乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか 作:三月菫
式典自体は、退屈そのものだった。
エルサゲート校長を始め、副校長や、王族代理、元老院代表などなど……いかにも偉そうな肩書を持った人たちが次々と壇上に立ちスピーチをしていくのだが、これがまあ長い。
「誇りを胸に〜」とか、「責任ある行動を〜」とか、テンプレ台詞ばっかりで、内容はまったく頭に入っていない。
こういうのって、どこの世界でも一緒なんだな。
心ここにあらずで立ち続けること数十分。
「——次に、ユースティティア学院生徒会長より、祝辞があります」
——うん? 生徒会長?
視線を壇上に向けると、一人の男子生徒が登壇するところだった。
金髪碧眼に白い肌。すらっと背が高く、遠目からでも分かる均整の取れた体つき。
制服の胸に飾られた徽章により、ウルザクラスであることが分かる。
そのイケメンは、壇上からこちらを一望するように辺りを見下ろすと、にこりと微笑みを浮かべた。
途端に会場がざわめきに包まれる。
「きゃー! アレク王子よ!」
「今日もなんて麗しいの……!」
「素敵だわ……私、あの方になら抱かれてもいい……」
そんなモブ女子生徒たちの色めき立った声が、あちこちから湧き上がりだしたのだ。
そのざわめきの中、生徒会長は爽やかな笑みを浮かべて、口上を述べはじめる。
「一年生諸君——あらためてユースティティア学院への入学、おめでとう。僕はウルザクラス三年、アレクサンダー・シチュアートだ。在校生を代表し、諸君らに祝辞を申し上げよう——」
よく通る澄んだ声。
全校生徒を前に威風堂々と祝辞を続けるその姿は、まるで一枚の絵画かってくらいに様になっていた。
会場の女共がキャーキャー騒ぐのも納得だ。
俺はそんな生徒会長の姿を見上げながら、とあることを思い出していた。それは原作『アルカナクラウン』のゲーム知識だ。
このゲームには、二つのメインルートが存在する。
一つはマギナクラスを主な舞台とした、クラスメイトとの交流がメインになる『マギナルート』。
そしてもう一つが、学院の生徒会を舞台とした、上級生や他クラスの生徒との交流がメインとなる『生徒会ルート』である。
生徒会長アレクサンダー・シチュアート。
たしかこいつ、生徒会ルートに進んだときのメインキャラだった……気がする。
それにシチュアートという名字。
さっき誰かが王子様って言ってた気がするけど。
俺は隣に立つギャリーに小声で尋ねる。
「なあ、ギャリー。あいつもしかしてお前の兄ちゃんか?」
しかしギャリーは俺の問いは答えず、苦々しい顔で「貴様には関係のないことだ」とつぶやくだけ。
けれども逆にその反応で、俺はすべてを察する。
間違いなくギャリーの兄弟だ、と。
たしかギャリーは第二王子だっだよな。
つまり、あのアレクサンダーが、この国の第一王子になるわけか。
生徒会長で、全校生徒からの憧れの的で、先輩キャラで、第一王子と。
はい、アウト。
BLフラグのよくばりギフトパックかよ。
お札して封印しとかないとダメだろ。
こわいこわい、絶対に近づかんとこ。
俺が心のなかで固く決意する間にも、アレクサンダーの祝辞は続く。
「——このあと、生徒会が主催する、ささやかな交流パーティーも用意している。どうか今日という一日が、君たちにとって、忘れられない日となることを願って」
そして、結びの言葉を言い終えると、恭しく一礼して壇上を後にするアレクサンダー。
その後ろ姿に、また一段と大きな歓声が沸き起こったのだった。
その後も退屈な式典は続き——
「——これにて、本年のディアナイツを終結する。この魔法界の未来を担う人材に、幸あれ!」
やっと終わりの時間が訪れた。
ということで、このあとは生徒たちにとってのお楽しみ。
ある意味これがディアナイツ本番とも言える、社交パーティーの時間だ。
***
俺達は生徒会関係者の引率に連れられて、パーティー会場へ移動した。
会場はいつもの大食堂なのだが、レイアウトも含めてすべてが社交パーティー仕様に魔改造されている。
床には赤絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリアがきらびやかな輝きを放っていて、さながら王宮の晩餐会だ。
給仕係がいるのはもちろんのこと、会場の奥には楽団が控えていて、生演奏まで流れているという、贅沢すぎる空間。
これを全部、生徒会が手配したってこと?
すげーな、生徒会。
会場は、立食ブースと、おそらく社交ダンスに使用するであろう、ホールブースに仕切られていた。
立食ブースには、シワ一つない真っ白なテーブルクロスが敷かれた丸テーブルが立ち並び、その上には、豪華な料理があふれんばかりに盛られている。
俺はあらためて、ユースティティア学院が、魔法学校であると同時に、貴族の学校であることを思い知る。
と、俺が会場の豪華さに面食らう一方で、会場に到着した生徒たちは、特段のリアクションもなく、ドリンクを片手に、さっそく交流の輪を作り出していた。
皆、家と家のつながりを意識して、
その点、俺はなんちゃって貴族だから、そんな気苦労とは無縁。テーブルからドリンクと手頃な料理を盛り合わせて、壁際にもたれながら、一人くつろいでいた。
そんな風にして、しばらく料理の味に舌鼓を打っていると、ふと視線の先に、俺はアシュレイの姿を捉えた。
俺は声をかけようとして——
やめた。
普通に忙しそうにしていて、邪魔しちゃ悪い。
そのかわりに、なんとなく視線でアシュレイのことを追う。
アシュレイは、優雅な所作で、貴族子弟たちの輪に自然に溶け込み、当たり前のように談笑している。
その姿は美しく優雅で、誰がどうみても完璧な貴族。いや、王子の風格すらある。
ギャリーなんかよりよっぽど王子様だ。
そんなアシュレイを眺めているうちに、モヤモヤとした、よくわからない気持ちが、胸の奥から湧き上がってきた。
アシュレイは、楽しそうに笑っている。
俺がいてもいなくても、あいつはあんなに社交的で、完璧で、魅力的だ。
いや、それでいいだろ。
別にいいんだけどさ。
……なんだろうな、この微妙に寂しい感じ。
アシュレイは、俺とは違う世界の人間だ。
俺みたいなダメ貴族が、あいつと結ばれようだなんて、そもそもがおこがましいことなんじゃないか。
今のアシュレイの、完璧な貴族としての振る舞いを見ていると、そんなことをモヤモヤと考えてしまう。
「いや、何、一人でいじけてんだ俺? らしくねー」
俺はそんな卑屈な考えを頭の中から追い出すために、手にしたドリンクを一息で飲み干した。
そのとき——
「グレイくん!」
俺の名前を呼ぶ無邪気な声が耳に届く。
声の方に視線を移すと、笑顔で駆け寄ってくるのはリオンだった。
リオンは、そのまま俺の隣にぴたっと並んだ。
「こんなところにいたんだね! 人が多くてさ……探しちゃったよ」
「リオン、お前……それ全部食うつもりか?」
リオンが手にしている皿には、スイーツが山盛りにもられている。
「もちろん! このパイ、サックサクで超美味しくってさ! もう三つ目だよ」
リオンはそう言ってフォークに指したパイを、口いっぱいに頬張った。
「こんなに美味しいご飯を食べたの……生まれてはじめてだよ……ユースティティア学院に入学してよかったぁ」
そんなリオンの無邪気な姿に、俺は苦笑する。
リオンは平民ゆえに、貴族との交流は必要ない。
ゆえにこうして食い気一直線。目の前の幸せを全力で楽しんでいるというところだろう。
「グレイくんも、これ食べる? あっ、でもあとひとつしかないや。やっぱダメ」
「くれねーのかよ」
「ほしかったら自分でとってきなよ。あっちにいっぱいあるよ?」
ぺろっと笑うリオンの無邪気な姿に、いい感じに俺の肩の力は抜けていき、さっきまで抱いていたモヤモヤとした気持ちも軽くなっていくような気がした。
とはいえ、そんなリオンの姿を見て、一つ気にかかることがあった。
——こいつ、全然メインキャラと交流しないな。
気の抜けた姿を見ていてすっかり忘れそうになるけれど、この世界の原作『アルカナ・クラウン』の主人公は、リオンなのだ。
だからリオンは、BLゲー世界の主人公らしく、目眩くイケメンたちとラブロマンスを繰り広げないといけない。
なのにこいつときたら、いつまで経っても俺やアシュレイとつるんでばっかりで、ギャリーを始めとした原作のメインキャラクターたちとちっとも交流しないのだ。
いい加減、学院に入学して一ヶ月だ。
このままリオンが登場人物と交流しないままというのは、シナリオ的にまずいんじゃないだろうか。
「なあ、リオン。お前さ」
「ん、なーに?」
「友達は、できたか?」
俺はまるで、思春期を迎えた息子に対して距離感を図ろうとする父親みたいな台詞をリオンに投げかけた。
リオンはきょとんとした顔浮かべてから、すぐに笑顔を作って答える。
「グレイくんとアシュレイくんがいるよ」
うん、まあ、そうなんだけどよ。
だけどそういう意味じゃなくってだな。
「俺たち以外で。他の、こう……背景に花を咲かせる系のイケメン貴族とか」
「グレイくん達以外の……?」
リオンは顎に人差し指を当てて、視線を宙にさまよわせる。
それから、少し恥ずかしそうに、口元にはにかみ笑いを浮かべた。
「やっぱり僕は平民だから……ね。それに、グレイくん達と一緒にいる方が楽しいもん」
リオンの言葉に俺は大きなため息をつく。
やはりこいつ、主人公としての自覚があまりにも足りていない。
ここは俺が、原作を知る人間として、人肌脱ぐ必要があるな。
「いいかリオンよ——」
「なに? 改まって?」
「お前は自分では気づいていないかもしれないが、実はすごい人間だ」
「え?」
俺はリオンに向き直ると、人差し指をピッと立てた。
「まず平民なのに特例でこの学院に入学できた経緯からして凄い。普通はそんなこと絶対にありえない。自分で自覚してるかどうか分からないけど、そういう意味ではこの学院のオンリーワンは、公爵貴族でも王子様でもなくて、実はお前なんだ」
「いや、僕は……」
「それに俺は知っている。お前の魔力。
「グレイくん……突然どうしたの?」
「いいから俺の話を最後まで聞いてくれ」
リオンの声を遮り、俺はしゃべり続ける。
「特別なのは力だけじゃない。いいか? 実はお前は人の中心に立てる人間でもある。誰とでも仲良くなれる才能を持っているんだ。お前がただ笑ってるだけで、周りの人間は勝手にお前のことを好きになっていく。それって、なかなかできることじゃないぜ? そんなお前が、せっかくの社交パーティーの場で、隅っこでスイーツ食ってるだけじゃ、勿体なさすぎるだろ」
俺は一息でそう語ってから、立てた人差し指の先をリオンに突き立てた。
「いいかリオン。人と関われ。堂々と前に出ろ。並み居るイケメンを全員堕とすくらいの気概でガンガンいくんだ。なんせお前は、
「しゅじん……こう?」
リオンが首を傾げて問い返す。
しまった。勢いあまって主人公というフレーズを口にしてしまった。
「あ、いや……主人公っていうのは、その……だな。とにかく! お前は自分が思っているよりずっと特別な人間ってことだ! 自信を持て!」
俺は勢いでごまかすことにして、リオンの肩をバシッと叩く。
リオンは、俺の言葉の真意を測りかねてか、きょとんとしたような顔を浮かべていたが、やがて小声で呟いた。
「グレイくんって……やっぱり……」
「やっぱり? 何が?」
「……ううん。なんでもない」
リオンは顔を上げて、俺に向かって笑顔を作った。
「ありがとう、グレイくん……うん、君が背中を推してくれるなら、僕なりに頑張ってみるよ」
「おお! やる気になってくれたかリオンよ!」
俺の説得の効果あってか、リオンにようやく主人公としての自覚が芽生えたらしい。
やれやれ、これで原作ストーリーもリオンを中心に周りだすことだろう。
そうすればこの世界のいちモブキャラに過ぎないこの俺に、必要以上にBL展開のフラグが立つこともない。
余計なことに気を取られずに、アシュレイを墜としにいけるというものである。
「……ねえ、グレイくん」
そんな安心しきった俺の顔を、リオンが覗き込むようにして見上げる。
なにやらもじもじと、俺に言いたげな様子だ。
俺がそんなリオンを、首を傾げながら見つめていると——
「グレイくんはさ……このあと、誰かと踊る予定はある?」
リオンは、そんな問いを口にした。