乙女ゲー世界の悪役貴族に転生した俺は如何にして絶望するのをやめて隠しヒロインの男装令嬢を堕とすことになったか 作:三月菫
ディアナイツの会場に戻った俺とアシュレイ。
パーティーはまだまだ続いていて、会場内は華やかな音楽と、多数の生徒たちの歓談の声で満ちていた。
「グレイ……一体何をするつもりなんだ……?」
俺の隣に立つアシュレイが不安げに問いかける。
「ま、見てろって。あ、あと……もしかしたら途中アシュレイに話を振るかもしれないけど、適当に話を合わせてね」
「いや、あわせろと言われても……」
「まーまー、行くぞアシュレイ!」
「あ……」
俺はアシュレイの手を取ったまま、会場の中央へと歩を進める。
一つ咳払いをしてから、思い切り声を張り上げた。
「学生ちゅうもーく!!!」
俺の声は、会場内にとどろきわたる。
場のざわめきが一瞬消えて、楽団が奏でいた音楽も止まった。
周囲の注目が一気に集まる中、俺は堂々と胸を張った。
「ユースティティア学院クラスマギナ一年、グレイ・ブラッドレイ! 誇り高きブラッドレイ伯爵家の名にかけて、今ここに宣言する!」
戸惑うアシュレイを横目に、俺は叫ぶ。
「俺、グレイ・ブラッドレイは——アシュレイ・アストリッドとの婚約を、ここに宣言する!!」
意気揚々と婚約宣言する俺。
「…………は?」
隣からアシュレイの呆気にとられたような声が届いた。
それと同時に会場に生まれたのは、嵐のようなどよめきだ。
騒然となる会場。
そりゃ当たり前だ。
年に一度の学内式典《ディアナイツ》の夜。
その場で突然、なんの脈絡もなしに婚約宣言をかましているのだ。
時と場所を弁えていないにもほどがある。
だが、それでいい。
俺は周囲から集まる奇異の視線を一身に集めて、ニヤリと笑った。
「グ、グレイ——!? ちょっと待て! 君は突然なにを——むぐ!?」
俺の手を振りほどいて抗議の声を上げようとするアシュレイの口を片手で塞ぐ。そしてそのまま、言葉を続けた。
「さて、この場でお伝えすることはもう一つ。この決定により、アシュレイ・アストリッドくんは今学期をもってユースティティア学院を退学します!」
「む!? むむむ!?」
「理由は……俺が、アシュレイを自分の領地へとさっさと連れて帰って、俺好みに調教、じゃなかった花嫁修業をしてもらうからだ!」
「むっむむ、むむむ、むむむ——」
「ぐへへへへ、ほらこのとおり、一秒でも早く敬愛するブラッドレイの下に嫁ぎたいと、アシュレイくんも大喜びだぜ!」
口を抑えられたアシュレイは声にならない声を上げながら、ジタバタとする。
そんな俺の婚約宣言を聞いた会場からは——
「どう見ても嫌がってるぞ」
「無理やり手籠めにしたんじゃねえか」
「あの子も可哀想に。きっとあのクズに弱みでも握られてるんだぜ……」
「やっぱり史上最低のクズだな。ブラッドレイは」
「あれが貴族のやり方かよ? 同じに思われたくないね」
そんな、俺の行動を咎める声で満ちた。
俺はそれを涼しげに受け止めたあと……。
「というわけで、みんな! お祝いしてくれてありがとう! これからもグレイ・ブラッドレイの益々のご発展ご発達を、応援よろしくお願いしまーす!」
芝居がかった大げさな仕草で、会場に向けて頭を下げる俺。
それからアシュレイの口を塞いでいた手をそっと離す。
開放されたアシュレイは、荒く息を吐きながら、戸惑いに揺れる視線を向けた。
「グレイ……君は……」
「しっ、今は黙って話を合わせてくれ。俺の狙い通りなら、これで釣れるはずだ」
「釣れるって、何が……?」
その疑問の声と、ほぼ同じタイミングで——
「ちょっと待って!」
会場に、聞き覚えのある声が響いた。
声のした方に視線を向けると、青髪を揺らしたリオンが、人混みをかき分けて、こちらにやってくるのが見えた。
——いや、リオン……お前かよ。
「グレイくん……! 一体どういうこと!? 婚約って、退学って、おまけに調教って……! 最後のやつは倫理的に完全アウトだよ!? 冗談だよね!?」
一気にまくし立ててくるリオンに、俺は片目をつぶって笑ってみせる。
「まあまあリオンくん。愛のカタチは十人十色ってことで」
「意味がわからないよ! なんでこんなことするの!? もしかしてなにか理由が——」
「理由ねえ……」
そう問われ、俺は人差し指を顎下に添えて、宙を見つめる。
いい機会だから、もっと馬鹿っぽさを演出しておくか。
俺は視線を再びリオンに合わせてから、ニヤリと笑った。
「俺は——真実の愛に目覚めたんだよ!」
「…………はい?」
リオンが、口をポカンと開けた。
「だから真実の愛だ。ボクちんは今、真実の愛に、突き動かされてるわけ」
「……えっと、ごめん……ちょっと意味が……」
「俺達貴族の間には稀によくあることなんだよ。なんだろうな、犬の発情期みたいなもんだ。まあ、庶民のリオンくんにはちょっと難しい概念だから。とにかく、そういうことだから安心してくれ」
俺の言い分を聞いたリオンの表情が、どんどん険しいものになっていく。
「ふざけないでよ……! 僕は本気で——」
「俺も本気だ!」
「……え?」
「今の俺の行動は、すべてアシュレイの為にある。アシュレイを助ける——それが今の俺の行動原理だ」
「アシュレイくんを……助ける……?」
俺は大きく首を縦にふる。
「だから、俺を信じろ。リオン」
「グレイくん……」
リオンはしばし黙ったまま、俺の顔を見つめた。
ふざけた言動の裏にある、俺の真意を、その目で測るように。
そして、小さく息をついてから——
「わかったよ……」
リオンは軽く肩をすくめて、そうつぶやいた。
「でも、後でちゃんと説明してもらうからね!」
そう言い残すと、リオンは踵を返して引き下がっていく。
——信じてくれて、ありがとうよ。
その背に、俺は心の中で礼を言った。
さて。
思いもよらずリオンが釣れてしまったわけだが。
俺が釣りたい本命は当然のことながら別にいる。
この茶番を、この会場のどこかで見ているであろう、煽り耐性ゼロのお前のことだ。
この騒ぎを見て、黙っていられるタイプじゃないってのはもうわかっている。
だから俺は、挑発した。
とびきりバカっぽく、派手で滑稽な
すべてはお前を舞台の上に引きずり上げるためだ。
さあ、はやくこっちにこい!
観客の熱が覚める前に!
俺は視線を、どよめきに包まれる会場に滑らせる。
そして、ヤツを捉えた。
まるで舞台袖から登場する役者のように、肩を揺らしながら、こちらに向けて歩いてくる一人の男子生徒。
顔を真っ赤にして、怒りを露わにした、公爵貴族セルヴィス・ギルモアだった。
「グレイ・ブラッドレイ! 貴様!! ふざけるなよ!?」
セルヴィスは怒気を爆発させながら、まるで地を蹴るような勢いでこちらへと詰め寄ってきた。
オーケー。
計画どおり、これで役者は揃った。
先に観客は温めておいたぜ、セルヴィスさん。
だけど勘違いするなよ。
これは、運命に翻弄される少女の悲劇の物語じゃない。
さあ、舞台の幕開けといこうじゃないか。
俺はセルヴィスの顔を射抜くように見つめ、にいっと嗤った。