんだよ、外見はどうみても女なのに、中身は男って。

 

 外見が完璧女なら、中身も女でいいだろ。

 なんで、そこであえて本当は男っていう発想が出てくるわけ?

 

 一体誰が得するんだよ、このジャンル!?

 腐女子か!? 

 それともよく訓練された紳士か!?

 

 声を大にして言うぞ!

 

 

 この、変態がッ!!!!

 

 

「ぐすっ、もう何も信じられない……俺はこれからどうやって生きればいいんだよ……」

「グレイ、なんだかよくわからんが元気をだせ」

 

 絶望に打ちひしがれて、そうこぼす俺に、隣に歩くアシュレイがそっと自身のハンカチを差し出した。

 

「あ、アシュレイ……わりい……」

 

 俺はアシュレイの差し出したハンカチを受け取り、涙を拭う。

 

「俺……お前だけは信じてもいいんだよな……?」

「言っていることの意味がわからんが、友を裏切らないように在りたいと、努力はしているつもりだ」

 

 アシュレイはため息混じりにそう言いながら、はげますように俺の肩を軽く叩いた。

 そしてふと歩みを止めて、指を指す。

 

「グレイ、あれを見ろ。いい店があるぞ」

 

 アシュレイが指さしたのは、道路端に立つ小さな露店だった。

 傍らに立てられた青い幟は、氷とフルーツのイラストが描かれている。

 

「あれは……?」

「氷菓子のお店だ」

「氷菓子……? ああ、かき氷みたいなもんか」

「かき氷? グレイの地方ではそう呼ぶのか?」

「まあ、そんな感じ」

「今日は温かいし、それに落ち込んでいるときは、甘いものを食べるといいと聞く。ご馳走しよう」

「え、いいのか?」

「ああ」

 

 二人分の氷菓子を買ってから、俺達は傍らに置かれていたベンチに並んで座る。

 

 スプーンで氷の山を崩してから、そのまま一口かじると、ひんやりとした甘味が喉を通り抜けた。

 

「うまい……」

「気に入ったか?」

「染み渡るぜ。ありがとうアシュレイ」

「それはよかった」

 

 アシュレイは静かに微笑むと、自分の氷菓子を一匙、口に運ぶ。

 

「懐かしい、ノーフォークでは、氷菓子を作ってよく食べたよ」

「氷菓子を?」

「ああ。我が家の血筋は、代々、氷魔法に秀でている。幼い頃、その手ほどきを父から受けるとき、氷を自在に操る練習としてね」

「あー、なるほど。魔法で作るのね」

 

 確かにさっきの露店でも、氷は用意しておくんじゃなくて、店主が魔法で作ってた気がする。

 

「氷菓子はアシュレイの思い出の味ってわけか」

「ふふ、まあそんな感じだ」

 

 アシュレイは目を細めて、氷菓子をもう一匙、口元に運ぶ。

 そんな彼女の横顔を見つめていると、ノアに裏切られた悲しみが、ちょっとずつ癒やされていくのを感じた。

 

「グレイ、どうやら少し元気になったようだな、よかったよ」

 

 そんな俺の表情の変化を察したのか、アシュレイが淡く微笑みかけた。

 

「ああ、ありがとうアシュレイ。お前のおかげだよ」

 

 照れくさくなった俺は、その眼差しから逃れるように視線を外して、それから氷菓子を口に運ぶ。

 ひんやりとした食感と共に、俺のことを気を使ってくれたアシュレイの優しさが、じんわりと心に染み渡っていくようだった。

 

 やっぱり俺にはアシュレイしかいない。

 俺の純愛を捧げるのは、キミ一人。

 ハーレム? そんなもの犬にでもくれてやれ。

 もう浮気はしないからね、アシュレイ。

 

 そんな風に、俺が静かに覚悟を決めたところで、アシュレイがふと、思い出したように口を開いた。

 

「しかし、いい杖が見つかってよかった。これで来週のディアナイツに間に合ったな」

「まあ、おかげさまでな……」

 

 ディアナイツ……来週開催されるユースティティア学院の学内祭典だ。

 式典の後は、もれなくついてくる豪華な社交パーティにも臨まないといけない。

 

 はあ……だっる。

 

「グレイ、あまり気乗りしていないようだな」

「ああ、わかる?」

 

 スプーンで氷菓子をつつきながら、俺は続ける。

 

「いやまあ……式典はいいんだよ。どうせ突っ立て、偉い人のお話を聞くだけだろ? 憂鬱なのはその後の社交パーティーだよ」

「社交パーティーが苦手なのか?」

「苦手っていうか、貴族の交流会とか、面倒くさそうだろ? 作り笑いして、どうでもいい話題で盛り上がって……ああいうの、どうにも性に合わねえんだよな」

 

 それに問題なのはそれだけじゃない。

 俺は語尾を強めて、言葉を継いだ。

 

「それに、何より問題はダンスだよ! ダンス!」

「ダンス?」

「社交パーティーってことは、踊るわけだろ?」

「まあ、な」

 

 俺はスプーンを握りしめながら、力説する。

 

「よく考えてみろよ! 学院の生徒ってほとんど男じゃねえか!」

「それがなにか問題なのか?」

「問題大ありだよ! そんな中で社交ダンスなんかしてみろ。男同士で踊り狂うことになるじゃねえか。それなんの罰ゲーム?」

 

 俺の言葉に対して、アシュレイはきょとんとした顔で首をかしげるだけだ。

 

「すまないが、君の言っていることがよくわからない。社交界で男性同士でペアになって踊ることは、別に普通だろう」

 

 普通じゃねえよ!

 俺の知ってる異世界の社交界ってのはさぁ!

 紳士淑女の交流の場なんだよ!?

 もっと踏み込んでいうなら、婚約破棄イベントとか? あとは恋愛イベントが発生する場面なんだよ!

 だったら社交ダンスだって、男女がペアにならないと始まらないだろ!?

 それを何が悲しくてイケメンと踊らないといけないわけ!?

 

 ……と、そんな抗議の言葉が喉元まで出かかったものの、なんとかそれをグッと飲み込む。

 ダメだ、これ以上は、なんかそういうセンシティブな団体の怒りを買ってしまう可能性もある。

 

 それにアシュレイは俺の言葉に本気で首を傾げている。

 今更ではあるが、この腐った世界では、アシュレイの価値観が正常。

 俺の方が異端なのだ。

 

 くそっ。何度この世界は俺に絶望を与えれば気が済むんだよ……!?

 

 そんなふうに頭を抱える俺に、アシュレイはちょっと意地悪そうな笑みを向けた。

 

「……ようは君はダンスが苦手ということだな?」

「え?」

「ふふん、なんでも器用にこなす君だが、苦手なものもあるんだな」

「いや別に俺は……」

「なに、恥じることじゃないさ。誰にでも得手不得手はあるものだ」

「……ああ、いや、いいよもうそれで」

 

 反論するのもめんどくさくなって、俺は肩をすくめた。

 

 するとアシュレイは少し考え込むように顎に手を当て、それからそっとつぶやく。

 

「なら、私と組むか?」

「……は?」

「どうせ踊らなければならないなら、少しでも気楽な相手の方がいいだろう?」

「アシュレイと……? 俺が……?」

「ああ、私が君をリードしてあげよう」

 

 しばし沈黙の後、俺の脳内で、天使のラッパが爆音で鳴り響いた。

 そして俺の体はスムーズにベンチから離れ、気がつけば五体投地の構えで地面に伏せていた。

 

「グレイ!? と、突然どうした!?」

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

 

 

 ありがとう世界。ありがとう運命。

 そして、ありがとうアシュレイ。

 俺、ディアナイツで、大人の階段を登りたいと思います。

 

 こうした俺とアシュレイは、ディアナイツの夜、一緒に踊る約束を取り付けた。

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